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第5章 魔法少女暫定計画
第26話:魔法少女暫定計画・3
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受付で見舞い用のバッジを貰い、院内エレベーターで十階まで上がる。
緑山から指示された部屋の前に着くが、プライバシーへの配慮なのか、入院者の氏名を示す名札は空欄になっていた。
御息は引き戸の取っ手を握って立ち止まった。
進む道はこれでよいのか、そして改めてこの状況は何なのかと思う。元敵幹部ホークテイマーに案内された部屋へ元敵幹部ドールマスターと訪れる。七年前なら罠としか考えないだろうが、いまや先に裏切ってきたのは元魔法少女たち。
魔獣を生み出して町を荒らすマジカルレッドとマジカルイエロー、そしてドールマスターと組んで町を守ろうとしている自分。七年のうちに敵と味方はシャッフルされた。先行きがわからなくても自分の判断を信じて先に進むしかない。
意を決して扉を開けた。何があっても驚かないつもりだったが、それでも思わず叫んだ。
「店長!」
「やあ。この間はどうもありがとうねえ」
Nマートの店長がベッドに横たわっていた。顔を合わせるのは先月にライブの打ち合わせをしたとき以来だ。
腕に点滴が刺さっているが顔色は悪くない。やたらに広い肩幅も健在だ。気さくに片手を挙げて挨拶する動きもしっかりしていて、あまり重病そうではない様子にとりあえず胸をなでおろす。
「早く閉めろよ」
乾いたぶっきらぼうな声。店長のすぐ隣でパイプ椅子に座った緑山がリンゴを剥いていた。相変わらずの黒スーツと銀色の眼帯が何故か病院には馴染んで見えた。
こちらを見上げているのにナイフで皮を剥く手は止まらない。膝に乗せた紙皿にするすると積もっていく薄皮は反対側が透けて見えている。
「どうして店長がここに?」
「どうしてだと? 伝えてねえのか、芽愛」
緑山は片方の眉を上げて芽愛の方を見る。
しかし芽愛も何が何だかわからない。芽愛も店長の顔くらいは知っていたが、緑山と知り合いであることは今初めて知ったくらいだ。
「なんだ、この分じゃ芽愛にも何も言ってねえのか。ジジイ、そりゃちょっと人が悪いんじゃねえの」
「無駄に驚かせることないじゃないの。忘れちゃうのが一番いいんだから。今はそうも言っていられないみたいだけどさ」
「当たり前だろ。そのくらい知ってると思って呼んだんだぜ、俺は」
要領を得ないやり取りをする二人に御息が割り込む。
「あの、どういうことですか? お二人の関係って……」
店長は曖昧に笑って一つ咳ばらいをすると、ベッドの上でピンと背筋を伸ばして胸を張った。患者衣の下で広い肩がグッと広がる。意識的に上げた口元から皺が消え、鋭い目つきで重々しく口を開いた。
「よく来たな、歓迎しよう。我が輩こそ悪の組織を束ねるボス、幹部ドリームダイバーこと檜佐木黒壱である」
そしてすぐに姿勢を崩す。一度まばたきする間に気さくで朗らかな店長の顔に早変わりだ。
「そういうことなんだ。わざわざ来てもらって悪いねえ、とりあえず座ってよ」
「……」
御息は改めて店長の姿を上から下までまじまじと見た。自分の口が空いていることにも気付かず。
確かに言われてみれば面影は残っている。ドリームダイバーもやけに肩幅の広い頑丈そうな男だった。髪はすっかり白髪に変わっていたが、高い鉤鼻や左右に裂けた口元はかつて見た記憶と合致する。今は間違いなく還暦を超えている、ならば当時は五十代だったことになるか。
しかし今見てもなお、この数年間全く気付かなかったのは無理からぬことだと思う。何せ人柄とか物腰とか、纏う雰囲気が全くの別物なのだ。まるで生まれ変わったというか、中身が入れ替わったというか。
数秒経ってようやく自分が年配の相手を不躾に見つめていることに気付いて姿勢を正した。
「その、どうして店長……ドリームダイバー……檜佐木さんはNモールの店長を?」
「黒壱でいいよ、組織ではそう呼ばせていたしね。この町の皆には迷惑かけちゃったから、せめて子供たちが楽しく過ごせる場所を作ろうと思っただけさ」
「そういうことだ。俺もジジイが店長なんざやってるのを知ったのは割と最近だけどな」
緑山がリンゴを剥いた皿をサイドテーブルに置き、爪楊枝を四つ刺した。
「本当はもう首突っ込むつもりなかったんだけどね。でもどうも大変なことになってるみたいだからさ、緑山から事情を聞いて僕に協力できることがあるならと思って君たちを呼んでもらったんだ」
「あなたが改心したのはわかりました。Nモールで町に尽くしてくれているのはよく知っていますし、今は麗華たちに対抗する力も必要です。でも七年前には元凶だったあなたに何があって心変わりしたのかはちゃんと……」
「ああ、違う違う。この話ってそういう話じゃないんだ。僕は別に改心はしてない、っていうとちょっと語弊があるか。そのあたりも話そうと思って呼んだんだけど」
「どういうことですか?」
「七年前のあれって、本当は魔法少女と悪の組織の戦いなんかじゃなかったんだよねえ」
「……はい?」
「あの夏の真相は君たちの認識とは何もかも違うんだ。当時から全てを知っていたのは僕とメルリンだけで、僕だけがメルリンの死と魔法の終わりを見届けた。緑山にはついさっき教えたところなんだけどね」
「……それはつまり……魔法少女と悪の組織の戦いはあなたとメルリンの代理戦争で、あなたがメルリンを殺したということですか?」
「それも全然違うよ。僕とメルリンは最初から最後まで協力していたし、メルリンの死因は自殺だ。一問一答でやっていても埒が明かないから、一から全部説明しようか。七年前、魔法の夏の真相を」
黒壱はベッド脇の椅子に手を差し出し、そこでようやく御息と芽愛はパイプ椅子に腰かけた。
「僕とメルリンは、アルニアという異世界から来た親友同士だ」
緑山から指示された部屋の前に着くが、プライバシーへの配慮なのか、入院者の氏名を示す名札は空欄になっていた。
御息は引き戸の取っ手を握って立ち止まった。
進む道はこれでよいのか、そして改めてこの状況は何なのかと思う。元敵幹部ホークテイマーに案内された部屋へ元敵幹部ドールマスターと訪れる。七年前なら罠としか考えないだろうが、いまや先に裏切ってきたのは元魔法少女たち。
魔獣を生み出して町を荒らすマジカルレッドとマジカルイエロー、そしてドールマスターと組んで町を守ろうとしている自分。七年のうちに敵と味方はシャッフルされた。先行きがわからなくても自分の判断を信じて先に進むしかない。
意を決して扉を開けた。何があっても驚かないつもりだったが、それでも思わず叫んだ。
「店長!」
「やあ。この間はどうもありがとうねえ」
Nマートの店長がベッドに横たわっていた。顔を合わせるのは先月にライブの打ち合わせをしたとき以来だ。
腕に点滴が刺さっているが顔色は悪くない。やたらに広い肩幅も健在だ。気さくに片手を挙げて挨拶する動きもしっかりしていて、あまり重病そうではない様子にとりあえず胸をなでおろす。
「早く閉めろよ」
乾いたぶっきらぼうな声。店長のすぐ隣でパイプ椅子に座った緑山がリンゴを剥いていた。相変わらずの黒スーツと銀色の眼帯が何故か病院には馴染んで見えた。
こちらを見上げているのにナイフで皮を剥く手は止まらない。膝に乗せた紙皿にするすると積もっていく薄皮は反対側が透けて見えている。
「どうして店長がここに?」
「どうしてだと? 伝えてねえのか、芽愛」
緑山は片方の眉を上げて芽愛の方を見る。
しかし芽愛も何が何だかわからない。芽愛も店長の顔くらいは知っていたが、緑山と知り合いであることは今初めて知ったくらいだ。
「なんだ、この分じゃ芽愛にも何も言ってねえのか。ジジイ、そりゃちょっと人が悪いんじゃねえの」
「無駄に驚かせることないじゃないの。忘れちゃうのが一番いいんだから。今はそうも言っていられないみたいだけどさ」
「当たり前だろ。そのくらい知ってると思って呼んだんだぜ、俺は」
要領を得ないやり取りをする二人に御息が割り込む。
「あの、どういうことですか? お二人の関係って……」
店長は曖昧に笑って一つ咳ばらいをすると、ベッドの上でピンと背筋を伸ばして胸を張った。患者衣の下で広い肩がグッと広がる。意識的に上げた口元から皺が消え、鋭い目つきで重々しく口を開いた。
「よく来たな、歓迎しよう。我が輩こそ悪の組織を束ねるボス、幹部ドリームダイバーこと檜佐木黒壱である」
そしてすぐに姿勢を崩す。一度まばたきする間に気さくで朗らかな店長の顔に早変わりだ。
「そういうことなんだ。わざわざ来てもらって悪いねえ、とりあえず座ってよ」
「……」
御息は改めて店長の姿を上から下までまじまじと見た。自分の口が空いていることにも気付かず。
確かに言われてみれば面影は残っている。ドリームダイバーもやけに肩幅の広い頑丈そうな男だった。髪はすっかり白髪に変わっていたが、高い鉤鼻や左右に裂けた口元はかつて見た記憶と合致する。今は間違いなく還暦を超えている、ならば当時は五十代だったことになるか。
しかし今見てもなお、この数年間全く気付かなかったのは無理からぬことだと思う。何せ人柄とか物腰とか、纏う雰囲気が全くの別物なのだ。まるで生まれ変わったというか、中身が入れ替わったというか。
数秒経ってようやく自分が年配の相手を不躾に見つめていることに気付いて姿勢を正した。
「その、どうして店長……ドリームダイバー……檜佐木さんはNモールの店長を?」
「黒壱でいいよ、組織ではそう呼ばせていたしね。この町の皆には迷惑かけちゃったから、せめて子供たちが楽しく過ごせる場所を作ろうと思っただけさ」
「そういうことだ。俺もジジイが店長なんざやってるのを知ったのは割と最近だけどな」
緑山がリンゴを剥いた皿をサイドテーブルに置き、爪楊枝を四つ刺した。
「本当はもう首突っ込むつもりなかったんだけどね。でもどうも大変なことになってるみたいだからさ、緑山から事情を聞いて僕に協力できることがあるならと思って君たちを呼んでもらったんだ」
「あなたが改心したのはわかりました。Nモールで町に尽くしてくれているのはよく知っていますし、今は麗華たちに対抗する力も必要です。でも七年前には元凶だったあなたに何があって心変わりしたのかはちゃんと……」
「ああ、違う違う。この話ってそういう話じゃないんだ。僕は別に改心はしてない、っていうとちょっと語弊があるか。そのあたりも話そうと思って呼んだんだけど」
「どういうことですか?」
「七年前のあれって、本当は魔法少女と悪の組織の戦いなんかじゃなかったんだよねえ」
「……はい?」
「あの夏の真相は君たちの認識とは何もかも違うんだ。当時から全てを知っていたのは僕とメルリンだけで、僕だけがメルリンの死と魔法の終わりを見届けた。緑山にはついさっき教えたところなんだけどね」
「……それはつまり……魔法少女と悪の組織の戦いはあなたとメルリンの代理戦争で、あなたがメルリンを殺したということですか?」
「それも全然違うよ。僕とメルリンは最初から最後まで協力していたし、メルリンの死因は自殺だ。一問一答でやっていても埒が明かないから、一から全部説明しようか。七年前、魔法の夏の真相を」
黒壱はベッド脇の椅子に手を差し出し、そこでようやく御息と芽愛はパイプ椅子に腰かけた。
「僕とメルリンは、アルニアという異世界から来た親友同士だ」
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