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第1章 リーベウィッチ麗華ちゃん

第7話:リーベウィッチ麗華ちゃん・6

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「賛成。私も話し合っておいた方がいいと思ってた。明日以降も出てきてもおかしくないから」
「そうだね。とはいえ魔獣が現れた理由はよくわかっていないし、他の黒幕にも心当たりがない。対症療法として見つけ次第戦うくらいしか思い付かないけれども、とりあえず私たちは共闘するという認識でいいかな?」
「そりゃそう。もしあなたがやらなくても私だけでもやる。今日だってそういう状況だったでしょ」
「悪の組織で『腐敗した世界をリセットする』気はなくなったわけだ?」
「もちろん。七年前はバカなことしたと思ってる。少し話しておこうかな、私は子供の頃からキッズモデルみたいなことをやってたんだけど」
「へえ、それは初耳だ」
「そこで人生の選択を間違えたっていうか、自分のせいで嫌なことが色々あった。だから全部リセットできればどんなにいいかと思って悪の組織に参加したんだけど、今思えばそれも独りよがりで間違った選択だったと思う」
「言っちゃあ悪いが、若気の至りってやつなのかね」
「そういうこと。きっと選択を誤ることくらい大なり小なり誰にでもある。だからってちゃぶ台を返せるはずなくて、一歩ずつ地道にリカバーしていくしかない。他の幹部だって誰も立派な大義なんか持ってなかった、悪の組織なんてやらなくてよかった、人に迷惑をかけていいことなんて何もなかった、幹部をやって初めてそういうことがちゃんとわかった。だから今は魔神機で魔獣を倒して平和を守りたいと思ってる。協力してくれるでしょ? マジカルレッド」
「もちろんだ。しかしここらではっきりさせておきたいことだが、私は君のことも悪の組織のことも全く恨んじゃいないんだ。変に罪悪感を持つ必要はないよ」
「結局、最後まで魔法少女には歯が立たなかったしね」
「そういうことじゃない。私だって魔法少女をやって初めて手に入れたんだ。愛の尊さも、ご近所からの信頼も、両親からの承認も、そしてこの家も。そういうハッピーエンドに到達できたのは元を辿れば悪の組織がいたからじゃないか。君たちが悪役を引き受けてくれたおかげで私は魔法少女として活躍し、自分の人生を始めることができた。きっかけをくれたことに感謝してるんだ」
「それはまあ……うーん、ちょっと複雑だけど、それならそれでいいか」

 芽愛はカレー粉がまぶされた唐揚げを齧った。これはいかにも子供が好みそうな濃い目の味付けだ。
 もうだいぶ食べたと思うが、テーブルにはまだ手付かずの料理も多い。たぶん普段から中華方式というか、大勢が食べるからざっくり多めに持ってきて、余った分はまた後日に処理するのだろう。

「一人暮らしでしょ? けっこう食べたしいくらか払うけど」
「いや、別にいいよ。食材は近所から分けてもらったりしてるしね。代わりと言ってはなんだけど、一つゲームに付き合ってほしい。これは小学生たちとよくやる遊びなんだけども」
「いいけど」
「一つだけお互いに何でも質問していいことにしようか。答えたくなければ答えなくてもいいけれど、嘘を吐くのだけは無しだ」
「それ遊びじゃないでしょ」
「鋭いね。遊びという体で子供同士のトラブルを解決したいときによく使う手口だよ。小学生は聞かれれば黙っておくことなんてなかなか出来ないし、これで大抵の本音を聞き出せる。私たちも気になっていることがあれば遊び半分に解決しようということでね」
「まあ、オーケー」
「じゃあ早速。君はどうして年を取っていないんだろう?」

 麗華は組んだ手の上に顎を乗せた。

「君は七年前には女子高生だったよね。つまり当時十五歳から十八歳あたりで、今は二十代半ばくらいのはずだ。最初は二十代で若作りの女性が制服を引っ張り出してきたのかと思っていた。あんまり触れないであげようかと思っていたのだけどもね、それはそれでずいぶん可愛いから、実際よく似合っていたし」

 麗華が喋っている間、芽愛はガラスコップに視線を落としていた。動きなく、黙って言葉を聞いているのみだ。

「ところが、どうもそうではないようだ。確かに異様に若く見えるママさんはたまにいる、制服を着たら高校生に見えるんじゃないかというママさんは。だが、それでもしばらく接していれば匂いや肌の張りでわかるものなんだ。私が見誤るとは思えない。当時と違いがあるとすれば、アクセサリが充実して不良っぽくなっていることくらいかな。いずれにせよ、君は高校生のままで年を取らない。その理由を知りたい」

 言葉を切って一息吐くと、芽愛はゆっくりと目を閉じた。口は開かない。

「黙秘だね。別に言わなくていいよ、そういうルールだから。それで私からの信用を損ねるようなこともないし、気にしなくていい。私としては魔法か何かの影響という認識にしておくけれど」
「こっちからも何でも聞いていいんでしょ」
「もちろんどうぞ」
「まだ私のこと好きなの?」

 麗華は反射的に顔を上げ、少し遅れてミスに気付いた。芽愛の目をばっちり見てしまったから。
 黙秘するなら視線を合わせないのが鉄則だ、目は口ほどに物を言うから。一度こうしてしまった以上、答えないという選択肢は無い。それはゲームのルールではないが、友人との会話のルールだった。

「覚えてない? 私は全部覚えてるけど。一言一句」
「……それもどこかで消化しようと思って、切り出すタイミングを測っていたんだけどもね。なんていうのかな、小学生の頃の話を今と続けて語るのは難しいというか」

 当時、ドールマスターに告白したとき本気だったのは間違いない。
 孤高に一人で戦うドールマスターに憧れていた。戦うたびに、何かこう、一緒に食事に行くとか、一緒に公園で遊ぶとか、そういう展開にはならないものかと、幼心にうっすらぼんやり考えていた。
 そして小学生に恋は難しい。好きになったらもう告白するくらいしか考えられなかった。
 今日を逃せばもう二度と会えないと思って、最終決戦のあとに一人道を引き返し、ドールマスターに最後のアタックをかけて振られた。普通は女子高生は女子小学生とは付き合わないこと、控えめにいってもかなり無謀な挑戦だったことは後から知った。
 ああいう状況で上手くやる方法も今ならいくつか思い浮かぶが、それだってこの七年間で色々と努力して学んだものだ。当時は上手くするという発想すらなく、ただ当たって砕けるしかなかった。そういう未熟さはもう地平線の彼方に消え去ってしまい、尻尾を掴むことすら不可能だった。
 当時の情熱は当時のものだ。こうして再会して一緒に手料理を食べているのだから、それはそれとして今からまた新しい関係を育んでいきたいよね。
 そんなことを言おうとして、麗華は珍しくしくじった。

「それも若気の至りってことでさ。小学生の言ったことだし」
「ごめん、私が勘違いしてたみたい。今日はありがとう」

 芽愛は早口で言い残してぱっと立ち上がった。
 それは返答を待たないことを黙って主張する、有無を言わせないスピードだった。あっと思ったときにはもうテーブルの横で踵を返し、廊下に向かって踏み出していた。
 麗華はその背中を追わなかった。今のは私が悪い。

「また来てくれると嬉しいな」

 背中にかける声はドアを閉める音と重なった。

「間違えちゃったな、言い方」

 麗華は溜息を一つ吐き、冷蔵庫から小さな陶器を二つ持ってきた。霜から作った杏仁豆腐が二人分だ。
 デザートに二人で食べようと思っていたのだが、帰ってしまっては仕方がない。持て余した一つをメルリンの前に置いてみた。

「メルリンもそう思う?」

 答えが返ってくるはずもなかった。あの饒舌なメルリンではなく、ただのぬいぐるみからは。
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