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幕間 ユリアンナとアーベル 〜アーベルside

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 イビアータ王国で最も力を持っていると言っても過言ではない、シルベスカ公爵家。
 その後継として生を受けた嫡男アーベルは、幼い頃から様々なことに才覚を発揮し、『女神の申し子』などと呼ばれる神童だった。

 そのアーベルに妹ができたのが4歳の時。

「アーベル。あなたはお兄ちゃんになるのよ」

 母親からそう聞かされた時、アーベルは自分がどう感じたのか覚えていない。
 ただ生まれたばかりの妹ユリアンナを初めて見た時、そのあまりに小さくて頼りない姿に驚き、この子は自分が守ってあげなくてはと思った記憶はかろうじて残っている。

 ユリアンナが4歳になると、家庭教師がついて幼少教育が始まった。
 あらゆる基礎的な淑女教育と初等学習を担当したのはマーゼリー伯爵夫人。
 彼女はアーベルの幼少教育を担当し、神童に育て上げた実績があった。

 その頃にはアーベルは8歳になり、魔法や剣術の訓練に加えて中等学習や後継者教育などを受け、非常に多忙な生活を送っていた。
 アーベルを見かけると「お兄たま!」と小さな丸い頰を桃色に染めて走ってくるユリアンナを愛おしく感じたが、遊んだり構ってやる時間は取れなかった。

「アーベル様は何をお教えしてもすぐに習得される稀代の天才であらせられますが、ユリアンナ様はいけませんね。あまりに覚えが悪うございます」

 ある時アーベルは、父親の執務室でユリアンナの教育の様子をそのように報告しているマーゼリー夫人を見かけた。
 父であるシルベスカ公爵は、その報告に顔を顰めた。

「ユリアンナは王家に嫁がせる。何としても教養を身に付けてもらわねば困るのだ」

「はぁ。出来る限りは致しますが、あまり期待なさらない方がよろしいかと」

 マーゼリー夫人はにべもなくそう答えた。
 その様子を覗き見していたアーベルは、子供心に「妹は出来が悪いのだな」と思った。

 その後ユリアンナは5歳で第二王子アレックスとの婚約が成立する。
 6歳、7歳とマーゼリー夫人の教育を受け続けたものの、夫人の評価は変わらず。

 年を追うごとにシルベスカ公爵は目に見えてユリアンナへの興味を失ってゆき、終いには名前すら呼ばなくなった。
 父親の言うことには一切逆らわない母親もユリアンナには見向きもしなくなり、アーベルはというと自分のことで手一杯で妹のことを気にかける余裕はなかった。

 家族から存在を無視されるようになったユリアンナは、次第に我儘に、横暴になっていった。
 気に入らないことがあるとヒステリックに叫び、モノを壊し、使用人に暴力を振るう。

 高位貴族の甘やかされて育った令嬢が傲慢になるのはよくある話。
 しかしシルベスカ公爵家の厳しい教育を受けておきながら傲慢に育ってしまった妹のことを、アーベルは全く理解できなかった。

 アーベルが14歳になり父に同行して夜会に顔を出すようになると、有望な嫁入り先候補として様々な令嬢に言い寄られるようになる。
 誰よりも目立つように着飾り、香水を振りまいて男に媚を売る女たち。

 アーベルに言い寄る者の中には、行き遅れて結婚を焦っている10以上も歳の離れた女性もいた。
 元々素行に問題があるために行き遅れている場合が多く、そういう者は必ず色仕掛けで既成事実を作ろうと目論んでアーベルにあの手この手で迫ってきた。
 そんな社交界に揉まれるうちに、アーベルの心は氷のように閉ざしてしまい、女性を遠ざけるようになった。
 
 ユリアンナが12歳を超える頃には様々な茶会で問題行動を起こすようになり、社交界での評判は地に落ちていた。
 シルベスカ公爵は「シルベスカ公爵家の面汚しが!」と事あるごとにユリアンナを叱責したが、ユリアンナは「違うのです、お父様!聞いてくださいませ!」と取り乱しながら訳の分からない自己弁護をするばかりで全く反省をしない。

 その様子を日々見ていたアーベルは、すっかりユリアンナのことを疎ましく思うようになっていた。
 ユリアンナはアーベルを見かけると、社交界で自分に擦り寄る令嬢のような媚びた笑みを浮かべ、「お兄様!わたくしのことを信じてくださいますよね?」と耳障りな猫撫で声で話しかけてくる。

 ───ああ、鬱陶しい。

 アーベルはユリアンナが自分と血が繋がっていることすら恥じるようになった。
 と〝家族〟などと思われるのも虫唾が走る。

 そんなユリアンナの様子がどこか変わったのは、学園入学前後からだった。
 問題行動を起こすのは相変わらずだが、父から叱責されても道理の通った反論をするようになり、アーベルを見ても声をかけて来なくなった。

 そんな妹の変化に違和感を抱きながらも、アーベルはユリアンナが自分に近寄って来なくなったことは幸いだとしか考えなかった。
 そしてミリカと運命の出会いを果たしてからは、愛しいミリカを虐め抜くユリアンナを一層嫌悪するようになった。

 屋敷でユリアンナを見かけるたびに何とも言えない憎悪が胸の内に湧き起こる。

(あんな愚かな妹など生まれて来なければ良かったのだ)

 唾を吐きかけたい気持ちをグッと堪えながら、アーベルは日々を耐えていた。
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