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仮面の微笑み
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季節はゆっくりと冬へと向かい、王宮の庭園に吹く風も、どこか乾いた冷たさを帯びていた。
それでも、王宮の中は変わらず華やかだった。白い大理石の床、金で縁取られたカーテン、暖炉の火と貴族たちの作り笑いが、外の寒さを遮断していた。
今日もまた、王宮の一角では昼餐会が開かれていた。各家から選ばれた令嬢たちが集い、絹と宝石で飾られたテーブルを囲んでいた。
もちろんその中心に、リディアンネの姿もあった。けれど彼女は、決して“中央”には立たなかった。それは、本人の意志であり、また……無言の圧力でもあった。
「まぁ、リディアンネ様。先日の夜会ではお見事でしたわね」
カトリーナ・ノイマンが笑顔で話しかける。
「本当に、殿下とお似合いで」
言葉は柔らかく、声色には敵意などまるで含まれていない。だが、その奥には冷たい針のようなものがひそんでいた。
「……お褒めいただき光栄です。けれど、わたくしなど……まだまだ未熟で」
リディアンネは静かに笑みを返す。それは、“相手にとって理想的な答え”だった。
(悪目立ちしてはいけない)
(誤解されてもいけない)
(あくまで、控えめに)
――リディアンネの微笑みは、“仮面”だった。
けれど、誰よりもそれに気づいていたのが、傍に控えるファビウスだった。
(……よく、笑えるものだ)
彼女の笑顔は、どれだけ周囲にとって“完璧”であろうとも、その奥に沈む疲弊と孤独を、ファビウスは見抜いていた。そして同時に、心の奥に小さな苛立ちが灯っていた。
(なぜ、彼女があのように気を遣わねばならない?)
ファビウスは、ハインツを一瞥した。
王太子は、令嬢たちの会話には加わらず、どこか心ここにあらずな表情で窓の外を見ていた。
――その目線の先には、マリアがいた。
一方そのころ、離宮の廊下でマリアは王太子の従者に案内されながら、庭園へと歩いていた。
今日のマリアは、明らかにいつもと違っていた。
身にまとうドレスは、やや華やかすぎる赤。
宝石も、明らかに“見せつける”意図を持ったものばかり。
(ふふ……少しずつでいい。みんながわたしを認めるようになれば)
マリアの目には、強い光が宿っていた。
――だが、その光は、愛ではなく「欲望」だった。
「ねえ、殿下は……本当に、わたしを正妃にしてくれるのよね?」
過去の密会のとき、何度もマリアが口にした言葉。そのたびにハインツは微笑み、軽く頷いた。だが――
(その笑顔は、あのときから……どこか、空々しかった)
マリアはふと、不安に駆られる。
(まさか……リディアンネが、なにか……?)
彼女は、王太子が最近リディアンネに視線を向ける時間が増えていることに気づいていた。
昼餐会が終わるころ、令嬢たちは控えめに会釈を交わし、それぞれの席へと戻っていった。
そのとき――
「リディアンネ様」
ひときわやわらかな声が、背後からかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは、ミレイユ・シュタインだった。彼女は手に一輪の白いバラを持ち、リディアンネへと差し出した。
「……お礼を。昨日は、お話できて嬉しかったんです」
その優しさに、リディアンネの心がふっとほどけるのを感じた。
「ありがとう、ミレイユ様……わたくしも、あの時間が、とても温かかったの」
そして二人は、誰にも気づかれぬように、ほんの少しだけ――互いの手を握り合った。周囲が作る“仮面の微笑み”の世界のなかで、それは確かな“本物”だった。
その光景を、廊下の影から見ていた者が一人。
――カトリーナ・ノイマン。
彼女は口元をゆるく歪め、低く呟いた。
「……面白くなってきたわね」
それでも、王宮の中は変わらず華やかだった。白い大理石の床、金で縁取られたカーテン、暖炉の火と貴族たちの作り笑いが、外の寒さを遮断していた。
今日もまた、王宮の一角では昼餐会が開かれていた。各家から選ばれた令嬢たちが集い、絹と宝石で飾られたテーブルを囲んでいた。
もちろんその中心に、リディアンネの姿もあった。けれど彼女は、決して“中央”には立たなかった。それは、本人の意志であり、また……無言の圧力でもあった。
「まぁ、リディアンネ様。先日の夜会ではお見事でしたわね」
カトリーナ・ノイマンが笑顔で話しかける。
「本当に、殿下とお似合いで」
言葉は柔らかく、声色には敵意などまるで含まれていない。だが、その奥には冷たい針のようなものがひそんでいた。
「……お褒めいただき光栄です。けれど、わたくしなど……まだまだ未熟で」
リディアンネは静かに笑みを返す。それは、“相手にとって理想的な答え”だった。
(悪目立ちしてはいけない)
(誤解されてもいけない)
(あくまで、控えめに)
――リディアンネの微笑みは、“仮面”だった。
けれど、誰よりもそれに気づいていたのが、傍に控えるファビウスだった。
(……よく、笑えるものだ)
彼女の笑顔は、どれだけ周囲にとって“完璧”であろうとも、その奥に沈む疲弊と孤独を、ファビウスは見抜いていた。そして同時に、心の奥に小さな苛立ちが灯っていた。
(なぜ、彼女があのように気を遣わねばならない?)
ファビウスは、ハインツを一瞥した。
王太子は、令嬢たちの会話には加わらず、どこか心ここにあらずな表情で窓の外を見ていた。
――その目線の先には、マリアがいた。
一方そのころ、離宮の廊下でマリアは王太子の従者に案内されながら、庭園へと歩いていた。
今日のマリアは、明らかにいつもと違っていた。
身にまとうドレスは、やや華やかすぎる赤。
宝石も、明らかに“見せつける”意図を持ったものばかり。
(ふふ……少しずつでいい。みんながわたしを認めるようになれば)
マリアの目には、強い光が宿っていた。
――だが、その光は、愛ではなく「欲望」だった。
「ねえ、殿下は……本当に、わたしを正妃にしてくれるのよね?」
過去の密会のとき、何度もマリアが口にした言葉。そのたびにハインツは微笑み、軽く頷いた。だが――
(その笑顔は、あのときから……どこか、空々しかった)
マリアはふと、不安に駆られる。
(まさか……リディアンネが、なにか……?)
彼女は、王太子が最近リディアンネに視線を向ける時間が増えていることに気づいていた。
昼餐会が終わるころ、令嬢たちは控えめに会釈を交わし、それぞれの席へと戻っていった。
そのとき――
「リディアンネ様」
ひときわやわらかな声が、背後からかけられた。
振り返ると、そこに立っていたのは、ミレイユ・シュタインだった。彼女は手に一輪の白いバラを持ち、リディアンネへと差し出した。
「……お礼を。昨日は、お話できて嬉しかったんです」
その優しさに、リディアンネの心がふっとほどけるのを感じた。
「ありがとう、ミレイユ様……わたくしも、あの時間が、とても温かかったの」
そして二人は、誰にも気づかれぬように、ほんの少しだけ――互いの手を握り合った。周囲が作る“仮面の微笑み”の世界のなかで、それは確かな“本物”だった。
その光景を、廊下の影から見ていた者が一人。
――カトリーナ・ノイマン。
彼女は口元をゆるく歪め、低く呟いた。
「……面白くなってきたわね」
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