ダリルの剣 ~バスク人剣士が見た日本の剣流~

mizuno sei

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第二章

中山道の秋風

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 副島計馬とダリル・バスケスの二人が中山道を歩き始める頃には、秋も半ばにさしかかり、木陰を吹き抜ける風もひんやりとして、早く日の当たる場所に出たいという思いを抱かせる季節になっていた。

「景色はいいが、いささか見飽きたな┅┅早く熱くした酒を飲みたいものだ」
「ああ、言わないで下さい、目の前に熱燗と目刺しのあぶった奴がちらついてきましたよ┅┅ええっと、この先の宿場は┅┅」
 副島は中山道の宿場図を取り出して眺め始める。近江の草津宿を出立するとき、宿屋の主人が見せてくれたものを書き写したのである。
「御嶽の宿ですね。ここからどのくらいかは分かりませんが┅┅ああ、ちょうど向こうから人が来ます、訊いてみましょう」
 副島はそう言うと、反対方向から歩いてくる商人風の男に駆け寄っていった。

「へい、御嶽ならここから十三里ほどでしょうか。急げば夕方にはお着きになると思います。ただ┅┅」
 商人風の男はそう言い淀んで、声をひそめながら続けた。
「噂ですがね┅┅御嶽の手前の峠辺りに夜になると山賊が出るらしいですよ。だから、この頃は皆、久手の宿から迂回して川沿いの道を多治見へ抜けるんです。少々遠回りですが、用心に越したことはありませんからね」
「ほお、山賊か┅┅今どき珍しいな。いや、すまぬな、助かった」
「いえいえ、では、お気を付けて」
 商人風の男は頭を下げると、そそくさと先を急いで歩み去って行った。

「どのくらいで着くんだ?」
「ええ、急げば夕方には着くそうです┅┅でも、のんびりと野宿も良いかもしれませんよ」
 副島はそう答えてにやりと笑った。
「正気か?夜は冷えるぞ。それに、酒も食料も買ってないしな」
「あはは┅┅実はですね、さっきの男が教えてくれたのですが、この先の峠辺りに、夜になると山賊が出るらしいです」
「山賊だと?」
 ダリルは驚いて副島の顔を見たが、すぐに何かを察して苦笑した。
「人を斬りたくてうずうずしているようだな?」
「いやいや、これは人のためになる正義、つまり大義ですよ。ついでに、良い実戦稽古にもなるというわけでして┅┅」
「ああ、わかった、わかった┅┅付き合うよ。ただし、腹が減っていると俺は見境がなくなるかもしれんぞ」
「まあ、山賊ですから、良いんじゃないですか」
 二人はそんなことを言い合いながら、ゆっくりと山道を上っていった。

 秋の日暮れは早い。しかも山に囲まれている街道筋は、日暮れ前にはもう足下がよく見えないくらい暗くなっていた。
「この辺りが峠ですね。ん?あんなところに小屋がありますよ」
 副島は見晴らしの良い場所へ出て辺りを見回していたが、左手の道外れに小さな小屋があり、ぼんやりと灯りが漏れているのを見つけた。
「山賊のすみかか?」
「いやあ、あんな小さな小屋なら、二三人しか寝泊まりできないでしょう。まあ、二三人の山賊かもしれませんが┅┅」
「とりあえず行ってみよう」

 二人は念のため戦う準備をしながら、小屋に近づいていった。壁際まで足音を忍ばせて行き、そっと中の様子をうかがったが、複数の人間がいる気配は無い。そこで入り口へ回り、戸口の外から声を掛けてみた。
「もうし、旅の者だが、しばし休ませてはもらえまいか?」
 しばらく中からは何の返事も無かったが、やがて、ごそごそ音がして、戸口が小さく開かれた。そこから顔をのぞかせたのは、おびえたような目をした老人だった。
「旅のお方でごぜえますか?なんもおかまいはできねえだども、それで良かったら、どうぞ休んでいってくだせえ┅┅」
「おお、かたじけない。では、少しだけ休ませてもらおう」
 戸口が開けられ、二人は頭を低くしながら小屋の中に入った。囲炉裏の火が灯り代わりの薄暗い小屋の中は、必要最低限の家具しかない質素なものだったが、一人暮らしには十分な広さがあった。

「どうぞ、火の側へ┅┅」
 老人はそう言うと、わずかに左足を引き摺りながら、土間の奥へ向かった。
 二人は履き物を脱いで囲炉裏の側に上がり込んだ。
「ああ、体が温まりますね┅┅これで酒があれば言うこと無しですが┅┅」
「それは言うな┅┅ますます腹が立ってくる」
 二人がそんなことを話していると、老人が何やらヒョウタンのようなものを持って戻ってきた。
「飯はお出しできませんが、酒はごぜえますので、どうぞ飲んで下せえ」
 老人はそう言ってヒョウタンを囲炉裏端に置くと、部屋の隅から茶碗を二つ持ってきて二人に差し出した。
「お客用の湯飲みでごぜえますから、汚くはございません」
 二人は驚きと喜びに声も無く茶碗を受け取った。
「これはありがたい┅┅ご老人、貴重なものを良いのか?」

 老人は囲炉裏の上に天井の棟木から縄でぶら下げられた何かを外しながら、微かな笑い声を上げた。
「へへ┅┅こんな山の中で、楽しみと言ってもこれくらいしかごぜえませんので┅┅」
 老人は座りながら、何か黒い棒状のものを二人に差し出した。
「猪の肉を塩漬けにして干したものでごぜえます。煙でいぶしてやると、当分は食えますんで┅┅酒のつまみになるか分かりませんが、火にあぶって召し上がっておくんなさい」
「おお、これはまた貴重なものを┅┅すまぬな」
 副島はそう言って頭を下げると、ダリルに老人の言葉を通訳した。
「ふむ┅┅なんとも手回しがいいな┅┅だが、いただけるものは遠慮無くいただこう」
「やっぱりそう思いますか?」
「ん?このじいさんのことか?」
 副島はダリルの茶碗に酒を注ぎながら頷いた。
「そりゃあ、山賊の出るような場所に、一人で暮らしているなんて普通はあり得ないだろう?普通じゃないとしたら、考えられるのは山賊の保護を受けているってことだ。ヨーロッパでもよくある話さ。客を泊めて、夜中に盗賊たちを引き入れ、金や荷物を盗ませる。たいていはあしがつかないように、客の命も奪うんだがな┅┅」
「やっぱりそうですか┅┅人の良さそうな老人ですがね」

「さあさ、どうぞご遠慮なく┅┅お侍様方はどちらからおいででごぜえますか?」
 老人は訳の分からない言葉で話す二人を怪訝な顔で眺めながらそう尋ねた。
「我らは京の都から江戸へ向かっておる途中だ。できれば、信濃の古戦場や武田信玄公のゆかりの場所も見物したいと思い、中山道を選んだのだ」
「おお、そうでごぜえますか┅┅物見遊山の旅とは羨ましいことでごぜえますなあ」
「ああ、路銀もたんまりあるからな。うまいものを食って、温泉にでも浸かって、嫌な浮き世のこともしばし忘れて楽しむつもりだ。あはは┅┅」
「それはなんとも豪勢なことでごぜえますなあ┅┅へへへ┅┅」
 こうして二人は老人と世間話をしながら、一刻ほど過ごした。

「いやあ、思いがけず世話になったな。体も十分温まったし、我らは出かけるとしよう」
 副島の言葉に、老人は慌てて手を動かし、すがるようにこう言った。
「ああ、いやいや、外はもう真っ暗でごぜえます。この辺りは夜になるとクマがうろつきますんで、今夜はどうぞ泊まっていっておくんなさい。奥の部屋なら十分お二人が寝られる広さなんで┅┅わしはここで火の番をしておりますんで安心してお休みくだせえまし」
「そうか┅┅そこまで世話になるのは心苦しいが┅┅」
 副島はそう言うと、ダリルと目を合わせて頷き合った。
「┅┅では、お言葉に甘えるとしよう」
「そうなさいまし┅┅さあ、酒も残っておりますんで、お座り下せえ」
 二人は座り直して、さらに一刻ほど酒を飲みながら世間話を続けた。そして、戌の刻を過ぎた頃、酔ったふりをしながら隣の部屋に入って床に寝ころんだ。老人はわざわざ自分の掛け布団を納戸から引っ張り出して掛けてくれた。

 それから半刻ほど過ぎた頃、副島はダリルにつつかれて目を覚ました。
「おい、本当に眠る奴があるか┅┅じいさんが外へ出て行ったぞ」
「ああっ、これはうかつだった┅┅つい、うとうとしてしまいました」
「けっこう大きないびきをかいていたがな┅┅」
 ダリルは起き上がって、そっと居間の方を覗きながら言った。
「ダリルさんがいるんで安心なんですよ。さて、どうしますか?中じゃ戦いにくいでしょう?外に出ますか?」
「ああ、屋根の上から様子を見よう。もし、人数が十人を超えていたら、一目散に逃げる」
「まあ、そうですね┅┅逃げるのも大事な兵法の一つです」
 二人は楽しげにそんなことを言いながら、外に出て、小屋の裏手に薪が積んであるのを足がかりに屋根によじ登っていった。

 冷たい夜風が吹き、空は明るい満天の星空だった。屋根に身を伏せて待つこと四半刻ほど経った時、峠の方から数人の足音が聞こえてきた。
「来たぞ┅┅松明を持った者が二人、後は四五人というところか」
「ええ、全部で六人、老人を含めて七人です。やりますか?」
「ああ、じいさんは数に入れなくていいだろう。あとは武器だな┅┅さすがに鉄砲はないだろうが、弓があると面倒だ。アーチャーがいたら、そいつを一番に倒す」
「ええ、じゃあそれがしが引き受けましょう┅┅」

 二人がそんな会話をしているうちに、老人を先頭に古びた鎧や籠手を着けた男たちが小屋の入り口に近づいてきた。
 金鉢を額に巻き、色あせた赤い鎧を着た男が、無言で一人一人に指示を出した。恐らく山賊の頭領だろう。ダリルが心配していた弓の使い手も一人いた。老人と頭領が一緒に小屋の中に入っていき、後の五人は刀や槍、そして弓を構えて入り口の周囲を取り囲んだ。
 数秒後、小屋の中から叫び声が聞こえてきた。
「逃げやがったぞ!辺りを探せえっ」
 その声に外の男たちは慌てて小屋の周囲に散っていく。頭領も小屋から出てきて、辺りを見回し始める。
「やい、じじい、どういうことだ?」
「ひいっ、お、おら、わからねえだ、確かに酔っ払って寝たはずなんだよお」
「くそっ、まだ遠くには行ってねえはずだ。おいっ、てめえら、近道を通って追うぞ┅┅御嶽の方へ下ったはずだ」
 山賊たちは一斉に街道へ出て走り出した。

 その足音が聞こえなくなったのを確かめて、二人は屋根から降りてきた。
「世話になったな、ご老人」
「ひいい┅┅あ、ああ┅┅」
「心配するな。たとえ、山賊の手引き役でも、先の長くない年寄りの命は奪わぬよ。我らは今から、山賊たちを追って退治するつもりだ。もう手引きをする必要は無いぞ」
 副島はそう言い残すと、ダリルとともに山賊たちの後を追って街道を走り去っていった。

「くそう、どこへ消えやがった┅┅」
 山賊たちは、自分たちしか知らない山道や崖を下って、御嶽の宿のすぐ手前まで来ていたが、途中の道には誰一人歩いている者はいなかった。
「そうか┅┅あの小屋のどこかに隠れていやがったな┅┅納戸の中は見たし、後は┅┅屋根か┅┅」
 山賊の頭領はようやく盲点に気づき、悔しげに側の木の枝を切り落とした。
「よし、今夜は諦めるぞ┅┅ただ、奴らが山の中に隠れているかもしれん。帰る道すがら、何か見かけたら知らせろ┅┅」
 山賊たちは獲物を取り逃がして悔しげにぶつぶつ言いながら、街道を戻り始める。

「吾平の野郎、もうろくしちまったんじゃねえか?それとも幽霊だったか┅┅」
「おい、薄気味悪いこと言うんじゃねえよ┅┅だが、吾平じいさんは確かにもう役に立たねえかもな┅┅どうせなら、若くていい女を捕まえてきて、手引き役にすりゃあいいんだがな」
「おお、そいつはいいな┅┅頭領に頼んでみるか」
「おい、ぺちゃくちゃしゃべってねえで、ちゃんと周りを見ていろい」
「へ、へい、すいやせん」
「お前たち、少し山ん中へ入って、様子を見てこい」
 頭領にたしなめられた手下たちは、急いで右手の林の中に入っていった。

「この先で少し休むぞ。権座と佐市は先の二人と一緒に山の中腹まで行って、周囲を見てこい」
「へい」
 さらに二人が山の中に入り、頭領ともう一人が道の脇の岩に座って水を飲み始める。
「何かおかしい┅┅」
 頭領はそうつぶやいて、いらいらしたように足下の小石を蹴った。
「何がおかしいんで?」
「いや、それが分からん┅┅だが、嫌な予感がする┅┅だいたい、何で俺たちが来ることを前もって知っていたんだ?吾平の野郎がへまなことを言いやがったのかもしれねえ┅┅だが、それにしても、やり過ごし方がただ者じゃねえ┅┅」
「┅┅すると、奴らはもともと俺たちをおびき出すために、吾平を利用したと?」
「ああ、そうかもしれねえ┅┅だが、たった二人だぞ┅┅そんなことを┅┅」

 頭領はそこまで考えて、はっと気がついた。そして、鬼気迫る顔で立ち上がった。
「しまったあ┅┅おい、すぐ四人を呼び戻すぞ」
 二人の山賊は、深い夜の闇に向かって大声で仲間を呼んだ。
「甚八いぃっ、権座あぁっ、すぐに戻れえっ┅┅」
「佐市いぃっ、佐之次いぃっ、戻ってこおおいっ┅┅」
 その声は静まり返った夜の山中に、こだまとともに響き渡った。
「おっ、お頭の声だ、何かあったのか?」
 林の中を歩いていた手下たちは、急いで街道の方へ下り始めた。
「ぎゃっ!」
 後ろの男が突然短い悲鳴を上げて、ばたりと倒れた。
「おっ、おいっ、甚八┅┅くそ、誰でぇっ」
 前の男が振り返って槍を構えた瞬間、木の陰から出てきた男が、真っ向から太刀を切り下げた。男は声を出す暇もなく、槍もろとも脳天から真っ二つにされて崩れ落ちた。

「おおいっ、いたら返事をしろいっ」
 副頭領が叫んだが、声は空しく闇の中へ吸い込まれていった。返事が無いということは、山の中で何者かに殺された可能性が高い。
 頭領の男は恐れていたことが現実となって、ぶるぶると震え始めた。
「お、おい、仁座、急いで戻るぞ」
「だが、お頭、あいつらが一人も戻って来ねえ」
「殺されたんだ、馬鹿野郎っ!」
「えっ?そ、そんなことって┅┅」
 頭領の男は刀を抜いて辺りを見回しながら、街道を走り出した。副頭領の男も慌ててその後を追いかけ始める。

ところが、二十メートルも走らないうちに、前方に黒い人影が立ちはだかった。
「だ、誰だっ、てめえ」
 人影は返事をせずにゆっくりと近づいてきた。微かな星明かりで見えてきたのは、赤く縮れた髪と同じ色の口ひげを生やした異相の男の姿だった。
「ひっ、お、鬼ぃ?┅┅あわわ┅┅」
「失敬な┅┅ダリルさん、この男たちはあなたを魔物だと言ってますよ」

 突然後ろからも声が聞こえ、こっちは明らかに日本人の侍が訳の分からない言葉で何か言いながら近づいてきた。
「ああ、魔物上等┅┅お前たちの首を刈り取りに来た死に神だ」
「お、俺の手下どもをどうしやがった?」
「ああ、先に地獄で待っているはずだ┅┅すぐに追いつくさ」
「ふ、ふざけやがって┅┅おい、仁座、おめえが上の奴をやれ」

 山賊たちはがくがくと膝を震わせながら、しかし命乞いはせずに覚悟を決めて向かってきた。だが、ダリルと副島にとっては、子供の腕をひねるのと同じだった。
「ひいいっ、ま、待ってくれ、お願いだ」
 二三回刀を交えただけで、山賊たちは刀を叩き落とされて地面にひざまづいた。
「そう言って命乞いをする旅人を何人殺してきたんだ?」
「わ、悪かった、もう金輪際悪さはしねえ、約束する」
「盗賊の約束など信じられるか」
「嘘じゃねえ、頼む、許してくれえぇっ」
 副島はため息を吐いて、地面に這いつくばった山賊の頭領を見おろした。
「ダリルさん、こんな虫けらどもを殺しても後味が悪いだけです┅┅放っておきましょう」
「ふむ┅┅甘いぞ、ソエジマ┅┅こいつらはまた必ず同じ事をする┅┅ここで斬っておく方が後悔はしないぞ」
「ええ、そうかもしれません┅┅だが、万に一つの可能性があるなら、それを信じてみたい┅┅それがしは仏教を信じておりますから┅┅」

 ダリル肩をすくめて剣を収めた。そして、山賊たちをにらみつけながら、低い声でこう言った。
「いいか、もし、嘘をついて今度人を襲ったら、永遠に地獄の炎で焼かれる呪いを、お前たちに掛けたからな」
「今、お前たちに呪いがかけられた。今度人を襲ったら、地獄の火で永遠に焼かれる呪いだ。いいか、二度とやるんじゃないぞ」
「ひいいっ、わ、分かりました、二度といたしません」
「┅┅よし、一度だけ信じてやる。もし、まっとうな生き方をしようと思うなら、馬を手に入れて、馬借になれ。宿場から宿場を人や荷物を乗せて運ぶ仕事だ。ただし、ちゃんと奉行所に届け出るんだぞ。勝手にやったら捕まるからな」
「へ、へい、馬なら持っておりやすんで、さっそく今日からやってみます。ありがとうございました」

 山賊たちは何度も振り返って頭を下げながら足早に去って行った。それを見送りながら、副島計馬はやや自嘲気味に笑みを浮かべた。
「彼奴等、まっとうな生き方をできますかね?」
「うむ┅┅まあ、七、三でできない方に賭けるな」
「あはは┅┅さっきまでより少し評価が上がりましたね」
「ああ、イスパニア人ならまず絶対に無理だが┅┅あいつらはニホン人だからな┅┅」
 ダリルの答えに、副島は思わず胸の奥が熱くなるのを感じた。
「さて┅┅このまま御嶽の宿に行きますか┅┅着く頃には夜も明けるでしょう」
「ああ、そうしよう」
 二人は頷き合うと、白々と明け始めた東の空を見上げながら、緩やかに下っている街道を歩き出した。

 中山道は木曽路とも呼ばれ、十三もの峠があり、特に冬場は通行が困難だった。だが、東海道より検問が緩く、宿代も幾分安かったので利用する者は多かった。
秋も終わりに近づき、富士の頂上がうっすらと雪化粧を始める頃、ダリルと副島は中山道の最後の峠である碓氷峠の道を足早に下っていた。二人が急ぎ足になっていたのには理由があった。
「ネンリュウというと、カゲリュウとともにニホンの剣術の源流になった流派だったな?」
「ええ、そうです。それがしが江戸にいた頃、噂は耳にしていました。上州馬庭に念流を教えている道場があると┅┅しかし、その頃は江戸の剣士たちは皆、田舎剣法だと小馬鹿にしていたんです。それが、こんなに大きな流派になるとは┅┅」

 二人は甲州に入った頃から、飲み屋や宿で何度もある剣術の流派についての噂を耳にしていた。その流派の名を馬庭念流という。樋口定次が、念流の始祖慈恩和尚から数えて七代目の友松氏宗から八代目の印可を受けて上州馬庭の地で開いた流派である。
「では、君も実際には見たことが無いのだな?」
「はい、見たことはありません。楽しみですね、どんな技を使うのか┅┅」
 二人ははやる心を抑えながら、遠くに見える高崎の城下を目指して歩を早めるのだった。

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