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第5章 魔法少女暫定計画
第25話:魔法少女暫定計画・2
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「上手く立ち回られてるわね。麗華と綺羅を中途半端に攻撃して、魔獣退治の手が追い付かなくなったら本末転倒になる」
「そう。町を人質に取られてる」
麗華たちと決別してから一週間が経った。もう八月も終盤に近付いている。
あれから魔獣の出現頻度は上がる一方だ。もう一日に三回、四回と出ることも珍しくない。個々の撃退は難しくないが、離れた場所に同時発生して手が回らないことも増えてきた。
そういうときは綺羅にメールを送って退治を手伝ってもらう。直接顔を合わせることは無いが、連絡を取り合って退治を分担する奇妙な関係にある。
「魔獣は協力して退治するしかないけど、それは魔法の国が広がるのに協力してるのと同じ……」
御息は木製チェアに座ったまま空を見上げた。屋外テラスを乾いた風が通り抜ける。
頭上のひさしに這う蔦には真円の花がいくつも咲いていた。正面から見れば淡い白だが、斜めから見れば赤にも黄にも青にも変わる真珠のような色。
この奇妙に華やかな花はどの植物図鑑にも載っていない。星桜市に溜まった魔素によって生じた、魔法の植物だからだ。
魔素が溜まった土地では色々な生物がその影響を受ける。獣が魔獣に変貌するのと同じように、昆虫や植物も。七年前の夏にも八月の中盤以降は町の随所でこんなものを目にした。最終日には町全体に虹色のオーラがかかっていたくらいだ。
星桜市は再び魔法の国へと変貌しつつある。奇妙に鮮やかになっていく風景はその証拠なのだ。
「昨日魔獣に襲われてた人、入院までは至らなかったらしいわ。軽い打撲だけだからギブスを付けて帰ったって」
「大事なくて良かった」
「そうね。でも怪我人は少しずつ増えてきてるし、公民館の窓も割れて閉鎖中。ストレスで精神を病む人もいる。やっぱりこんなの間違ってる」
抹茶オレを啜る御息の隣を車椅子の女性が通りがかった。
屋内に続くスロープの上に小さな紙ゴミが落ちていることに気付き、すぐに立ち上がって拾う。ついでに院内のエレベーター前まで車椅子を押してから戻ってきた。
御息が当たり前のように見知らぬ女性を助けて戻ってくるまでの間、芽愛は握ったカップの中でマドラーをぐるぐる回していた。何も加えていないブラックコーヒーは黒一色だ。
「御息は偉いね。人や町を当たり前に守ってる」
「ありがとう。珍しいわね、いきなり」
「私は一度間違えないと気付けなかったから。家が壊されると帰る場所がなくなる人がいるっていう、当たり前のことが実際に見るまでわからなかった」
「私は過ちに気付いて償えば十分だと思ってる。それは最初から間違えないより難しいこと」
「……昨日、五丁目のお婆ちゃんに謝ってきたんだ。前にファミレスで写真見せた人。最近体調が悪いらしくて、このまま死んじゃったら後味悪いから。本当は私が家を壊したって初めてちゃんと謝った」
「なんて言ってた?」
「笑って許してくれた。私が幹部だったことくらい、本当はもっと前から気付いてたんだって。全然知らない人がわざわざ何年も助けてくれるのは変だし、マスクの迷彩があってもそのくらい気付くってさ。だから約束した。これからは魔獣も魔神機もいない、平穏な町を守るって」
「私も同じ気持ち。メルリンの死体を奪って魔法の国を閉じないといけない、それが私たちの目的」
「そう。でもそれにはまだ戦力が足りない、緑山が協力してくれればいいんだけど」
緑山はもともと一日一回レーダー画面を送ってくれる程度には魔獣退治に協力的だった。
もう緑山を疑う理由はないし、魔神機メックホークが味方についてくれれば戦力としては申し分ない。そう思って緑山にもメールで経緯を説明したが、「ガキの喧嘩はガキだけでやれ」とばっさり断られてしまった。
しかしその代わり、緑山から来るレーダー情報は手厚くなった。以前のように一日一回送ってくるのではなく、魔獣の気配が確認された時点でアラートのように連絡が来る。出現が不規則になっても魔獣を討ち漏らさずに済んでいるのは緑山のおかげと言っても過言ではない。
そして緑山から「昼に来い」と地図付きのメールが届いたのは今日の朝。その呼び出しに従って病院に来た二人は併設カフェで時間を潰している。
「緑山さんが悪い人じゃないっていうのは何となくわかってきたけど、どうも素直じゃないっていうか」
「緑山は前からそういうやつだった。私も気になってることは色々あるし、その辺りを緑山が知ってる可能性は低くない」
「気になることって?」
「悪の組織側の真相。そもそも魔神機って何なのか、悪の組織は何をするつもりだったのか。ちゃんと考えたら私はほとんど知らない」
「えっ、幹部だったのに?」
「魔法少女だって、ステッキの使い方は知ってても『妖精の魔法』のことは知らなかったでしょ。私も兵器としての魔神機の使い方は知ってるけど、誰が何のために作ったのかとかは知らない」
「なるほど。ただそれらしく戦うだけなら、知らないといけないことって意外なほど少ないのかもしれないわね」
「そう。麗華は魔神機も『妖精の魔法』の産物だって言ってたけど、もともと妖精と敵対してる別勢力なのか、それとも魔獣みたいに自然発生したのか。悪の組織のこともそう。七年前は『腐敗した世界をリセットする』っていう理念に賛成して協力してたけど、それって具体的に誰がどうやって何をするのかまでは知らない。未遂で終わったし」
芽愛のスマホからメールの着信音。緑山から送られてきた写真には病棟の部屋番号が映っていた。
「たぶん私も知るべきときが来たんだと思う。友達の死体を手に入れた麗華と同じように、七年前の裏側にあった真相を」
「そう。町を人質に取られてる」
麗華たちと決別してから一週間が経った。もう八月も終盤に近付いている。
あれから魔獣の出現頻度は上がる一方だ。もう一日に三回、四回と出ることも珍しくない。個々の撃退は難しくないが、離れた場所に同時発生して手が回らないことも増えてきた。
そういうときは綺羅にメールを送って退治を手伝ってもらう。直接顔を合わせることは無いが、連絡を取り合って退治を分担する奇妙な関係にある。
「魔獣は協力して退治するしかないけど、それは魔法の国が広がるのに協力してるのと同じ……」
御息は木製チェアに座ったまま空を見上げた。屋外テラスを乾いた風が通り抜ける。
頭上のひさしに這う蔦には真円の花がいくつも咲いていた。正面から見れば淡い白だが、斜めから見れば赤にも黄にも青にも変わる真珠のような色。
この奇妙に華やかな花はどの植物図鑑にも載っていない。星桜市に溜まった魔素によって生じた、魔法の植物だからだ。
魔素が溜まった土地では色々な生物がその影響を受ける。獣が魔獣に変貌するのと同じように、昆虫や植物も。七年前の夏にも八月の中盤以降は町の随所でこんなものを目にした。最終日には町全体に虹色のオーラがかかっていたくらいだ。
星桜市は再び魔法の国へと変貌しつつある。奇妙に鮮やかになっていく風景はその証拠なのだ。
「昨日魔獣に襲われてた人、入院までは至らなかったらしいわ。軽い打撲だけだからギブスを付けて帰ったって」
「大事なくて良かった」
「そうね。でも怪我人は少しずつ増えてきてるし、公民館の窓も割れて閉鎖中。ストレスで精神を病む人もいる。やっぱりこんなの間違ってる」
抹茶オレを啜る御息の隣を車椅子の女性が通りがかった。
屋内に続くスロープの上に小さな紙ゴミが落ちていることに気付き、すぐに立ち上がって拾う。ついでに院内のエレベーター前まで車椅子を押してから戻ってきた。
御息が当たり前のように見知らぬ女性を助けて戻ってくるまでの間、芽愛は握ったカップの中でマドラーをぐるぐる回していた。何も加えていないブラックコーヒーは黒一色だ。
「御息は偉いね。人や町を当たり前に守ってる」
「ありがとう。珍しいわね、いきなり」
「私は一度間違えないと気付けなかったから。家が壊されると帰る場所がなくなる人がいるっていう、当たり前のことが実際に見るまでわからなかった」
「私は過ちに気付いて償えば十分だと思ってる。それは最初から間違えないより難しいこと」
「……昨日、五丁目のお婆ちゃんに謝ってきたんだ。前にファミレスで写真見せた人。最近体調が悪いらしくて、このまま死んじゃったら後味悪いから。本当は私が家を壊したって初めてちゃんと謝った」
「なんて言ってた?」
「笑って許してくれた。私が幹部だったことくらい、本当はもっと前から気付いてたんだって。全然知らない人がわざわざ何年も助けてくれるのは変だし、マスクの迷彩があってもそのくらい気付くってさ。だから約束した。これからは魔獣も魔神機もいない、平穏な町を守るって」
「私も同じ気持ち。メルリンの死体を奪って魔法の国を閉じないといけない、それが私たちの目的」
「そう。でもそれにはまだ戦力が足りない、緑山が協力してくれればいいんだけど」
緑山はもともと一日一回レーダー画面を送ってくれる程度には魔獣退治に協力的だった。
もう緑山を疑う理由はないし、魔神機メックホークが味方についてくれれば戦力としては申し分ない。そう思って緑山にもメールで経緯を説明したが、「ガキの喧嘩はガキだけでやれ」とばっさり断られてしまった。
しかしその代わり、緑山から来るレーダー情報は手厚くなった。以前のように一日一回送ってくるのではなく、魔獣の気配が確認された時点でアラートのように連絡が来る。出現が不規則になっても魔獣を討ち漏らさずに済んでいるのは緑山のおかげと言っても過言ではない。
そして緑山から「昼に来い」と地図付きのメールが届いたのは今日の朝。その呼び出しに従って病院に来た二人は併設カフェで時間を潰している。
「緑山さんが悪い人じゃないっていうのは何となくわかってきたけど、どうも素直じゃないっていうか」
「緑山は前からそういうやつだった。私も気になってることは色々あるし、その辺りを緑山が知ってる可能性は低くない」
「気になることって?」
「悪の組織側の真相。そもそも魔神機って何なのか、悪の組織は何をするつもりだったのか。ちゃんと考えたら私はほとんど知らない」
「えっ、幹部だったのに?」
「魔法少女だって、ステッキの使い方は知ってても『妖精の魔法』のことは知らなかったでしょ。私も兵器としての魔神機の使い方は知ってるけど、誰が何のために作ったのかとかは知らない」
「なるほど。ただそれらしく戦うだけなら、知らないといけないことって意外なほど少ないのかもしれないわね」
「そう。麗華は魔神機も『妖精の魔法』の産物だって言ってたけど、もともと妖精と敵対してる別勢力なのか、それとも魔獣みたいに自然発生したのか。悪の組織のこともそう。七年前は『腐敗した世界をリセットする』っていう理念に賛成して協力してたけど、それって具体的に誰がどうやって何をするのかまでは知らない。未遂で終わったし」
芽愛のスマホからメールの着信音。緑山から送られてきた写真には病棟の部屋番号が映っていた。
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