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6. その木の上には
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アレックスとのお茶会の部屋を出たユリアンナは、足早に庭園に向かう。
もう幾度となく来た王宮の地図は既にユリアンナの頭に入っており、迷うことなく庭園に入る。
なぜ庭園に来たのかと言うと、ここにとある人物がいるはずだからだ。
ユリアンナはゲームの途中で、サラリと文章だけで触れられていた過去の話を覚えていた。
『───彼は訓練の休憩時、いつも庭園の中で一番大きな木の一番太い枝の上に寝転んで夕方まで過ごした。人目を避けるためにはここが最適だったからである。』
ユリアンナは庭園に入り、辺りを見回す。
『一番大きな木』と書いてあったが、庭園には思ったよりも木がたくさん植えられている。
一目では分かりそうにないと悟ったユリアンナは、ゆっくり辺りを歩いて見回ることにした。
木の枝に寝そべっているらしいので、上を注視しながら一本ずつ木を見て歩く。
恐らくユリアンナに従って付いてきた侍女と護衛は、遂にユリアンナの気が触れたと思っていることだろう。
驚くほど広い庭園を暫く歩き、薔薇園を抜け、綺麗に整えられた木立に出る。
その中に一際大きく枝を張った木があり、ユリアンナはその下で足を止める。
上を見上げると、そよ風にさららと揺れる葉の隙間から、黒い布がヒラヒラと舞っているのが見える。
ユリアンナは目的の人物を無事見つけられたことに安堵し、小さく息を吸ってから落ち着いた声色で話しかける。
「………こんにちは。少しお話ししませんか?」
話しかけた後しばらく待つが、返事はない。
「聞こえてますか?木の上の魔法使いさん」
ユリアンナが再び声をかけると、上の枝ががさりと音を立てて揺れる。
「………誰?」
低くなりかけた少年の声が、ぶっきらぼうに返ってくる。
「わたくしはユリアンナ・シルベスカと申します。貴方にお願いしたいことがあってここまで来ましたの」
「………俺が誰だか知ってるの?」
ユリアンナが続けると、戸惑ったような訝しむような声色が返ってくる。
「もちろん、存じておりますわ。オズワルド・ウォーム伯爵令息様」
「…………なぜ俺がここにいることを知っている?」
先ほどよりも数段低くなった声色が返ってくる。
怒っているのだろうか?
「その理由も含めてお話しいたしますわ。だから、降りてきてくださらない?」
ここでオズワルドを怒らせてしまっては、ユリアンナの目的は果たされない。
ユリアンナはできるだけ明るく、悪意なく聞こえるように語りかける。
ややあって再び上部の枝がガサッと大きな音を立て、目の前に黒い影が落ちてくる。
「………話って、何?」
ユリアンナの目の前に降りてきたのは、黒のローブに黒のトラウザーズ、黒の靴を履いた黒髪の少年で、眼を覆い隠すほど前髪が伸び、その隙間からは漆黒の瞳が覗いている。
オズワルドは言わずもがな、《イケパー》の攻略対象者である。
この国で忌み嫌われる漆黒の髪と瞳にコンプレックスを抱き、普段はその顔を前髪で覆い隠しているが、心を許したヒロインの前ではその整った顔を惜しげもなく露わにして屈託なく笑うのだ。
(あんなに綺麗な顔をしているのに、隠すなんて勿体無いわ)
しばしその前髪の奥に隠された尊顔を想像した後、ユリアンナは口を開く。
「さっきも申しましたが、わたくしは貴方にお願いしたいことがあってやって来ましたの」
「………〝稀代の悪女〟が〝稀代の嫌われ者〟に何の用?」
そう言ってオズワルドは冷たい視線をユリアンナに投げる。
どうやらオズワルドの耳にもユリアンナの悪評は届いているようだ。
「そんなに難しい要件ではありませんわ。わたくし、貴方に魔法を教えていただきたいと思っているの」
「………魔法を?」
ユリアンナの話が意外だったからだろうか、オズワルドがその漆黒の瞳をまん丸にする。
「〝稀代の悪女〟が魔法で何をするつもり?」
しかしすぐに一層視線を鋭くし、警戒を強める。
「何も。ただ、自分の身を守りたいだけですわ」
「身を守る?公爵家には優秀な護衛がたくさんいるだろ?何故その身を自分で守る必要がある?」
「だって、公爵家を出たら何でも一人でしなければならないでしょう?自分を守る力を身につけなければ、貧弱なわたくしなんてすぐに死んでしまいますもの」
ユリアンナがそう冷静に返すと、オズワルドはポカンと口を開ける。
「………『公爵家を出る』?王家に嫁ぐという意味ではなく?アンタはアレックスの婚約者だろ?」
世間とは距離を置いているオズワルドでも、ある程度の貴族事情は知っているようだ。
………確かアレックスは唯一の友達という設定だったから、アレックスから何らかの話を聞いているのかもしれない、とユリアンナは考えた。
「あら、わたくしがアレックス殿下に嫌われていることぐらい、自分で分かっておりますのよ?………それにわたくし、未来を知っていますの」
「未来を?………何を言ってんの?」
オズワルドの瞳が訝しげに細められる。
「さっき貴方はわたくしに問いましたよね?『何故俺がここにいるのを知ってるのか?』と。それはわたくしが未来を知っているからですわ」
ユリアンナが不敵に笑うと、オズワルドは呆れて苛立つようにその黒髪を片手でクシャッと搔いた。
もう幾度となく来た王宮の地図は既にユリアンナの頭に入っており、迷うことなく庭園に入る。
なぜ庭園に来たのかと言うと、ここにとある人物がいるはずだからだ。
ユリアンナはゲームの途中で、サラリと文章だけで触れられていた過去の話を覚えていた。
『───彼は訓練の休憩時、いつも庭園の中で一番大きな木の一番太い枝の上に寝転んで夕方まで過ごした。人目を避けるためにはここが最適だったからである。』
ユリアンナは庭園に入り、辺りを見回す。
『一番大きな木』と書いてあったが、庭園には思ったよりも木がたくさん植えられている。
一目では分かりそうにないと悟ったユリアンナは、ゆっくり辺りを歩いて見回ることにした。
木の枝に寝そべっているらしいので、上を注視しながら一本ずつ木を見て歩く。
恐らくユリアンナに従って付いてきた侍女と護衛は、遂にユリアンナの気が触れたと思っていることだろう。
驚くほど広い庭園を暫く歩き、薔薇園を抜け、綺麗に整えられた木立に出る。
その中に一際大きく枝を張った木があり、ユリアンナはその下で足を止める。
上を見上げると、そよ風にさららと揺れる葉の隙間から、黒い布がヒラヒラと舞っているのが見える。
ユリアンナは目的の人物を無事見つけられたことに安堵し、小さく息を吸ってから落ち着いた声色で話しかける。
「………こんにちは。少しお話ししませんか?」
話しかけた後しばらく待つが、返事はない。
「聞こえてますか?木の上の魔法使いさん」
ユリアンナが再び声をかけると、上の枝ががさりと音を立てて揺れる。
「………誰?」
低くなりかけた少年の声が、ぶっきらぼうに返ってくる。
「わたくしはユリアンナ・シルベスカと申します。貴方にお願いしたいことがあってここまで来ましたの」
「………俺が誰だか知ってるの?」
ユリアンナが続けると、戸惑ったような訝しむような声色が返ってくる。
「もちろん、存じておりますわ。オズワルド・ウォーム伯爵令息様」
「…………なぜ俺がここにいることを知っている?」
先ほどよりも数段低くなった声色が返ってくる。
怒っているのだろうか?
「その理由も含めてお話しいたしますわ。だから、降りてきてくださらない?」
ここでオズワルドを怒らせてしまっては、ユリアンナの目的は果たされない。
ユリアンナはできるだけ明るく、悪意なく聞こえるように語りかける。
ややあって再び上部の枝がガサッと大きな音を立て、目の前に黒い影が落ちてくる。
「………話って、何?」
ユリアンナの目の前に降りてきたのは、黒のローブに黒のトラウザーズ、黒の靴を履いた黒髪の少年で、眼を覆い隠すほど前髪が伸び、その隙間からは漆黒の瞳が覗いている。
オズワルドは言わずもがな、《イケパー》の攻略対象者である。
この国で忌み嫌われる漆黒の髪と瞳にコンプレックスを抱き、普段はその顔を前髪で覆い隠しているが、心を許したヒロインの前ではその整った顔を惜しげもなく露わにして屈託なく笑うのだ。
(あんなに綺麗な顔をしているのに、隠すなんて勿体無いわ)
しばしその前髪の奥に隠された尊顔を想像した後、ユリアンナは口を開く。
「さっきも申しましたが、わたくしは貴方にお願いしたいことがあってやって来ましたの」
「………〝稀代の悪女〟が〝稀代の嫌われ者〟に何の用?」
そう言ってオズワルドは冷たい視線をユリアンナに投げる。
どうやらオズワルドの耳にもユリアンナの悪評は届いているようだ。
「そんなに難しい要件ではありませんわ。わたくし、貴方に魔法を教えていただきたいと思っているの」
「………魔法を?」
ユリアンナの話が意外だったからだろうか、オズワルドがその漆黒の瞳をまん丸にする。
「〝稀代の悪女〟が魔法で何をするつもり?」
しかしすぐに一層視線を鋭くし、警戒を強める。
「何も。ただ、自分の身を守りたいだけですわ」
「身を守る?公爵家には優秀な護衛がたくさんいるだろ?何故その身を自分で守る必要がある?」
「だって、公爵家を出たら何でも一人でしなければならないでしょう?自分を守る力を身につけなければ、貧弱なわたくしなんてすぐに死んでしまいますもの」
ユリアンナがそう冷静に返すと、オズワルドはポカンと口を開ける。
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………確かアレックスは唯一の友達という設定だったから、アレックスから何らかの話を聞いているのかもしれない、とユリアンナは考えた。
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「未来を?………何を言ってんの?」
オズワルドの瞳が訝しげに細められる。
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