竜と絵描きは世界で一番仲が悪い

mitsuo

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エピローグ

アイの真実・その2

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 ジア・フラードから吹く風に落ち葉の香りがまざれば、いよいよ秋も深い。
 空の女神がそっと息をふきかけたように金色の木立が広がっていくと、あたりにはひんやりした冬の気配がただよう。そんなこの時期の空気は季節の二重奏を聞いているような感じがして、アイは好きだった。
 そして今日はそんなアイにとって、ますます嬉しい一日になりそうだった。
 その日の午後、アイは学舎の庭に立って空を見あげていた。ミューイや学舎の生徒、ジェロイをはじめとした四体の竜の大使も一緒だ。
 西の方角の空にぽつんと、大きな鳥に似たシルエットが見えた。それはみるみるうちに大きくなり、竜の形をあらわしていく。アイは瞳を輝かせて、その名前を呼んだ。
「リオン!」
 アイの言葉にこたえるように、近づいてくるリオンが大きく翼を動かす。
 リオンは学舎の上空を一度まわってから、アイたちの前におりたった。
「…ただいま」
 リオンはすぐに人間の姿になり、照れくさそうにつぶやく。アイは「おかえり!」とはずんだ声でこたえ、彼の前にかけよった。
「体はもう大丈夫なの?」
「たっぷり休ませてもらったし、傷は大丈夫だ。戻ってないのはたてがみくらいだな」
 リオンは笑い、自分の髪に手をあてる。たてがみと同じように、人間になった彼の髪もかなりすっきりしていた。少しおくれて、ミューイや学舎の仲間たちも近づいてくる。
「リオン、お帰りなさい。みんながあなたの帰りを待っていましたよ」
 ミューイもいつもより優しい声で、リオンの帰還を歓迎した。
「反省してほしい部分もありますが、これを通じてあなたが人間を信頼し、良好な関係をきずいてくれたことは嬉しく思います。私たちのお父上も、きっと喜んでいるでしょう」
 ミューイの言葉にしっかりうなずくリオン。仲の良さそうな二人の姿を見ていると、アイまで幸せな気分になってくる。だけど何秒かたって、その顔からふっと表情が消えた。
「え?私たちの…お父上?」
 アイは口をぽかんと開けて、リオンとミューイの顔を順番に見た。
「ああ。そういえば、話していませんでしたね。実は私も、セフィロスの娘なのですよ」
「そうだったんですか?それってつまり、リオンのお姉さんってことですよね」
「ええ。リオンがお父上から金色のたてがみをうけついだように、私はこの瞳の色を受けつぎました。それと、口が器用なところもですね」
 ミューイの説明を聞いたアイは彼女が竜の姿で人の言葉を話していたことを思い出して、つい笑ってしまう。ミューイは軽くうなずいてから、今度はリオンのほうを見た。
「ところでリオン、彼女に渡すものがあるのでしょう?」
「…ああ」
 リオンははにかむようにうなずくと、ずっとにぎりしめていた右手をひらいてアイの前につき出した。それを見たアイは「えっ」と声をあげ、かたまった。
 リオンの手のひらの上にあったもの、それは竜牙の筆だった。
「養生している間、自分の爪と残りのたてがみでつくったそうです。あなたのためにね」
 アイはミューイと竜牙の筆を交互に見てから、ゆっくりと手を伸ばした。
 だけどその指先が筆の軸にふれそうになったところで、アイは自分の手をもどしてしまう。そして消え入りそうな声で「ごめん」と謝った。全員が驚いた顔でアイを見る。
「気持ちは嬉しいけど、私には受け取る資格がないと思う。だって私はお父さんとちがって、絵を描いても何もできなかったもの。リオンも先生も、何もするなって言ったのに」
 そう言って、悲しそうにうつむく。どうやらアイは竜牙の筆を見て、ジア・フラードで自分がしたことを思い出したらしい。
 そんなアイに近づき、優しく肩に手をのせる人がいた。ふと顔をあげたアイの前に立っていたのは、ミューイだった。
「何もできなかったなんて、そんなことはありませんよ」
「ミューイ先生、どうして?」
 ジア・フラードでアイが絵を描いたことを誰よりも怒っていたのはミューイのはずだ。そのミューイから優しい言葉をかけられて、アイが驚かないはずはなかった。
「あの時はいわゆる親心というもので、あなたを叱りました。それでもあの絵は、じつは多くの命を救ったのです。もっともそれは竜でなく、クーザに暮らす人々の命ですが」
 その言葉を聞いたアイははっと目を開き、まばたきをくり返す。
「もしもフルムド・エムザがあの妙な光線を一度でも竜の領土に放っていれば、竜たちは礼儀にならって人間に徹底的な攻撃をくわえていたはずです。そうなれば、遅くとも次の日の出までにはクーザは人間の住める場所ではなくなっていたでしょう。私たちがそれをふせぐことができたのは、あなたが絵によってトトラスたちを足止めしてくれたからです。あなたとリオンのおこないには、たしかに意味があったのですよ。だから自信を持ちなさい」
「先生…ありがとうございます!」 
 アイはミューイにお礼を言うと、すぐにリオンに向きなおる。リオンはあきれたように、ふんと鼻で笑った。
「そこまで気にすることがあるか。これは正真正銘、俺の筆だ。俺がいいと言うんだから、余計なことは考えずに受け取ったらいいんだよ」
 あいかわらずのリオンのにくまれ口も、今回だけは嬉しい。アイは大きくうなずくと、リオンの差し出す筆をしっかりと受け取った。
「リオン、ありがとう」
 リオンはふたたび顔を赤くして、無言でうなずいた。
 すると後ろで話を聞いていたハナマが近づいて、楽しそうに声をかけてきた。
「ねえ、せっかくだからその筆で絵を描いてよ!私たち、アイの絵って見たことないし」
 ハナマが提案すると、みんなが賛成するようにうなずいた。リオンとミューイも一緒だ。
「俺も見たい。俺の知っているアイの絵は、青一色のものばかりだったからな」 
「そういえばそうだったね。分かった…ちょっと緊張するけど、描くよ!」
 アイが宣言すると、みんながわっと歓声をあげた。
 
 キャンバスに向かい、三〇分後。アイは真剣そのものだった表情をかがやかせて「できた!」とさけんだ。キャンバスを回してみんなに見せると、いっせいにどよめきが起こる。
 「すごい!」まっ先に声を出したのはハナマだった。  
「さすがは絵描きの卵だね!こんなに可愛い犬の絵が描けるなんて!」
 その感想を聞いて、アイはさっと表情をくもらせる。 
「え?ハナマ…今、犬の絵って言った?」
「うん。だってこの絵って、ふわふわした毛の犬が前足を広げて座ってる所でしょう?」
 それを聞いたアイはたちまち怖い顔になり、すぐに言いかえした。
「ちがう!これは犬じゃないよ!」
「えっ?だったら一体なんなの?このふわふわな生物の正体は」
「何言ってるの?リオンに決まっているでしょう!」
「ええーっ!」
 アイの返事を聞いた瞬間、その場にいた人間と竜がそろって大声をあげた。
「うっ、うそでしょう?それのどこがリオン君なの?」
「どこからどう見てもリオンだよ!これはふわふわな毛じゃなくてたてがみだし、ひらいている前足っていうのも、リオンの翼で…」
 アイは犬…でなくリオンの絵のいろんな部分を指さして説明した。だけど衝撃を受けているみんなの顔を見ているうちに自信をなくし、その声もだんだん小さくなっていく。
「こ、これが人間の絵というものなのか」
「ちがうんだよジェロイ。普通の人の絵は、もっとじょう…」
 ぼう然としたハナマの口から、思わず本音がもれそうになる。
 だけどこの中で、一人だけちがう反応をしているものがいる。リオンはその絵が自分だと知ってからずっと体をこわばらせ、ほおだけをぴくぴくと動かしていた。
「これが、俺だと…お前の目には、俺はこんなふうに見えているのか」
 つりあがったリオンの目が、カッと赤く光る。その瞬間に竜牙の筆が、アイの手の中からするりと抜け出した。筆はそのままリオンのところへ飛び、彼の手におさまった。
「この筆はやっぱり返してもらう。せめて俺の絵が描けるようになるまで、絶対わたさん」
「ええっ?それはだめだよ!さっきはたしかに『あげる』って言ったんだから!」
 アイはあわてて走り出す。思わず放り投げたキャンバスがひらりと宙を舞い、そばにいたミューイがキャッチする。
 彼女は絵をまじまじ見つめ、小さくため息をつく。
「やれやれ…まあ、今回の出来事で決意の強さは見せてもらいましたからね。それこそが、彼女のたった一つにして最大の希望でしょう」
 それからミューイは静かに目をとじて、真剣な声で語りはじめる。
「夢が美しくまぶしいのは、その正体がまことに厳しく、時に残酷でさえあるからです。アイ・メーシェル…あなたの決意の先に道はなく、闇が広がるばかり。だからこそリオン…あなたは彼女によりそい、その願いに光を灯すのです。それが父上の願いなのですから」
「リオンー!筆をかえしなさい!」
「かえすものか!あんなひどい絵を描いておいて、よくもそんなことが言えるな!」
 せっかくの言葉も、追いかけっこをはじめていた二人には届いていない。ミューイはひたいに手をあてて、今までで一番大きなため息をついた。
 リオンは筆をにぎりしめ、竜の姿に変わる。だけどアイも逃がさないとばかりにはばたこうとする彼の後ろ足をつかみ、一緒に空へ飛びあがった。
 「私の筆、かえしてよ!」「ぐるうっ!(いやだ!)」終わることのない口げんかが、秋の空へすいこまれていく。その姿を見て、ハナマがミューイにたずねた。
「先生…竜と絵描きって、やっぱり仲が悪いんでしょうか?」
「そうですね。少なくとも今はまだ、その言い伝えは真実だと言えそうですね…ふふっ」
 ミューイの口がふっとほころび、笑い声をたてる。つられるようにハナマとジェロイも笑い、その場にいたみんなも続いた。笑い声は一つにとけて、高い空にのぼっていく。
 そんなことは知らないアイとリオンはしばらくの間、まっ青な空の中を飛び続けたのだった。仲良く、いや、仲悪く。 
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