ゲーミング自殺、16連射アルマゲドン

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第15章 世界の有機構成

第88話:世界の有機構成・9

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 五七を五七七で受けるのはあの麗華ウルカだ。
 眩い装飾が散りばめられた臙脂色のドレスを全身に纏っている。もともと見栄えのする外見が更に際立ち、舞踏会に君臨する王女のようだ。箒に跨るのではなく横向きに腰かけている様子は優雅極まる。

 この美しいドレスアップは卒業式の仮装ではない。魔法少女としての変身を完了した姿だ。
 しかし彼女が小学生だった頃のようにフリフリのコスチュームドレスではなく、もっと年齢相応の美しい姿に落ち着いている。手に持っているのも魔法のステッキよりもっと長くて細い、流麗な鈴がいくつも付いた錫杖だ。
 元魔法少女がこの世界でのストーリーを終えた姿。麗華自身も旧友との確執とか幼女性愛とか色々なことに折り合いを付けた末の在り方なのだ。

「二人で熱く愛を語り合っているところ、ごめんね。これでも人の恋路には最大のリスペクトを払うことにしているのだけれども、私には一応この街の平和を維持する義務もあるのだよ」
「それがお前の主義信条か?」
「難しいことを聞くなあ。子供向けの魔法少女はナイーブな正義の味方さ。そういう大人向けの問答には答えられない。君たちはこの世界の脅威らしいから、私の敵ということになってしまう。それが魔法少女の行動原理ということになるかな」
「私も同じようなものだ。ただ見た目が敵っぽいというだけで私は誰とでも戦える」

 彼方がローラーブレードで地面を踏んだ。凍った地面から時を止める。
 しかし、止まった世界でリンと音が響く。錫杖の鈴が鳴らされるだけで時間凍結が解除され、一瞬ポーズをかける程度の効果も得られない。
 空中から見下ろしたまま、麗華が悠然とした笑顔で首を傾げた。

「悪いがそれは通らないのだよ、ここではね」
「お前が通してないだけだろ?」
「私が許さないんじゃない。魔法少女が許さないんだ。だって見たことないだろ、時止めで敵をボコボコにする魔法少女なんて? 逆も然り。まあ、成人向けならともかく、子供向けでは有り得ない。敵にせよ味方にせよ、そんな見栄えのしない戦いはね」
「なるほど、貫存在トランセンドの魔法少女はお前か。それも既に起動した終末器を押し留めるというのは相当な水準だ」

 彼方は自分の右人差し指を咥えて噛み千切った。指先はすぐに虫の塊へと変態し、口の中いっぱいに蛆虫が広がる。
 口内で増殖した蛆の群れを地面に吐き捨てると、上からモザイクがかかって視認できなくなった。放送禁止要素だから。

「しかし正直なところ、お前とこの世界を滅ぼすことには今の私はそれほど関心がないんだ。これは数億回に一度の本当に珍しいことだが、今回はお前たちと戦争するために終末器を押したわけではないから」
「意外だね、君がそんなに悪の組織っぽいことを言うなんて。むしろそれがテンプレートさ。戦争しようと思って戦争している悪の組織はそう多くないのだよ。彼らの夢がたまたま不幸にも多数派と衝突した場合に妨害するのが魔法少女の役目だ」
「そのスタンスは形だけなのか本気なのかはっきりしてくれないか? お前だって今更心の底から本気で魔法少女をやっているわけではないだろう」
「その二つは択一ではないよ。強いて言えばね」
「いずれにせよ、お前もこの世界に固執するタイプではないだろ。でなければ世界改変型の能力なんて持つわけがないし。お前なら世界の一つや二つくらい簡単に超えられるだろうし、来たければ私と一緒に来てもいいぜ」
「ノーとは言わないけれど、イエスと言うことはできないね。わかるだろ?」
「少しはな。何であれ、お前が付いてくる分には私は止めはしない。私は今ちょうど協調というコマンドを学んだところなんだ。より強力な敵を生み出す可能性を高める限りにおいて、常に協調を検討する余地がある。創造性はその産出プロセスと切り離せないから」
「とりあえずはしばらく戦ってみてから決めようじゃないか。何故なら……」
「子供向けアニメが話し合いで終わったら視聴率が上がらないからだ」
「よくわかってる、さすが彼方だね。意外と魔法少女のあらすじはバイオレンス、しばらく戦ってからじゃないと和解も正義も実現できないんだ」
「違いない。ゲームから卒業できない私も、魔法少女から卒業できないお前も同じようなものだ」

 彼方が拳を握り、麗華が錫杖をくるくると回す。
 ローラーブレードに黒翼が生える。走り出そうとした瞬間、不意に後ろからコートを引っ張られて止まる。
 振り返ると、ピンと張ったコートの裾を握った神威が頬を膨らませていた。じっとり睨む目を見て彼方の頬から汗が垂れる。

「神威、何というか、実は前から薄々思っていたが、その、君は意外と重い方の……」
「なんですか!」
「何でもない。この戦いが終わる頃には私は君のことをもっとよく知るだろうし、知りたいと思ってる。だからこそ、君となら創世が出来ると確信しているんだ」
「私ももっと知りたいと思っています、あなたのことを」
「やっぱり創世なんて全然難しいことじゃない。私と君がいればいつだって出来る。最小の生態系を作り直して、一から育て直すことなんて」
「つまり子供を作るということですね。私たちの」
「そうだな、そうかもしれない、そうなのか?」
「そうです。ちなみに今私は妬いているので本気です」

 麗華の背後で虹が瞬き、悪食アクジキが咆哮した。いつの間にか回り込んだ汎将モダリティの卵から、大怪獣が空間を食い破って襲い来る。
 麗華が箒を翻して離脱を試みるが、悪食は距離ですらも食らう。ガチガチと歯を鳴らして宙を三噛みすると、一気に口元に引き寄せられた。麗華が魔法で対応するより早く、悪食の口の中に放り込まれる。

「流石に死んだか?」

 だが、本当の異物はいつでも唐突に現れるものだ。意識の空隙から、次元の狭間から、因果の断裂から、世界の外側から。何の脈絡もなく、予想すら許さないようなやり方で。
 その赤い鋼鉄の手のひらは本当に何の予備動作もなく現れた。その唐突さはスピードの問題ではなく段階の問題なのだ。つまり、その顕現には発生過程が存在しなかった。彼方にも神威にも、そして麗華にすら知覚できない欠如でもって、事象を切り貼りして現れる。
 赤い拳が悪食の頭を思い切り殴り飛ばす。理外の不意打ちに流石の悪食も虚を突かれ、大きく身体が揺らいだ。
 その隙を突いて麗華が錫杖を悪食に向ける。回転する無数の赤い星が悪食を包み込み、モザイクをかけて消し去った。

「素晴らしい。僅かな期間に見違えて成長したようだ」
「普通は二年もあれば色々あるのよ。何もないのはあなたたちくらいだわ」
「耳が痛いな。それは私がしっかり反省しなければならないことの一つだ」
「けっこうなことね」

 天使型魔神機、ゴッドドールの肩に片膝を立てて座った芽愛メアが鼻で笑った。
 ゴッドドールは既に全身を顕現させている。背中には巨大な六枚の翼が生えており、全く微動だにしていないにも関わらず宙にぴたりと浮いて止まっていた。
 芽愛は口に煙草を加え、長く伸びた髪の影で片耳を覆う大きなピアスが光っている。スマートなジージャンにスラックスを履いており、かつてのギャルらしい奔放な印象は面影もない。華やかなオシャレを削ぎ落とした代わりに、もっと粗暴なコーディネートが彼女を覆っていた。

「あなたたちのことはずっと頭の隅に引っかかってたわ。いつかどこかで来るって」
「それが本物の時間操作に到達した者の知覚なのか。私が見様見真似で使っているのとは訳が違う、世界の誰にも知覚出来ない完全な時飛ばしに」
「どうも。別に悪いことじゃないけど、良いことばかりじゃないのよね。それはあなたたちも同じ」
「私は君たちを大いに歓迎するよ。タッグマッチもいつぶりか、存分に楽しもう」

 彼方の足元に霜が降り、麗華が手元で錫杖を揺らした。神威の悪食が立ち上がり、芽愛のゴッドドールが翼を広げる。

「さて、私と芽愛も相当仲良くなったと自負しているのだけれども、まだ君たちほどの段階ではないかもしれないね。ダブルデートでもして学びたいものだよ。私はもっと先まで教わっても構わないが、君たちの方はどうだろうかな」
「落としどころは走りながら考えればいいさ。魔法少女に議論パートはないだろ? 実は格闘ゲームも同じなんだ」
「なるほどね。友愛の名の下に、君を調伏しよう」

 血に染まった春風と爽やかな殺意の中で、世界の終わりにゲーマーと魔法少女の戦いが始まる。新しい門出を祝福する、エキシビジョンマッチとして。
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