ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第10章 MOMOチャレンジ一年生

第52話:MOMOチャレンジ一年生・2

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「懐かしい攻撃だ」

 大型兵器を処分がてらそのまま敵にぶつける攻撃はファンタジスタではありふれたものだった。
 ゲームにおいて兵器は高価な品物ではなく、試合ごとにインスタンス生成されるオブジェクトの一つでしかないからだ。特にガソリン駆動の大型機体であれば延焼と大質量を兼ねた強力な攻撃手段となる。
 彼方は立夏を小脇に抱えて溝に向かって飛んだ。屋根の下へと飛び降り、片手で天井を掴んで部屋の中へと転がり込む。立夏を背中に背負い直して廊下を走り出した。背後から爆発音が立て続けに響く。

「悪いな、巻き込んで」
「別にどうでもいいよ~。いきなり拉致されることなんてアンダーグラウンドでは珍しくもないし。それがお姉さんでもジュリエットでも大して変わらないから」
「私はお姉さんではなく彼方という名前だ。たぶん年齢も立夏とそう変わらない」
「あは、ひょっとしてお姉さんって名前だと勘違いされてそう呼ばれてると思った?」

 立夏がつまらなさそうに吐く溜息が背中をくすぐる。その軽い身体も、肩に置かれる小さな手も、彼方の記憶にあるものと何一つ違わない。

「私は以前にも狭い廊下で爆風に煽られながら立夏を背負って走った経験があるが、君にその経験はない。君は私の知っている立夏とは別個体だから」
「そういう検討はモノローグでやってくれるかな~。お姉さんローカルな話を私に振られても反応に困っちゃうから」
「一理ある」

 残る謎と答えを彼方は口には出さなかった。つまり貫存在トランセンドではない立夏がどうして彼方と同様に自我を保ったままで世界を越えられていたのか。
 答えは「立夏は装備品扱いだったから」だ。彼方が終末器で逆創造を行う際、次の世界に移動するのは彼方自身だけではない。着用しているトレンチコートやローラーブレード、そしてポケットの中の生体印刷機やマルチツールも全て持ち越せていた。転移時にいつも至近距離にいた立夏も装備品として同じ扱いを受けた。
 要するに、終末器の逆創造はなのだ。彼方自身やアイテム類の損傷は全回復し、ステータスや装備や能力も引き継いだまま次の世界に転移する。クリア時のボーナスとしては妥当な挙動だろう。

「ちなみに武器庫ならたぶん右、左、右、右。そこに無ければ一つ下」
「助かる。ここに来たことがあるのか?」
「無いけどヘリから見ればだいたいわかるよ、非常事態にすぐ行けて迎撃に向いてる場所くらい」
「武器庫を探していることもよくわかったな」
「あは、どう見てもジュリエットの方がお姉さんより強いからね~。ボタン押しゲームでボタンから逃げるわけにもいかないし、小手先の武器で何とか誤魔化すしかないでしょ」
「君はジュリエットと知り合いなのか?」
「私が一方的に知ってるだけだね。ジュリエットはDarkTubeに動画チャンネル持ってるし、アニメの感想ブログも毎週更新してるし、ダークウェブでは人気者だから」
「立夏がそう言うなら相当な有名人なんだろう。立夏にとっては人間の違いなんてちょっとした誤差でしかないはずだから。本当に関心がある相手はその目に刺している花だけ」
「何でそれを知ってるのかな? 誰にも言ったことないし、誰にも言わないと思ってたけど」
「なんだ、その程度には特別扱いだったのか」

 喋りながら廊下を全速力で走り抜けていく。
 次元鉄道とヘリコプターの攻撃を立て続けに受けた屋敷だが、爆心地から離れればそれを忘れるほど静謐な空間が顔を出す。木板床の上には赤いカーペットが敷かれ、洒落た中世風のライトが一定間隔で配置されている。若干の煙臭さが流れ込んできているものの、この程度ならコートの襟を立てるほどでもない。
 踏みしめる床の感触から、この屋敷は思ったよりも丈夫にできていることがわかる。見た目には巨大な木組みのログハウスにも見えたが、内側はしっかりした鉄筋入りのコンクリートで作られている。ジュリエットをかいくぐって地上二十メートルの高さに浮くボタンを押さなければいけないことを考えると、足場が堅牢であるに越したことはない。
 立夏が指示した通りに進むと、確かに金属プレートにarmouryと刻印された扉の前に辿り着いた。銀色に光る金属扉のノブには金庫のような回転シリンダーが取り付けられている。試しに握って押してみるがもちろんびくともしない。

「パスワードはだいたい予想付くけどね~。不特定多数の人が使うお屋敷なら、ある程度は共有できてるフレーズじゃないと意味ないし。候補は五個くらいあるけど、いけそうな順番に……」
「要らない」

 彼方は立夏を背中から地面に降ろすと鋭く息を吸った。床を強く踏み切り、宙を前回りで二回転する。全体重と速度を乗せたローラーブレードを蹴り下ろす。ノブはシリンダーごと一発で吹き飛んだ。

「わお」

 窓が締め切られた武器庫の中は埃っぽい。一歩踏み出すごとに地雷でも踏んだかのような白い煙が舞い上がる。
 あちらこちらに積まれた木箱に武器が収納されているが、似通った武器を適当にまとめて突っ込んであるだけだ。日本刀も青龍刀もレイピアもまとめて柄を上にして細長い木箱にぶち込まれているという有様で、運動部の部室のような趣すらある。手入れも全くされておらず、錆び始めているものも多い。銃弾のケースなど大小様々な弾が大きなクリアケースに無造作に詰め込まれている。飴かラムネのケースのようだ。口径や全長の記載すらない。
 彼方は木箱をいくつもひっくり返して中身を床にぶちまけていく。一番多いのは大小さまざまな刀剣ナイフ類だが、それに混じって鉄球、チャクラム、ブーメランのようなマイナー武器が床を転がっていく。いずれも実戦を想定してしっかり作られたものではある。肉厚なステンレスで作られたブーメランの刃は直撃すれば人の頭くらいは簡単に砕けるだろう。

「さて、どうしたものかな。武器を集めたくらいで勝てるとは思えないが、武器も集めずに勝てるとも思えない。漁りながら考えるしかないか」

「これなんかどーかな。私のオススメ」

 その声はうっすら紫がかった大きな鎌の下から聞こえてくる。
 薄い刃を持ち上げると、案の定そこには蛆虫が密集していた。ただの地面が死体の表面のように泡立っている。蛆虫たちが床からゆっくりと盛り上がって灰火の身体を作る。

「この大鎌は屋内で振り回せるサイズじゃないだろう。そしてお前は本当にどこからでも湧いてくるんだな」
「別にスパイとかじゃないから安心してね。フェアでいたいと思ってるわけじゃないけど、特にどっちに肩入れするモチベーションも無いからね」
「わかっている。お前は誰の味方でもない」
「でもどちらかと言えば彼方の味方寄りではあるかな。どう見てもジュリエットがボスで彼方がチャレンジャーだからさ、判官贔屓の視聴者としては弱い方を応援したくなっちゃうよね」
「立夏の診断でも私の判断でも私が劣勢だ。それでも私は勝たなければならない」
「それも彼方一人でね。だって君も味方じゃないよね?」

 灰火の膝から下が蛆虫になってドシャリと崩れた。立夏と物理的に目線を合わせてへにゃっと微笑む。

「立夏ちゃんだっけ。私に似ているやつを久しぶりに見た気がするよ。属性が被っているのはキャラとしてはあまり良くないかもしれないけどね」
「あは、なんだかさっきから一方的にシンパシーを持ってくるロリコンお姉さんが多いな~。そういう百合ハーレムみたいなやつ、別に私は全然嬉しくないけど」
「君の花が埋まった目、虫が詰まった私の身体によく似てるんだよね。どうでもよすぎて適当にごちゃっと混ぜちゃうその感じ、すごくよくわかってるつもり。花と虫って相性良いと思わないかな。君さえ良ければ、もう片方の目は花じゃなくて蛆虫で埋めてみない?」
「お断り~。私は花が好きなだけ、生き物大好きダーウィンキッズじゃないから」

 口ではきっぱり断る立夏だが、その態度が確実に軟化していることを彼方は見逃さなかった。どんな相手とも常に固定した距離を取る独特の警戒が僅かに薄れている。
 一瞬で距離を詰めてしまった灰火に嫉妬しないと言えば嘘になるが、それもわからない話ではない。灰火が分析するように確かにこの二人には似たところがある。誰にも似る気が無いというところで似ているという捻れ、自分を含む人間全てへの関心が極めて薄いという点で消極的に同調するポテンシャルがあるのだ。

「そういえば白花……灰火の親戚みたいなやつと、立夏はそれなりに気が合っていた記憶がある」
「それ付き合って結婚した? もしくは眼窩に蛆虫が寄生した?」
「いいや、白花は自殺した。私と立夏を巻き込んで爆死しようとしたが、ギリギリ逃げ切った」
「それいーね! 彼方もやってみたらどーかな。 ジュリエットにもワンチャン勝てるかもよ」
「相討ちは結局私の負けだ。ボタンを押せないまま二人とも死ぬのは私の敗北条件しかクリアしない。だが、発想自体は悪くない。ゲームで格上の相手に勝つには、戦略的かつ積極的にリスクを取るべきだ。貫存在である私はこの世界でいったい何を捨てられる?」
「それは私たちに聞かれてもな~」
「ねーっ!」

 いつの間にか灰火は立夏に背中からまとわりついていた。膝から先がまだ蛆虫になって崩れたままで、身体の構成にもいまいちやる気がない。ところどころ体表面に蛆虫が泡立っており、それは立夏の身体を伝って地面にぽとぽとと落ちていく。もっとも、立夏が皮膚を這う蛆を気にする様子はない。

「元より君ら二人は私の仲間ではないしゲームの参加者でもない。せいぜい雑談にも付き合ってくれる観客くらいのものだ」
「あは、最初からそう言ってるけどね~」
「だからこれは作戦ミーティングではなく、私が考え事を口に出すだけだ。例えば、君が夜に突然原因不明の高熱を出して寝込んだとしよう。近所の病院はもう閉まっている時間だ。救急は受け付けているだろうが、少し熱を出したくらいで救急車を呼ぶのは大袈裟すぎる。大抵は額に冷えピタの一枚でも貼って、一晩それで我慢するだろう。翌朝になって熱が引いていれば良し、引いていなければ今度こそ朝一で病院に駆け込めばいいさ。君は一晩の間は苦痛を甘受することになるが、それは状況に鑑みて十分に適切な対応と言える。翌日になれば快癒か治療に至ることが保証されているのだから、一晩だけ我慢するという判断はリーズナブルだ。もっと長いスパンで実を取るために一時的な被害から意識的に目を逸らす」
「で、その演説を仲間でもない私たちにして何が言いたいのかな」
「私が学ぶべき相手は君たち二人だということだ。君たちの無関心を見習って、私も意識して目を逸らす術を学ばなくてはならない」
「無関心って教えたり教えられたりできるものだっけ?」
「だから私は勝手に学ぶ。到底学べないことを学ぶのは私の得意分野だ」
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