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第8章 いまいち燃えない私
第38話:いまいち燃えない私・2
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「ほいやーっ!」
先攻のサーバーは趙だ。
趙が投げ上げたボールは、オークを投げ飛ばしたときのようにくるくる回転して高く高く舞い上がる。
そして髑髏の地面を踏み切って大きく跳躍し、趙の掌は頂点でボールを捉えた。
打球はそこそこ鋭いが本気ではない。彼方はゆったりとレシーブで受け、ツバメに向けてボールを浮かせた。
「頼むぞ」
「はいっ!」
ツバメが髑髏の砂地を蹴った。両手を後ろに下げた状態から、思い切り膝を曲げて飛び上がる。
実に彼女らしい模範的な跳躍だ。雑誌の表紙をそのまま貼り付けたような芸術的なフォームでボールを打ち降ろす。打球はちょうどライン上をバウンドした。
「ナイスキー!」
トンと着地したツバメは振り返って片手ピースで応じる。
こう見えてツバメも卓越した身体操縦技能を持つVRプロゲーマーの個体だ。どのように身体を動かせばよいのか把握する能力、そして思い描いたように身体を動かす能力があり、どんなスポーツもそつなくこなせる。
今度はこちらのサーブから再びラリーが始まり、彼方もツバメに負けじとボールを拳で思い切りぶん殴ってスパイクする。柔らかいボールが変形し、アンバランスに風を受けて横にカーブしてコート上を跳ねた。
自動で捲られる点数ボードがどんどん進んでいく。序盤こそ一進一退の攻防が繰り広げられていたが、徐々に彼方とツバメの優位で状況が定着し始める。ツグミとツバメは同じくらい動いているのだが、全く手を抜かない彼方に対してイマイチ迫真さに欠ける趙という部分で差が付いている。
十分も経つ頃にはもう彼方&ツバメチームのマッチポイントとなっていた。
「残り一点。そろそろ本気を出してもいいんだぜ、趙。今は誰もお前を買収していない」
「我は常に本気あるなー」
「嘘吐け!」
ツバメのトスを彼方は思い切りスパイクする。
彼方はもうボールを殴って歪ませるイレギュラーカーブを使いこなしていた。手前に落とすと見せかけて奥へと伸びていく。
ツグミのダイブは十センチ届かず、趙のいる場所も着地点からは遠い。これでゲームセットだ。
そのとき、趙が地面を足でくるりとなぞった。足元にあの虹の落書きが現れる。
そして虹の面を足で叩き割り、趙は地面の下へと潜った。鏡面が消えたと同時に、今度はボールの落下地点にゲートが出現する。
ゲートから現れた趙が下から突き上げるようなパンチでスパイクを切り返す。不意を突かれたツバメはレシーブを受け損ね、地面にボールが落ちた。
「お前それ、ズルいだろ」
「セーフあるよ、公式ルールで禁止されてないのね。我が『黄泉比良坂』を使うのは我が普通に走ったり飛んだりするのと何も変わらないある。妬んだらダメダメ」
「思い出した。ファンタジスタのゲーム中にお前がやたら早く移動していたときがあったな。あの立夏が何度計算しても速度と座標の計算が合わなかった。お前ファンタジスタでも使っていただろう、その黄泉比良坂とかいうワープ能力を」
「バレたか? しかし我の黄泉比良坂をワープ扱いとは心外あるな。それに汝も汝の能力を使えばよろし」
「私が終末器を使うとこの夢自体が終わってしまう。それはゲームに勝つというよりは強制ノーゲームだ。私はゲームをクリアするまでは自殺しないし世界も滅ぼさない」
「それも汝の能力、我は別に構わんけどな」
「私は構う。このまま続行だ。どうせお前がワープできたところでどこからでもボールを拾えるという程度の話でしかない。ツバメだって不意を突かれなければ受け損ねるほどのものじゃない」
「その意気はよろし」
趙が感心したように手を叩く。
すると、さっきのように一瞬でフィールドが切り替わった。今度は各辺が三倍近くある広大なバレーコートが出現する。
「これは明らかな反則だろう、流石に。公式ルールでもフィールドの広さは決まっていたはずだ」
「汝、開始前にフィールドを作るのは我に任せるって言ったあるな。ルールは原則として公式準拠、ただしフィールドだけは我が自由に指定できると考えるのが妥当なのね」
「お前な……」
趙はこれで意外と負けず嫌い、というわけでもないのが面倒なところだ。
ただできることは何でもやりたいし、屁理屈上等でワチャワチャした揉め事それ自体を楽しむタイプ。もちろんそれはゲーム内だけではなく盤外戦術にまで及んでおり、買収を巡る喧々諤々の議論だって趙の遊びに含まれているのだ。正々堂々派の彼方に趙を超える屁理屈が浮かぶはずもなく、なし崩しでゲームが再開する。
「くそっ」
さすがの彼方も足が届かない範囲が広すぎる。コンクリートとローラーブレードなら彼方が全力で踏み込めば一歩で移動できる距離でも、砂地と裸足ではそうもいかない。それはツバメも同じ、二人でカバーできるのは精々コートの半分というところ。
そんな中で趙だけが黄泉比良坂とやらでゲートを通ってどこへでも転移してボールを打ち返してくる。これでは点の取りようがない。
敵チームのツグミは屁理屈による圧倒的優位に最初は困惑していたが、舌を出してごめんねと手を合わせてからは優位を利用して趙をアシストするプレイをしている。切り替えの早さはやはりゲーマーだ。
「タイム!」
いよいよ点差が逆転に近付いたとき、彼方とツバメが同時に声を上げた。
公式ルールでタイムアウトは六十秒しかない。お互いにダッシュで近付き、ツバメが彼方の首に腕を回してしゃがみ込んだ。
しかもギュッと手を掴んでくる。趙たちから聞かれないようにするためとはわかっていても、距離の近さにドキッとする。汗ばんだ身体からやたら良い匂いがする、あと胸も大きい。さすが美少女アイドル。
「このままじゃマズいです、二人で何とかできませんか?」
「戦闘ならどうとでもなるが、これは純粋に物理的な問題だ。単に距離が届かない。私の足でも君の足でも」
「でも二人なら届くかもしれません」
「二人三脚は走行速度を上げるテクニックではない」
「比喩ですよ、比喩! 考えるんです、私たち二人で協力して何とかできないか」
「協力」
彼方はツバメのような味方と協力する経験が自分にまるで欠けていることに今初めて気付いた。
立夏とのペアは協力というよりは補佐に近かった。非力だが頭が切れる立夏がサポートに周り、圧倒的なフィジカルを持つ彼方が蹂躙するという完全な分業体制。同じように戦える味方と並んで戦うことは一度もなかった。
「私には経験がない。その戦略にはどういうパターンがあるか教えてほしい」
「まずは自分が二人いるのを思い浮かべましょう。自分の身体が二つ動かせるときに何をするのが一番いいかです」
「考えたこともなかった。そんな発想ができるのか」
「そうしたら、次はそれは本当に仲間と一緒にできるかです。仲間は自分のように動けるか、動いてもらうにはどうすればいいかを考えるんです」
彼方が二人いたらどうするだろう。自分と自分ならどうやって趙を出し抜くか。
彼方の脳味噌が今までにない回転を始め、議論の口も動き出した。
「……私ならまずスパイクで……」
「……たぶんそれは取られますよ……」
「……恐らく黄泉比良坂の弱点は……」
「……だったらそれを私が……」
「……君が走れば一回だけなら……」
「はい、六十秒あるよー」
そこでいきなり趙がサーブを打った。
タイムアウトの時間は決まっているとはいえ、会話中に打ち込んでくるあたり迷いがない。
とはいえボールは彼方たちのいるあたりを目がけて緩く落ちてくる。遠くに落とせばそれで終わりだというのに、趙は必ず打ち返せるくらいの場所にしかサーブを打たなかった。あまりにもワンサイドではつまらないという趙らしい遊び心であるが、意外とそういう配慮が無いのはむしろツグミの方だ。ツグミにスパイクを打たせたら、絶対に拾えない場所に落とされてそこで終わる。
結局、このボールが最後のチャンスなのだ。
「拾います!」
「任せた」
まずはツバメがレシーブを打ち上げる。
ボールはふんわりと空に優しく舞い、彼方は地面を蹴って高く飛んだ。五メートル以上離れた遠いネット目がけ、拳で思い切りアタックを打つ。
ボールは趙とツグミのちょうど中間あたりを目指して弾丸のように直進する。普通に走ればまず届かない位置だが、趙には黄泉比良坂がある。
趙が足で虹色の鏡面を描いて踏み割り、地面に開けたゲートに落下していく。
「潜りましたね!」
趙が地面の下に潜ったのを確認し、ツバメが後方から飛び出した。
ツバメはネットに向かって全力疾走していた。彼方が打ち出したボールの軌道よりも速く、風のように砂浜を翔ける。その背中からは黒い流線形の羽が生えていた。名前通りの燕の黒翼が。
ツバメはネット際で鋭く空に急浮上した。そして振り上げた手がボールを捉える。
このボールはまだ二回しか触られていない。ツバメのレシーブ、そして彼方のアタック。
よって、あと一回だけ触れる権利が残っている。彼方のアタックはあくまでも変則トスであり、本命はツバメの再スパイクだ。ツバメはネット際で真下にボールを叩き落とした!
この軌道変更は地面に潜っている趙には視認できない。さっき押し寄せるオークに慌てていたところを見るに、黄泉比良坂の発動中に外界の様子を確認することはできないはずだ。
彼方の読み通り、趙が再び地面から顔を出した場所は実際の着弾点からは遠く離れていた。ボールが地面をバウンドし、点数が自動で加算される。
ゲームセット。彼方とツバメの勝利だ。
「やりましたー!」
両手を上げて駆けてくるツバメとハイタッチを交わす。そのまま勢いあまって地面に砂地に倒れ込んだ。
「ありがとう。私は長らく忘れていた、私がアシストに回るという選択肢を。私だけでは駄目でも、私に近い能力を持つ誰かの背中を押せる」
「我もなかなか楽しめたある。そんじゃまたな」
「もう帰るのか? どこに帰るのか知らないが」
「汝、もう押してるあるよ。我も逃げなければ飲まれるのね」
見れば、確かにツバメに押し倒された彼方の背中は終末器の上にあった。ゲームが終了した時点で終末器は出現していたのだ。
「確かにゲームに勝ってこの世界の目的は果たした。夢なんて長居するものじゃないしな」
「そゆことあるな。そんじゃなー」
趙は虹色の環の向こうへと姿を消した。そして地平線の彼方から髑髏の海が押し寄せる。
大量の髑髏には縮尺というものが存在しなかった。小さいものは原子サイズから大きいものは惑星サイズまで、空間のあらゆる座標が髑髏で占拠されて圧し潰される。
バレーコートも海もビーチパラソルも、全てのスケールを余すことなく覆っていく。ツバメとツグミの記憶もすぐに髑髏の波に飲み込まれ、彼方も無限に続く赤の中へと落ちていく。
夢の世界が終わる。彼方に僅かな収穫を残して。
先攻のサーバーは趙だ。
趙が投げ上げたボールは、オークを投げ飛ばしたときのようにくるくる回転して高く高く舞い上がる。
そして髑髏の地面を踏み切って大きく跳躍し、趙の掌は頂点でボールを捉えた。
打球はそこそこ鋭いが本気ではない。彼方はゆったりとレシーブで受け、ツバメに向けてボールを浮かせた。
「頼むぞ」
「はいっ!」
ツバメが髑髏の砂地を蹴った。両手を後ろに下げた状態から、思い切り膝を曲げて飛び上がる。
実に彼女らしい模範的な跳躍だ。雑誌の表紙をそのまま貼り付けたような芸術的なフォームでボールを打ち降ろす。打球はちょうどライン上をバウンドした。
「ナイスキー!」
トンと着地したツバメは振り返って片手ピースで応じる。
こう見えてツバメも卓越した身体操縦技能を持つVRプロゲーマーの個体だ。どのように身体を動かせばよいのか把握する能力、そして思い描いたように身体を動かす能力があり、どんなスポーツもそつなくこなせる。
今度はこちらのサーブから再びラリーが始まり、彼方もツバメに負けじとボールを拳で思い切りぶん殴ってスパイクする。柔らかいボールが変形し、アンバランスに風を受けて横にカーブしてコート上を跳ねた。
自動で捲られる点数ボードがどんどん進んでいく。序盤こそ一進一退の攻防が繰り広げられていたが、徐々に彼方とツバメの優位で状況が定着し始める。ツグミとツバメは同じくらい動いているのだが、全く手を抜かない彼方に対してイマイチ迫真さに欠ける趙という部分で差が付いている。
十分も経つ頃にはもう彼方&ツバメチームのマッチポイントとなっていた。
「残り一点。そろそろ本気を出してもいいんだぜ、趙。今は誰もお前を買収していない」
「我は常に本気あるなー」
「嘘吐け!」
ツバメのトスを彼方は思い切りスパイクする。
彼方はもうボールを殴って歪ませるイレギュラーカーブを使いこなしていた。手前に落とすと見せかけて奥へと伸びていく。
ツグミのダイブは十センチ届かず、趙のいる場所も着地点からは遠い。これでゲームセットだ。
そのとき、趙が地面を足でくるりとなぞった。足元にあの虹の落書きが現れる。
そして虹の面を足で叩き割り、趙は地面の下へと潜った。鏡面が消えたと同時に、今度はボールの落下地点にゲートが出現する。
ゲートから現れた趙が下から突き上げるようなパンチでスパイクを切り返す。不意を突かれたツバメはレシーブを受け損ね、地面にボールが落ちた。
「お前それ、ズルいだろ」
「セーフあるよ、公式ルールで禁止されてないのね。我が『黄泉比良坂』を使うのは我が普通に走ったり飛んだりするのと何も変わらないある。妬んだらダメダメ」
「思い出した。ファンタジスタのゲーム中にお前がやたら早く移動していたときがあったな。あの立夏が何度計算しても速度と座標の計算が合わなかった。お前ファンタジスタでも使っていただろう、その黄泉比良坂とかいうワープ能力を」
「バレたか? しかし我の黄泉比良坂をワープ扱いとは心外あるな。それに汝も汝の能力を使えばよろし」
「私が終末器を使うとこの夢自体が終わってしまう。それはゲームに勝つというよりは強制ノーゲームだ。私はゲームをクリアするまでは自殺しないし世界も滅ぼさない」
「それも汝の能力、我は別に構わんけどな」
「私は構う。このまま続行だ。どうせお前がワープできたところでどこからでもボールを拾えるという程度の話でしかない。ツバメだって不意を突かれなければ受け損ねるほどのものじゃない」
「その意気はよろし」
趙が感心したように手を叩く。
すると、さっきのように一瞬でフィールドが切り替わった。今度は各辺が三倍近くある広大なバレーコートが出現する。
「これは明らかな反則だろう、流石に。公式ルールでもフィールドの広さは決まっていたはずだ」
「汝、開始前にフィールドを作るのは我に任せるって言ったあるな。ルールは原則として公式準拠、ただしフィールドだけは我が自由に指定できると考えるのが妥当なのね」
「お前な……」
趙はこれで意外と負けず嫌い、というわけでもないのが面倒なところだ。
ただできることは何でもやりたいし、屁理屈上等でワチャワチャした揉め事それ自体を楽しむタイプ。もちろんそれはゲーム内だけではなく盤外戦術にまで及んでおり、買収を巡る喧々諤々の議論だって趙の遊びに含まれているのだ。正々堂々派の彼方に趙を超える屁理屈が浮かぶはずもなく、なし崩しでゲームが再開する。
「くそっ」
さすがの彼方も足が届かない範囲が広すぎる。コンクリートとローラーブレードなら彼方が全力で踏み込めば一歩で移動できる距離でも、砂地と裸足ではそうもいかない。それはツバメも同じ、二人でカバーできるのは精々コートの半分というところ。
そんな中で趙だけが黄泉比良坂とやらでゲートを通ってどこへでも転移してボールを打ち返してくる。これでは点の取りようがない。
敵チームのツグミは屁理屈による圧倒的優位に最初は困惑していたが、舌を出してごめんねと手を合わせてからは優位を利用して趙をアシストするプレイをしている。切り替えの早さはやはりゲーマーだ。
「タイム!」
いよいよ点差が逆転に近付いたとき、彼方とツバメが同時に声を上げた。
公式ルールでタイムアウトは六十秒しかない。お互いにダッシュで近付き、ツバメが彼方の首に腕を回してしゃがみ込んだ。
しかもギュッと手を掴んでくる。趙たちから聞かれないようにするためとはわかっていても、距離の近さにドキッとする。汗ばんだ身体からやたら良い匂いがする、あと胸も大きい。さすが美少女アイドル。
「このままじゃマズいです、二人で何とかできませんか?」
「戦闘ならどうとでもなるが、これは純粋に物理的な問題だ。単に距離が届かない。私の足でも君の足でも」
「でも二人なら届くかもしれません」
「二人三脚は走行速度を上げるテクニックではない」
「比喩ですよ、比喩! 考えるんです、私たち二人で協力して何とかできないか」
「協力」
彼方はツバメのような味方と協力する経験が自分にまるで欠けていることに今初めて気付いた。
立夏とのペアは協力というよりは補佐に近かった。非力だが頭が切れる立夏がサポートに周り、圧倒的なフィジカルを持つ彼方が蹂躙するという完全な分業体制。同じように戦える味方と並んで戦うことは一度もなかった。
「私には経験がない。その戦略にはどういうパターンがあるか教えてほしい」
「まずは自分が二人いるのを思い浮かべましょう。自分の身体が二つ動かせるときに何をするのが一番いいかです」
「考えたこともなかった。そんな発想ができるのか」
「そうしたら、次はそれは本当に仲間と一緒にできるかです。仲間は自分のように動けるか、動いてもらうにはどうすればいいかを考えるんです」
彼方が二人いたらどうするだろう。自分と自分ならどうやって趙を出し抜くか。
彼方の脳味噌が今までにない回転を始め、議論の口も動き出した。
「……私ならまずスパイクで……」
「……たぶんそれは取られますよ……」
「……恐らく黄泉比良坂の弱点は……」
「……だったらそれを私が……」
「……君が走れば一回だけなら……」
「はい、六十秒あるよー」
そこでいきなり趙がサーブを打った。
タイムアウトの時間は決まっているとはいえ、会話中に打ち込んでくるあたり迷いがない。
とはいえボールは彼方たちのいるあたりを目がけて緩く落ちてくる。遠くに落とせばそれで終わりだというのに、趙は必ず打ち返せるくらいの場所にしかサーブを打たなかった。あまりにもワンサイドではつまらないという趙らしい遊び心であるが、意外とそういう配慮が無いのはむしろツグミの方だ。ツグミにスパイクを打たせたら、絶対に拾えない場所に落とされてそこで終わる。
結局、このボールが最後のチャンスなのだ。
「拾います!」
「任せた」
まずはツバメがレシーブを打ち上げる。
ボールはふんわりと空に優しく舞い、彼方は地面を蹴って高く飛んだ。五メートル以上離れた遠いネット目がけ、拳で思い切りアタックを打つ。
ボールは趙とツグミのちょうど中間あたりを目指して弾丸のように直進する。普通に走ればまず届かない位置だが、趙には黄泉比良坂がある。
趙が足で虹色の鏡面を描いて踏み割り、地面に開けたゲートに落下していく。
「潜りましたね!」
趙が地面の下に潜ったのを確認し、ツバメが後方から飛び出した。
ツバメはネットに向かって全力疾走していた。彼方が打ち出したボールの軌道よりも速く、風のように砂浜を翔ける。その背中からは黒い流線形の羽が生えていた。名前通りの燕の黒翼が。
ツバメはネット際で鋭く空に急浮上した。そして振り上げた手がボールを捉える。
このボールはまだ二回しか触られていない。ツバメのレシーブ、そして彼方のアタック。
よって、あと一回だけ触れる権利が残っている。彼方のアタックはあくまでも変則トスであり、本命はツバメの再スパイクだ。ツバメはネット際で真下にボールを叩き落とした!
この軌道変更は地面に潜っている趙には視認できない。さっき押し寄せるオークに慌てていたところを見るに、黄泉比良坂の発動中に外界の様子を確認することはできないはずだ。
彼方の読み通り、趙が再び地面から顔を出した場所は実際の着弾点からは遠く離れていた。ボールが地面をバウンドし、点数が自動で加算される。
ゲームセット。彼方とツバメの勝利だ。
「やりましたー!」
両手を上げて駆けてくるツバメとハイタッチを交わす。そのまま勢いあまって地面に砂地に倒れ込んだ。
「ありがとう。私は長らく忘れていた、私がアシストに回るという選択肢を。私だけでは駄目でも、私に近い能力を持つ誰かの背中を押せる」
「我もなかなか楽しめたある。そんじゃまたな」
「もう帰るのか? どこに帰るのか知らないが」
「汝、もう押してるあるよ。我も逃げなければ飲まれるのね」
見れば、確かにツバメに押し倒された彼方の背中は終末器の上にあった。ゲームが終了した時点で終末器は出現していたのだ。
「確かにゲームに勝ってこの世界の目的は果たした。夢なんて長居するものじゃないしな」
「そゆことあるな。そんじゃなー」
趙は虹色の環の向こうへと姿を消した。そして地平線の彼方から髑髏の海が押し寄せる。
大量の髑髏には縮尺というものが存在しなかった。小さいものは原子サイズから大きいものは惑星サイズまで、空間のあらゆる座標が髑髏で占拠されて圧し潰される。
バレーコートも海もビーチパラソルも、全てのスケールを余すことなく覆っていく。ツバメとツグミの記憶もすぐに髑髏の波に飲み込まれ、彼方も無限に続く赤の中へと落ちていく。
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