ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第15章 世界の有機構成

第87話:世界の有機構成・8

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 あまりにも理不尽な襲撃に周囲のドラゴンが悲哀の怒号を上げた。
 大小二匹、四つの目が彼方を睨む。強烈な敵意を伴った咆哮が空に響く。魔力生物の激昂に反応して空が赤く歪む。ドラゴンは長命故に種族の絆を極めて強く重んじており、仲間が襲われれば報復も辞さない。
 ドラゴン二匹が彼方を目がけて天空から舞い降りる。ほんの豆粒ほどだった姿が、一瞬で校舎全体をも包む影となって地上を覆った。鱗の鎧に包まれた翼が大きく羽ばたき、風圧で屋上の柵が軋む。生徒たちは悲鳴を上げて逃げ去っていった。
 僅か数秒で、校舎の屋上は突発クエストのステージに変貌した。彼方はトレンチコートを羽織り直し、ローラーブレードの爪先で地面をトンと叩いた。

「昔、私と君で意見が割れたことがあったよな。私はゲームとは全てを賭けた殺し合いだと言ったが、君は可能性を模索する共同作業だと言った」
「確かにそんなこともありましたが」
「よく考えてみれば、別にその二つは矛盾するものではない。私と君の共同作業として敵と殺し合えばいいだけだ」
「それが今ということですか?」

 大小二匹のうち、より若く獰猛なレッドドラゴンの目が三回激しく光った。怒りのままに猛スピードで彼方を目がけて突っ込んでくる。ブルドーザーのように太い爪が振り下ろされるのに合わせて、彼方が屋上を蹴った。
 宙を三回転して駆け上がり、ローラーブレードのハイキックを正面からドラゴンの爪に合わせた。運動量が相殺され、ノックバックで弾かれるのはドラゴンの方だ。
 全身が僅かにたじろぐが、その鋭い眼光は彼方が滞空している隙を見逃さない。丸太よりも太い尾が、彼方の身体を薙ぎ払うべくコンクリートを捲り上げて屋上を滑る。

「全く……」

 神威が地面に手を付いた。瞬間、屋上から虹色の防壁が一気にせり出してくる。緩いカーブを描く壁が尾のスイングをキャッチして逸らした。

「サンキュー!」

 着地した彼方は再びローラーブレードを走らせる。一歩で急加速し、汎将の防壁をガイドレールにしてインラインスケートのように駆け上がっていく。壁の頂上を踏み切って空を高く高く舞った。
 ドラゴンの頭上を取り、半径数十メートルに及ぶ巨大な青い魔法陣が展開する。その中央を蹴り飛ばすと、無数の巨大な氷が地面に降り注ぐ。
 凍て付いた空気の中、大量の雹がドラゴンの翼を打つ。鋼鉄の翼が氷を弾くが、貫通はしないまでも凹ませる程度の威力はある。ドラゴンが鬱陶しそうに首を振って低く唸った。氷に妨害されて翼が振れず、不時着した屋上から飛び立つことができない。
 神威は一つ小さく息を吐くと、氷弾で拘束されたドラゴンに向かって屋上をすたすたと歩いた。まるで街中を歩くように平然とした足取りで、その身体には氷は一発も当たらない。
 そして動けないドラゴンに向けて刃渡り数メートルもある虹色の長刀を両手で振り下ろした。たった一撃でレッドドラゴンの首が綺麗に落ちた。屋上に血の海が溢れ出す。

「やはり私たちの連携には目配せも合図も必要ない。相手のことを誰よりもよく知っているから」
「それはそうでしょう。私たちはお互いを殺すため、相手のことを考えない日はありませんでした。氷の雨だって何度も見ましたし、どこを歩けば安全かだって見ればわかります」
「私は君が何をするのか知っているし、君だって私が何をするのかわかっている。どちらが先ということもなく、お互いがお互いを寸分違わず完全に想像できるような二人がいる。すなわちここに想像の環が一周している」

 残されたブルードラゴンが低い唸り声をあげた。
 目の前で更にもう一頭が殺されてもなお、無闇に突っ込んでこないあたりはやはり冷静だ。先ほどの若いドラゴンはせいぜい百歳ちょっとだろうが、こちらは数百年は生きているエルダー級だろう。

「きっと君と私がいることが創世の条件だ。君と私でお互いを創造する円環を作って、そこから全てを新しく始めよう。まだ見ぬ新たな敵と可能性もきっとそこから生まれてくるだろう」
「もしそれができたとして、新しい世界の環でも同じことが繰り返されるだけではないですか? この円環がそうであるように、私たちで作る宇宙もいつかは安定して固着してしまうでしょう」
「確かにそうかもしれない。だが私たちは観察者ではなくゲーマーだ。もし仮に、KSD世界で再会したときから世界が円環に収束することを知っていたとして、私たちは殺し合って世界を遡ることをやめただろうか?」
「やめなかったでしょうね。可能性とはどこかに堆積するものではなく、私たちが動いて生成し続けるものですから」
「ゲーマーは俯瞰しない。いつだって目の前のゲームをクリアするのが楽しいだけだ。それ以上の使命も目的も必要ない。いずれ定常状態に陥ったとしても、それまでは楽しめるというだけで十分すぎる。行き詰ったらそこでまた考えればいいさ。私と君ならきっと何とかできるだろう」

 彼方と神威は武器を構えて背中合わせに立った。
 彼方が後ろに軽く寄りかかると、神威もまた重心をずらして合わせてくる。神威の心臓の鼓動を背中越しに感じる。ゲームに感じる原始的な興奮と高揚が伝わってくる。

「楽しいな、神威。この敵は雑魚だが、君と一緒ならわりと楽しい。私たち二人で何かを作り出せる気がするから」
「そうですね。私はファンタジスタでは単独参加でしたし、誰かと一緒に戦うのは初めてです」
「私にはゲームを続行するためにゲーマーと協調する選択肢がある。今になってようやく私と君の敵は一致していることがわかった。私は常軌を逸した強敵をぶっ殺すし、それは君にとっては……」
「外れ値を粛清するということです。可能性に満ち溢れた真なる強敵と戦うことが、私たちが共有している遊戯者としての目的意識」

 ブルードラゴンが遂に動く。開けた口が赤く光り、大きな炎弾がいくつも飛ばされる。
 神威が鎖鎌を回して炎をかき消すが、舞う火の粉に混じって今度は小さな細かい炎を空に打ち上げて降らせた。辺りが高熱に包まれ、彼方が飛ばした氷も溶かされて消える。
 そしてドラゴンが巨大な翼を振った。棘の生えた武器でもある鋼の翼が神威に迫る。神威は虹色の長刀を構え直すが、その手元を鋭い熱線が掠めた。凄まじい精度とスピードで放たれる火炎が汎将を弾き飛ばす。

「君には気の毒かもしれないが、まあ、チュートリアルってそういうものだから」

 彼方の声にドラゴンの首が上を向く。
 彼方のローラーブレードには黒翼が生えていた。時間跳躍で時を飛ばし、熱線の上を歩いてドラゴンの口元に辿り着く。
 その手には虹色の大剣が握られている。片手で無造作に振り下ろした刀がドラゴンの固い口を裂いた。そのまま首の上を走り、長い身体を縦に寸断していく。巨大な身体を両断し、死体が左右対称に分かれて崩れ落ちた。血管から噴出したドラゴンの血液が二人にシャワーを浴びせる。
 彼方と神威は転がった死体の中で抱き合った。ドラゴンの首、首無し死体、右半身、左半身。敗者の断片を踏み付けて、手を取り合って踊って舞う。
 まるで鏡と向き合っているようだった。それは視覚的な意味ではなく、もっと力学的な意味で。どう力を入れれば相手がどう動くのかわかっている。そして相手の力を受けて自分がどう動くのかも。取った手も自分であるか相手であるかわからなくなるほどだ。お互いのフィードバックはどこまでも加速する。

「ずっとゲーマーでいよう。私たちより強いやつを作って探して全員ぶっ殺して回ろう。私たちは楽園に安住するアダムとイブではいられない」
「成りましょう、伊邪那岐と伊邪那美に。高天原から黄泉比良坂を下って、一日千五百人を創って千人を殺しましょう」

 足元で汎将が変形し、虹色の終末器を形作る。どちらが先でもない、二人の共同作業としての世界の創造転移。
 重ねた手がボタンを押し下げた。世界が終わる。魔力で赤く染まった空が更に鮮血色に染まり、真っ赤な液体が天から降り注ぐ。

「この感じ、やっぱり君だ。何となく、いつかこうして出会う気してた」

 だが、五七五七七の声と共に雨が巻き戻る。
 赤い液体が天に吸われ、更には透明になって空を青く戻していく。ドラゴンの死体は蜃気楼に飲み込まれて大きくぼやけた。死体が視界と意識をフォーカスすることを拒絶する、そして再び焦点があったときにはまっさらなコンクリートの床しか残っていない。
 認識への強制介入。魔法に侵されたこの世界においても尋常ではない事態。
 見上げた空から、長い箒に乗った少女が二人を見下ろしていた。

「気付いたか。魔法少女」
「悲しいね。君はもちろん、私にとっても」
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