遥かなウタ

堀尾さよ

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 中学生になった。ウタちゃんとは相も変わらず仲良しでいれた。ウタちゃんは私を拒まないから。

 どれだけ肩身の狭い思いをしても、ウタちゃんは私が呼べば、振り向くのだ。

 ウタちゃんは何時もつまらなそうな顔をして、ぼんやりと授業を受けていた。ショートヘアーの髪の毛は、猫の毛みたいにくるくる巻かれている。天パ、なんだってさ。

「ハルカちゃん、ハルカちゃん」

 ああ、沢山の金魚の糞。
 私の唇、鼻、目、髪。特に顔、顔。私の顔のパーツ一つ一つをなめ回すみたいに見てくる糞達が、今日も私の周りを取り囲む。

「ほんとうに自然の二重なの~?」
「ヘアケア教えて!」
「お人形さんみたい。可愛い!」
「ハルカちゃん、可愛い!」
「本当可愛い! ずっと見てられる~」
 可愛い。可愛い。可愛い! 
 その四文字の中に詰め込まれた甘ったるい意味を教えて欲しい。私にその言葉を投げかけることによって、みんなは何を求めているのか、わからないの。

 パパもママも、幼稚園の先生もクラスメイトも、みんな寄ってたかって私を可愛いという。

 私に、何を求めているんだろう。 

 私は、可愛いんだ。可愛いと、されているんだ。

「可愛い」

 みんなが思う可愛いの具現化。
 そう言われて、私は何を返せばいいんだろう。

 「間違えるな」リスがまだ私を睨んでいる。仕方がないから、私はっこり笑って、皆に笑顔を振りまく。すると、うっとりしたみたいな、映画でしか聞かないようなため息が、聞こえるんだ。

 ああ、これがいいんだね。これが正解なんだね。

 何度も何度も確かめて、たどり着いた正解。
 ああ、みんな、うすっぺらい。
 私が笑えば、みんなも笑う。なら、笑顔を振りまこう。

 でもこっそり。バレないようにそうっと視線の端っこでウタちゃんを捉える。
 机に突っ伏して寝ている。
 ああ、安心。
 ウタちゃんは、大体一人。私以外の友達がいないみたい。それがまた、良い。
 私を囲む人の群れは、放課後になるまで群れ続ける。ご飯を食べ終わったちょっと多めの休み時間が一番の苦痛だ。ありとあらゆるクラスの人が、私の顔を見に来るの。

「木ノ崎さんってどの子?」
「あの子!」
「あ~美少女だわ」
「ハルちゃーん、こっち向いて!」

 そんな声も、もはや慣れっこだ。ノイズと一緒。でも、私は音のする方ににっこり笑うだけでいいのだ。
 その人が私に何を求めているのか。
 その人達が私から何を受け取りたいのか。
 全部わかるのだ。もう、わかるのだ。

 私と話がしたいんじゃない。私の顔が見たいのだ。じゃあ、言葉なんて必要ないよね。そう考えているとはつゆ知らず、みんなは私からの「笑顔」を、「可愛い」を消費する。
 授業の時間だけが唯一の、一人の時間。そして、放課後は私だけの時間。
 そう。私と、ウタちゃんだけの。
「ウタちゃん」
 彼女には、私がどう見えているんだろう?

 私はウタちゃんが大好き。正反対の容姿と、家庭事情。全部が違うから、ぴったりとはまり込む。私はそう思っている。

 ウタちゃんも、毎度毎度私が声を掛けるものだから、もう当たり前みたいな感じで、席に座って待っていてくれていた。
 みんなが身支度して、さっさと教室から飛び出すのが、まるで異常、みたいにも見えて。

「なぁに」

 いつもの感じで。

 昔と変わらないむすっとした表情に、私の引き攣っていた表情筋が緩んでいく。無理やり引き上げた頬が、ようやくリラックスする。
 冬の教室は、日が傾くのが早くって、もう既にオレンジ色だ。
 逆光の中、微笑むウタちゃんは、とっても「可愛い」。

 誰かに向ける空っぽの笑顔じゃない。自然と心の底からわき上がって来る笑顔だった。
「ウタちゃん、一緒に帰ろう」
「うん」
 私の誘いを断ったウタちゃんを見たことがない。ウタちゃんは私の話を聞いてくれる。
 私が「行こう」と言うと、ウタちゃんは立ち上がる。もう帰りの支度はすましていた。

 二人並んで歩く。いつもの街並み、変わらない通学路。学校が小学、中学と移動しても、帰り道はほとんど同じ。背が、だいぶ伸びだ。ウタちゃんはひょろりと細長くなって、私の肩にウタちゃんの腕がぶつかってしまうのだ。

「あのね、今日来た4組のね……」
「うんうん」
「あ、そういえば昨日パパが……」
「うんうん」
「話は戻るけど、クラスメイトのあの人が……」
「うんうん」

 へたくそな私の話でも、ウタちゃんはなんでも聞いてくれる。
 私、話すのが苦手なの。
 誰も聞いてくれないから。
 「ハルカちゃん、またね」
 別れ際のウタちゃんのあの顔が、一番好きだ。
 寂しそうな、でもどこかほっとしているようなその表情が、好き。
 私のこと、絶対苦手なのに、相手にしてる感じが、好き。
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