魔法少女七周忌♡うるかリユニオン

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第5章 魔法少女暫定計画

第29話:魔法少女暫定計画・6

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「これが全ての顛末だよ。本当の争点はどうやって魔法の国を終わらせるかだったんだ、今と同じように。そしてこの夏はメルリンの七周忌でもある……」

 長く喋った黒壱は軽く咳き込んだ。緑山がぶっきらぼうに手渡したペットボトルを一口だけ飲むと、ベッドに深く身体を沈めた。

「メルリンは判断を誤ったのかもしれないね。彼は自分の命と引き換えに魔法少女たちの幸福を祈った。ほんのひと夏の思い出を胸に、魔法少女が人生を前向きに歩むことを望んだんだ。だが、実際にはそうはならなかった。魔法少女は過去の思い出に囚われて再び魔法の国を作ろうとしている。僕たちが良かれと思って幻想を見せてしまったんだ。本当に申し訳なかった」
「顔を上げてください。私にとってもあの夏は大切な思い出ですし、それを残してくれたことには感謝しています」
「ありがとう。そう言ってくれるならきっとメルリンも浮かばれるだろう」

 黒壱はいつも胸に付けていたロケットペンダントを開いてみせた。中に入っていたのは黒壱の肩に乗ったメルリンの写真。
 メルリンは御息が見たことのない顔を浮かべていた。口角を半分だけ上げてわざと作っているニヤリとした悪人顔。それは子供の保護者としての笑顔ではなく、気の置けない悪友に向ける笑顔だった。

「今はメルリンに代わってマジカルレッドが『妖精の魔法フェアリーギフト』を発動しているようだね。僕とメルリンにはそれを止める責任がある。他にわからないことがあれば何でも聞いてくれ」
「……『妖精の魔法フェアリーギフト』は妖精という種が持っている体質のような魔法なんですよね? 麗華はメルリンの死体に『妖精の魔法フェアリーギフト』を使わせているということですか?」
「いや、そうではないよ。『妖精の魔法フェアリーギフト』は妖精の生命活動のようなもので、魔力を失った死後に残存することも再発動することもあり得ない。妖精の死体が魔神機のレーダーに映らないのもそのせいだ」
「じゃあ今『妖精の魔法フェアリーギフト』を発動しているのは麗華自身?」
「そう考えるしかないだろうね。きっと彼女は妖精の死体から『妖精の魔法フェアリーギフト』を簒奪して人の身で発動する方法を発見してしまったんだ。そんな方法は僕ですら知らない。アルニアでも『妖精の魔法フェアリーギフト』を使えるのは妖精だけと信じられていて、人間が使った例なんて史上一度もないよ」
「あともう一つ、麗華は『妖精の魔法フェアリーギフト』のキャンセルもやってみせました。それは妖精も出来るのでしょうか?」
「個体によるけれど、妖精もほんの数メートルくらいなら自分の『妖精の魔法フェアリーギフト』の効力を抑えることができた。ただ、それは僕たちがほんの数秒だけ呼吸を止められるようなものだよ。どんな生物も死なずに生命活動を停止させることはできない、ごく一部だけなら止まったように見せかけられなくもないというだけでね。『妖精の魔法フェアリーギフト』は町ひとつを覆う規模で自動発動してしまうのだから、数メートルを止めたところで誤差みたいなものだ」
「じゃあこの夏の騒動を根本から解決するには、今年こそ『破産魔法ロールバースト』を使って巻き戻すしかない……」
「僕も同じ意見だ。ただ、その場合はこの夏はなかったことになる。恐らく最初に魔獣が出現した日がマジカルレッドが『妖精の魔法フェアリーギフト』を初めて発動した日だろうから、きっと先月の夏休み初日まで戻ることになるね」
「構いません。確かに古い友達と再会して魔獣を退治したのも一つの思い出ですが、町を平穏に保つ方が大事でしょう。私たちはもう小学生ではありません。どんな夏を過ごしても自分の責任で胸を張って生きていけます」
「ありがとう。それなら今回も必要なものは同じだ。魔素の蓄積、妖精の身柄、魔神機三柱。今年も魔獣退治を続けていれば夏休みの最終日には十分な魔素が町に溜まるだろう、七年前と同じように。そのタイミングでメルリンの死体を奪って『破産魔法ロールバースト』を発動すればいい」
「『破産魔法ロールバースト』に必要な妖精の身柄は死体でも?」
「問題ないよ。もともと『破産魔法ロールバースト』は妖精の暴走を防ぐための安全弁だからね。何かあった末に妖精が死んだとしても、妖精の亡骸さえあれば発動できるように開発されてる。妖精の魔力を使うわけではなくて、発動の認証に使うだけだよ」
「あとは魔神機三柱……」

 御息は緑山の顔を見た。座ったまま壁によりかかっていた緑山はそっぽを向いて頭をかいた。

「お前たちがやるってんなら、『破産魔法ロールバースト』の発動くらいは協力してやってもいい」
「ありがとうございます」
「だが、俺とメックホークは戦いには参加しねえ。勘違いしてもらっちゃ困るが、俺はジジイや芽愛とは違うぜ。七年前のことなんて反省しちゃいねえし、この町のことなんざどうでもいいと思ってるさ。だがな、俺はもう三十路を超えたところなんだよな。今は三十一歳だ」
「それが何か?」
「ガキにはまだわからんかもしれんが、自分が主人公じゃなくなることを受け入れる年齢ってのが人生にはあるんだ。俺にとってはそれが三十歳の誕生日だった。この町の平穏がどうとか、魔法の国がどうとか、もうそんなことに出しゃばる年じゃねえんだよ。そういうのはもっと若い世代で勝手に決めろ。俺にできるのは決まったことに従うくらいさ」

 緑山は腕を組んでそれきり黙ってしまう。代わりに芽愛が口を開いた。

「他にもあるよね? この魔法の国を終わらせる方法」
「気付いちゃったか。お勧めしないよ、それは」
「私だって好きで言うわけじゃないけど。今の戦力差は大きいし、まだ妖精の死体がどこにあるのかさえわからない。最悪のケースでは考えておかないといけない。麗華を殺すっていう選択肢を」
「そうだね。メルリンが自殺したように、理屈の上では発動者を殺害することで『妖精の魔法フェアリーギフト』は無効にできる。でも僕はメルリンを喪った悲しみを君たちには味わってほしくない。七年前だってメルリンが反対しなければ『破産魔法ロールバースト』で決着していたはずなんだから、当時やり残したことをやるだけだ」
「それさっきから思ってたけど、一つだけ勘違いしてる。七年前にもしメルリンが反対しなかったとしても『破産魔法ロールバースト』は発動しなかったかもしれない」
「それは何故かな」
「きっとメルリンの代わりに私が反対したから。私だってあの夏には消されたくない思い出がある。私とマジカルレッドの二人しか知らない、大切な思い出が」
「すっかり忘れていたよ。君だって七年前は十代の子供だったんだ。メルリンは魔法少女だけじゃなくて君の人生も守ったのかもしれないね」
「そういうこと。だけど今年は私も『破産魔法ロールバースト』を使うべきだと思う。もう子供じゃない、大人として町の皆を守らないといけない」
「ありがとう。結局僕たちがこれからやるべきことは、夏休みの最終日まで魔獣退治を続けて、そこで妖精の死体を奪い、魔神機三柱で『破産魔法ロールバースト』を発動することだね」

 御息が深く頷き、芽愛が小さく頷き、緑山が斜めに頷いた。

「最後にマジカルブルーにお願いがあるんだけどいいかな」
「私ですか?」
「そう。話だけなら電話でも良かったんだけど、わざわざ来てもらったのはこれのためなんだ」

 黒壱は手を伸ばし、ベッドの上の空間を撫でた。
 途端に背景が蜃気楼のように歪む。空気を絞って黒いインクが滲み出し、ゆっくりとダイヤ型のコアを形作った。
 コアから緩慢な動きで現れたデモンドリームは手の平に乗る大きさだった。八本あった長い触手が今は六本しかなく、角ばった嘴もすっかり丸まっている。まるで可愛いマスコットというか、水族館のお土産コーナーにでも売っていそうな有様だった。

「この通りだ。土地にいくら魔素が溜まっていようと、所有者が弱り切っていたら魔神機も本来の力が出せないんだ」
「失礼ですが、御病気は深刻なんですか?」
「うーん、病気自体はすぐに命がどうこうってほどでもないんだけどね。なんていうのかな、それは結果でしかなくて、もう僕には魔法を使うような気力が残ってないんだよ。泣き言を言えるような立場じゃないのはわかっているんだけど、たった一人の親友を失って異世界で一人きり、それで気付けば七年も経ってしまった。この町の人たちはとても親切だし老後としては悪くない、だけどもう誰かと戦ったりはとても出来ない。申し訳ないけれど僕はここでリタイアだ」

 かつて町を荒らした兵器とは似ても似つかないデモンドリーム。黒壱は再び宙を撫でて魔神機をコアに戻し、そして御息に差し出した。

「だから君に継承してもらいたい。本来、魔神機は破滅の未来を防ぐための防波堤だ。澄んだ正義の心を持つ君こそ、魔神機を持つにふさわしい」
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