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トパーズの眼鏡
祖母の眼鏡は二つあった。一つは彼女によく似合う、フレームの縁が細い眼鏡。普段使いにしているもの。
もう一つは、無骨で、彼女には少し不釣り合いに見える。片方のフレームの端には、小さなトパーズが付いていて、太陽の様に光っていた。
この二つの眼鏡を、祖母は使い分けていた。普段は華奢な方の眼鏡だが、ひとたびなくし物をすると、すちゃっとトパーズの眼鏡を取り出して、探し始める。そうすると、ものの五分程度で、「あったわ」と見つけ出してみせるのだ。僕も、彼女と眼鏡にはずいぶんとお世話になった。服の外れたボタン、どこに置いたか忘れた札入れ、さっきまで持っていた筈の薬瓶。
そう言うものも、祖母に頼むと、彼女は眼鏡を付け替えて探し出してくれるのだ。ほらあったわよ、困った坊やね、なんて笑いながら。
◆◆◆
僕が物の道理を理解するようになってからのことだった。祖母が、あのトパーズの眼鏡をしたまま、虚空に目を凝らしているのを見て、たじろいだ。彼女はこちらに気付くと、いたずらが見つかったような子供の顔になる。
「あら、変なところ見られちゃったわね」
「何を探してたの?」
「おじいちゃんよ」
僕はその時、祖母が耄碌してしまったのだと思った。死んだはずの夫を探すだなんて。それも、探し物をする眼鏡を掛けて。
「これはね、本当はおじいちゃんの眼鏡だったの」
眼鏡を付け替えながら、祖母はそんな風に打ち明けた。その時、ようやくその眼鏡が、祖母には不釣り合いなほど骨太である理由を知った。男の眼鏡だったのだ。
「探し物が見つかる眼鏡なんですって。おじいちゃんがお嫁さんを探すときもこの眼鏡をしていて、そこで出会ったのがおばあちゃんだったの」
うふふ、と嬉しそうに笑いながら祖母は話してくれた。祖父は、僕が物心つく前に亡くなった。だから、祖父がその眼鏡をしている姿を僕は知らない。
「それで、わしが死んだらこの眼鏡はばあさんがもらってくれーって言うから、形見としてもらったの」
「どうしてトパーズは片方にしかついてないの?」
僕はずっと気になっていたことを尋ねた。そこで、祖母は笑みを少し薄めて、
「おじいちゃんにあげちゃった。お棺を埋めるときに」
一緒にトパーズも埋めたのよ、と祖母は言う。
「おばあちゃんを探してくれた眼鏡の宝石だったから、どうしてもおじいちゃんにも持ってて欲しくて」
おそろいよ。祖母はとっても幸せそうな笑みを浮かべた。
「でも、片方あげちゃったせいなのかな。おじいちゃんの幽霊を探してもどこにもいないの」
きちんと葬儀を挙げたから、もう天国に行っちゃったんじゃないのか、と僕は思った。でも、祖母は見守っていて欲しいのかも知れない。それはとりもなおさず、自分を未練に思って欲しいという、女心の表れなのだろうか。あるいは、僕のことをまだ子供だと思って、そんな冗談みたいなことを言っているのか。
どうであっても、祖母が自分の夫を愛していて、夫婦の人生の道半ばで夫が死んでしまった、と言う認識でいることは間違いない。彼女にとって、夫は天寿ではなかったのだろう。
だから、時たまこうやって眼鏡を掛けて祖父の霊を探しているのだ。もし彼が、自分の事を思って地上に留まっているなら一目見たいと。
「そうなんだ。見つかると良いね」
僕はその時、そんな無難なことしか言うことができなかった。
◆◆◆
そんな祖母も、やがて天寿を全うし、眠るように亡くなった。最後の数日は眠ってばかりだった。看取ったのは僕だ。
僕がベッドの傍らで本を読んでいると、彼女は突然ぱちりと目を開けた。驚いた僕がその顔を覗き込むと、彼女はゆっくりと僕を見て、弱々しく笑う。
「おじいちゃん、見つからなかったわ」
それからまた目を閉じて、それから二度と開けなかった。
祖父と同じくらいの規模で葬式を出した。お別れの直前、僕は棺の中を覗き込む。死化粧を施された祖母は、亡くなる直前よりも健康そうだった。
たくさん遊んでくれた祖母。たくさんの話を聞かせてくれた。たくさん助けてくれた。たくさんの探し物を手伝ってくれた。
彼女もたくさんの探し物をした。トパーズの力で、見つけたい物は次々見つけ出して。
でも、たった一つ、失って再び目に映すことが叶わなかったものがあった。
祖父はもうこの世にはいなくて、天国に行っていたんだと僕は思っている。じゃあ祖母も天国に行ったらすぐに祖父に会えるのか、と言うと話は別で。生前の祖父が、自分の妻になる人をこの世で探すのに眼鏡を使ったように、あの世で夫を探すのにも助けがいるはずだ。
棺の中にはたくさんの供え物が入っている。花が多かった。顔の周りまで花で埋まった祖母は、なんだか少女みたいに可愛らしかった。祖父に会えると言う期待に、胸をときめかせているようにも見える。
祖父は、あの眼鏡を掛けて祖母に出会った時、なんて言ったんだろう。本当に、花嫁を探すために眼鏡を掛けていたのか。それを、馬鹿正直に、出会ったばかりの祖母に言ったのか。
それも、二人とも亡くなった今となってはわからない。いや、わからなくて良いのだと思う。きっと、何があったかは、二人だけが知っていれば良いんだ。
「おばあちゃん、これも」
僕は棺の中にあの眼鏡を入れた。柔らかな花の中、頭の横にそっと置く。棺の蓋を閉めるまで、片方のフレームに付いたトパーズは太陽みたいに光っていた。
きっと天国でおじいちゃんを探せるよ。
もう一つは、無骨で、彼女には少し不釣り合いに見える。片方のフレームの端には、小さなトパーズが付いていて、太陽の様に光っていた。
この二つの眼鏡を、祖母は使い分けていた。普段は華奢な方の眼鏡だが、ひとたびなくし物をすると、すちゃっとトパーズの眼鏡を取り出して、探し始める。そうすると、ものの五分程度で、「あったわ」と見つけ出してみせるのだ。僕も、彼女と眼鏡にはずいぶんとお世話になった。服の外れたボタン、どこに置いたか忘れた札入れ、さっきまで持っていた筈の薬瓶。
そう言うものも、祖母に頼むと、彼女は眼鏡を付け替えて探し出してくれるのだ。ほらあったわよ、困った坊やね、なんて笑いながら。
◆◆◆
僕が物の道理を理解するようになってからのことだった。祖母が、あのトパーズの眼鏡をしたまま、虚空に目を凝らしているのを見て、たじろいだ。彼女はこちらに気付くと、いたずらが見つかったような子供の顔になる。
「あら、変なところ見られちゃったわね」
「何を探してたの?」
「おじいちゃんよ」
僕はその時、祖母が耄碌してしまったのだと思った。死んだはずの夫を探すだなんて。それも、探し物をする眼鏡を掛けて。
「これはね、本当はおじいちゃんの眼鏡だったの」
眼鏡を付け替えながら、祖母はそんな風に打ち明けた。その時、ようやくその眼鏡が、祖母には不釣り合いなほど骨太である理由を知った。男の眼鏡だったのだ。
「探し物が見つかる眼鏡なんですって。おじいちゃんがお嫁さんを探すときもこの眼鏡をしていて、そこで出会ったのがおばあちゃんだったの」
うふふ、と嬉しそうに笑いながら祖母は話してくれた。祖父は、僕が物心つく前に亡くなった。だから、祖父がその眼鏡をしている姿を僕は知らない。
「それで、わしが死んだらこの眼鏡はばあさんがもらってくれーって言うから、形見としてもらったの」
「どうしてトパーズは片方にしかついてないの?」
僕はずっと気になっていたことを尋ねた。そこで、祖母は笑みを少し薄めて、
「おじいちゃんにあげちゃった。お棺を埋めるときに」
一緒にトパーズも埋めたのよ、と祖母は言う。
「おばあちゃんを探してくれた眼鏡の宝石だったから、どうしてもおじいちゃんにも持ってて欲しくて」
おそろいよ。祖母はとっても幸せそうな笑みを浮かべた。
「でも、片方あげちゃったせいなのかな。おじいちゃんの幽霊を探してもどこにもいないの」
きちんと葬儀を挙げたから、もう天国に行っちゃったんじゃないのか、と僕は思った。でも、祖母は見守っていて欲しいのかも知れない。それはとりもなおさず、自分を未練に思って欲しいという、女心の表れなのだろうか。あるいは、僕のことをまだ子供だと思って、そんな冗談みたいなことを言っているのか。
どうであっても、祖母が自分の夫を愛していて、夫婦の人生の道半ばで夫が死んでしまった、と言う認識でいることは間違いない。彼女にとって、夫は天寿ではなかったのだろう。
だから、時たまこうやって眼鏡を掛けて祖父の霊を探しているのだ。もし彼が、自分の事を思って地上に留まっているなら一目見たいと。
「そうなんだ。見つかると良いね」
僕はその時、そんな無難なことしか言うことができなかった。
◆◆◆
そんな祖母も、やがて天寿を全うし、眠るように亡くなった。最後の数日は眠ってばかりだった。看取ったのは僕だ。
僕がベッドの傍らで本を読んでいると、彼女は突然ぱちりと目を開けた。驚いた僕がその顔を覗き込むと、彼女はゆっくりと僕を見て、弱々しく笑う。
「おじいちゃん、見つからなかったわ」
それからまた目を閉じて、それから二度と開けなかった。
祖父と同じくらいの規模で葬式を出した。お別れの直前、僕は棺の中を覗き込む。死化粧を施された祖母は、亡くなる直前よりも健康そうだった。
たくさん遊んでくれた祖母。たくさんの話を聞かせてくれた。たくさん助けてくれた。たくさんの探し物を手伝ってくれた。
彼女もたくさんの探し物をした。トパーズの力で、見つけたい物は次々見つけ出して。
でも、たった一つ、失って再び目に映すことが叶わなかったものがあった。
祖父はもうこの世にはいなくて、天国に行っていたんだと僕は思っている。じゃあ祖母も天国に行ったらすぐに祖父に会えるのか、と言うと話は別で。生前の祖父が、自分の妻になる人をこの世で探すのに眼鏡を使ったように、あの世で夫を探すのにも助けがいるはずだ。
棺の中にはたくさんの供え物が入っている。花が多かった。顔の周りまで花で埋まった祖母は、なんだか少女みたいに可愛らしかった。祖父に会えると言う期待に、胸をときめかせているようにも見える。
祖父は、あの眼鏡を掛けて祖母に出会った時、なんて言ったんだろう。本当に、花嫁を探すために眼鏡を掛けていたのか。それを、馬鹿正直に、出会ったばかりの祖母に言ったのか。
それも、二人とも亡くなった今となってはわからない。いや、わからなくて良いのだと思う。きっと、何があったかは、二人だけが知っていれば良いんだ。
「おばあちゃん、これも」
僕は棺の中にあの眼鏡を入れた。柔らかな花の中、頭の横にそっと置く。棺の蓋を閉めるまで、片方のフレームに付いたトパーズは太陽みたいに光っていた。
きっと天国でおじいちゃんを探せるよ。
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