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第2章 街角朱雀

第8話:街角朱雀・1

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 案の定、基地の内部は外から見た通りに謎めいていた。
 吹き抜けのように無駄に高い天井から、たくさんのモニターが壁一面に吊り下げられている。
 その下にいったい何に使うのかと不思議になるほどたくさんの操作パネルとボタンが並ぶ。椅子や机も銀色に光る温かみのない金属製。密閉された空間全体が独特の煌びやかな怪しさに満ちていた。

「さあ、今日が年貢の納め時です!」

 基地に漂うデジタルな瘴気を一陣の声が吹き飛ばした。
 宣戦布告した幼い少女はとにかく赤かった。うっすら赤く光る髪、小さな赤い帽子、フリルやアクセサリが付いた赤のワンピース。手に持つ魔法のステッキは赤く光り、あちこちの鏡面に反射して無限の存在感を放つ。

「なに、お前は誰だ!」

 少女の登場を受け、大柄な男が芝居がかった大声で豪快に叫ぶ。
 高い段の上で腕を組んで仁王立ちしている、顔の下半分を覆う医療マスクのような仮面を付けたその男。
 鷲のように尖った鼻、彫りの深い顔、日焼けした筋肉。白いスーツの下ではち切れんばかりに気力が漲った肉体は、三十代のスポーツマンのようにも五十代の豪傑のようにも見えた。
 驚いたような言葉とは裏腹に、自信に満ちた傲慢な笑みには些かの揺らぎもない。マスクを突き破るほど上がった口角は幼い挑戦者たちを攻撃的に歓迎していた。

「愛と情熱のマジカルレッド!」
「正義と秩序のマジカルブルーです」
「夢と希望のマジカルイエローや」

 最初に宣戦布告した少女から始まり、三人の少女が名乗りを上げた。名前と対応した色、つまり順番に赤、青、黄色に染まった服やステッキを携えて並ぶ様は信号機のように鮮やかだ。
 マジカルレッドがステッキを持つ腕をビシッと前に突き出した。ダイヤの付いた先端ははっきり大男を指している。

「あなたがボスですね!」
「いかにも! 我が輩こそ頭領、ドリームダイバーである!」
「今すぐ町の破壊活動をやめなさい! たくさんの人たちが困ってるんだ!」

 ステッキが強く輝き、先端から赤い光弾が打ち出される。テールランプの尾を引いてドリームダイバーを目がけて一直線に向かっていく。

「そうはいくか! 出でよ、魔神機デモンドリーム!」

 ドリームダイバーを囲む空間が歪む。三次元がぐにゃりと圧縮されて揺らいだ、水に濡れた絵画のように。
 背景全てが巻き込まれて揺蕩う視界の狭間から、黒光りするダイヤ型の像が結ばれた。曖昧な面の中でその結晶だけがくっきりと回転し、黒い霧が上下左右に吹き出す。そして空間のうねりに乗ってインクのように細長く伸びていく。
 伸びた黒は大きくしなり、マジカルレッドが放った光弾を素早く弾き飛ばした。光弾が当たったモニターが天井から落ちて粉々に砕け散った。

「やわな攻撃では我が輩にかすり傷一つ付けられんぞ」

 挑発するドリームダイバーのすぐ隣で、光弾を防いだ黒い鞭がその全貌を現す。
 鞭のように見えたのは機械の触手だ。総数は八本、根元には円筒状の嘴を持つ大きな丸い頭部。
 黒光りする巨大な金属オブジェ、タコ型機体の魔神機「デモンドリーム」が顕現する。ドリームダイバーは巨大な頭部の上であぐらをかいていた。

「さすが、ボスは一筋縄ではいかないねえ」
「わかってるよ、メルリン」

 マジカルレッドの肩から小さなオコジョが顔を出した。
 背中には翼を、お尻には長くふさふさした尻尾を持ち、呑気にも見える大らかな動きでパタパタと隣を飛ぶ。

「それならいいけど」

 可愛い姿と声に似合わず、メルリンは素っ気なくすかした態度で肩をすくめる。マジカルレッドの首元を一回りすると、素早くジャンプしてマジカルイエローの黄色い頭に飛び移った。

「なんや、うちの頭はおどれのおうちやないぞ」
「仕方ないじゃん、肩とか手は揺れるんだよ」
「ならしゃあないか」
「そうそう、しゃーないしゃーない。ぼくなんか気にしてないで、みんなで協力しないと」
「じゃあブルー、あれやるであれ。あの、なんとかミラクル……みたいなやつや」
「承知しました」

 こくりと小さく頷くマジカルブルー。
 マジカルイエローがステッキを宙に掲げたのに応じて、マジカルブルーもステッキも掲げて重ねる。青と黄が作る螺旋状の光がクロスしたステッキの周囲を旋回し始めた。

「そう来なくてはな! どれ、ここでは狭いだろうが!」

 ドリームダイバーは大きく笑い、筋肉の塊のような拳で壁のボタンを強く叩いた。一際巨大な赤いボタンが押し込まれ、大きな警告音が基地全体に響いた。
 ゴゴゴゴという地響きが基地を包む。床に長い直線の光が走り、見上げると天井が割れていた。ドーム状の天井をちょうど半分に割いて裂け目が走っているのだ。亀裂はすぐに天井を過ぎて壁にまで及んだ。
 まるで桃の皮を剥くように、基地を覆う外殻が地中に沈んでいく。
 閉鎖されていた空間が一転して開け放たれ、床だけになった基地を夏の高い日差しが鮮烈に照らした。
 周囲は砂半分、草半分の広い荒野だ。それを囲むのは鬱蒼と茂った自然の木々、更にその向こうには遠くに町の建物や電線が見下ろせた。この基地は悪の組織が勝手に占拠して開拓した山中に建っているのだ。

「総力戦だ! お前たちも来い!」
「おうっ! 幹部の一にして特攻隊長、ホークテイマー! ただいま見参!」

 崩れた基地の裏側からオールバックの男が現れた。
 男は顔の右半分をシルバーの仮面で覆っていた。細身で引き締まった体型に、夏だというのに黒く裾が長いコートを纏っている。綺麗に磨かれた銀色のアクセサリがコートのあちこちにいくつも散らされており、太陽を反射して全身がキラキラと光った。

「おい、お前も早く来い!」

 若い男が振り返って叫ぶ。続いて現れた女は気怠げに溜息を吐いた。

「ええ、私そういう名乗りみたいのやりたくないんだけど」
「なんだおい、つまんねえこと言いやがって。名前くらい言っとけって」
「全員知ってるでしょ。私がドールマスターってことくらい」
「様式美なんだよ、こういうのは」
「知らんて」

 女の方は明るい金髪を高い位置で括り、顔の上半分に金色の細いマスカレードマスクを着けていた。
 全て黒地で編まれたドレスのコスチューム。腰から先には大きなスリットが入り、露出した太腿が魔法少女のフリルと同じくらい鮮やかに光っていた。

「盛り上がってきたじゃねえか! 魔神機メックホーク!」

 ホークテイマーの呼びかけに応じ、空高くから青黒いダイヤ結晶が落ちてくる。
 表面が罅割れて大きな亀裂が入ったかと思うと、パズルを組み替えるように物凄いスピードで変形していく。まずは長い機械の翼、そして細長い胴体、鋭い鉤爪、最後に嘴を備えた鳥の頭。
 鷹型の機体が顕現し、足を掴んだホークテイマーが宙に舞い上がる。

「そういう鬱陶しいノリやめて。魔神機ゴッドドール」

 ドールマスターが重ねた両手を大きく捻り、手の平の間から赤黒いダイヤ結晶を生み出した。
 光る結晶は素早く宙を舞い、空に描く光のラインが巨大な人型を映し出した。拳だけではなく、腕、肩、胴、翼、頭、足までもが立体的なキャンバスに構成されていく。巨大な体躯、そして天輪と六枚の翼。
 機械天使の機体が顕現し、肩に乗ったドールマスターが地上を見下ろした。
 荒野と化した戦場で、ステッキを構えた魔法少女三人と機体を携えた幹部三人が改めて対峙した。

「どうだ、幹部三人が揃い踏みだ! 失望させてくれるなよ」
「上等や、ブッ倒したるからな!」

 マジカルイエローが啖呵を切って飛び出していく。マジカルレッドがちらと後ろを振り向くと、ステッキを両手で握り締めたマジカルブルーがしっかり頷いて応じた。
 魔法少女のリーダーはマジカルレッド、悪の組織のボスはドリームダイバーだ。しかし混戦における役回りはそれぞれ少し違っていた。
 魔法少女は快活なイエローが前衛でかき回し、慎重なブルーは後衛で支援して、オールラウンダーなレッドは中間で攻撃と防御の両面をこなす。
 悪の組織は血気盛んなホークテイマーが飛び周り、老獪なドリームダイバーが背後に構え、冷静なドールマスターが臨機応変に対応する。
 結局、似たようなポジションにいるマジカルレッドとドールマスターは自然と交戦することが多くなる。
 今日もそうなるだろうと思っていて、それをずっと楽しみにしていて、実際にそうなって嬉しかった。戦闘とは違う胸の高鳴りを抱え、逸る気持ちと共にステッキに乗って宙に高く舞い上がる。

「今日こそは町を荒らした罪を償ってもらいます!」

 ドールマスターに向かって改めて宣戦布告する。それはマジカルレッドにとっては一番重要な儀式だった、自分の存在を彼女に主張するための。

「やってみればいいよ。かかってきなさい」

 ドールマスターは片手をくいと持ち上げてうっすら笑う。自分に向けた笑顔を直視するのが眩しくて、マジカルレッドはぷいとそっぽを向いた。
 いつも表情が少なく気怠げなドールマスターだが、魔法少女と戦うときだけは薄い笑顔を見せることがあった。それは戦闘が好きだからなのか、他にも何か思うところがあるのか、理由はよくわからない。
 戦っているときに交わす言葉はそう多くない。喋ったとしても町の危険がどうだとか、魔獣の仕業がどうとかだ。
 もっと友達みたいな会話が出来たらどんなにいいことか。好きな果物は何ですか、好きな服はなんですか、コスチュームが凄く似合っています。麗華はそんなことばかり考えている。いつかはそうやって話せる日が来るのだろうか。
 いや本当はわかっているのだ、戦いが終わればドールマスターとは二度と会えなくなることくらい。お互いに名前も住所も知らない。
 しかし一方、ドールマスターが町を壊したりしているのは良くないことだという気持ちも一応ある。敵同士で仲良くなることはできないとも思う。
 戦いが終わったら会えなくなってしまう。でも戦っている限りは仲良くなれない。このジレンマを解決するにはどうするか。
 小学生の麗華は冴えた答えに辿り着いていた。最後の戦いが終わったタイミングで告白しよう。
 それはこの戦いかもしれないし、次の戦いかもしれないし、次の次の戦いかもしれない。魔法少女が勝とうが、悪の組織が勝とうが、戦いが終わったら必ず気持ちを伝える。一言二言くらいは喋るロスタイムがあることを祈る。
 大きく頷いて今日も戦う決意を固めたとき、目の前のドールマスターが不意に口を開いた。何メートルも離れていたのに、その言葉は耳元で囁かれたようにはっきり聞こえた。

「まだ私のこと好きなの?」

 硬直した。もう魔法も戦いも関係なかった。今この世界には麗華とドールマスターの二人だけがいて、唯一の相手から叩き付けられた言葉の意味を考えあぐねていた。
 どうしてドールマスターはこちらの気持ちを知っているのか。伝えたことはないはずだが、見透かされていたのだろうか。そして「まだ」というのはどういうことだ。
 それにこの台詞、最近どこかで聞いたような。

「ああ、これ夢か」

 気付いた瞬間、十七歳の麗華は大きなベッドで目を覚ました。窓から差し込む強い日差しに目を眇める。
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