遥かなウタ

堀尾さよ

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ゆううつ

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 私は、世界で一番可愛い女の子。

 小さな唇は薔薇の花びら。
 鼻はツンと上を向いたリスのよう。
 大きな目はダイヤモンドの輝き。
 髪はさらさら良いにおい。

 それが私で、これからも私だ。
 小さい頃から色んな人に「可愛い」って言われて育ってきた。
 私が、可愛い。
 みんなから愛される、可愛い女の子。
 そうらしい。

「ハルちゃんは、ほんとうに可愛いね」

 ハルカちゃんとして産まれた私は、あだ名のために名前の一文字をどこかに落っことしたようだ。

 幼稚園の先生。

 私はありがとうのつもりで、思いっきり口の端っこを上げて、にっこり笑った。
 すると、先生はもっと喜ぶのだ。「かわいい~!」って言って、私のほっぺを両手で挟み込むのだ。それが私と先生の、朝の挨拶。
「お姫様、だね」
 挟まれた両手からは、よくわからない花の匂いがした。ハンドクリームというやつだろう。
「あ、ウタちゃん」
 しばらくすると、向こう側からウタちゃんがくるのだ。
 門の向こうには、自転車に跨がってもうこぎ出している女の人。遠くからでも分かる。ウタちゃんのママだ。ウタちゃんとあんまり似ていない。

 ウタちゃんはまるでママの存在なんてなかったかのように、とぼとぼと歩いてくる。ウタちゃんの周りだけ夜みたいだ。

 ちょっと暗くって、猫背っぽい。私が先生と話しているのを横目に、ウタちゃんはその横を通り過ぎていった。

「暗いね、ウタちゃん」
 私はなんとなく、先生に言った。
 ウタちゃんが嫌いなわけじゃない。でも、なんとなく。

「うん、可愛くない」

 先生は興味なさそうに、そう言った。
 それがなんだか怖かった。

 ちょっとだけ大きくなって、私は小学生になった。
 パパが用意してくれたランドセルはピンク色。ぴかぴかの大きなそれが、私の六年間のお供になるらしい。
「ハルカが気に入ると思ってな、ほら!」
 私がわざとらしくランドセルに抱きつけば、パパは嬉しそうに私の頭を撫でるのだ。この時間が、この時間だけが大好き。
「なぁに?」
 でも、今日はちょっと違う。私を驚かせようと、サプライズを仕込んでいるようだった。

「特別に、リスの刺繍を入れてもらったんだ!」
「あら、可愛い」

 パパが私からランドセルを取り上げて、側面を見せてくる。ママもにっこり笑っている。
 茶色の、リス。つぶらな瞳がこっちを見ている。両手にはどんぐり。「いかにも」なリスがそこにいた。

 じゅわ、と嫌な汗が出てくる。糸でできたリスの目が、私を責めているようにも見えたのだ。「間違うな」確かに聞こえた。

 ああ、どうすれば正解なんだろう。

 でも、じっくり考えている暇はない。

「わあ、可愛い! パパありがとう!」

 鼻が抜けたような、そんな上ずった声を出して、パパを見上げる。すると、満面の笑み。
「よかったわね、ハルカ」
 パパの大きな手が私の頭を撫でる。ママの優しい笑顔が見える。
 ああ、これが正解だった。
 よかった。
 リスなんか好きじゃない。
 けれど、この時間は好きだった。皆が笑っているこの時間が。

「ウタちゃん」
 深い赤色のランドセル。ぺったんこのそれは控えめっぱい刻まれている。まだ登校してから日数は絶っていないのに。

「なぁに」

 振り向くその顔が、どうも私は大好きで。

 薄い唇は松の葉で。
 鼻はぽってりと丸い団子みたい。
 つぶらな目は鳩の目に似ている。
 髪は首の辺りでぱさぱさ揺れている。

 私はウタちゃんが好き。
 初めて会ったときから、好き。
 私と全然違うから、好き。
 あの不機嫌そうな、むすっとした顔が、好き。
 ああ、ウタちゃん。
 あなたの隣にいられるなら、なんだって良いのに。でも、きっとこの気持ちは「可愛くない」んだろうなぁ。 

 二人並んで歩くと、「わぁ、可愛い」っていわれるのは私の方で。

 制服を着たお姉さん、スーツのお兄さん、近所のおじいちゃん、農家のおばあちゃん。揃って私の方だけを見る。

 まるでウタちゃんがいないみたいに。

 そんなの間違ってると思ったけれど、私は何もしなかった。
 申し訳なさそうに、背中を丸めるウタちゃんが、好き。
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