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お飾りの花
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リディアンネ・フランクは、王宮奥の一室に静かに座していた。
目の前には、王太子ハインツ。そして、その傍らには忠実なる側近、ファビウス・ロウ。
重厚な沈黙を破ったのは、王太子の、どこか気まずそうな声だった。
「……君に、頼みがあるんだ。リディアンネ・フランク」
その名を真っ直ぐに呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
けれど、リディアンネは微笑を崩さない。
「はい。なんなりと」
ハインツは一瞬、躊躇するように目を逸らし――それでも、覚悟を決めたように言葉を紡いだ。
「形式だけでいい。僕の婚約者になってほしい。もちろん、名ばかりの関係だ。……君を縛るような真似はしない」
リディアンネの瞳に、一瞬だけ影が落ちた。
(……ああ、やっぱり。これは政略。彼にとって、私は“枠”の埋め合わせ)
だが、それでも彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。
「つまり、私は“お飾りの婚約者”というわけですのね?」
ハインツが顔をしかめる。
「すまない……そんな言い方をするつもりじゃなかった。でも……僕には“本当に愛する人”がいる。そして、彼女を側妃に迎えるためには……貴族社会の“納得”が必要なんだ」
「その“納得”のために、私が必要だと?」
「……そういうことになる」
リディアンネはしばし黙考し、ゆっくりと頷いた。
「承知いたしました。お受けいたしますわ、王太子殿下」
ハインツとファビウスがわずかに驚く。
「本当にいいのか?」
「ええ。王太子殿下の“正室”という名の役割……私にはもったいないほどの地位ですもの。それに、“あなた様の傍で静かに生きる”という生き方。とても気に入りました」
それは皮肉ではない。本心からの言葉だった。
婚約者探しという重圧から逃れられ、推しの隣に正々堂々と立てる。それが名ばかりのものであっても、誰に嘲られようとも――彼女にとっては、人生で初めて“自分で選んだ道”だった。
(……それに、私はあなたに恋しているわけじゃない。ただ、ずっと見ていたかったの)
リディアンネは、今にも舞い上がりそうなほど清らかな笑みで答えた。
「ただひとつ、お願いがございます」
「なんでも言ってくれ」
「私は、王妃であっても、自由に読書をし、庭園で静かに紅茶を飲み、そして時折、貴方の笑顔を眺めることができれば、それで充分ですわ」
ハインツの肩から、緊張がほどけた。
「……ありがとう。君のような人がいてくれて、本当に助かる」
その“感謝”が、リディアンネの胸に小さな棘を残すことになるとは、この時まだ彼女は気づいていなかった。
目の前には、王太子ハインツ。そして、その傍らには忠実なる側近、ファビウス・ロウ。
重厚な沈黙を破ったのは、王太子の、どこか気まずそうな声だった。
「……君に、頼みがあるんだ。リディアンネ・フランク」
その名を真っ直ぐに呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
けれど、リディアンネは微笑を崩さない。
「はい。なんなりと」
ハインツは一瞬、躊躇するように目を逸らし――それでも、覚悟を決めたように言葉を紡いだ。
「形式だけでいい。僕の婚約者になってほしい。もちろん、名ばかりの関係だ。……君を縛るような真似はしない」
リディアンネの瞳に、一瞬だけ影が落ちた。
(……ああ、やっぱり。これは政略。彼にとって、私は“枠”の埋め合わせ)
だが、それでも彼女は口元に微かな笑みを浮かべた。
「つまり、私は“お飾りの婚約者”というわけですのね?」
ハインツが顔をしかめる。
「すまない……そんな言い方をするつもりじゃなかった。でも……僕には“本当に愛する人”がいる。そして、彼女を側妃に迎えるためには……貴族社会の“納得”が必要なんだ」
「その“納得”のために、私が必要だと?」
「……そういうことになる」
リディアンネはしばし黙考し、ゆっくりと頷いた。
「承知いたしました。お受けいたしますわ、王太子殿下」
ハインツとファビウスがわずかに驚く。
「本当にいいのか?」
「ええ。王太子殿下の“正室”という名の役割……私にはもったいないほどの地位ですもの。それに、“あなた様の傍で静かに生きる”という生き方。とても気に入りました」
それは皮肉ではない。本心からの言葉だった。
婚約者探しという重圧から逃れられ、推しの隣に正々堂々と立てる。それが名ばかりのものであっても、誰に嘲られようとも――彼女にとっては、人生で初めて“自分で選んだ道”だった。
(……それに、私はあなたに恋しているわけじゃない。ただ、ずっと見ていたかったの)
リディアンネは、今にも舞い上がりそうなほど清らかな笑みで答えた。
「ただひとつ、お願いがございます」
「なんでも言ってくれ」
「私は、王妃であっても、自由に読書をし、庭園で静かに紅茶を飲み、そして時折、貴方の笑顔を眺めることができれば、それで充分ですわ」
ハインツの肩から、緊張がほどけた。
「……ありがとう。君のような人がいてくれて、本当に助かる」
その“感謝”が、リディアンネの胸に小さな棘を残すことになるとは、この時まだ彼女は気づいていなかった。
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