王太子妃クラリスと王子たちの絆【完】

mako

文字の大きさ
82 / 85

王女の決断と侍従の真価

しおりを挟む
『え?そ、そんな事が…』

アルビオンの言葉に動揺をみせたのは、エリザベスではなくミランダだった。

アルビオンはハビエルからエリザベスに視線を移すと、静かに、しかし鋭く告げる。

『良いな?』

エリザベスにも同意を求める。押し黙る王女を前に、アルビオンの眼差しは鋭く、逃げ場を与えない。

『エリザベス様!え、エリザベス様は具合がよくありません。貧血が…です。ここは一旦…』

ミランダは慌ててテオドールの手を振りほどこうとするが、もちろんびくともしない。睨みつける彼女に、テオドールは微動だにせず、ただ冷静に立っている。

『だから離しなさい!エリザベス様のお加減が悪いと申しましたでしょう?』

…あんた、今、囚われの身なんだけど?

エリザベスは穏やかに、しかし確固たる口調で答えた。

『ミランダ、私は大丈夫です』

その言葉に、ミランダは思わず息を呑む。クラリスに反撃されたとき以上の衝撃だ。

『エリザベス様!ここは一旦…!エリザベス様?私の目を見て!』

焦るミランダに、ヨハネスはため息をつく。

『ねえ、君…ミランダって言ったっけ?私は君に謝らないといけないな』

それどころではないミランダは、怪訝そうにヨハネスを見た。

『正確には、私と義姉上もだね』

ヨハネスはクラリスを見やり、クラリスもまた理解したように苦笑する。

『だってそうだろう?私は君の王女への忠誠に感服したと言った。でも義姉上は君の忠誠は王女ではなくパナン王国だと言った。どちらも見当違いだったよ。だって君は全て自分の為に動いているんだから』

驚いたミランダは目を見開き、ヨハネスを睨みつけた。

『なに、パナン王国王女の侍従だった君が、我がランズ王国第1王子妃の侍従となり、やがて帝国皇子妃の侍従になるはずだった。それは焦るよ。

そもそも我が国に嫁いだ時も、君は未来の統率者の妃の侍従になると思い込んでいたんじゃない?第1王子だもんね。でも我が国は第2王子が既に立太子していた。焦るのも当然だろう。

でも、それは君の勉強不足だよ?周知の事だし、君には学びが不足している節が見受けられる』

淡々と語るヨハネスに、ミランダは真っ赤になり、かろうじて理性を保っている。

すると会場内の空気がざわめきだした。ランズ王国の貴族たちも、かつて媚びへつらった頃の記憶が甦り、ミランダへの非難を口にせずにはいられなかった。

『静まれ!』

次に声を荒げたのはアルビオンではなく、ランズ王国王太子フリードリヒだった。その声に、会場中の貴族は息を飲む。

フリードリヒは笑顔を作り、エリザベスに向き直る。

『王女、先ほど私の妻が一人の人として話をしました。今度は、一人の王族として話をさせて頂いてもよいですか?』

エリザベスは頷き、大きな瞳を閉じる。

『私から言わせて頂くなら、この者の忠誠の先には国も貴女も、そしてこの者自身も含まれます。そんなことはどうでもよいのです。なのに今、この会場ではこの者が悪者のように見える。しかしそれは違う』

会場はフリードリヒの言葉を静かに待った。

『全ての責任は貴女にあります、エリザベス王女』

ハビエルは声を上げそうになったが、アルビオンに押さえ込まれる。

『この者は、パナン王国では知りませんが、他国では一介の侍従に過ぎない。この者には責任を追う能力も立場もない。だからこそ、本来ただの侍従が、他国の王族に拘束されているのを見て、貴女が黙っているのはおかしい。この者は、この会場で悪者になることすらできないのです』

守ってもらえたと思った矢先、すぐに落とされたミランダは力なくエリザベスを見上げる。

『殿下…』

固く閉ざしていた口を開いたエリザベスに、会場中が視線を注いだ。なぜなら、ここには「殿下」と呼ばれる男が五人もいる。五人の視線がエリザベスに向けられる中、彼女の視線はランズ王国第1王子アルフレッドに留まった。

アルフレッドは驚き、目を見開きつつも視線を返す。

エリザベスはゆっくりと歩み寄り、静かに告げる。

『その節は、誠に申し訳ありませんでした』

会場の視線が二人に注がれる中、ミランダが慌てて声を荒げる。

『いけません、王女!』

だがエリザベスはいつもの冷たい笑みではなく、クラリスも初めて見る柔らかい微笑みを向ける。

『もういいのよ、ミランダ。貴女も気づいているでしょう?我が国の現状を。パナンは過去に囚われすぎていた。現実を見ず、過去の栄光にすがるばかり――いえ、現実を見たくないから逃げていたのよ。そして私もその一人。違和感を覚えながらも、貴女の言う通りの王女を演じてきた。でも、もうおしまい。こんなの意味ないわ』

『終わりではありません!それこそ逃げです!パナン王女の名にかけ、最後まで王女であり続けるべきです。だから簡単に頭を下げてはいけません!まずはパナンに戻り…』

『その必要はありません。私はパナンには戻りません』

ミランダはアルビオンに視線を向け、エリザベスを説得しようとするも、王女は静かに微笑む。

『分かっているわ。ミランダ、今までご苦労様でした』

ミランダは目を見開き、呆然とエリザベスを見つめる。

『何を言っているのですか?王女、貴女は私がいなければ今の貴女ではありませんよ?大陸に名を馳せる王女には私が必要なのです。分かりますか?』

『何故だ?』

ポツリと呟いたのは、アルフレッド。視線を感じて彼が言葉を続ける。

『何故、大陸に名を馳せることがそれほど大事なのだ?そもそも、私はエリザベスが大陸に名を馳せる王女だなどと初めて聞いたぞ?』

ミランダは再び驚きの表情を見せる。

『失礼な!』

アルフレッドは呆れた表情でヨハネスに言う。

『名を馳せていることを知らないと無礼なのか?』

ヨハネスは冷ややかに応じる。

『アル兄、あの者は少し頭のネジが外れている。まともに聞くな。そもそも、一介の侍従が他国の王族に失礼などと言う方がどうかしている』

四面楚歌のミランダは、半ばパニック状態となる。

『申し訳ありません。全てはフリードリヒ殿下のおっしゃる通り、私の責任です。この者は今、ランズ王国王太子妃への不敬罪により拘束中。この場に相応しくありません。どうぞ下げてください。その上で、我が国への処遇はお任せします』

こうして、ミランダの操り人形は脱皮し、晴れてパナン王女となった。その姿は、まさに「王女の中の王女」とクラリスの目に映った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください

無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ

しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”―― 今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。 そして隣国の国王まで参戦!? 史上最大の婿取り争奪戦が始まる。 リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。 理由はただひとつ。 > 「幼すぎて才能がない」 ――だが、それは歴史に残る大失策となる。 成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。 灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶…… 彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。 その名声を聞きつけ、王家はざわついた。 「セリカに婿を取らせる」 父であるディオール公爵がそう発表した瞬間―― なんと、三人の王子が同時に立候補。 ・冷静沈着な第一王子アコード ・誠実温和な第二王子セドリック ・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック 王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、 王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。 しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。 セリカの名声は国境を越え、 ついには隣国の―― 国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。 「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?  そんな逸材、逃す手はない!」 国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。 当の本人であるセリカはというと―― 「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」 王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。 しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。 これは―― 婚約破棄された天才令嬢が、 王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら 自由奔放に世界を変えてしまう物語。

『めでたしめでたし』の、その後で

ゆきな
恋愛
シャロン・ブーケ伯爵令嬢は社交界デビューの際、ブレント王子に見初められた。 手にキスをされ、一晩中彼とダンスを楽しんだシャロンは、すっかり有頂天だった。 まるで、おとぎ話のお姫様になったような気分だったのである。 しかし、踊り疲れた彼女がブレント王子に導かれるままにやって来たのは、彼の寝室だった。 ブレント王子はお気に入りの娘を見つけるとベッドに誘い込み、飽きたら多額の持参金をもたせて、適当な男の元へと嫁がせることを繰り返していたのだ。 そんなこととは知らなかったシャロンは恐怖のあまり固まってしまったものの、なんとか彼の手を振り切って逃げ帰ってくる。 しかし彼女を迎えた継母と異母妹の態度は冷たかった。 継母はブレント王子の悪癖を知りつつ、持参金目当てにシャロンを王子の元へと送り出していたのである。 それなのに何故逃げ帰ってきたのかと、継母はシャロンを責めた上、役立たずと罵って、その日から彼女を使用人同然にこき使うようになった。 シャロンはそんな苦境の中でも挫けることなく、耐えていた。 そんなある日、ようやくシャロンを愛してくれる青年、スタンリー・クーパー伯爵と出会う。 彼女はスタンリーを心の支えに、辛い毎日を懸命に生きたが、異母妹はシャロンの幸せを許さなかった。 彼女は、どうにかして2人の仲を引き裂こうと企んでいた。 2人の間の障害はそればかりではなかった。 なんとブレント王子は、いまだにシャロンを諦めていなかったのだ。 彼女の身も心も手に入れたい欲求にかられたブレント王子は、彼女を力づくで自分のものにしようと企んでいたのである。

処理中です...