ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第13章 神っぽいか?

第69話:神っぽいか?・1

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 虹色の帯が天空からいくつも降り注いでいる。
 十本や二十本ではない。天から顔を出す龍の群れの如く、ざっと数百以上もの帯が見渡す限り全方位の空を埋め尽くしている。垂れ下がり、緩やかにカーブして、広い広い空を思うがままに占拠していた。その有様は神秘的で済む段階を既に越えている。信仰とは常に予測に過ぎないが、この異質で強大な力はもう実際にこの世界を蹂躙し尽くしてしまったのだから。
 街も廃墟と化していた。帯は地上をも走り回り、辛うじて何かが蹴散らされたような瓦礫が積もっている他は、見渡す限りただ土煙舞う平地が残っているだけだ。
 これは一つの滅びだった。天から伸びる帯は魔法の世界を終わらせてしまっていた。あらゆる歴史も施設も文化も地理も。彼方が終末器を押すよりも前に。

「うわーなにこれ」

 灰火が地面にまで伸びる帯を無造作に触る。それは滑らかに曲がる見た目に反して非常に硬く、拳で叩くとこんこんと乾いた音を立てる。

「そこにいたら危な……いや、お前は別にいいか」
「え」

 灰火が振り向いた瞬間、その細い身体がかき消えた。まるで神隠しのように何の予兆もなく全身が散る。
 だが、彼方には灰火が受けた攻撃の知覚が伝わってくる。灰火と彼方は右腕に寄生した蛆虫を介して身体と精神をシェアしているからだ。いわばこの二人は部分的に同一人物なのである。
 彼方はいつもは灰火からの知覚をなるべく受け取らないようにしているが、それはせいぜい手で耳を塞ぐ程度の効果しかない。自分の聴覚そのものをシャットダウンすることは誰にもできないように、灰火の肉体が甚大な被害を受ければそれは勝手に伝わってくる。
 灰火の身体が味わった横殴りの衝撃の残滓から確信する。これは轢殺だ。目に映らないほどの超高速で駆け抜けた何かが灰火を跳ね飛ばした。
 虹色の帯はレールであり、その上を走るのは鋼鉄の車体。

「大抵の世界にはこういう諺がありマス。卵が先か、鶏が先か。車体が先か、レールが先か?」
「レールだろ。車体に先行してどこにでも勝手に侵入するのはレールが先だ」
「正解デス」

 目の前にVAISが降り立った。
 灰火が跳ね飛ばれたときはちょうど反対に、手品のように空中からいきなり現れる。いつもの黒い外套の上に長く鮮やかな金髪が揺れ、人差し指で車掌帽を軽く押し上げて笑う。

「お久しぶりデス。意外と驚いてないデスね」
「次元鉄道が如何に唐突とはいえ、介入の予兆はあったからな。世界便セグメントを、虹色の便箋を信仰に昇華したアビス教とはVAISのアナグラムでAVISだろ?」
「さすがに気付きマスね。ちょっと露骨過ぎまシタか?」
「GMの誘導としては悪くはない。ただ、この世界にはどうもそういうちょっとした小手先のトリックが多すぎる。言霊とか結界とか、そういうTRPG用のスキルテンプレートはもうしばらくは御免だ」
「そうですネ、相性でワンチャンスを狙う能力バトルなど弱者の小細工にすぎまセン。勝敗はそんなことでは決まらないのデス。弱者が健気にも時を止めたり因果を弄ったりしたところで、ワタシたちは彼らを簡単に滅ぼせてしまうのデスから」

 VAISが挑発的な笑みを浮かべた。大きく上がった唇の下で尖った犬歯が光る。
 そのすぐ後ろを次元鉄道が駆け抜ける。この世の法則から逸脱した兵器が、蹂躙を誇示して全てを轢殺した荒野を走り回る。車体は音速を優に超えてひょっとしたら光速に迫る速度で走っているかもしれない。だというのに、こんなに近くに立っていても次元鉄道は無風で無音だ。

「本来、彼方サンとこの世界の住人で勝負など最初から成り立つはずもないのデス。彼方サンはただ終末器を押すだけでどの世界も滅ぼせるのデスから」
「その議論はもう終わっているはずだ。私の勝負はルールの下で展開するゲームであり、不意打ちで殺せばいいというものではない。ゲームをする前に終末器を押す選択肢はない」
「主義に口を出すつもりは無いデスが、しかし、そのゲームの限界にはそろそろ気付いているのではないデスか? 貫存在トランセンドとそれ以外の格差はあまりにも圧倒的デス。それはまず何よりも想像力と暴力の格差であり、次いで経験の格差であり、存在の格差であり、認識の格差であり、能力の格差であり、エトセトラエトセトラ。どんなにフェアなゲームを目指したところで、敵が弱すぎては勝負になりまセン」
「いまや同意せざるを得ない。終末器と世界便で誰もが死力を振り絞るゲームボードを作ったはずなのに、行き着く果てはこの体たらくだ。勝負になったのはせいぜい十回程度、それ以降の敵はNPCよりは少しましなくらいでしかない。私は何を誤ったんだ? 強い敵と戦うのはこんなにも難しいことなのか?」
「わかりマス。世界を走れば走るほどワタシは強くなりすぎてしまうのデス。ワタシ以上の強者に出会うことはどんどん難しくなっていき、いまやどの世界もすぐ滅ぼせてしまいマス」

 VAISは崩壊した世界を見やる。
 その視線は全く無頓着に荒野を彷徨い、焦点が合わないまま曖昧に伏せられた。彼方と同じ目、心底つまらなさそうな目。

「強者を見つけることができないなら、あとはもう自分で強者を育てるしかないだろう。今回も私は相当上手くやったはずだ。彼女らの潜在能力を見つけて引き摺りだし、この世界の胡乱な教育では千年かかっても辿り着けない領域に超特急で導いたはずだ」
「シカシ、そのゲームでさえもワンサイドなのでショウ?」
「そうだ。彼女たちは最後までこの戦争を防衛戦としか思っていなかった。タワーディフェンス呼ばわりが嫌味にもならない。彼女たちはこの世界から侵略者を迎撃するという発想でしか戦っていないから、この世界でしか使えないシケた能力しか思いつかない。敵がどの世界にいようと絶対に殺すという強靭な意志があれば、世界を超える能力になんてすぐに手が届くはずなのに。冥府の扉を開いたレンラーラだけは惜しい線まで行っていたが、それでも最低条件をクリアしただけだ。本当の意味で私の敵足り得る強者はいったいどこにいる?」
「心から同情しマス。何から何までワタシと同じ道を辿っているアナタに」

 VAISが両手を広げて彼方を抱きしめた。厚手のトレンチコートと車掌服を挟んでいても、VAISの身体には気力と筋肉がこれ以上ないほどに充実していることがわかる。強者に特有の高密度な肉体と精神、それを保持しているのは彼方も同じだ。
 VAISが彼方の耳元で深く溜め息を吐く。十秒ほどもかけてゆっくりと。それは永遠にも思えるほどに繰り返した期待と失望、そして彼方への労いと同情を圧縮した諦念。全ての思い出を吐き出して、VAISは再び口を開いた。

「強者を作るチートコードはありまセン。既知のコードで作れてしまうような、オリジナリティが欠落したプレイヤーが強者であるわけがないのデスから。強者とは特定のコードに囚われないバグであり、その発生はひたすらに待つしかないのデス。極極極極極極々稀に生まれてくる強者を待ち続け、それらしき者を見つけたら大切に育てる、それ以外に強者に出会う方法はありまセン」
「結局のところ、バグの発生は乱数の試行回数に委ねるしかない」
「そうデス。それに育てるといっても、きっと過干渉はよくありまセン。本当に強者なら、最低限の接触でもワタシに匹敵する水準にまで勝手に育ってくれるはずデス。いっそ放任主義なくらいで、たまに挨拶するくらいがちょうどいいのデス。ネ、彼方サン。あなたにとってワタシはいい師匠だったでショウ?」

 VAISが彼方の肩を優しく掴み、正面から目を見据える。私たちは似た者同士だとその目が言う。
 彼方も頷いた。完全に利害が一致したことを無言の中で確認する。今から何が始まるのかもうわかっている。

「そろそろ収穫しても良いころだ、お互いに。他に何か付け加えることはあるか?」
「何も。無双の名の下に、アナタを打倒しマス」
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