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第5章 魔法少女暫定計画
第27話:魔法少女暫定計画・4
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黒壱とメルリンは「アルニア」という異世界から来た。
アルニアの地理や歴史は概ねこの世界と一致していたが、しかし最大の違いはアルニアでは西暦千九百年頃に突如として妖精という生物が現れたことだ。
妖精の出現には記録が残っている。ある日いきなり空から降ってきた虹色の細長い板。その上を滑る四角い塊から黒い外套を着た女性が降りてきて、妖精を置いて去っていったらしい。その真偽はもう誰にもわからない。
妖精は大きな翼と長い尻尾を持つオコジョのような愛らしい見た目をしていた。そして人間と同程度の知的能力を持ち人語を操る。性格は個体によってまちまちだが概ね善良かつ無害である、人間と同じくらいには。
最大の特徴として、妖精は「世界に魔法をもたらす」という体質を持っていた。
妖精が居着いた土地には魔素という概念が生じる。魔素は人々の活動によって土地に蓄積される。その結果として魔獣のような魔法生物が現れたり、人々が魔法を使えるようになったりする。魔法の国に妖精が住むのではなく、妖精が住む場所が魔法の国になるのだ。
まず妖精ありき、そして魔法あり。そうやってアルニアは魔法の国になった。
もちろん当初は様々な混乱があった。いきなり現れた魔法によって治安は乱れ、事故も事件も多発した。
それでもアルニアは少しずつ魔法に適応していった。今までの人類史がそうであったように、新しい概念に対する折り合いの付け方を学び、社会のルールを整備し、魔法の被害を最小にしながら恩恵を最大にする仕組みを作っていった。
じきに魔法学は物理学と双璧を成す文明のインフラになった。人々が感情を動かすことで増幅されるエネルギー源として魔素をコントロールする技術も一定の成功を収めていた。
一世紀少し時代が下った今、妖精と人間は平和に共存していた。共通の権利を持ち、共に協働し、社会を構成する仲間となった。
黒壱とメルリンもまた、学生時代から公私共に堅い友情を育んだ親友同士だった。魔法と物理の関係を扱う研究室で出会った二人は大学で長年に渡って魔法の可能性を探求していた。
結局のところ、妖精の体質とは「魔法の国という異世界を展開する術」だと解釈できる。これを応用すれば他の異世界へのアクセスも可能ではないか。この仮説を実現するため、数十年に渡って実験を繰り返してきた。
ある夏の日、実験は唐突に成功を収めた。実験施設の中心に異世界へのポータルが開いたのだ。
しかしそのポータルは著しく不安定な黒い渦であり、強烈な重力を伴ってすぐに黒壱とメルリンを飲み込んだ。
そして辿り着いたのがこの世界だ。ポータルは到着するや否や完全に崩壊してしまった。
黒壱とメルリンは顔を見合わせてまずは時刻を確認した。今は七月二十一日の朝八時三十五分。
そしてすぐに二つのことを議論し始めた、いつものミーティングのように。
一つ、元の世界に帰る方法。
二つ、この世界を魔法から守る方法。
「世界を魔法に巻き込む術は妖精の体質みたいなものでね、妖精の意志とは関係なく勝手に発動してしまうんだ。メルリンが来た時点でこの町が魔法の国になるのは避けられない」
「麗華も同じことを言っていました。自動発動する『妖精の魔法』だと」
「いい呼び名だね、じゃあ僕もそう呼ぶことにしよう。アルニアに初めて妖精が現れた時、『妖精の魔法』と折り合いを付けるまでには長い年月を必要とした。その過程では犠牲者も多く出た。確かに魔法は便利だけども、新しい技術をコントロールするまでには大きなコストが伴うんだ。僕たちは研究者だから科学的なコストだけはそれなりにフォローできるけれど、文化的なコストや制度的なコストまではとても手が回らない。ただ迷い込んだだけの世界にそんなコストを支払わせるべきじゃない」
「あの……これは失礼な言い方かもしれませんが」
「遠慮しないでいいよ。何でも聞いてほしい」
「ずいぶん人道的なんですね。見知らぬ世界の安全を気にするなんて」
「人や妖精として当たり前のことだよ。自分たちの都合で他人に迷惑をかけちゃいけない、それだけのことさ。だから僕たちの目的はこうだ。この世界にはなるべく被害を出さずにアルニアへ帰る。幸いにもこういう事態に備えた安全弁は作ってあった。それが魔神機だ」
「魔神機は安全弁だったんですか? 戦闘兵器ではなく?」
「そうだよ。悪の組織が掲げていた『世界をリセットする』というお題目を覚えているかい? 『妖精の魔法』に対抗して全てをリセットする大魔法、すなわち『破産魔法』を発動するためのシステムが魔神機なんだ。汎用兵器としての戦力を与えているのはその過程で起こりうる困難に対処するためだ」
「魔」法で動く「機」械仕掛けの「神」。行き詰まった歴史を巻き戻して消滅させるデウスエクスマキナ。
制御困難な『妖精の魔法』で魔素が過剰に蓄積してしまったとき、その原因をなかったことにして結果も全て抹消する。因果レベルの完全なちゃぶ台返し、それが魔神機の『破産魔法』である。
ひとたび『破産魔法』が起動すれば、この世界で『妖精の魔法』は最初から発動しなかったことになる。黒壱とメルリンはそもそもこの世界に来なかったことになり、全てがその直前に、つまり七月二十一日の朝に巻き戻る。この世界には妖精が来たことも魔法が持ち込まれたこともなくなる。
「仕様上、『破産魔法』の発動に必要な条件が三つあるんだ。専用のレアアイテムとかじゃないよ、どれも主旨に照らして当然のものだ」
一つは魔素の蓄積。『破産魔法』は土地に溜まった過剰な魔素を使って発動される。
二つは妖精の身柄。『妖精の魔法』への対処以外での悪用を防ぐため、起動認証には妖精の身柄を必要とする。
三つは魔神機三柱。因果に干渉する大魔法を単独で発動できないように魔神機システムは三権分立になっている。
「さっそく僕たちは三つの条件をクリアするための行動を開始した。妖精の身柄についてはもうメルリンがいるから残り二つだね。まず魔神機の所有者を揃えるため、『世界をリセットする』という趣旨に賛同する者たちに魔神機のコアを拾わせる。緑山と芽愛、それに僕自身を合わせて三柱だ。これを悪の組織ということにして、敵対勢力として魔法少女を仮設する。悪の組織を導くのは僕、魔法少女を支援するのはメルリンだ。僕たちが戦うことで町の人々が不安や喜びを感じ、町に溜まる魔素は増幅されていく」
「私がメルリンから聞いていたことと少し違いますね。魔法少女の糧になる魔素は喜びや安心で溜まり、悪の組織の糧になる魔素は不安や恐怖で溜まるとメルリンは言っていました」
「それは対立を作るための方便というか、平たく言ってしまえば嘘だね。大きな感情の動きさえあれば魔素は蓄積される。魔素に種類の区別はないよ」
「なるほど……では逆に町を平穏に保って魔素を溜めないようにすることもできたのでは?」
「確かに人々がゆっくり落ち着いて暮らしている間は魔素は減衰する。でもそれは火薬庫の中で暮らすようなものだよ。もし地震のような大きな災害が起きれば人々のパニックに連動して目も当てられない惨状になる。それに妖精がいる限り魔素がゼロになることはない。どこかで魔獣が発生する程度の魔素は常に残ってしまうんだ」
「まだわからないことがあります。どうせ『破産魔法』を使えば全てが巻き戻るのなら、もっと効率的な手段もあったのではないでしょうか。どうして魔法少女と悪の組織なんて一芝居を打ったのですか?」
「鋭いね。確かに理屈の上ではそれで正しいよ。例えば魔神機で大量殺人でもしてしまえば魔素はもっと早く溜まっただろうね。でも、あとで無かったことにするからといってそんな行いが許容されるものだろうか。これは正解のない哲学的な問題だが、君の答えはどうだろう。完全に抹消する前提の歴史において倫理は無視できるのだろうか?」
「いいえ。それはジェノサイドの論理でしょう。あとで忘れられることは人道に反していい理由にはなりません。それに何かの間違いで巻き戻しには失敗するかもしれませんし」
「そうだね。僕とメルリンの答えも同じだった。これは自己満足の偽善かもしれないけれど、血生臭い戦争じゃなくて出来るだけ夢のある戦いで魔素を溜めるべきだと思った、あとで巻き戻すとしてもだ。魔法少女というサブカルチャーを借りたのはそのためだよ。ちなみに君たちはステッキを使って魔法の潜在能力を引き出しているけど、変身するところはメルリンの魔法だ。それも戦いをあまり生々しくしないための演出さ」
「と言うと、今年変身出来ないのはメルリンがいないからですか?」
「その通り。話を戻そう、全ては順調だった。魔法少女と悪の組織の戦いを演じて町に魔素を蓄積し、十分溜まったところで『破産魔法』を発動させる。それで『黒壱とメルリンが来た』という事象そのものがなかったことになってこの世界は僕たちが来る前の七月二十一日の朝に巻き戻る。それで大団円のはずだったんだ」
アルニアの地理や歴史は概ねこの世界と一致していたが、しかし最大の違いはアルニアでは西暦千九百年頃に突如として妖精という生物が現れたことだ。
妖精の出現には記録が残っている。ある日いきなり空から降ってきた虹色の細長い板。その上を滑る四角い塊から黒い外套を着た女性が降りてきて、妖精を置いて去っていったらしい。その真偽はもう誰にもわからない。
妖精は大きな翼と長い尻尾を持つオコジョのような愛らしい見た目をしていた。そして人間と同程度の知的能力を持ち人語を操る。性格は個体によってまちまちだが概ね善良かつ無害である、人間と同じくらいには。
最大の特徴として、妖精は「世界に魔法をもたらす」という体質を持っていた。
妖精が居着いた土地には魔素という概念が生じる。魔素は人々の活動によって土地に蓄積される。その結果として魔獣のような魔法生物が現れたり、人々が魔法を使えるようになったりする。魔法の国に妖精が住むのではなく、妖精が住む場所が魔法の国になるのだ。
まず妖精ありき、そして魔法あり。そうやってアルニアは魔法の国になった。
もちろん当初は様々な混乱があった。いきなり現れた魔法によって治安は乱れ、事故も事件も多発した。
それでもアルニアは少しずつ魔法に適応していった。今までの人類史がそうであったように、新しい概念に対する折り合いの付け方を学び、社会のルールを整備し、魔法の被害を最小にしながら恩恵を最大にする仕組みを作っていった。
じきに魔法学は物理学と双璧を成す文明のインフラになった。人々が感情を動かすことで増幅されるエネルギー源として魔素をコントロールする技術も一定の成功を収めていた。
一世紀少し時代が下った今、妖精と人間は平和に共存していた。共通の権利を持ち、共に協働し、社会を構成する仲間となった。
黒壱とメルリンもまた、学生時代から公私共に堅い友情を育んだ親友同士だった。魔法と物理の関係を扱う研究室で出会った二人は大学で長年に渡って魔法の可能性を探求していた。
結局のところ、妖精の体質とは「魔法の国という異世界を展開する術」だと解釈できる。これを応用すれば他の異世界へのアクセスも可能ではないか。この仮説を実現するため、数十年に渡って実験を繰り返してきた。
ある夏の日、実験は唐突に成功を収めた。実験施設の中心に異世界へのポータルが開いたのだ。
しかしそのポータルは著しく不安定な黒い渦であり、強烈な重力を伴ってすぐに黒壱とメルリンを飲み込んだ。
そして辿り着いたのがこの世界だ。ポータルは到着するや否や完全に崩壊してしまった。
黒壱とメルリンは顔を見合わせてまずは時刻を確認した。今は七月二十一日の朝八時三十五分。
そしてすぐに二つのことを議論し始めた、いつものミーティングのように。
一つ、元の世界に帰る方法。
二つ、この世界を魔法から守る方法。
「世界を魔法に巻き込む術は妖精の体質みたいなものでね、妖精の意志とは関係なく勝手に発動してしまうんだ。メルリンが来た時点でこの町が魔法の国になるのは避けられない」
「麗華も同じことを言っていました。自動発動する『妖精の魔法』だと」
「いい呼び名だね、じゃあ僕もそう呼ぶことにしよう。アルニアに初めて妖精が現れた時、『妖精の魔法』と折り合いを付けるまでには長い年月を必要とした。その過程では犠牲者も多く出た。確かに魔法は便利だけども、新しい技術をコントロールするまでには大きなコストが伴うんだ。僕たちは研究者だから科学的なコストだけはそれなりにフォローできるけれど、文化的なコストや制度的なコストまではとても手が回らない。ただ迷い込んだだけの世界にそんなコストを支払わせるべきじゃない」
「あの……これは失礼な言い方かもしれませんが」
「遠慮しないでいいよ。何でも聞いてほしい」
「ずいぶん人道的なんですね。見知らぬ世界の安全を気にするなんて」
「人や妖精として当たり前のことだよ。自分たちの都合で他人に迷惑をかけちゃいけない、それだけのことさ。だから僕たちの目的はこうだ。この世界にはなるべく被害を出さずにアルニアへ帰る。幸いにもこういう事態に備えた安全弁は作ってあった。それが魔神機だ」
「魔神機は安全弁だったんですか? 戦闘兵器ではなく?」
「そうだよ。悪の組織が掲げていた『世界をリセットする』というお題目を覚えているかい? 『妖精の魔法』に対抗して全てをリセットする大魔法、すなわち『破産魔法』を発動するためのシステムが魔神機なんだ。汎用兵器としての戦力を与えているのはその過程で起こりうる困難に対処するためだ」
「魔」法で動く「機」械仕掛けの「神」。行き詰まった歴史を巻き戻して消滅させるデウスエクスマキナ。
制御困難な『妖精の魔法』で魔素が過剰に蓄積してしまったとき、その原因をなかったことにして結果も全て抹消する。因果レベルの完全なちゃぶ台返し、それが魔神機の『破産魔法』である。
ひとたび『破産魔法』が起動すれば、この世界で『妖精の魔法』は最初から発動しなかったことになる。黒壱とメルリンはそもそもこの世界に来なかったことになり、全てがその直前に、つまり七月二十一日の朝に巻き戻る。この世界には妖精が来たことも魔法が持ち込まれたこともなくなる。
「仕様上、『破産魔法』の発動に必要な条件が三つあるんだ。専用のレアアイテムとかじゃないよ、どれも主旨に照らして当然のものだ」
一つは魔素の蓄積。『破産魔法』は土地に溜まった過剰な魔素を使って発動される。
二つは妖精の身柄。『妖精の魔法』への対処以外での悪用を防ぐため、起動認証には妖精の身柄を必要とする。
三つは魔神機三柱。因果に干渉する大魔法を単独で発動できないように魔神機システムは三権分立になっている。
「さっそく僕たちは三つの条件をクリアするための行動を開始した。妖精の身柄についてはもうメルリンがいるから残り二つだね。まず魔神機の所有者を揃えるため、『世界をリセットする』という趣旨に賛同する者たちに魔神機のコアを拾わせる。緑山と芽愛、それに僕自身を合わせて三柱だ。これを悪の組織ということにして、敵対勢力として魔法少女を仮設する。悪の組織を導くのは僕、魔法少女を支援するのはメルリンだ。僕たちが戦うことで町の人々が不安や喜びを感じ、町に溜まる魔素は増幅されていく」
「私がメルリンから聞いていたことと少し違いますね。魔法少女の糧になる魔素は喜びや安心で溜まり、悪の組織の糧になる魔素は不安や恐怖で溜まるとメルリンは言っていました」
「それは対立を作るための方便というか、平たく言ってしまえば嘘だね。大きな感情の動きさえあれば魔素は蓄積される。魔素に種類の区別はないよ」
「なるほど……では逆に町を平穏に保って魔素を溜めないようにすることもできたのでは?」
「確かに人々がゆっくり落ち着いて暮らしている間は魔素は減衰する。でもそれは火薬庫の中で暮らすようなものだよ。もし地震のような大きな災害が起きれば人々のパニックに連動して目も当てられない惨状になる。それに妖精がいる限り魔素がゼロになることはない。どこかで魔獣が発生する程度の魔素は常に残ってしまうんだ」
「まだわからないことがあります。どうせ『破産魔法』を使えば全てが巻き戻るのなら、もっと効率的な手段もあったのではないでしょうか。どうして魔法少女と悪の組織なんて一芝居を打ったのですか?」
「鋭いね。確かに理屈の上ではそれで正しいよ。例えば魔神機で大量殺人でもしてしまえば魔素はもっと早く溜まっただろうね。でも、あとで無かったことにするからといってそんな行いが許容されるものだろうか。これは正解のない哲学的な問題だが、君の答えはどうだろう。完全に抹消する前提の歴史において倫理は無視できるのだろうか?」
「いいえ。それはジェノサイドの論理でしょう。あとで忘れられることは人道に反していい理由にはなりません。それに何かの間違いで巻き戻しには失敗するかもしれませんし」
「そうだね。僕とメルリンの答えも同じだった。これは自己満足の偽善かもしれないけれど、血生臭い戦争じゃなくて出来るだけ夢のある戦いで魔素を溜めるべきだと思った、あとで巻き戻すとしてもだ。魔法少女というサブカルチャーを借りたのはそのためだよ。ちなみに君たちはステッキを使って魔法の潜在能力を引き出しているけど、変身するところはメルリンの魔法だ。それも戦いをあまり生々しくしないための演出さ」
「と言うと、今年変身出来ないのはメルリンがいないからですか?」
「その通り。話を戻そう、全ては順調だった。魔法少女と悪の組織の戦いを演じて町に魔素を蓄積し、十分溜まったところで『破産魔法』を発動させる。それで『黒壱とメルリンが来た』という事象そのものがなかったことになってこの世界は僕たちが来る前の七月二十一日の朝に巻き戻る。それで大団円のはずだったんだ」
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