散った桜は何処へいく ~失った愛に復活はあるのか~

mizuno sei

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7 動き出す運命の輪

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 奥様、お車の用意ができました」
 執事の老人の声に、まだ年若いこの屋敷の女主人は、二歳の一人娘を抱いて玄関先に出て行く。ほとんど毎日のように、彼女は娘を連れて都内のある病院に出向いていた。そこに入院している母親の見舞いである。

 車の窓から見る街は、あいにくの霙混じりの雨でぼんやりかすんで見える。しかし、店のショーウィンドウやあちこちの飾り付けからは、もうすぐ訪れる冬のイベントへと向かう人々の期待や活気などが感じられた。もう、そうした街の空気や匂いから、ずいぶん長く遠ざかっているように思えて、若い女主人は小さなため息をついた。

「どうしたの、ママ?」
「ううん、なんでもないわ┅┅」
 そう答えて娘の柔らかな髪をなでながらも、彼女の想いは数年前の記憶をたどろうとする。それに必死に抵抗し、今の生活の中にそれと見合うような思い出を探すが、娘の顔や遊ぶ姿にしか、すがりつくものはなかった。やがて、夫の顔が脳裏に浮かんだとき、いつものように、彼女は首を小さく振って強制的に思考をストップさせた。

「ねえ、優衣、おばあちゃんへのお土産、何にしようか?」
「うーん┅┅ケーキ」
「また、ケーキ?」
「だって、ケーキ好きだもん」
「それは、優衣が好きってことでしょう?ふふ┅┅」
 そうなのだ。娘は夫によく似ている。顔立ちは自分にそっくりだが、性格や好みは夫の血を濃く受け継いでいた。無邪気に、気のおもむくままに自分の欲求を追い求める夫に┅┅。
 

「紫龍さん、では、スタッフ会議を始めますのでよろしくお願いします」
 アシスタントディレクターが、ロビーで記者のインタビューに応じていた紫龍を呼びに来た。
「では、失礼するよ」
「ありがとうございました┅┅あっ、そうだ、紫龍さん、撮影は港でやるんですよね?」

 ソファから立ち上がった紫龍は、一瞬の間があって小さく頷いた。
「ああ、そうだ┅┅」
「じゃあ、撮影の後、現場で少しお話をうかがってもいいですか?」
「いや┅┅それは、できない」
「はあ┅┅でも一言、感想とかお聞きしたいのですが┅┅」
 紫龍はその鋭く冷たい目を向けて、若い記者の男を見つめた。
「無理だ┅┅では、失礼」
 にべもなくそう言い放って去って行く紫龍の後ろ姿を見つめながら、若い記者は生き生きとした顔でにやりと笑った。
 
 様々な光がまるで銀河を見るような夜の横浜港。大型客船のデッキに設営された派手なセットで、マジックショーの撮影は始められた。MCのタレントと女性アナウンサーが出てきて、その夜のマジックの概要を説明をした。それが終わると、ドラマチックな音楽やライトアクションの中、いよいよ主役のマジシャンが登場する。

 一方、港から直線距離で約四百メートルほど離れた、市街地の外れのビルの最上階でも、撮影用の照明が明々と点り、数人のスタッフやカメラマンなどが慌ただしく働いていた。
「よし、港の方は順調に始まったぞ。皆、準備はいいかあ?」
 チーフディレクターの声に、スタッフの緊張が高まる。

 その頃、撮影現場である最上階の一つ下の階で、もめ事が起こっていた。
「おい、どういうことだ?打ち合わせ済みで、許可証もこうしてあるんだが」
 黒いスーツを着た人相の悪い八人ほどの男たちが、エレベーターと階段の前に立ちふさがった警官たちに向かって詰め寄っていた。
「ここから先には誰も通すなという上からの命令だ」
「はああ?いいから、テレビ局の責任者を連れてこいっ!ぶっ殺すぞ、てめーらああっ」
 少し離れたところでスマホをいじっていた黒服の一人が、深刻な顔で近くのリーダーらしきサングラスの男に近づいた。

「紫龍さんにつながりません。圏外のマークが┅┅」
「そんな馬鹿なことがあるか┅┅くそっ、なんかおかしいぞ、これ」
 リーダーの男は、ちょっと下を向いて考えた後、近くの二人の男たちを呼んで密かに命じた。
「一人は階段で一つ下の階の様子を見てこい。もう一人はどっかの部屋へ入って┅┅」

 下の階で警護の手下たちが騒ぎ始めた頃、準備のため控え室にいた紫龍も、持ち前の危機回避能力からか、何か違和感を感じ始めていた。
 今頃港では、彼の影武者の男がいくつかのマジックを披露して盛り上げているだろう。彼ももうすぐこちらのビルで、突然空中に現れる特撮シーンの録画を撮る予定だ。

「 サンジン、いるか?」
 紫龍は、ドアの向こうにいるはずのマネージャーを呼んだ。しかし、返事はなかった。
 彼は素早くドアのそばに行くとドアに耳を当てて、外の様子をうかがった。そして、そっとドアを開け、自分は部屋の中にいたまま、思い切り足でドアを蹴り開いた。
 通路には誰の姿もなく、撮影場所である突き当たりの部屋もやけに静かだった。ここにきて、紫龍は何かとてつもない危険が自分に迫っていることを感じた。今までも何回か絶体絶命の危機に陥ったことはあったが、今回は今までに感じたことのない恐怖を感じていた。
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