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第1章:はじまり・出会い編
閑話:【君を迎える下準備】
しおりを挟む王城のとある一室で、夜遅くまで仕事をしている者たちがいた。
「陛下、だいぶ片付いて参りましたので小休憩に致しましょうか」
「ああ、そうだな。ぜひ、そうしてくれ。最近はどうも問題が立て込みすぎて疲れてしまったからな…」
このブバルディア王国の王、コレオプシス・ブバルディアと宰相であるリンドウ・イノセントは、休憩を取るべく仕事をしていた手を止めた。
リンドウは棚から紅茶の茶葉と軽食用のクッキーを取り出し、お茶の用意を始める。
コレオプシスというと、その場で伸びをして首を左右に振りゴキゴキと危ない音を鳴らしていた。
「陛下…今、とんでもない音がしましたよ。首を痛めてはいませんか?」
「はは、問題ないぞ?だが最近、机に張り付いてばかりで身体を動かしていないからな…身体が鈍って、しょうがない。そろそろ書類仕事も片付きそうだし久しぶりに騎士たちの訓練にでも混ざろうかな」
「また騎士たちが恐縮してしまいそうな気がしますが…まあ、それも良い経験でしょうからね。お好きなようになさったら良いかと存じます」
和やかな会話をしつつ、リンドウが用意した紅茶と軽食を食べようと席についた時だった。
「俺も混ぜてくれるかな?」
にこやかに笑いながら、このブバルディア王国の至宝であるユーフォリアが突然、目の前に現れた。
王であるコレオプシスは盛大に噎せてしまい、リンドウはそんな王の背中を優しく摩っている。
「ユーフォリア様…何の前触れもなく目の前に現れるのは、おやめくださいと申したではありませんか。こちらの心臓が持ちませんよ」
「おや、これは申し訳ないことをしたね。コレオプシス大丈夫かい?」
「ゴホッ…だいじょ、うぶです……」
この現れ方をするのは絶対に態となんだろうな…とリンドウは内心で思いつつ、コレオプシスに紅茶を飲ませ居住まいを正させた。
「ユーフォリア様。この度は、お見苦しいところをお見せして大変、失礼致しました」
「コレオプシスよ、気にしないでくれ。俺も突然、現れて悪かったからな。それに…いつも言っているが、そんな畏まらないでくれないか?俺はただ長く生きているだけで特別、偉くともなんともないよ」
クッキーを頬張り軽やかに笑うが、どう考えても偉いに決まってんだろぉ!?と内心、コレオプシスとリンドウは叫んでいた。
しかし、さすがブバルディア王国を治める王と宰相である。
そのような心情はおくびにも出さず、善処致します、と答えた。
「…それにしても。貴方様がわざわざ、こちらにいらっしゃるとは珍しい。何か…ございましたでしょうか?」
リンドウが冷静にユーフォリアに問うた。コレオプシスも固唾を呑んで見守っている。
リンドウの問いにユーフォリアは飲んでいた紅茶をソーサーに戻し、フーッと深く息を吐いた。
「俺の、運命が見つかった」
静まり返った部屋にユーフォリアのささやかな声が響く。
この場にいるコレオプシスやリンドウだけでなく、近くで控えていた近衛も含め全員が驚きのあまり瞠目した。
───運命。
生きる物の魂の質を見ることができるエルフ族が求める、たったひとりの特別な相手。
ユーフォリア様が、ずっと…何百年も探し求めた相手がやっと見つかったなんて。
「恐れながら…それは、誠にございますか?」
「…嗚呼、本当だともリンドウ。何となく人族が俺の運命なのではないか、と本能的なものが訴えかけていて人族の国に成人した時から訪れていたが俺の勘は正しかったようだ。今日、ようやく見つけることができたよ」
うっとりとした顔をして、とてもとても幸せそうな顔で笑うユーフォリア様は大層お美しかった。
このような表情を我々にされるのは初めてで、本当にユーフォリア様の運命のお相手が見つかったのだと信じざるを得なかった。
「ユーフォリア様。可能であれば、その者がどういった方なのか、お聞かせ願えますか?」
コレオプシスは、ユーフォリアの運命の相手がどのような人物であるのか純粋に気になったのもあるが、もしも王都の人間であるのなら運命探しに各地を巡っていたユーフォリアを王都に留めることができるのではないか、という密かな思惑もあった。
「俺の運命の名は、ルピナス・ショーテイジ。ショーテイジ伯爵家の長子だ」
ショーテイジ伯爵家。
確か…領主である伯爵は大して能力が高いとはいえず、これといった特産品はないのに何故かショーテイジ家の人間が身につけるものは高価なものと、少々きな臭く調査をしていた家であった。
その家の長子が、ユーフォリア様の運命。
ユーフォリアが何百年も諦めず前向きに運命を探していたことから応援していたコレオプシスたちは感慨に耽っていると、ふと一つの疑問が浮かんだ。
長子は確か子供ではなかっただろうか…?という点と、そもそも今日この王都に戻ってきたユーフォリアが、いつ・どうやって出会ったのか?という点である。
「ゆ、ユーフォリア様。恐れながら確認したいことがあるのですが……」
「フフ、皆が何を考えているか大体の想像がつくよ。現在のルピナスの年齢は七歳。どうやって出会ったかに関してだが───」
ユーフォリアの鋭い眼光がキラリと部屋にいる全ての者へ向けられた。
「…お前たちに、いい知らせを持ってきた。お前たちがずっと探していた麻薬売買の拠点を見つけ出してあげたぞ?喜べ」
にこりと目の前にある顔は笑っているはずなのに、何故だか魔王が爆誕したかのような恐ろしさを秘めている。
「この話の流れからすると、まさか───…」
「その、まさかだともコレオプシス!ショーテイジ伯爵家がとある子爵家と手を組んで麻薬売買をしていたんだ…!」
芝居がかったように天へと両手を掲げて、ユーフォリアは言った。
コレオプシスとリンドウは、せっかく片付いてきた仕事がまた増えるぞ…と思いつつも、長年に渡り探していた問題の大元を知れたことで安堵の気持ちもあった。
「そのご様子ですと何か根拠や証拠などをお持ちでいらっしゃるのでしょうか?」
「嗚呼、もちろんだとも。そのショーテイジ伯爵家の執事長が俺に教えてきたのだ。自身も捕まることを覚悟のうえでな」
「それはまた…」
「執事長は関与していないそうだが、執事長の一族は関与していた。自身の一族が大きく道を踏み外していることに嫌気が差し、ずっとショーテイジ伯爵家と自身の一族に関する告発を行う機会を伺っていたそうだ」
「…さようでございますか。恐れながら、その執事長が関与していないという点に偽りはないのでしょうか?」
「それはないな。俺たちエルフ族は魂の質を見ることができる。誰しも、魂までは嘘をつけない。俺の目は、ある意味で嘘を見抜くことができるから執事長が嘘をついていないのは本当だよ」
なにそれ初耳なんだが…と凍りつく室内。
リンドウなどは、この御方の前で嘘をついたりしていなかったよな…?と己の言動を振り返っている。
「その件に関しては、また後ほど話そう。それよりも…お前たちにお願いしたいことがあって、ここに来たんだ」
「は、はい…何でございましょうか」
ユーフォリアのあまりの真剣な様子にコレオプシスたちは長年に蔓延る麻薬売買の問題よりも更に上をいく内容が飛び出すのではないかと動けずにいた。
「俺は、この王都に拠点を置くことにした。ルピナスと一緒に住む屋敷をお前たちに見繕って欲しい…!」
とびきりの笑顔で飛び出した内容にコレオプシスたちが脱力せずにいられなかったのは言うまでもない。
▼▼▼
「…と、いうことで。屋敷を見繕ってもらえることになった。今、俺は教会に一室を構えている身だから、ここ数日はルピナスをそちらに連れて行くことにするよ。ラランとリリィもついて行くと荷物をまとめに自室へ戻っていたから、明日の朝にでも教会へ向かおうと思っている」
「少し出てくると仰って執務室から転移魔法で移動されたかと思いましたら王城に行かれていらっしゃったのですか…」
結界で守りを強固にしているはずの王城の、しかも王たちが集う部屋に転移できるとは。もはや何でもありだなと思うヤブラン・ガイドであった。
「それにしても、ルピナスは本当に愛らしいな…早く目が覚めて欲しいものだ」
「最近、お眠りになられていらっしゃらなかったので眠りが深いのでしょう。明日の朝にはお目覚めになられるかと存じます」
「そうだな。それに、この子が起きてしまったら俺がルピナスの側を離れられなくて諸々の下準備が進まなそうだったから、ちょうど良かったよ」
うっとりとルピナスを見つめるユーフォリアは、とても幸せそうな表情をしていた。
「嗚呼。そうだ、ガイド。こちらに戻ったら話そうと思っていたが…俺が王城に行く前に会った伯爵の様子は本当に見物だったなァ?」
ニヤリと悪い顔をして笑っている姿に釣られて、ヤブランも含み笑いをした。
「…さようでございますね。ユーフォリア様が私の案内でご登場なされた時も旦那様は大層、お見苦しいほどに驚かれておりましたが…ルピナス様がユーフォリア様にとっての運命だと知った時の顔たるや」
ホホホと上品に笑いつつも内容は毒しかない様子にユーフォリアは楽しそうに笑った。
「ルピナスを嫌っている癖に俺と共に行くことを渋っていたから少々、手荒な真似をしてしまったよ。"ショーテイジ伯爵家の花は実に見事だ。陛下に献上したいくらいに"と言ったら真っ青な顔で息子であるルピナスを惜しげもなく差し出していたぞ、誠に嘆かわしい」
「…名も出さずにケシの花を頭に過ぎらせていらしたのは実に見事でございました」
「お褒めに預かり光栄だよ、ガイドくん。後からルピナスを返せと言われたら叶わないからな…エルフの国特製の魔力を織り交ぜて作られていた魔紙で作った親族放棄など諸々の書類にサインもバッチリさせた。もちろんエルフの国特製の魔力を織り交ぜたインクでな!」
抜かりのないユーフォリアに感服しつつ、ヤブランは深々と頭を下げた。
「ユーフォリア様。この度はルピナス様のことも、ショーテイジ伯爵家そして並びに我が一族のことに関しても…ご助力いただき誠にありがとうございました」
ヤブランは床を見つめて、頭に感じる視線をそのままに話を続けた。
「先程は旦那様にケシの花に関して、ルピナス様をお渡しにならないようなら王国に報告すると匂わせていらっしゃいましたが、言わないとは旦那様に対して確約しておられませんでした。先程、王城に行かれたということは私がお渡しした証拠をお待ちになって、お伝えくださったということでしょう…?」
「その通りだ」
少しばかりの沈黙が落ちた後にユーフォリアから肯定が返ってきた。
「貴方様からのご報告であれば王国は大きく動かれるはず。私が王城へ密告するよりも、きっと事態は大きな展開を迎えられることでしょう…それは私が心から望んでいたものでございます。本当に本当にありがとうございました。加えて、ショーテイジ伯爵家の闇が暴かれることで懸念しておりましたルピナス様をお一人にしてしまうことについても貴方様がお側にいてくださるのなら問題はございませんでしょう。これで、私は…心置きなく罪を償うことに、この身を捧げられます」
歳を取ると涙脆くなるというのは本当かもしれない。
床に出来ていく染みにヤブランは、そのようなことを思った。
「…ヤブラン、顔を上げろ」
ヤブランは胸元に入れていたハンカチを取り出し、サッと目元を拭うとユーフォリアに向けて顔を上げた。
「何をルピナスと俺の側を離れる気でいるのだ。お主もラランとリリィ同様、俺の屋敷に連れていくぞ?こき使わねばならんからな」
ユーフォリアから放たれた言葉にヤブランは動揺した。手にしていたハンカチが床へと落ちる。
「何を仰いますか…!私は罪人なのです。捕えられるはずの私がお仕えするなど、出来るはずがないでしょう…ッ!」
今まで見せたことのないヤブランの姿にユーフォリアは神々しい笑みを湛えて、ヤブランの元に一歩一歩と近づいた。
その神々しさ故に、神のようなユーフォリアに穢れた自分などが近づいてはいけないと、ヤブランは思わず後退ってしまう。
「…ヤブラン。お主が俺の元で仕える許可は陛下からもいただいている。観念することだ」
「そんな…陛下が、そのような馬鹿げたことをお許しになったとでもいうのですか…?」
「嗚呼、その通りだとも。これでも俺はかなりの権力を持っているからな。どうとでもなるのさ」
ユーフォリアの茶化すような雰囲気にヤブランは毒気を抜かれ、へなへなとその場に崩れ落ちた。
「なんということだ…私は、どうやって罪を償えばいいのだ……一族を止められなかった罪を、サルビア様を見殺しにしてしまった罪を、どうやって…」
蹲るヤブランの元へユーフォリアもしゃがみ込んで肩に手を添えた。
「それらは、お主がやったことではない…と言ったところで納得しないのだろうな。だから…そんな、お前に生きる意味を与えてやろう」
ユーフォリアはヤブランを立ち上がらせ、ルピナスが眠るベッドの側へと向かった。
眠るルピナスは、まるで天使のようで。
生きていた頃のサルビアを思わせる面影があった。
「サルビアが残した、この子を───ルピナスを守れ。お前が死ぬまで、側で仕えて守れ。それが…お前の使命であり、お前が罪を償う為にできる、唯一の贖罪だ」
こじつけに近かったが、無理矢理にでもヤブランに生きる主軸となるものを与えることこそが、ユーフォリアの目的であった。
瞳に光が灯ったのを確認すると、ユーフォリアは余計に涙を溢し始めたヤブランを近くにあった椅子へと座らせて。自身は愛らしく眠っているルピナスを堪能すべく、ベッドの淵へと腰掛けたのだった。
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