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第5章 魔法少女暫定計画
第28話:魔法少女暫定計画・5
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最終決戦のあと、黒壱とメルリンは森の中で落ち合った。
もちろん悪の組織が敗北するのは予定通りだ。勝敗は重要ではないし、それなら子供の魔法少女を勝たせてやる方がいい。
これで『破産魔法』の発動に必要な魔素は溜まった。あとは緑山と芽愛に事情を説明し、魔神機三柱のコアを集め、メルリンの身柄で認証した『破産魔法』を起動すれば目的は完遂されるはずだった。
だが、土壇場でメルリンが反対の声を上げた。彼はいつもの思慮深い口調でこう言った。
「魔法少女たちの思い出をなかったことにしてはいけないんじゃないかな」と。
魔法少女三人は町を守るために一生懸命戦った。泣いたり笑ったりしながら大切な仲間と協力して敵を倒した。それは黒壱とメルリンが打った芝居の上ではあったが、彼女たちにとっては本物の友情と努力と勝利だったのだ。
麗華は愛と情熱を知り、綺羅は夢と希望を知り、御息は正義と秩序を知った。十歳という多感な時期に得た経験は彼女たちの人生をきっと実り豊かなものに変えるだろう。子供たちの幸福な未来はこの夏と地続きだ。
それを奪う権利は誰にもない。すぐ近くで見ていたからこそ、メルリンは子供たちにとってのこの夏の重みを全身で感じていた。
黒壱は言葉に詰まった。
もちろん反論することは容易い。因果ごと全てを無かったことにするのが『破産魔法』だ。魔法少女たちの記憶は消え去り、そういう活動があった記録すら世界のどこにも残らない。無くなったことにすら気付かないのなら奪うことにもならないはず。少なくとも魔神機の設計理念ではそういうことになっていた。
しかし本当にそう思っているのなら。
どうして「魔法少女と悪の組織が戦う」なんて夢のある設定を作ってしまったのだろう?
答えは決まっている。なかったことにする歴史でも決して存在しない歴史ではないと当たり前に思ったからだ。だとしたら、ここまで積み立ててしまった魔法少女たちの人生も尊重しなければ筋が通らない。
実際のところ、黒壱とメルリンは今まで『破産魔法』を発動した経験が一度もなかった。本当に発動したことがないのかはわからないが、少なくとも発動した記憶はなかった。
だからこの土壇場で根本的な疑問が浮上してしまったのだ。一度は存在した歴史の善を完全に抹消することはやはり悪ではないかと。
倫理的な議論は平行線を辿ったが、しかし現実問題、このままではこの世界は救われないと黒壱は主張した。
結局、当初の問題を解決しなければならないのだ。確かに『破産魔法』は子供たちのひと夏を奪ってしまうかもしれないが、それはもっと大勢を守るためにやむを得ない犠牲だ。この世界から魔法を消し去る方法はこれしかないのだから。このまま魔法を放置すればどんな危険が起こるかわからない。
十秒ほど沈黙が流れ、メルリンは「一つだけ方法がある」と呟いた。いざというとき、他の手立てが全て潰えたときのために仕込んでおいた最後の手段があると。
黒壱は激昂した。そんなものがあるならもっと早く言えと怒鳴った。この世界の人々に迷惑をかける前に二人でそれを検討するのが筋だろう。包み隠さず議論できる仲間だと思っていたのは自分だけだったのかと失望した。
メルリンは表情を変えずに一つだけ質問した。
この手を使うと、この世界の問題は完全に解決する。その代わり黒壱はアルニアに帰れなくなる。それでもいいかな?
黒壱は構わないと即答した。もちろん故郷に帰りたい気持ちはあるが、この世界の後始末を付ける方が優先だから。
そこで黒壱は違和感に気付いた。今どうしてメルリンは「黒壱はアルニアに帰れなくなる」という言い方をしたのか。主語が「二人は」でないのは何故だ。理由がわかるよりも先に全身が動いた。
黒壱が「やめろ」と絶叫した次の瞬間、メルリンは地面にぽとりと落下した。
滑り込んで受け止めた小さな身体は既にあらゆる物理と魔法を失っていた。これがメルリンの最後の手段。
妖精が自殺する。
確かにこれで全てが丸く収まる。この世界に一匹しかいない妖精が死ねば『妖精の魔法』は解除される。魔神機も魔法少女も魔獣もいない世界が戻ってくる。『破産魔法』を使う必要はなく、魔法少女たちの夏は消えない。
いかにもあの賢いメルリンが考えそうなことだった。ずっと隠していたのは黒壱を信頼していなかったからではない。親友として心から信頼していたからだ。こんな手段を考えていることを話せば、黒壱はどんな手を使ってでも絶対にメルリンを止めただろう。
黒壱が親友の亡骸を握り締めて呆然としていられた時間はほんの十秒ほどしかなかった。
すぐに近付いてくる足音を聞いたからだ。黒壱はメルリンの死体と共に近くの茂みに身を隠した。
遠くから向かってくるのはマジカルレッドをやっていた小学生だった。いったい何があったのか、目を拭って鼻を鳴らしながら顔を落としてとぼとぼ歩いている。
黒壱は逡巡した。この結末を魔法少女に伝えるべきなのか。
このとき黒壱もまだ混乱していたのかもしれない。今にして思えば、小学生がメルリンの死を知ったところで本当の事情がわかるはずもないし、無駄な混乱と悲しみを招くだけだろう。それに人間だろうが妖精だろうが友人の死を受け止めるのは小学生にはまだ早すぎる。
だが、そのときは伝えるべきだと思ったのだ。悼むのであれば自分よりも魔法少女たちであるべきような気がした。
メルリンは魔法少女たちの人生を守るために死を選んだのだから。すぐには受け止められないかもしれないが、いずれ悲しみを乗り越えた暁にはメルリンに思いを馳せて手を合わせてほしいと心から思った。
だから白いハンカチにメルリンの死体を包んで地面にそっと横たえた。
マジカルレッドが死体を発見するところを見届けて、黒壱はその場を後にした。
もちろん悪の組織が敗北するのは予定通りだ。勝敗は重要ではないし、それなら子供の魔法少女を勝たせてやる方がいい。
これで『破産魔法』の発動に必要な魔素は溜まった。あとは緑山と芽愛に事情を説明し、魔神機三柱のコアを集め、メルリンの身柄で認証した『破産魔法』を起動すれば目的は完遂されるはずだった。
だが、土壇場でメルリンが反対の声を上げた。彼はいつもの思慮深い口調でこう言った。
「魔法少女たちの思い出をなかったことにしてはいけないんじゃないかな」と。
魔法少女三人は町を守るために一生懸命戦った。泣いたり笑ったりしながら大切な仲間と協力して敵を倒した。それは黒壱とメルリンが打った芝居の上ではあったが、彼女たちにとっては本物の友情と努力と勝利だったのだ。
麗華は愛と情熱を知り、綺羅は夢と希望を知り、御息は正義と秩序を知った。十歳という多感な時期に得た経験は彼女たちの人生をきっと実り豊かなものに変えるだろう。子供たちの幸福な未来はこの夏と地続きだ。
それを奪う権利は誰にもない。すぐ近くで見ていたからこそ、メルリンは子供たちにとってのこの夏の重みを全身で感じていた。
黒壱は言葉に詰まった。
もちろん反論することは容易い。因果ごと全てを無かったことにするのが『破産魔法』だ。魔法少女たちの記憶は消え去り、そういう活動があった記録すら世界のどこにも残らない。無くなったことにすら気付かないのなら奪うことにもならないはず。少なくとも魔神機の設計理念ではそういうことになっていた。
しかし本当にそう思っているのなら。
どうして「魔法少女と悪の組織が戦う」なんて夢のある設定を作ってしまったのだろう?
答えは決まっている。なかったことにする歴史でも決して存在しない歴史ではないと当たり前に思ったからだ。だとしたら、ここまで積み立ててしまった魔法少女たちの人生も尊重しなければ筋が通らない。
実際のところ、黒壱とメルリンは今まで『破産魔法』を発動した経験が一度もなかった。本当に発動したことがないのかはわからないが、少なくとも発動した記憶はなかった。
だからこの土壇場で根本的な疑問が浮上してしまったのだ。一度は存在した歴史の善を完全に抹消することはやはり悪ではないかと。
倫理的な議論は平行線を辿ったが、しかし現実問題、このままではこの世界は救われないと黒壱は主張した。
結局、当初の問題を解決しなければならないのだ。確かに『破産魔法』は子供たちのひと夏を奪ってしまうかもしれないが、それはもっと大勢を守るためにやむを得ない犠牲だ。この世界から魔法を消し去る方法はこれしかないのだから。このまま魔法を放置すればどんな危険が起こるかわからない。
十秒ほど沈黙が流れ、メルリンは「一つだけ方法がある」と呟いた。いざというとき、他の手立てが全て潰えたときのために仕込んでおいた最後の手段があると。
黒壱は激昂した。そんなものがあるならもっと早く言えと怒鳴った。この世界の人々に迷惑をかける前に二人でそれを検討するのが筋だろう。包み隠さず議論できる仲間だと思っていたのは自分だけだったのかと失望した。
メルリンは表情を変えずに一つだけ質問した。
この手を使うと、この世界の問題は完全に解決する。その代わり黒壱はアルニアに帰れなくなる。それでもいいかな?
黒壱は構わないと即答した。もちろん故郷に帰りたい気持ちはあるが、この世界の後始末を付ける方が優先だから。
そこで黒壱は違和感に気付いた。今どうしてメルリンは「黒壱はアルニアに帰れなくなる」という言い方をしたのか。主語が「二人は」でないのは何故だ。理由がわかるよりも先に全身が動いた。
黒壱が「やめろ」と絶叫した次の瞬間、メルリンは地面にぽとりと落下した。
滑り込んで受け止めた小さな身体は既にあらゆる物理と魔法を失っていた。これがメルリンの最後の手段。
妖精が自殺する。
確かにこれで全てが丸く収まる。この世界に一匹しかいない妖精が死ねば『妖精の魔法』は解除される。魔神機も魔法少女も魔獣もいない世界が戻ってくる。『破産魔法』を使う必要はなく、魔法少女たちの夏は消えない。
いかにもあの賢いメルリンが考えそうなことだった。ずっと隠していたのは黒壱を信頼していなかったからではない。親友として心から信頼していたからだ。こんな手段を考えていることを話せば、黒壱はどんな手を使ってでも絶対にメルリンを止めただろう。
黒壱が親友の亡骸を握り締めて呆然としていられた時間はほんの十秒ほどしかなかった。
すぐに近付いてくる足音を聞いたからだ。黒壱はメルリンの死体と共に近くの茂みに身を隠した。
遠くから向かってくるのはマジカルレッドをやっていた小学生だった。いったい何があったのか、目を拭って鼻を鳴らしながら顔を落としてとぼとぼ歩いている。
黒壱は逡巡した。この結末を魔法少女に伝えるべきなのか。
このとき黒壱もまだ混乱していたのかもしれない。今にして思えば、小学生がメルリンの死を知ったところで本当の事情がわかるはずもないし、無駄な混乱と悲しみを招くだけだろう。それに人間だろうが妖精だろうが友人の死を受け止めるのは小学生にはまだ早すぎる。
だが、そのときは伝えるべきだと思ったのだ。悼むのであれば自分よりも魔法少女たちであるべきような気がした。
メルリンは魔法少女たちの人生を守るために死を選んだのだから。すぐには受け止められないかもしれないが、いずれ悲しみを乗り越えた暁にはメルリンに思いを馳せて手を合わせてほしいと心から思った。
だから白いハンカチにメルリンの死体を包んで地面にそっと横たえた。
マジカルレッドが死体を発見するところを見届けて、黒壱はその場を後にした。
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