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1 辺境の街アル・マトス
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城壁の上に焚かれた大きなかがり火が次第に近づいてくる。月が照らす異世界の夜に、黒々としたシルエットを見せて、城壁が聳え立っている。それは、僕が図書室で夢中になって読んだ異世界もののラノベやファンタジー図鑑で見たイラストそのままだった。
「隊長、お疲れさまでした。ただ今、城門を開けます」
城壁の上から見張りの兵士が声を掛ける。重い鉄の城門が、きしみ音を響かせてゆっくりと上がっていく。
僕たちは暗くなった街の石畳の道を、馬のひずめの音を響かせながら奥へ進んでいった。両脇に並ぶ家々は、木と石、そして漆喰のような壁材を組み合わせてできていた。ほとんど二階建てで、三階建てがちらほら見える。やはり、ラノベのテンプレ通り、地球の中世ヨーロッパという感じだ。
やがて、騎士たち一行は、ある門を通って広い場所に入っていった。暗くて辺りはよく見えなかったが、大きな建物がいくつか並んで立っている。そして、階段状になった高台の一番上に貴族の屋敷のようなものが立っていた。
「皆、ご苦労だった。これにて解散する……ジェンス、少し落ち着いたら、その者を連れて私の部屋まで来てくれ」
「はっ、了解しました」
兵士たちの解放された安堵のどよめきが流れ、それぞれが馬を引いて自分の割り当ての馬小屋へ散っていく。ジェンスさんも馬から鞍を外すと、それを担いで馬の手綱を引いた。
「しばらくここで待っていてくれ。馬を預けてくる」
「あ、はい、分かりました」
薄暗い広場のような場所だった。たぶん、部隊が出発する時には、ここに馬に乗った騎士たちが整然と並んで、隊長が号令をかけるというようなことが行われるのだろう。
そんなことを想像していると、目の前をまだ若い、僕とさほど変わらない年頃の兵士が通りかかった。
「あの、すみません」
「ん? 俺か?」
少年兵士は、いかにも声を掛けられて驚いたという顔をしていたが、目や口元には笑みが浮かんでいた。おそらくずっと僕のことをどこからか見ていて、わざと近くを通りかかったに違いない。中学の入学式のときも、そんな奴がいたっけ……。
「あ、はい。ええっと、ここは何という名前の街ですか?」
「ははん、やっぱりお前は外国から来たんだな? よし、俺がいろいろ教えてやる。ああ、俺はマルクだ。お前、名前は?」
「ああ、ええっと……」
僕のもとの世界での名前は「真野ユウキ」だ。姓と名、どちらを名乗るべきだろう?マルクってのはきっと名前だよな。うん、じゃあ、僕もユウキって名乗ろう。
「……ユウキです」
「おう、ユウキか、いい響きだな。それとな、その丁寧な貴族言葉は、俺には必要ないぜ。なんか背中がムズムズするんだ。これからよろしくな…って言っても、お前がこれからどうなるか……まさか、お前、悪者じゃないよな?」
よくしゃべる奴だ。しかも、ズカズカと人の内側に踏み込んでくる。本来、一番苦手なタイプだが、なぜかそいつの顔を見ていると、安心感というか、人の好さがにじみ出ているようで、悪い気はしなかった。
僕は強く首を振って、マルクを正面から見つめながら言った。
「違うよ。本当に道に迷っていただけなんだ」
「そうか、分かった。これからよろしくな、ユウキ」
「うん、よろしく、マルク」
なんか、異世界で初めての友だちができちゃったみたいだ。〝ともだち〟でいいんだよね?
「で、だな、この街はアル・マトス。ルーン王国の北の辺境、クレア・ローゼン公爵令嬢領の領都だ。まあ、領都つっても領内の街はここだけなんだけどな。それでな……」
マルクがさらに何か言おうとしたとき、馬の世話を終えたジェンスさんが帰って来た。
「お、何だ、マルク、さっそく良からぬことを吹き込んでいるんじゃないだろうな?」
「嫌だなあ、ジェンスさん、そんなことしてないすよ。こいつに街のことを聞かれたから教えてやっていただけですよ、なあ?」
「あ、はい、そうです」
「そうか。じゃあ、隊長の部屋に行くか」
「じゃあ、ユウキ、またな」
マルクの言葉に、僕は軽く手を上げて、ジェンスさんの後について歩き出した。
実は、このときもまだ僕は心の片隅で、これが死ぬ前に脳が見せる幻影、いわゆる〝臨死体験〟だと思っていた。だから、なにもかもが初めての経験にもかかわらず、割と(なるようになれ)といった心境だった。
だって、おかしいだろう、なんでいきなり転移するんだ? しかも、この世界の人たちは日本語をしゃべっている、これがそもそもおかしい。
「ジェンスです。例の少年を連れてまいりました」
大きな建物の中のある部屋の前で、ジェンスさんはドアをノックして声を掛けた。
「ああ、入れ」
「失礼します」
ドアが開かれ、僕はジェンスさんと一緒に広いが簡素な部屋の中に入った。
部屋の中には隊長さんと、もう一人、理知的な感じの女性の兵士がいた。今まで見た人たちは顔立ちはヨーロッパ系だが、肌は浅黒く、髪の色も黒や茶色だったが、この女性兵士はド直球の北欧系だ。金髪に灰色に近い青い瞳、背が高く、が体も逞しい。女バイキングという言葉が頭に浮かんだ。
「二人とも座ってくれ。まず、ジェンス、この少年に会った時の状況をもう一度詳しく話してくれ」
僕たちはソファに座り、隊長さんが向かいに座った。女バイキングさんは座らず、隊長さんの斜め後ろに立って、何やら筆記具とメモ帳のようなものを手にしていた。
「はっ。私は小隊の三人とともに平原の西側を捜索しておりました……」
ジェンスさんが、僕を見つけた時の状況を話し始めた。
「……というわけであります」
ジェンスさんが語り終えるまで、隊長さんと女バイキングさんは、僕のことを上から下まで舐めまわすように見ていた。
〝辺境〟ということは、外国と国境を接した地域、あるいは、未開の世界との境界の地域ということだ。外国のスパイなどには特に気を遣っているだろう。変な服を着て、見慣れない顔つきをした少年が荒野の真ん中にいたら、そりゃあ怪しむのも当然だ。
「ふむ、分かった。ジェンス、ご苦労だったな、もう下がっていいぞ」
「は、はっ……それでは、失礼します」
ジェンスさんは立ち上がると、立ち去る前に僕の方へちらりと目をやった。その目には僕のことを心配する優しさが浮かんでいるように感じた。
ジェンスさんが去った後、隊長さんは小さな息を吐いて、ソファの背にもたれた。
「どうにも、分からん……その服装、顔つき、今まで見たことのないものだ。その上着の紋章、調べてみたが、この周辺の国には同じものはなかった……」
紋章? ああ、ポロシャツの胸ポケットには、僕が通っていた中学校の校章がプリントされていた。そりゃあ、ないだろうね。
「お前は、いったいどこから、どうやって来たのだ?」
それは、僕の方が聞きたいことですよ。僕はどうやってここに来て、あなた方は、どうして日本語をしゃべっているのですか。
「ロッグス隊長、ちょっといいですか?」
僕が返事に困っていると、例の女兵士さんがそう言って、隊長の耳に何やら二言三言耳打ちをした。隊長の顔に驚きの表情が浮かんだ。
「隊長、お疲れさまでした。ただ今、城門を開けます」
城壁の上から見張りの兵士が声を掛ける。重い鉄の城門が、きしみ音を響かせてゆっくりと上がっていく。
僕たちは暗くなった街の石畳の道を、馬のひずめの音を響かせながら奥へ進んでいった。両脇に並ぶ家々は、木と石、そして漆喰のような壁材を組み合わせてできていた。ほとんど二階建てで、三階建てがちらほら見える。やはり、ラノベのテンプレ通り、地球の中世ヨーロッパという感じだ。
やがて、騎士たち一行は、ある門を通って広い場所に入っていった。暗くて辺りはよく見えなかったが、大きな建物がいくつか並んで立っている。そして、階段状になった高台の一番上に貴族の屋敷のようなものが立っていた。
「皆、ご苦労だった。これにて解散する……ジェンス、少し落ち着いたら、その者を連れて私の部屋まで来てくれ」
「はっ、了解しました」
兵士たちの解放された安堵のどよめきが流れ、それぞれが馬を引いて自分の割り当ての馬小屋へ散っていく。ジェンスさんも馬から鞍を外すと、それを担いで馬の手綱を引いた。
「しばらくここで待っていてくれ。馬を預けてくる」
「あ、はい、分かりました」
薄暗い広場のような場所だった。たぶん、部隊が出発する時には、ここに馬に乗った騎士たちが整然と並んで、隊長が号令をかけるというようなことが行われるのだろう。
そんなことを想像していると、目の前をまだ若い、僕とさほど変わらない年頃の兵士が通りかかった。
「あの、すみません」
「ん? 俺か?」
少年兵士は、いかにも声を掛けられて驚いたという顔をしていたが、目や口元には笑みが浮かんでいた。おそらくずっと僕のことをどこからか見ていて、わざと近くを通りかかったに違いない。中学の入学式のときも、そんな奴がいたっけ……。
「あ、はい。ええっと、ここは何という名前の街ですか?」
「ははん、やっぱりお前は外国から来たんだな? よし、俺がいろいろ教えてやる。ああ、俺はマルクだ。お前、名前は?」
「ああ、ええっと……」
僕のもとの世界での名前は「真野ユウキ」だ。姓と名、どちらを名乗るべきだろう?マルクってのはきっと名前だよな。うん、じゃあ、僕もユウキって名乗ろう。
「……ユウキです」
「おう、ユウキか、いい響きだな。それとな、その丁寧な貴族言葉は、俺には必要ないぜ。なんか背中がムズムズするんだ。これからよろしくな…って言っても、お前がこれからどうなるか……まさか、お前、悪者じゃないよな?」
よくしゃべる奴だ。しかも、ズカズカと人の内側に踏み込んでくる。本来、一番苦手なタイプだが、なぜかそいつの顔を見ていると、安心感というか、人の好さがにじみ出ているようで、悪い気はしなかった。
僕は強く首を振って、マルクを正面から見つめながら言った。
「違うよ。本当に道に迷っていただけなんだ」
「そうか、分かった。これからよろしくな、ユウキ」
「うん、よろしく、マルク」
なんか、異世界で初めての友だちができちゃったみたいだ。〝ともだち〟でいいんだよね?
「で、だな、この街はアル・マトス。ルーン王国の北の辺境、クレア・ローゼン公爵令嬢領の領都だ。まあ、領都つっても領内の街はここだけなんだけどな。それでな……」
マルクがさらに何か言おうとしたとき、馬の世話を終えたジェンスさんが帰って来た。
「お、何だ、マルク、さっそく良からぬことを吹き込んでいるんじゃないだろうな?」
「嫌だなあ、ジェンスさん、そんなことしてないすよ。こいつに街のことを聞かれたから教えてやっていただけですよ、なあ?」
「あ、はい、そうです」
「そうか。じゃあ、隊長の部屋に行くか」
「じゃあ、ユウキ、またな」
マルクの言葉に、僕は軽く手を上げて、ジェンスさんの後について歩き出した。
実は、このときもまだ僕は心の片隅で、これが死ぬ前に脳が見せる幻影、いわゆる〝臨死体験〟だと思っていた。だから、なにもかもが初めての経験にもかかわらず、割と(なるようになれ)といった心境だった。
だって、おかしいだろう、なんでいきなり転移するんだ? しかも、この世界の人たちは日本語をしゃべっている、これがそもそもおかしい。
「ジェンスです。例の少年を連れてまいりました」
大きな建物の中のある部屋の前で、ジェンスさんはドアをノックして声を掛けた。
「ああ、入れ」
「失礼します」
ドアが開かれ、僕はジェンスさんと一緒に広いが簡素な部屋の中に入った。
部屋の中には隊長さんと、もう一人、理知的な感じの女性の兵士がいた。今まで見た人たちは顔立ちはヨーロッパ系だが、肌は浅黒く、髪の色も黒や茶色だったが、この女性兵士はド直球の北欧系だ。金髪に灰色に近い青い瞳、背が高く、が体も逞しい。女バイキングという言葉が頭に浮かんだ。
「二人とも座ってくれ。まず、ジェンス、この少年に会った時の状況をもう一度詳しく話してくれ」
僕たちはソファに座り、隊長さんが向かいに座った。女バイキングさんは座らず、隊長さんの斜め後ろに立って、何やら筆記具とメモ帳のようなものを手にしていた。
「はっ。私は小隊の三人とともに平原の西側を捜索しておりました……」
ジェンスさんが、僕を見つけた時の状況を話し始めた。
「……というわけであります」
ジェンスさんが語り終えるまで、隊長さんと女バイキングさんは、僕のことを上から下まで舐めまわすように見ていた。
〝辺境〟ということは、外国と国境を接した地域、あるいは、未開の世界との境界の地域ということだ。外国のスパイなどには特に気を遣っているだろう。変な服を着て、見慣れない顔つきをした少年が荒野の真ん中にいたら、そりゃあ怪しむのも当然だ。
「ふむ、分かった。ジェンス、ご苦労だったな、もう下がっていいぞ」
「は、はっ……それでは、失礼します」
ジェンスさんは立ち上がると、立ち去る前に僕の方へちらりと目をやった。その目には僕のことを心配する優しさが浮かんでいるように感じた。
ジェンスさんが去った後、隊長さんは小さな息を吐いて、ソファの背にもたれた。
「どうにも、分からん……その服装、顔つき、今まで見たことのないものだ。その上着の紋章、調べてみたが、この周辺の国には同じものはなかった……」
紋章? ああ、ポロシャツの胸ポケットには、僕が通っていた中学校の校章がプリントされていた。そりゃあ、ないだろうね。
「お前は、いったいどこから、どうやって来たのだ?」
それは、僕の方が聞きたいことですよ。僕はどうやってここに来て、あなた方は、どうして日本語をしゃべっているのですか。
「ロッグス隊長、ちょっといいですか?」
僕が返事に困っていると、例の女兵士さんがそう言って、隊長の耳に何やら二言三言耳打ちをした。隊長の顔に驚きの表情が浮かんだ。
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