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16 特捜部出動
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飯田礼奈は翌日、あこがれの人の元恋人に会う仕事を楽しみに出勤したが、特捜隊本部
は何か慌ただしく、緊張した空気に包まれていた。急いで、特殊処理班の部屋へ向かう。
「おはようございます」
「おお、おはよう┅┅」
部屋の中には、優士郎と特捜部隊長の黒田がいた。二人はテーブルの上の書類を見なが
ら緊張した面持ちで話をしていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、ついに動き出した┅┅」
優士郎の言葉に、礼奈は小さく頷いて二人のそばへ歩み寄る。
動きがあったのは、もちろん指名手配された三人の行方不明者ではない。もう一人の方
だ。
「でも、他の班も何か慌ただしかったみたいですけど┅┅」
「うむ┅┅ついさっき、三つの班に出動命令を出したところだ。今回はこの班だけでは人数
が足りんからな」
「では、今日やるんですか?」
礼奈の問いに、黒田と鹿島は同時に頷いた。礼奈はごくりと息をのむと、改めてテーブ
ルの上の地図のコピーを見た。それは、千葉県の北部にある市のものだった。
三人はさっそく作戦会議を始める。
「飯田にはまだ言ってなかったが、今朝、栗木から重要な報告が届いた┅┅」
冒頭、黒田はそう言って、三枚の報告書のコピーを礼奈に渡した。それを受け取って目
を通していた彼女の顔が、みるみるうちに驚きの表情に変わっていく。
「こんなことって┅┅でも、まだ状況証拠だけですよね?」
「うむ、今、栗木に証拠集めをしてもらっている。間に合えば、今日中に逮捕状が取れる
はずだ。だめでも、重要参考人として事情聴取はできる」
「今日、この人たちも動き出すと?」
礼奈の問いに、今度は優士郎が頷いて答える。
「うん、たぶんね。僕の考えだけど、犯人たちは向こうで資金が足りなくなったんじゃないかな。口座やマネーロンダリングに足が付いて使えなくなったのかもしれない。そこで、預けておいた品を闇ルートで換金し、中東のどこかへ送金するために日本に来た┅┅こっちが動けば、この二人も自分たちの罪を隠すために、なりふり構わず犯人を助けようとするはずだと考えたわけだ┅┅」
わずかな状況証拠を組み合わせて構築された推理と作戦は見事なものだった。
礼奈は、真剣に議論を戦わせる男たちを見ながら、その日の楽しみな仕事がしばらく後
回しになったことに、心の中で落胆のため息をつくのだった。
千葉県の北部に位置するとある市の一角。大きな商業施設や娯楽施設が隣接する一帯。
その近くにある巨大な団地群の中に、優士郎と礼奈、そして応援に駆けつけた酒井が潜ん
でいた。
「やっぱり、このチームだと気合いが入りますね」
「同感だ。だが、空回りするなよ。下手をすると、この団地の住人全員が人質って事態に
なりかねないからな」
「ええ、慎重にいきましょう」
国際的な連続爆弾テロの実行犯と思われる人物に目星がついたのは、礼奈のお手柄だっ
た。優士郎から、飛行機の乗客を再度洗い直せと指示された彼女は、地道に一人一人身元
調査を続けた。すると、その中に、不審な客が一人紛れ込んでいたのである。
犯人が、行方不明の日本人の偽造パスポートを利用したのは間違いない。そのパスポー
トを実際に作ったのは公安部の内通者だろう。当然、そこに疑いの目が向けられることは
織り込み済みだったはずだ。だから、犯人たちはそのパスポートを実際には使わなかった。
礼奈は、その行方不明の日本人が飛行機の予約を取った後、出発直前にキャンセルした
ことをつきとめた。そして、その席にはキャンセル待ちだったレバノン人の老女が座った
事も分かった。礼奈の直感は、その老女が怪しいと感じた。そこで、本来なら公安部の外
事課を通じて、地元の警察に調査を依頼するところだが、公安部に内通者がいるという優
士郎の推察を考慮して別ルートから調査してもらったのである。
レバノンの日本大使館から一等書記官が帰国し、都内のホテルで礼奈と面会した。その
中で、貴重な事実が明らかになった。
まずキャンセル待ちの老女だが、彼女は貧しい一般の市民で、日本に行く金銭的な余裕
も、日本に行く特別な理由もなかった。しかも、彼女は、今もレバノンにいて、最近金回りが良くなったと評判になっていた。そこで、彼女に直接事情聴取をしてみたところ、初めはごまかしていたが、粘り強く聞いていくと白状した。それによると、ある日、謎のレバノン人の男に多額の金を渡されて、パスポートとビザを取得してくるように言われた。恐怖と金の力に負けて、言われたとおりにした。パスポートは金と引き替えに、その男に渡したということ。
二つ目は、乗客の中の三人のレバノン人が、やはり老女と同じやり方で、パスポートを金と交換で男に渡したということだった。
この事実から、おそらく犯人は変装して、レバノン人として日本に入国したこと、変装のし易さから考えて、おそらく老婆が犯人の変装した姿だったこと、少なくとも犯人以外に三人の組織の人間が、犯人とともに入国したこと、が推察できた。
彼らは搭乗予定の飛行機が満席になるように予約を入れ、出発直前に一人分をキャンセルして、老婆に変装した犯人をそこに送り込んだのである。キャンセル待ちの客ならば、犯人と疑われる可能性が少ないこと、また行方不明者を使うことで、そちらに注意を向けさせれば、捜査の攪乱ができるとも考えたのだろう。
公安部には、栗木を通して「行方不明者の捜索」に集中していると思わせて、実はレバノン人たちの動向を探っていた特捜隊は、ついに、千葉の団地の一室に、集団で宿泊している彼らを探し当てた。
は何か慌ただしく、緊張した空気に包まれていた。急いで、特殊処理班の部屋へ向かう。
「おはようございます」
「おお、おはよう┅┅」
部屋の中には、優士郎と特捜部隊長の黒田がいた。二人はテーブルの上の書類を見なが
ら緊張した面持ちで話をしていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、ついに動き出した┅┅」
優士郎の言葉に、礼奈は小さく頷いて二人のそばへ歩み寄る。
動きがあったのは、もちろん指名手配された三人の行方不明者ではない。もう一人の方
だ。
「でも、他の班も何か慌ただしかったみたいですけど┅┅」
「うむ┅┅ついさっき、三つの班に出動命令を出したところだ。今回はこの班だけでは人数
が足りんからな」
「では、今日やるんですか?」
礼奈の問いに、黒田と鹿島は同時に頷いた。礼奈はごくりと息をのむと、改めてテーブ
ルの上の地図のコピーを見た。それは、千葉県の北部にある市のものだった。
三人はさっそく作戦会議を始める。
「飯田にはまだ言ってなかったが、今朝、栗木から重要な報告が届いた┅┅」
冒頭、黒田はそう言って、三枚の報告書のコピーを礼奈に渡した。それを受け取って目
を通していた彼女の顔が、みるみるうちに驚きの表情に変わっていく。
「こんなことって┅┅でも、まだ状況証拠だけですよね?」
「うむ、今、栗木に証拠集めをしてもらっている。間に合えば、今日中に逮捕状が取れる
はずだ。だめでも、重要参考人として事情聴取はできる」
「今日、この人たちも動き出すと?」
礼奈の問いに、今度は優士郎が頷いて答える。
「うん、たぶんね。僕の考えだけど、犯人たちは向こうで資金が足りなくなったんじゃないかな。口座やマネーロンダリングに足が付いて使えなくなったのかもしれない。そこで、預けておいた品を闇ルートで換金し、中東のどこかへ送金するために日本に来た┅┅こっちが動けば、この二人も自分たちの罪を隠すために、なりふり構わず犯人を助けようとするはずだと考えたわけだ┅┅」
わずかな状況証拠を組み合わせて構築された推理と作戦は見事なものだった。
礼奈は、真剣に議論を戦わせる男たちを見ながら、その日の楽しみな仕事がしばらく後
回しになったことに、心の中で落胆のため息をつくのだった。
千葉県の北部に位置するとある市の一角。大きな商業施設や娯楽施設が隣接する一帯。
その近くにある巨大な団地群の中に、優士郎と礼奈、そして応援に駆けつけた酒井が潜ん
でいた。
「やっぱり、このチームだと気合いが入りますね」
「同感だ。だが、空回りするなよ。下手をすると、この団地の住人全員が人質って事態に
なりかねないからな」
「ええ、慎重にいきましょう」
国際的な連続爆弾テロの実行犯と思われる人物に目星がついたのは、礼奈のお手柄だっ
た。優士郎から、飛行機の乗客を再度洗い直せと指示された彼女は、地道に一人一人身元
調査を続けた。すると、その中に、不審な客が一人紛れ込んでいたのである。
犯人が、行方不明の日本人の偽造パスポートを利用したのは間違いない。そのパスポー
トを実際に作ったのは公安部の内通者だろう。当然、そこに疑いの目が向けられることは
織り込み済みだったはずだ。だから、犯人たちはそのパスポートを実際には使わなかった。
礼奈は、その行方不明の日本人が飛行機の予約を取った後、出発直前にキャンセルした
ことをつきとめた。そして、その席にはキャンセル待ちだったレバノン人の老女が座った
事も分かった。礼奈の直感は、その老女が怪しいと感じた。そこで、本来なら公安部の外
事課を通じて、地元の警察に調査を依頼するところだが、公安部に内通者がいるという優
士郎の推察を考慮して別ルートから調査してもらったのである。
レバノンの日本大使館から一等書記官が帰国し、都内のホテルで礼奈と面会した。その
中で、貴重な事実が明らかになった。
まずキャンセル待ちの老女だが、彼女は貧しい一般の市民で、日本に行く金銭的な余裕
も、日本に行く特別な理由もなかった。しかも、彼女は、今もレバノンにいて、最近金回りが良くなったと評判になっていた。そこで、彼女に直接事情聴取をしてみたところ、初めはごまかしていたが、粘り強く聞いていくと白状した。それによると、ある日、謎のレバノン人の男に多額の金を渡されて、パスポートとビザを取得してくるように言われた。恐怖と金の力に負けて、言われたとおりにした。パスポートは金と引き替えに、その男に渡したということ。
二つ目は、乗客の中の三人のレバノン人が、やはり老女と同じやり方で、パスポートを金と交換で男に渡したということだった。
この事実から、おそらく犯人は変装して、レバノン人として日本に入国したこと、変装のし易さから考えて、おそらく老婆が犯人の変装した姿だったこと、少なくとも犯人以外に三人の組織の人間が、犯人とともに入国したこと、が推察できた。
彼らは搭乗予定の飛行機が満席になるように予約を入れ、出発直前に一人分をキャンセルして、老婆に変装した犯人をそこに送り込んだのである。キャンセル待ちの客ならば、犯人と疑われる可能性が少ないこと、また行方不明者を使うことで、そちらに注意を向けさせれば、捜査の攪乱ができるとも考えたのだろう。
公安部には、栗木を通して「行方不明者の捜索」に集中していると思わせて、実はレバノン人たちの動向を探っていた特捜隊は、ついに、千葉の団地の一室に、集団で宿泊している彼らを探し当てた。
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