ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第8章 いまいち燃えない私

第39話:いまいち燃えない私・3

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 目覚めた。
 スマートフォンで日付を見て、三ヶ月経ったと計算するまで二秒もかかった。起床ゼロ秒でフル回転したはずの彼方の脳髄はすっかりスロースターターになってしまった。
 しかし動き続けているだけマシだと思われなければならない。この村に飲み込まれてカレンダーを見なくなったときが本当の終わりだ。
 自分の口から垂れる涎を拭う。まだ意識が朦朧としている。視界の淵が揺らいでいる。慢性的な頭痛が堪える。

 枕元には大きな桶に水が張ってあり、その中央に浮いて積まれた茶色い葉がぶすぶすと黒い煙を吐いていた。
 これは大麻の類だ。燃やすと脳をふわふわさせる快楽物質か何かが含まれた煙が出る。こんなもので誤魔化さないと精神が保たないのだ。
 桶を掴んで窓から外に中身を投げ捨てる。窓の下の地面には湿気た葉が積み重なって腐敗臭を放っている。
 そんな彼方の有様に立夏とリツカの関心は薄く、相変わらず花の研究に邁進するばかりだ。彼方からエネルギーを吸い取るかのように例の花は輝きを増していく。いまや日差しが入る朝に栽培棚を見ると、そこに電球があるのかと錯覚するほどだ。

「……うえ」

 額を抑えて吐き気を誤魔化しつつ、家の外にふらふらと迷い出る。
 耳障りな声がする。隣の家で先週生まれたエルフがもう何かの歌を諳んじていた。
 この村ではエルフですら芋のようなスピードで育つ。妊娠から出産までは一週間程度しかかからず、次の一週間ほどで完全に大人へと成長し、そのあとはずっと同じサイズを維持する。オークが定期的に殺戮に来ても一向に数が減らないのはそのためだ。
 そして成長しきった頃には既に身の周りの道具や神話や伝説について一定の知識を持っている。口伝すら必要ない。彼らは文字や口述で知識を学ぶのではなく、スポーンした時点で既に先天的に知識を持っているのだ。
 会話が妙にスムーズである理由もそれだ。彼らは明らかにこの村では発生し得ない語彙を持っている。そもそも戦争もなく森に囲まれた村の中で「荒野」とか「軍隊」とかいう単語が通じるわけがない。
 完成形でスポーンするのは村自体も同じ。この村には鍛冶屋がいないのに、隅にはいつも収穫作業用の鋤が転がっている。外部から持ち込まれたものではない。古い鋤が壊れた次の日にはまた新しいものがどこかに現れる。風呂場にある石鹸などは完全な消耗品のはずだが、ちょうどよいタイミングで必ず補給される。誰も読めないはずの本がわざわざ村の中にあるのもそう。そういう初期状態が固定されている。
 物理法則と同じくらい基本的なルールとして、この世界には恒常性がある。
 あらゆる物事が無時間的に固定され、長期的な変化が起こらない。フリーズした事物が流通し、上滑りする月日が永遠に空回る。
 この村は巨大な回し車で、彼方はその中を全力疾走するハムスターでしかない。一見すると活発に走れそうなあたりなおさら性質が悪い。
 それは閉じ込められた車輪の中で空転しているだけで、実際には何一つ変化していないというのに。

「は」

 何の前兆も無く、突如として意識が清明を取り戻した。
 目の前にはイツキがいた。彼女は木刀を構えてこちらに向けており、彼方も同じ構えを取っている。
 ここは村から離れたいつもの森の広場だ。傍らには豚が倒れて地面に血を垂れ流していた。

「私は今まで何をしていた?」
「え? さっき豚を仕留めて、ちょうど今剣を握ったところでありますが」
「そうか」

 木刀を改めて握り直す。
 いまや彼方が曖昧な状態でいることは珍しくなかったが、武器を手にしたときだけは清明な意識が戻ってくる。

「最近ずっと考え事をしていますが、剣を持つとしゃきっとするのですね」
「そうだな。私はこれで暮らしていたから」
「さぞ上手だったのでしょう」
「君にもこのスポーツの才能がある。もしかしたら、この世界のどこかには君が本来の才能を発揮する場所があるかもしれない」
「光栄でありますが、しかしそれをしたいとは思いません。この村を出る気はありませんし」
「ふむ」

 彼方の頭は大きな加速度で再回転を始める。この無限に回る不毛な車輪を抜け出すためにはどうすればいい?
 まずは手札を確認しよう。結局のところ、彼方の武器とは誰が相手でも殺害を厭わない想像力と、その実現を裏打ちする暴力である。
 よって彼方が状況を動かそうとすれば「オークを殲滅する」とか「エルフの誰かと決闘して殺す」とか血生臭い話にするのが最も手っ取り早い。
 だが、それを許さないのが立夏との誓いだ。立夏はもっと早くからこの世界の法則に気付いていて、彼方がそれに耐えかねて脱出を目指すことも予測していた。だから彼方がそう動けないように不殺の誓いをかけた。彼方に立夏との約束を破る選択肢はない。立夏が打った先手は完全に機能している。
 しかし彼方の脳裏によぎるのは血に染まったビーチの夢だ。彼方が変則パスを上げてツバメが最後のアタックを決めたあの試合。夢ではあったが、それも異世界における貴重な経験の一つだ。彼方が無理なら、彼方の代わりに状況を動かしてくれる者にボールを回せばいい。
 立夏との誓いが無く自由に動ける者、このエルフの世界に干渉できる者、そして何よりも彼方に匹敵する暴力を持つ者。

「やはりイツキだ。暴力は既に十分にある。あとは暴力を行使する想像力さえあれば……」
「はい?」
「いや……その位置で横からの打撃を受けるときは、柄を両手で持つよりは刀身に片手を添えた方がいい」
「なるほど、こちらの方が衝撃が小さいのですね」
「そうだ。君は私ほど腕力が強くないから」

 相変わらずイツキは素直で何でも吸収する。
 いまやその剣技はファンタジスタ全日本高校選手権でも準決勝クラスの水準に達していた。あとは自分の身体や癖に合わせた独自の改善さえできれば優勝争いに食い込めるはずだが、しかしイツキは教えられた以上のことは決して行わなかった。彼女にとってこれはどこまでも真似事の手習いで、主体性が根本的に欠落しているのだ。
 一度くらいは本気で切りかかってみるべきか。そうしなければ死ぬ状況に追い込まれれば嫌でもレベルアップするのではないか。
 いや、恐らくそれはない。エルフに命の危機で覚醒するような胆力があれば、オークに殺される前に魔法陣でも何でも使って抵抗しているはずだ。
 それにイツキを撲殺してしまうリスクはあまりにも大きい。立夏との誓いを破ることになるばかりか、現状で唯一の突破口を失うことになる。
 結局、彼方にできることは無為な問いかけを繰り返すことくらいだ。

「オークに復讐したいとは思ったことはないか? オークを殺したくはないか?」
「それをして何か良いことがあるのでしょうか?」
「これは一般論として、被害者には加害者に報復する権利がある。君らだって殺されるときは恐怖で震えるし、仲間が死んだときは悲しみで泣くはずだ。それは理不尽だと思わないか」
「相手を殺すことと、仲間が死んでしまったことと何の関係があるのでしょうか」
「少なくとも次の死者は出ない」
「そうでしょうか?」

 ずっとこの調子だ。話が噛み合わない、考え方が根本から違う。
 エルフも死に際して恐怖や絶望を感じるのはわかっている。オークに殺されるエルフの死に際を何度も間近で見て確認した。彼らは決して感情が死んでいるわけではない。
 だとすれば、単に忘れるのが非常に早いだけなのだろうか。感情は減衰するものだし、その減衰係数がとてつもなく大きいだけなのだろうか。だからオークが去った直後にはすっかり恐怖を忘れてしまって、死体を埋めて肥料にしたらまたのどかな暮らしを再開するのだろうか。
 忘れるのが早いから対策も立てない。柵を強化して未来の襲撃に備える考えにまで到達しない。

「……」

 打ち合わせた剣先を絡めて素早く手首を返し、イツキの持つ木刀を撃ち落とそうとする。
 イツキはそれを察知して指先を柔らかく外した。木刀を緩く握ることで巻き落としを回避する。教えた通りの完璧な動作、予定調和。
 そう、予定調和! 何もかもがそれなのだ。
 エルフの個体数を恒常的に維持するためにオークはエルフを殺しているのかもしれない、そしてエルフは増えすぎないために自らの身を守らないのかもしれないとすら思う。
 エルフの数量が一から二になったのを一に戻すのがオークの襲撃なのであって、それを止めてしまえばエルフは一から二へ、二から四へと倍々で増えてしまう。指数増加と定数維持は相容れない。

「そろそろ休憩しようか」
「疲れたのであります……」

 イツキの息が上がってきたあたりで二人で木陰に腰を下ろした。
 イツキが冷たい水の入った竹の水筒に口を付け、美味しそうにごくごくと飲むところを彼方は横からぼんやり見ていた。
 彼方からエルフ族への嫌悪は増す一方だったが、もちろんイツキは例外だ。日々のストレス発散に付き合ってくれることがどれだけありがたいかわからない。この村にイツキがいなければ彼方の頭はとうの昔にすっかりおかしくなっていただろう。

「いつも付き合ってくれてありがとう」
「珍しいですね。どういたしまして」
「私はこの文化が本当に好きなんだ。君はこれが好きか?」
「うーん、好きでも嫌いでもありません。身体を動かすのは悪くありませんが、時間を潰すだけなら眠っていた方が気楽であります」
「私には活発に動いている君の方が魅力的に見える」

 彼方は大木に立てかけておいたスマホを手に取って録画を見る。
 いまやイツキを育てることがこの村で唯一の楽しみであり、成長記録を付けるためによく動画を撮っていた。
 才能ある者が次々に新しい技巧を覚えていく過程は一つの芸術ですらある。オリジナリティが無いことだけが珠に傷だが、それでも弟子の成長を見るのは愛おしい。かつてVAISが割と鬱陶しく話しかけてきたのも少しだけ気持ちがわかる。
 カメラロールには彼方とイツキが撃ち合う動画が保存されている。動画で見てもイツキの動きは型としては完璧だ。先週よりも動きが洗練されている。慣れた分だけ動き出しにかかる判断ロスが減っている。
 だが、主体的な独自性は無い。どこまでも彼方の下位互換なのだ。
 水を飲みながらぼんやりスマホを見ていると、隣からイツキが顔を出した。

「すごいのですね。まるで私がそこにいるようです」
「今更か? 今までも割とよく撮っていたが」
「異邦人のアイテムはいつもよくわからないのであまり気にしていませんでした。でもこれは見ればわかるのです」

 イツキの顔をちらと見て思わず二度見した。
 イツキの目には見たことが無い光が宿っていた。モニターの中で動く自分自身を食い入るように見ている。何事にも反応の薄いエルフが心の底からの関心を見せるのを彼方は初めて見た。

「そう、こうした方がいいのでしょうか」

 イツキが立ち上がり、スマートフォンを横目で見ながら軽く木刀を素振りする。
 僅かにブレていた体幹が修正され、今まで一番綺麗なフォームでピタッと動きが止まった。それができるならもっと早くに見せていればよかった。

「それでいい。興味があるならいくらでも教える」

 いくつかボタンを押して見せるだけでイツキはカメラロールの使い方も理解した。巻き戻しや一時停止を使いながら、自主的にフォームを修正していく。
 そうやって首を傾げながら十回目に木刀を振ったとき、極僅かではあるが、そこにオリジナリティが生まれたことを彼方は見逃さなかった。
 本当は木刀を上から下に振り切るのではなく、イツキの手首の柔軟性を活かすためには少しだけあそびを作っておいた方がいいのだ。腕力で強引に剣を切り返せる彼方とは違う、イツキだけの創造性。あれほど待ち望んでいた想像力が目の前で発現している。

「まさか、こんな簡単なことだったのか?」

 頭に閃光が走る。ひょっとして、足りなかったのはこれだけなのではないか?
 イツキに主体性が欠如していたのも、エルフが怠惰なのも、世界が繰り返すのも、ただこれが欠落していた結果に過ぎなかったのだとしたら。
 彼方は努めて何でもない風を装ってスマートフォンをイツキに手渡した。

「興味があるなら君にこれをあげてもいい。今までの稽古もだいたいここに撮ってある。古い動画の見方も教えよう」
「ありがとうございます。でも良いのでしょうか? きっと大事なものでしょう」
「君が持っていた方が有益だ。私にとっても」

 彼方の推測が正しければ、あとは時間の問題だ。
 だって、オークの襲撃もカメラロールに残してあるから。
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