最愛の人の幸せが私の幸せ【完】

mako

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マリアの焦燥、リディアンネの静かな変化

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「ねえ、ハインツ……最近、なんだか冷たくない?」

森の離れにある小屋の中。かつては甘やかな秘密の時間を過ごした場所。けれど今は、どこか冷えきった空気が漂っていた。

マリアは、赤いケープを羽織ったまま、膝に手を置き、王太子の横顔を見つめていた。ハインツはその問いに、少し遅れて答えた。

「……そんなことはないよ。変わってない」

けれど、マリアにはその言葉が上滑りにしか聞こえなかった。

(嘘。絶対、変わった)

彼の瞳はもう、自分を映していない。
優しさはある。けれど、それは“誰にでも向ける笑顔”と同じものだった。

マリアは焦っていた。
この関係は、誰にも認められない。けれど、“だからこそ”、掴まなければ意味がない。

彼が自分の未来を保証してくれると信じていた。
王子様に見初められた平民の娘。夢のような話――でも、それが現実になったはずだった。

(リディアンネ……)

最近、彼の話に度々出るその名前。

「リディアンネ公爵令嬢は、控えめで信頼できる」
 
「婚約者という役目を誠実に受け止めてくれている」


――そう言うたびに、ハインツの声はどこか柔らかく、温かかった。

 
(まさか、惹かれてる? ……あの、お人形みたいな、影の薄い令嬢に?)


嫉妬は、胸の奥で小さく毒のように膨らんでいく。それが、やがてどうしようもない不安へと姿を変えた。


一方、リディアンネは数日後、宮廷内で再び王太子と顔を合わせた。その日は、公的な式典の準備会議のため、彼女も“婚約者”として臨席することが義務づけられていた。

長い議論の途中で、ハインツがふと、筆を止めて彼女を見た。

 
「……この式典、少し演出に花を持たせたい。リディアンネ、意見を聞かせてくれるか?」

唐突な指名に、会議室の空気がわずかにざわめいた。令嬢が王太子に意見を求められるなど、あまり例のないことだった。リディアンネは戸惑いながらも、淡々と答える。

「殿下が“花を添える”ことをお望みならば、式典に出席される子爵家以下の令嬢たちにも、小さな役目を与えてみてはいかがでしょう」

「……なるほど」

ハインツはしばらく目を伏せてから、小さく微笑んだ。

 
「ありがとう。とても良い考えだ。……やはり君は、ただ美しいだけではないね」

 
その一言に、室内の空気がぴしりと張った。

リディアンネはわずかに目を伏せ、声を殺して答えた。

「お褒めいただき、光栄です」

その会議の帰り道。ファビウスがリディアンネの歩調に合わせて静かに言葉をかけた。

「……殿下が、君を見ていたな。あの視線は、以前とは違っていた」

 
「……わたくしには、よくわかりません」

 
「いや。君は気づいているだろう。殿下の目が“人として”君を見ていることに」

 
リディアンネは答えなかった。

ただ――自分の胸の奥で、何かがゆっくりと溶けていくのを感じていた。それは、あの頃のような“憧れ”ではない。冷たい世界に差し込んだ、ひとすじの光のような……静かで温かい想いだった。

その夜。マリアはひとり、王宮の中庭を歩いていた。

風が冷たい。吐く息が白い。

その手には、ハインツから贈られた金のブレスレットが光っていた。けれど、もうそこに“確かな絆”は感じられなかった。

 
「……わたしの立場、危ういの?」

誰にも届かない問いが、夜空に吸い込まれていった。



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