魔法少女七周忌♡うるかリユニオン

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第6章 うるか in Neverland

第30話:うるか in Neverland・1

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 麗華は寝袋の中で目覚めた。
 三度瞬きをしてから、ようやくここが自宅ではないことを思い出す。
 袋の入り口を掴んで下半身を引き上げるがうまく滑らない。なんとか全身を使ってもぞもぞと這い出した。重ねた両手を天に掲げて腰をぐっと反らす。
 昨晩眠りについたときは慣れない環境だと思ったが、思いのほか頭も体もすっきりしている。綺羅が「ちょっと良い寝袋やからよう眠れるはずや」と言っていたのは確かだったらしい。
 感謝の言葉を口に含んで隣を見るが、そこには空の寝袋しかなかった。袋の中に顔を突っ込んでみても、緑のポリエステルから体温はすっかり消えていて残り香もない。
 改めて周囲を見渡す。壁から天井まで白く粗い石に囲まれた円柱状の空間だった。
 地面には麻やココナッツの繊維で粗く編んだようなカーペットが敷かれている。寝袋とボストンバッグの他には何も置かれていないためにやたら広く感じる。
 そして窓も扉もなく完全に封鎖されていた。良く言えば静謐で落ち着いた空間、悪く言えば監獄じみた閉所。夜は眠るだけなので気にならなかったが、さあ起きて活動するぞという気構えで見回すと少し気が滅入る。
 寝袋の傍らに置いていたスマホを見ると時刻は朝の九時だ。
 この場所にはコンセントがない。スマホにケーブルを繋いでいなかったにも関わらず、充電は百パーセントまで溜まっている。
 誰もいない虚空に向かってお礼を呟いた。

「ありがとう」

 その途端、目の前に軽いスパークが散った。
 線香花火のような光の筋が煌めき、氷の結晶がパキンと音を立てる。ほんの一瞬だけ白く輝く人型のようなものが視界の端を掠めた。
 彼らは魔法の精霊のようなものらしい。麗華が眠っている間、夏の熱気が籠らないように空気を冷やし、ついでにスマホを充電してくれていたのだ。
 姿ははっきりとは見えないが、それっぽいことを頼むとそれっぽく実行してくれる友好的な存在だ。この密閉された空間でも酸欠にならず、間接照明のような灯りがうっすら照らしているのも全て彼らのおかげである。
 石壁に近付くと積まれた石が横にすっと避けて開き、途端に朝の鮮烈な日差しが差し込んでくる。精霊が放つ柔らかい光とは違う、超大な自然の力。

「気持ちいい朝だ」

 腕を広げて深呼吸を一つ。葉や土の籠った臭いを含んだ風が肺を満たす。寝ている間に身体に堆積した澱が全て交換されて新しい動力が行きわたるようだ。
 今出てきた建物に向かって振り返る、外からでも印象はそう変わらない。
 パッと見た感じは白い石が円柱状に積まれたタワー。塔は大小何本かが密接に立ち並んで一つの塊を構成していた。
 どれも表面の凹凸に日差しが当たって複雑な影の模様を刻んでいる。周囲の木々を超える高さもさることながら、一回りするだけで朝の散歩になるほどの面積がある。
 要塞の裏手で地面からぽつんと生えている蛇口を捻る。淀みのない綺麗な水が出てきて、冷えた気持ちよさで顔を洗った。

「これも先駆者のおかげだね」

 ここは七年前には組織の基地があった場所だ。周囲を木々に囲まれた山中、勝手に開拓された森の荒野。
 かつて魔法少女が基地を壊滅させたあと、一応は簡単に残骸の撤去作業が行われたらしい。
 しかし誰も使っていない場所を原状復帰させる程のモチベーションはなかったようで、きっちり根っこまで除草された広い空き地は再び植林されることもなくそのまま残った。その空いた場所に麗華と綺羅が白い要塞を建てたというわけだ。
 ぼんやり眺めていると屋上から一筋の煙が上がっていることに気付く。白い円柱形と相まってまるで巨大な蝋燭のよう。
 壁に向かって足を踏み出すと建物の外壁が小さく震えて、石組みの中から螺旋状の階段が外側に突き出してきた。
 日差しを浴びながら一段ずつ上ると暑さで少し汗ばむが、朝一番の運動と思えばちょうどいい。

「ん」

 平坦な屋上では腰ほどの高さに積まれた石が丸い柵になっていた。
 中央には黄色いタープが張られ、布が作る日陰には折り畳み式の椅子やテーブルがいくつか並んでいる。
 煙を吐いていたのはステンレス製の焚火台だ。焚火の上には串に刺さった鮎が二匹乗り、その傍らで綺羅がスマホを構えていた。

「おはよう、綺羅」
「おはよーさん」

 麗華は手近な椅子に座ってテーブルに肘を付いた。綺羅はしゃがんだまま鮎が刺さった串をくるくる回したりしている。

「それでこれはどういう状況?」
「いつも通りの動画撮影や。山中で突発キャンプみたいな企画って定番やろ? いつか撮ろう思って道具はけっこう揃えとったしな。麗華の分もそろそろ焼けるで、鮎」
「すごいね、この山って魚が取れるんだ。全然知らなかった」
「いや知らんがな。これ、ふもとのスーパーで買ってきたやつやで」

 綺羅の指先を目で追うと、脇のゴミ袋には値札付きのラップと発泡トレーが捨てられていた。鮎は二匹で三百九十八円だったらしい。他にもやたら大きな破れたビニール袋がいくつも放り込まれている。
 よく見ればそこらのキャンプ道具たちにも使われた痕跡は一切なかった。どれも今開封したばかりの新品だ。

「思ったより素人なんだ。キャンプくらい慣れてるのかと思ってた、YouTuberだし」
「そらYouTuberに期待しすぎや、キャンプが得意なのはキャンプ系YouTuberだけやで。ま、これはガチの紹介動画てよりは単発企画動画やな。インドア系アーバン系YouTuberがアウトドアやってみたってだけでまあまあオモロいやろ、一回だけならグダグダ感でもウケるはずや」
「屋上で撮ってるのもグダグダ感の一環かな。私はあまり詳しくないけれども、こういう動画って山とか草木に囲まれてないと映えなかったりしないのかな」
「ここがいっちゃん見晴らしええやん、まとめて撮ったろと思て」
「それは確かに」

 焼き上がった鮎を受け取って屋上の端から身を乗り出した。柔らかい身を齧りながら、木々の向こうに見える町を見渡す。

「世界でここより映える場所は他にないだろうね」

 星桜市はすっかり魔法の国と化した。
 空を飛ぶ巨大なドラゴン、その隣に随伴するのはガーゴイルだ。右にユニコーン、左にペガサス。
 伝説上の生物たちが上空で翼を広げ、尾を揺らし、空を流れ、悠々と巡回する。まるで最初からこの町を縄張りとしていたかのように異形が我が物顔で空を占拠していた。
 道を歩けばピクシーと、山を歩けばケルベロスとすれ違う。電線にはカラスに混じって三本足の八咫烏が釣り下がっている。羽が燃えているのは小型のフェニックスだろうか。
 道端にはギザギザした草が生えて幾何学的に折り畳まれた花を咲かせていた。そこらに転がる石ころにさえ、クリスタルのように透明なものや白い光を放つものが混ざっている。
 空には飛ぶ異形、地面には歩く異形。広い空間には大きな異形、狭い空間には小さな異形。町全体を包む虹色の光が空でも地面でも煌めいた。
 星桜市の隅から隅まで歩き回っている怪物たち。魔素が植物や無機物でさえも侵食し、一分の隙もなくこの町に入り込んでいる。
 いや、入り込んでいるのではなく逆かもしれない。
 新たに出現した世界の上に星桜市があるのだ。人が夢見た魔法の世界に。
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