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続編
それぞれの戦い編
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帝国の英雄最大の誤算
帝国軍が満を持してトゥ―ラン国への侵攻を開始してから、10日が過ぎようとしていた。
アラン・ドラトが帝国内の反対勢力を一掃し、トゥ―ラン国とその最大の友好国であるグランデル王国の国王や中枢部を《魅了》で自分の操り人形と化し、もうそれで、鼻歌気分でトゥ―ラン国を手中に収められると、アランも兵士たちも信じていた。
ところが、現実はそう甘くはなかった。
先ず、誤算だったのは、第3王子に国を動かす力など無いと高をくくって放っておいたにもかかわらず、トゥ―ラン国第3王子ウェイが、軍と民心を掌握し、高い士気で抵抗していたことである。
アランの《魅了》で何とか中央軍は、第1、第2の城塞都市は陥落させたが、第3の城塞都市ユーリンはいまだに落とせずにいる。
トゥ―ラン軍は《魅了》の恐ろしさを理解し、それに対する対策をひねり出していた。それは、決して正面から打って出ず、少人数の奇襲部隊を交互に繰り出し、側面や後方から奇襲を繰り返すことだった。
もちろん、その少人数部隊がアランに魅了を掛けられ、味方に攻めてくることも度々あった。
「もし、われわれが奴の魔法にかかって攻めてきたら、遠慮なく殺してくれ。その覚悟はできている。トゥーラン国万歳っ!ウェイ王子に栄光あれっ!」
出撃する兵士たちは皆そう言って、万歳を叫びながら城の抜け道へ消えていった。
城塞兵たちは涙を流しながらも、心を鬼にして、襲い掛かってくるかつての仲間たちを殺していたのだ。それによって兵の数は徐々に少なくなってはいたが、動揺することはなく、ますます意気高く強固な抵抗を続けていた。
「くそっ、トゥーランのこざかしいネズミどもめ……何か手はないのか、もっと手っ取り早く奴らを駆除する方法は……」
帝国軍の本陣、その中でひときわ大きく豪奢なテントの中、高価な絨毯が敷き詰められ、《魅了》に掛かった多くの女たちがあられもない姿ではべっている。その中には、あのエリス・モートンの姿もあった。
しかし、ここ最近、アランは常にイライラして酒に気を紛らす日々を送っていた。
彼は、帝国をあまりにも簡単に手に入れすぎた。ただ、自分の操り人形を増やすだけで良かったからだ。1つの国を手に入れるのはこんなにも楽な事なのか、と彼は誤解してしまった。
また、彼も他の兵士たちも訓練以外の実戦経験は皆無だった。実戦経験のある老齢の将軍や重臣たちは、戦争に反対を唱えたためにことごとく捕えられ殺されてしまった。
今、彼の周りにいて助言をする者たちは、皆ゴマすりが得意で自分の保身しか考えていない無能な側近ばかり。しかも、アランは裏切りを恐れて、大半の側近たちに《魅了》を掛けていたのである。
そんな状態だったから、困難な局面を打開する方策は誰も進言できず、ただ、むやみに数にまかせて力押しを続けるばかりだった。
帝国の英雄アラン・ドラトの最大の誤算は、とりもなおさず、己の力を過信しすぎたことに他ならなかった。
「どうだ、ブロワー先生?何か見えたか?」
「ええ、やはり、見張りの部隊はいるようですね。船は今の所見えないので、恐らく地上部隊でしょう」
星明りだけの海の上で、静かな波の音だけが聞こえている。
沖に停泊した王国正規軍の旗艦船の甲板に、ルート、ベルナール、ガルニア侯爵の3人が集まって話をしていた。
ルートは、夜目が効く従魔のシルフィーを使って、上陸予定のペイグーの港の様子を探っていたのである。絆を強めた従魔との知覚の共有、テイマーしか味わえない特権である。
ルートはシルフィーに戻ってくるよう念話で伝えてから、つぶっていた目を開いた。
「見張りも油断しているようです。夜のうちに一気に接岸すべきでしょう」
「よし、わかった。では、全艦に突入の指令を」
「通信兵っ、点滅信号っ!全艦突入せよ、良いか?全艦突入せよじゃ」
船が力強く動き出す。
船の動力は、乗船員のオールによる手漕ぎだ。ルートはまだ、蒸気機関を船に転用していなかった。造ろうと思えば、すぐにでもパドル船やスクリュー船も造れるのだが、それは直接軍事目的に悪用される恐れが多分にあった。
将来、世界の国々が一堂に会し、問題や取り決め事を話し合う国際連合のような組織ができたら、改めて船や鉄道への転用をやってみようと考えているルートだった。
「お、おい、なんか海の方がやけに暗くないか?」
「ん?そりゃあ暗いだろうさ、夜だからな」
「いや、そうじゃねえって、ほら、見てみろよ」
小さな灯台の下で、たき火をしながら見張りをしていた2人の帝国兵は、暗い沖合に目を凝らしてじっと見つめた。そしてようやく、海を埋め尽くす大船団の黒い波が、もう目の前に迫っていることに気づいたのである。
「う、うわあああっ、て、て、敵襲だああ」
2人は腰を抜かしながらも、なんとか這いつくばりながら、港の奥にある守備隊本部まで帰りつき、眠っていた兵たちに敵船の襲来を知らせた。
しかし、もうすでに時は遅かった。
ボートに乗り換えた王国軍の兵士たちが、次々に上陸を始めていたのである。
一番早く堤防の端に接岸したルートとベルナール、5人の斥候兵たちは、通路を確保するべく、一番広い通りに飛び込んでいった。
「前方より、敵の一団!数およそ50」
先頭の斥候兵が叫んだ。
鎧を着た兵士たちの足音が、ルートたちの耳にも届いてきた。
「僕が最初に一撃しますよ」
ルートはそう言うと、建物の陰から飛び出して、前方にバトルスタッフを向け、片手は空に向かって突き上げた。
無詠唱で大きな火の玉が空に向かって打ち上がった。
「っ!な、何だ?攻撃魔法か?」
明々と照らされた路地に、驚いて立ち止まり空を見上げる帝国兵たちの姿が浮かび上がった。
しかし、それは味方への合図とともに、戦いの始まりを告げるのろしでもあった。
ルートのスタッフから、今度は鋭い氷の矢が一度に10本放たれ、目にもとまらぬ速さで前方の敵兵たちに襲いかかっていった。
「ぐわああっ」「ぎゃあっ」「ひいいいっ」
固い鎧をも貫く氷の矢に、数人の敵兵たちがバタバタと倒れていく。
「よし、今だ、突撃ィィっ!」
ベルナールの号令一下、集まり始めていた兵士たちは一斉に、うおーっという雄叫びを上げながら、ひるんだ敵の一団に向かって走り出した。
戦いはあっという間に決着がついた。
ベルナールの凄まじい強さに、戦いの経験のない帝国兵たちはすぐに武器を手放して降伏したのである。ただ、数人の敵兵たちが逃げだしたので、斥候兵がすぐに追いかけていった。
「全軍が集結できる場所を探してまいれ」
「はっ」
「この捕虜たちを尋問し、本部の場所と他に伏せ兵がいないか聞き出せ」
「承知しました」
ガルニア侯爵がきびきびと副官の役割を果たし、兵たちに指示を出していた。
ルートとベルナールは、波止場に立って、続々と接岸してくる軍船と、上陸する兵士たちや馬の群れを眺めていた。
「ここにはどのくらいの数の兵士を置いておくべきかな?」
「そうですね……200でどうでしょうか?港には50隻弱の船しか停泊できません。後の大半の船は少し離れた沖に停泊します。敵がもし攻めてきたとしても、大半の船が安全なら帰りの心配はありません」
「うむ、そうだな。よし、そうしよう。おお、来たな」
ベルナールは頷いた後、陸揚げされた〝あるもの〟を見て、子供のように目を輝かせた。
それは、船のタラップをゆっくり下りてくる2台の「蒸気自動馬車」だった。
ルートが作らせた特別製で、車体は乗合馬車に使っている物と同じものだったが、座席はすべて取り外し、荷物用の広いスペースを確保し、外側をチタン合金の板で補強してあった。
北部戦線異状アリ 1
ルートは、同じ「補強運搬型の蒸気自動馬車」を民兵団にも2台持たせていた。民兵団のものは、主に動けないケガ人や病人を運ぶ目的であった。
「いやあ、実に素晴らしい……ブロワー教授、この蒸気自動馬車は最高ですよ」
そんなことを言いながら、運転席から降りてきたのは、宮廷魔導士団長ハンス・オラニエだった。
「まったくです、同意しますよ、オラニエ男爵」
ベルナールもさっそく自動馬車の周囲を回って眺めながらそう言った。
王国正規軍の2台の蒸気自動馬車は、宮廷魔導士団専用だ。戦場で、彼らはこれに乗り込み、縦横に移動しながら《魅了》に掛かった兵士たちを解呪しつつ、遠距離、中距離魔法を敵軍に浴びせる、いわば「武装装甲車」の役割を果たすのである。
翌朝、王国正規軍は港の守備に200人を残し、北部に侵攻した帝国軍を殲滅するため、ペイグーを出発した。
「閣下、中央軍司令部よりまた伝令が来ております」
「またか……通せ」
帝国北方軍司令官は、サルエル・アスターという老齢の将軍だった。ただ、彼はこれまで帝国の領土拡大に多大な貢献をした歴戦の雄として、軍部はもちろん、国民からも尊敬されている人物だった。
アランは、当初彼も《魅了》で操り人形にしようと考えていたが、実戦経験のない者がほとんどの軍を動かせる人物が何人かは必要だった。アランの命令だけに従う人形だけでは、戦争は出来ないのだ。
だから、アスター将軍を含めて、指揮官クラスの10人には《魅了》を掛けず、軍の指揮を執らせていた。
ただし、反逆できないように彼らの家族を人質にしていたのである。
「アラン・ドラト最高司令官閣下からの伝言を伝える……」
うんざりした表情の老将軍は、それでもしかたなく胸に手を当てて頭を下げた。
「閣下に置かれては、北方軍はすみやかに軍を進め、ユーリンを後方から攻撃せよ、とのご命令である。全力を以て命令を遂行されたし。以上である」
「確かに承ったと閣下に伝えよ」
伝令は軽く敬礼すると、本部のテントから出ていった。
「……ふん、何がすみやかにだ。こっちも全力で戦っているんだ、素人め」
「か、閣下、そのようなことを大声で……」
「かまわん。どうせ老い先短い命だ、殺したければ殺すがいい。もううんざりだ。
ザーレス、そなたは1000人の兵を率いてユーリンへ向かえ」
「はっ、し、しかし閣下、こちらはよろしいのですか?残りの兵は5000になりますが」
「よい。トゥ―ラン側も、これ以上の増援は出来まい。もう少し相手の戦力を削ったら、総攻撃を掛けて、イジャンの街を落とす」
「分かりました。では、行ってまいります」
北方軍副司令官のヤヒム・ザーレスは、急ぎ部隊を選抜して中央軍の支援に向かった。だが、その部隊がユーリンに到着することはなかった。
彼らが、険しい山道や森をいとわず、最短コースを取っていたなら、遅くはなっても無事にユーリンに着いたかもしれない。だが、安全な迂回路を選んだばかりに、イジャン後方から進んできたグランデル王国正規軍と正面からぶつかってしまったのだった。
「な、何ぃ……どうしてグランデルの軍がここに……」
ザーレスは幻を見ているかのように、呆然と平原を埋め尽くす軍団の旗印を見つめていた。
本来なら、急いで退却して本隊に合流すべきだったが、彼も死に場所を求めていた1人だった。
「わしは今から、グランデル王国軍に一矢を報いる戦いに行く。わしとともに帝国軍の誇りを見せたいと思う者だけ残れ。他の者は急ぎ本隊の戻り、アスター将軍閣下にこう伝えよ。
『北北東より、グランデル王国軍約1万進軍中。ヤヒム・ザーレスは、これより王国軍に損害を与えるべく、最後の戦いに参る』」
ザーレスの下に残ったのは、わずか200人足らずの兵たちだった。
「報告っ。前方より、敵騎馬隊約200、こちらに向かってきております」
斥候部隊から伝令の兵士がそう伝えてきた。
「ご苦労。オランド司令官、いかがなされますか?」
ガルニア侯爵の問いに、ベルナールはちょっと考えてからこう言った。
「わずか200とは、もしかすると和議の使者かもしれませんね。私とブロワー君、それと100人の兵で、あの丘の上で迎えることにしましょう。兵たちは丘のふもとで待機させておいてください」
「承知しました」
ルートとベルナールは、100人の騎兵を伴って丘の上に上っていった。
起伏の多い平原の向こうから、帝国の旗印を掲げた騎馬隊が近づいてきていた。
「止まれ~~っ。我々はグランデル王国軍だ。帝国の騎兵隊が何用で参ったのか?」
「ふん、何の用だと?戦うために決まっておるわ」
「そうか。だが、この後ろには1万の王国軍が控えている。その数で戦えば、ただ無駄死にするだけだぞ」
「笑止っ、帝国軍の誇りと意地に賭けて、貴様たちに一泡吹かせられれば悔いはない。我らを侮るなっ!」
ベルナールは、もはや説得は無駄だと判断して、臨戦態勢に入った。
「今、武器を捨てて降伏すれば、捕虜として丁重な待遇をお約束しますよ。そして、この戦いが終わったら、帝国に引き渡します。無駄な血を流すのはやめませんか?」
ルートが最後の説得を試みてそう言ったが、ザーレスの覚悟を覆すことはできなかった。
「ふん、我々を殺しに来た者たちが、何故情けを掛けるのか?是非も無し、いざ、参る!」
ザーレスはそう言い放つと、剣を抜いて高く掲げた。
「総員、突撃~~っ!」
彼の号令一下、200人の騎馬兵が、うおおっと叫び声を上げて動き出した。
ところが次の瞬間、彼らの行く手に突然、土の壁が地面から出てきて立ちはだかったのである。
馬のいななきと落馬する兵たちの悲鳴が錯そうした。慌てて方向を変えようとした者たちもいたが、そちらにも土の壁が立ちはだかった。
結局、ザーレスと騎馬兵たちは、土の壁に周囲を取り囲まれてしまったのであった。
もちろん、ルートの無詠唱魔法である。
ルートはベルナールとともに、土のドームの所へ下りて行って、壁の1か所に人が入れるくらいの穴を開け、中に入っていった。
「これは、何の真似だ?王国軍は正々堂々と戦うことも知らぬ野蛮人どもか?」
「何をそう死に急いでいる?それでも一軍の指揮官か?それとも、部下を無駄死にさせても平気な、ただの愚か者か?」
「な、何ぃ……」
「あなたたちは、アラン・ドラトにやむなく従っている、そうではないのですか?」
ズバリと指摘されて、ザーレスは動揺したが、今はそれを言っても仕方のないことだ。だが、もし、本当に敵が情けを掛けてくれるなら、部下たちの命は助けてやりたかった。
ザーレスは馬から降りると、剣を引き抜いて前に進み出た。
「わしは、帝国北方軍副司令官ヤヒム・ザーレス。1対1の勝負を申し込む。わしが勝てば、その方達いずれかの首1つを手土産に、本隊へ引き返すことを約束しよう。わしが負けたら、わしの首を差し出そう。ただ、部下たちは捕虜にして命を助けてほしい」
「ザ、ザーレス様、我らもご一緒に戦います」
「黙れっ!これは隊長命令だ、よいな?これからは生きて故郷に帰ることを第1の目的とせよ」
「その申し出、承った。王国軍総司令官ベルナール・オランド、お相手いたす」
「総司令官……それは相手にとって不足なし。いざ、参る」
区切られた空間の中で、2人の指揮官の決闘が始まった。
しかし、その技量差は圧倒的だった。ベルナールは、向かって来たザーレスの剣を、レイピアで軽くいなしながら、1か所にとどまったまま、ただ体の向きを少し変えるだけだった。
帝国内では、その剣の実力を高く評価されていたザーレスだったが、相手と大人と子供という以上の差があることをすぐに悟った。だが、決闘である以上、おめおめと負けを認めることはできなかった。
「ハァ……ハァ……でやあああっ!」
肩で大きく息をしながらも、ザーレスは死を覚悟して一気にベルナールの間合いに踏み込んでいった。
対して、ベルナールは構えもしないまま、力むことなく目にもとまらぬ速さでレイピアを一閃した。
ボトッ、という鈍い音に続いて、ガシャッと金属音が響いた。
「うぐっ!ううう……」
血が噴き出す右手を押さえて、ザーレスは地面にうずくまった。彼の右手の手首から上とロングソードが、血に汚れた地面に落ちていた。
北部戦線異状アリ 2
「……そうか……ヤヒムは逝ったか……やはり、グランデル王国は死んではいなかったな」
本隊に帰って来た兵士の報告を聞いて、サルエル・アスターは深いため息を吐いた。
先日、グランデル王国から帰って来たアラン・ドラトの勝ち誇った報告を聞いたとき、彼は心の中で異を唱えていた。
(かの王国がそんなに簡単に死に体になるはずがない。例え王や重臣たちが《魅了》に掛かったとしても、国を動かす逸材はいくらでもいるだろう。なにより、かの国にはあのハイエルフの大魔導士ルルーシュ・リーフベルがいるのだ……)
サルエルは30年近く前のことを思い出していた。
当時、ラニト帝国は西大陸の中央部をほぼ制圧し、大陸最大の大国になっていたが、まだ周辺部には抵抗を続けるいくつかの部族国家が存在し、たびたび武力衝突を起こして、軍は休む間もなく出兵を繰り返していた。
サリエルは、その頃30代半ばだったが、すでに度重なる武勲を上げて将軍の地位に上り詰め、ほとんど戦地には行かず、王の側近として政務や外交に携わることが多くなっていた。
そんなある日、王から思いがけない依頼を受けた。
それは、15歳になる皇太子ミゲールの留学に、付き人としてグランデル王国へ行ってくれないか、というものだった。当然、皇太子の護衛が一番の仕事だが、世界で一番豊かで発展していると噂の王国を、つぶさに見て何か帝国のためになる情報を持ち帰ってほしいという、王の願いもあった。
忠誠心の塊のようなサリエルに、当然王命を断ることはできなかった。ただ、彼には危惧することが1つあった。それは、もともと粗暴な性質の上に、甘やかされて育った皇太子ミゲールのことだった。
人生のほとんどを戦場で生きてきたサリエルにとって、外国のしかも学園という世界は
まったく新鮮な別世界だった。彼は護衛や外交行事の合間を縫って、積極的に王都の街を見て回ったり、学園内の授業や行事に参加したりして、見聞を広めていった。
ただ、当初危惧していた通り、ミゲールはたびたび他の生徒とトラブルを起こし、そのたびにサリエルは、リーフベル所長に呼ばれてお説教を喰らうことになった。
見かけは10歳前後の少女で、最初はサリエルも侮っていたところがあったが、何度も話をするうちに、その底知れない博識と人間としての度量の大きさに圧倒され、いつしか崇拝の対象にまでなっていたのだった。
結局、ミゲールは1年も持たず、停学処分を受けたのを機に帝国へ帰国し、サリエルもともに帰国せざるを得なかったが、彼の心の中には、優秀な人材を育て続ける王国の教育環境とそれを指導する偉大な魔導士への限りない憧憬が消えることはなかった。
「……さて、サリエル・アスター、最後のご奉公に行くとするか」
老将軍はそうつぶやくと、晴れやかな顔で立ち上がった。
できれば、王国とは戦いたくなかった。しかし、彼は帝国に忠誠を誓った将軍であった。私情は捨てて、帝国のために命を捧げることが、彼の生きる意味だった。
「全軍に集合命令を!」
老将軍の最後の戦い、〝イジャン総攻撃〟が始まろうとしていた。
その頃、すでにイジャンの街に入城していた王国軍は、壊れた城壁の修復や負傷者の救護にあたっていた。
ルートたちはイジャンの領主や守備隊長テイ・イガンらと、今後の作戦を協議していた。
「……そうか。2度の総攻撃に良く持ちこたえたな、称賛に値する」
「はっ、ありがたきお褒めの言葉、痛み入ります。恐らく、敵も食料や物資の補給に難があるものと思われます。偵察の者の報告では、この10日間で、補給部隊は1回しか到着しておりません」
「なるほど……兵たちが疲弊していて、何度も総攻撃を行える状態ではないと」
「はい、恐らく」
「ふむ、そうなると、この機にあたっては、籠城よりもこちらから打って出た方が良いかもしれませんね」
ベルナールの言葉に、全員が頷いた。
「よし、では出陣の準備だ。まず、斥候を放って敵の様子を探らせよう」
ガルニア侯爵の言葉に、全員が行動を始めようとしたその時、会議室に伝令の兵士が飛び込んできた。
「報告します。帝国軍が動き出しました。その数およそ5000。現在、街の西方500メートル地点を行軍中」
「先手を打って来たか。オランド、どうする?」
ガルニア候の問いに、ベルナールは少し考えてから、にっこり微笑んで全員を見回した。
「騎兵隊300、重騎士隊300を城門前に待機。指揮は私が執ります。ブロワー先生と魔導士団には城壁の上に待機してもらいます。
敵を100メートルまで引き寄せた後、まず、ブロワー先生たちに特大の魔法を放ってもらい、前衛、中衛の敵を粉砕。混乱したところに私が騎兵を率いて突撃、一気に敵の指揮官の首を取ります。残党兵は重騎士隊と、後発の部隊で掃除してもらいます」
普通なら無謀とそしられるような作戦で、現にテイ・イガンは、呆れて反対を口にしようとしたが、すでに王国側は動き出していた。
「ブロワー先生、上に行く前に、僕たちに例の魔法を頼む」
「っ!ああ、そうでした。分かりました、行きましょう」
「よし、ではいくぞ。ブロワー、ハンス、頼んだぞ」
「はい」
「お任せあれ」
平原を埋め尽くす帝国軍が、見事な陣形を組んで整然とイジャンの城壁に近づいていた。
「全軍に停止の合図を」
城壁まで200メートルの距離に近づいたとき、サリエルは行軍に停止の命令を発した。
城壁の前に、王国の旗を掲げた軍団が整列していたからだ。
「将軍、報告では王国軍は1万ということでしたが、あそこにいるのはせいぜい5、600。いったい、敵は何を考えているのでしょうか?」
部下の問いに、サリエルはしばらく思案してからこう言った。
「よく分からんが、あの部隊は恐らく〝おとり〟であろう。我々をかき乱して、中央に兵を集中させてから、側面に潜ませた本隊で奇襲を掛ける……」
「し、しかし、周囲にはそんな人数を隠せるような場所は見当たりませんが……」
「……ふむ……であれば、引き付けてから、城門を開き、一気に本隊を繰り出してくるか……いずれにしろ、おとりにかく乱されず、正面から城門を破壊して街に入る、それだけだ」
「はっ。では、あのおとり部隊を中央付近まで引き込んで、周囲を取り囲み、一気に殲滅いたします」
「うむ、それでよい。では、進軍開始っ!」
これまで正攻法の戦い方でどんな相手にも勝利を収めてきたサリエルからすれば、ベルナールの作戦は、まったく考えられない愚挙に他ならなかった。
まさか、〝おとり〟だと思っていた部隊が本隊で、自分の命を狙いに来るなどとは知る由も無かったのである。
北部戦線異状アリ 3
「もうすぐ敵は予定位置に入りますね」
宮廷魔導士団長ハンス・オラニエは、壁石の陰から前方を見ながら、楽しくてしようがないといった表情で、ルートにささやいた。
「ブロワー先生、どんな魔法を使うおつもりですか?」
「ええ……炎系だと、オランド先生たちが突撃したときに、余熱で馬が傷つくかもしれません。土系だと、やはり進行の邪魔になるでしょう。となると、水か風ですが、今回は風でいきます」
ルートはそう言うと、立ち上がった。
ハンスと宮廷魔導士団30名も立ち上がる。
ルートは、目をつぶって両手を前に突き出し、手のひらを帝国軍に向けた。ルートの全身を薄緑色の光が包はじめ、特に両手の周囲は強い輝きを放ち始めた。
ハンスと団員たちは驚きに口を開き、子供のように目を輝かせてそれを見ていた。
「グラン・トルネード・ボムっ!」
ルートの叫びとともに、帝国軍の頭上に巨大な大気の歪みが現れ、そこから暗く渦巻く巨大な竜巻のようなものが落ちてきたのである。
「な、何だ、あれは」
「お、おい、下りてくるぞ」
「うわああっ、に、逃げろおおおっ」
それは、まさに巨大な〝風の爆弾〟だった。
渦巻く風は、一気に数千の兵士たちを空中に巻き上げ、周囲の兵士たちを吹き飛ばした。その衝撃は敵ばかりか、味方にも及んだ。
城門の前に待機していたベルナールたちは、全員風に吹き飛ばされて倒れ、何人かが城壁に激突してけがをした。
城壁の上の魔導士たちも、慌てて地面に這いつくばり、石にしがみついて何とか落下を防ぐのがやっとだった。
「おいおい、ブロワー先生、やりすぎだってえの……くくく、あははは……だが、おかげで行く手は無人の荒野だ。よし、お前たち、無事な奴は俺に続けっ!一気に敵の大将を討ち取るぞ」
うおおおっ!
ベルナールを先頭に、騎兵隊が突撃を開始した。やっと立ち上がった帝国兵たちが、何とか行く手を阻もうとするが、蹴散らされてしまう。そして後ろからやって来た重騎士隊に次々と倒されていった。
「隊列を組めえっ、盾を並べろ、槍兵、構ええっ!」
吹き散らされ、腰を抜かし、混乱の極に達していた後方の帝国部隊は、向かってくる騎兵隊を前にようやく隊列を何とか整えようとしていた。
ところが、今度は空から、巻き上げられていた味方の兵たちがバラバラと雨のように降って来たのである。それは、広い平原を埋め尽くすかのように、しばらく続いた。
この悪夢のような異様な光景に、帝国兵たちの動揺は極まり、指揮官たちも抑えられる状態ではなかった。
ベルナールは、上から落ちてくる兵士たちに注意しながら、ゆっくりと後方部隊の前に進んでいった。そして、盾と槍兵が並んだ前で止まると、手を上げて左右に振った。すると、ベルナールだけを正面に残し、騎兵隊は左右2つに分かれて、帝国軍を側面から攻撃する位置に待機した、
また、後ろから追いついてきた重騎兵たちは、ベルナールを守るように、前に出て盾と槍を構えた。
さらに、城門からは、王国軍とイジャン軍が続々と出てきていた。
「弓兵、集まれっ!正面と左右の騎馬兵に矢の雨を降らせてやれっ!」
サリエルはまだ心を折られてはいなかった。
半数以上の兵士を一瞬にして葬り去られた異常な魔法には、さすがの歴戦の雄である彼も度肝を抜かれたが、それでもまだ半分の兵士は残っている。
王国軍に一泡吹かせて、帝国の誇りを胸に華々しく散ってゆく。サリエルの頭には、その光景が鮮やかに思い描かれていた。
だが、そんな彼の最後の夢も、無残に打ち砕かれる時が訪れた。
半円状に整列した弓兵たちが、一斉に矢を放つ。交互に立ち上がりながら、矢の雨を降らせ続けた。しかし……。
「いざ、参るっ!」
ベルナールはあえて馬から下りると、レイピアを手に真っすぐにサリエルに向かって歩き出した。300人の重騎士たちは一斉に彼の周囲を二重に取り囲んで一緒に移動を始める。雨のように降り注ぐ矢は、誰にも刺さることはなかった。
ルートお得意の《防御結界》を全員が身にまとっていたのである。
「な、ど、どういうことだ?」
「馬にも矢が刺さらない、なぜだ?」
帝国軍の兵士たちは恐慌に陥りながらも、迫ってくるベルナールを阻止するために、周囲から一斉に襲い掛かる。それを重騎士たちが食い止め、左右の騎兵たちが背後から襲い掛かり、周囲を囲んだ帝国兵たちを蹴散らしていく。
正面から来る敵は、ベルナールが一刀のもとに切り伏せていく。
「しょ、将軍、彼らは化け物です。今はどうかお逃げください。ここは我らが食い止めます」
「いや、もはやわし1人が逃げたところで、帝国の行く末がどうなるものでもない。帝国は道を誤ったのだ」
サリエルの目に、正面から日差しを受けながら近づいてくる、金髪の端正な顔立ちの若い騎士の姿が映っていた。飛んで来る矢を切り落とし、周囲から突き出される槍や剣を打ち払い、淀みない足取りで近づいてくるその姿は、天上の神の使徒のごとく神々しく眩しかった。
「帝国の将軍とお見受けいたす。私は王国軍総司令官クライス・オランド。そのお命、もらい受ける」
「ほざけえっ」
周囲を取り囲んだ帝国兵の1人が、そう叫んで槍を投げた。その穂先は真っすぐにベルナールの首に向かって飛んでいった。
ベルナールはわずかに後ろに体をずらすと、剣を持たない左手でその槍をガシッと掴んだ。
「やめいっ、バカ者!無駄に命を捨てるな。手出し無用だ、よいな」
サリエルは周囲の兵たちにそう叫ぶと、剣を引き抜いて前に歩いていった。
「わしは、サリエル・アスター。この北方軍を預かっておる老いぼれじゃ。
のう、王国の若き英雄よ、死出の土産に聞かせてくれぬか?」
「はい、私に答えられることであれば」
「うむ、感謝する。では、聞くが、あの風の魔法はやはり宮廷魔導士団のなせる技か?」
「いいえ、あれは、王都の王立学校の天才教師、ルート・ブロワーの魔法です」
「なんと……王立学校の教師とな……では、ルルーシュ・リーフベルの愛弟子というわけか、……なるほど、そうだったのか」
「リーフベル所長をご存じなので?」
「ああ、昔な、王立学校にしばらくお世話になったことがある。懐かしい思い出じゃ」
「そうですか……実は、私も王立学校の教師をしております。あなたのことは、必ずリーフベル所長にお伝えしましょう」
それを聞いた老将軍の顔に、驚きと同時に限りない憧憬の微笑みが浮かんだ。
「ああ、やはり王国は偉大だ……そなたやブロワーという天才魔導士が次の世代の若者を育てていく、なんともうらやましい限りじゃ。
のう、若き英雄よ、1つ願いを聞いてくれぬか?」
「うかがいましょう」
すでにサリエル・アスターの表情は晴れやかで、戦いを超越した喜びに満ちていた。
「この戦は、ほどなく帝国の敗北で終わるであろう。後の始末は、トゥ―ラン国と王国で存分に話し合って決めるがよかろう。
ただ、死にゆく老いぼれのせめてものお願いじゃ。どうか、帝国にも若者を教育する学校を作ってはもらえまいか。帝国には残念ながら学校がない。知識は王族と一部の金持ちが独占しておるのじゃ。王国のように、志を持った若者が誰でも学べる学校を作ってもらいたいのじゃ」
今度は、ベルナールが驚くと同時に、やや複雑な表情で目を伏せたが、やがて決意を秘めた表情でサリエルを見つめた。
「恥ずかしながら、現在の王国の学校は誰でも入学できるという建前とは裏腹に、やはり貴族と一部の金持ちの商人の子女しか入学しておりません。
これは絶対に改革しなければならない問題だと考えております。だが、帝国の場合は、1から作ることができる。国が運営し、すべての子供たちが学べる学校を作ることも可能だと考えます……」
ベルナールはそこで間をおいてから、姿勢を正し、言葉を続けた。
「……ですが、それはやはり、帝国の人間の手で作られるべきです。
アスター殿、どうか降伏を。そして、生きて帝国に帰り、あなたの手で理想とする学校を作ってくださいませんか」
サリエルの顔に深い苦悩の色が浮かんだ。
「……わしは、帝国の、そしてトゥ―ラン国の多くの兵士たちの命を奪った。その罪は許されるものではない」
「それは、命令に従った結果でしょう。裁かれるべきは、あなたに命令した者です。そして、罪を償うというならば、生きて国に帰り、国の未来のために残りの命を捧げるべきではありませんか?」
老将軍は深いため息を吐いてから、傍らに控えた側近の兵士に向かって言った。
「マハールよ、わしはどうすればいいと思う?」
「はっ……われわれは将軍のご命令に従うだけです。どうか、お心のままに」
「そうか……」
サリエルは決意を固めた表情で顔を上げ、周囲を見回した。
敵も味方も、今はただ、老将軍を見つめ、その決断をじっと待っていた。
サリエルはスーッと息を吸い込むと、平原に響き渡る太い声でこう叫んだ。
「帝国の勇士たちよ、よく聞け。我々はこれより、王国の軍門に下り降伏する。速やかに武器を捨てよ。降伏は恥ではない。無駄に命を捨てることこそ恥と知るべきである。
諸君らは必ず生きて故郷に帰り、国の未来のために尽くしてくれ。以上だ」
帝国の兵士たちも、王国の兵士たちもその言葉にどよめいた。多くは安どの声だったが、もちろん降伏に不満を持つ者も少なからずいた。
だが、この後、彼らは戦争が終わるまでイジャンの街に拘留されたが、およそ捕虜とは思えないほどの厚遇を受け、次第にその不満も消えていったのだった。
ともあれ、こうして王国軍は当初の予定通り、帝国の北方軍を殲滅し、いよいよ帝国中央軍との戦いに向かうことになったのである。
ルート、西へ 1
「閣下、良くご無事で……」
「おお、ヤヒム、そなた生きておったか、良かった……良かった」
イジャンの街で、捕虜たちの収容施設の1つとなった領兵駐屯地の訓練場で、帝国の将軍と右手の先を失った副官は再会を果たした。
「何と礼を言えばよいか……王国の情け深い処遇に感謝する」
「いや、礼にはおよばぬよ、将軍。われわれが望むのは一刻も早くこの戦争を終わらせることだ。兵を殺すことが目的ではない。それはそなたも同じではないか?」
「まことにその通りです」
「うむ、そこで、折り入って頼みがあるのだが、帝国の内情と軍について、少し教えてもらえまいか?」
サリエルはうつむいてじっと考えていたが、やがて顔を上げた。そこにはすべてを捨ててでも故国の再生を願う老将の覚悟が表れていた。
「わかりました。お話ししましょう」
「か、閣下、よろしいのですか?これは、国への反逆になりますぞ」
「良いのだ。これで戦が早く終わるなら、わしはいくらでも反逆者の汚名を着ようぞ」
「そうですか。やはり、戦争が続いて民衆はかなり疲弊しているのですね。だから、補給物資もなかなかそろわないということですか。
それと、中央軍には魔導士部隊があり、攻撃魔法と防御魔法が使えると……」
ガルニア侯爵の報告に、ルートは頷きながら考え込んだ。
「うむ、うちと同じ50人ほどの精鋭部隊だそうじゃ。だが、ユーリンの街にも魔導士部隊が送り込まれて、敵の市街地への攻撃魔法を防御魔法で防いでいるらしい。それで、アラン・ドラトもかなり焦っているという話じゃ」
「なるほど、分かりました。そうなると、今回のように魔法で一気に粉砕とはいかないようですね。やはり、補給線を叩いて、戦意を削るのが早道でしょう。
僕は当初の予定通り、これから帝国領に潜入し、補給ルートや周辺の地図作成、情報の収集をしながら民兵団に合流します」
「うむ、頼むぞ。こちらはユーリンに急ぎ合流し、《魅了》の被害を防ぎつつ、相手が戦意を失うまで粘り強く戦うことにする」
今後の作戦の大筋は決まった。後はこの作戦に従い、事態の変化には臨機応変に対処するだけだ。
「ブロワー先生、大変な役目を背負わせてすまない。何かできることがあれば、何でも言ってくれ」
明朝の出発の準備をしていたルートの部屋へ、ベルナールがワインの瓶を片手に現れてそう言った。
「いいえ、こういう仕事は僕に向いているのだと思います。だから、苦にはなりませんよ」
「うん、君が誰よりもうまく任務を果たすだろうってことは分かっている。それでもあえて言うよ、くれぐれも注意してくれたまえ。君は王国にとって、失うわけにいかない人間なんだから(僕にとっても)」
「あはは……ありがとうございます。でも、それは、お互い様ですよ。先生も十分気を付けてください。今日のような無茶な真似は絶対しないでください。
いいですか、もう一度言っておきますが、《防御結界》はあくまでも物理的な衝撃しか防げませんからね。魔法の攻撃は防げないんです。今日、もし相手方に魔法使いがいたら、先生は死んでいたかもしれないんですよ」
「ああ、分かった、分かったから……あはは……では、お互いに気を付けるということで、乾杯しよう」
ルートは苦笑しながら、収納バッグからグラスを2個取り出した。
ベルナールがそれにワインを注いで、片方をルートに渡す。
「では、お互いの武運と、無事にユーリンで再会できることを祈って」
「先生に早くいい人が見つかることを祈って」
「おいおい、待ちたまえ、それは今は関係ないだろう?」
「いや、大ありですよ。なぜなら、僕にはリーナがいます。だから、何としても自分の命を大事にしようと思っています。先生にもいい人がいたら、今日のようなあんな無茶はしないでしょう?」
ベルナールは一瞬目を見開いて、ルートの真剣な眼差しを見つめていたが、やがて1本取られたというように苦笑しながら頭に手をやった。
「あはは……参った。うん、気を付けるよ。だが、君はまだ僕を見くびっているね。いや、僕の強さのことじゃなく、僕がいかに女性にモテるかということだ。とてもじゃないが、1人だけを選べるような状況にないんでね、すまないが」
「ああ、はいはい、それはおみそれいたしましたね」
「あ、信じてないな。よかろう、今から僕が今までに愛の告白を受けた女性の名を挙げていこうじゃないか。まずは、リズリーだ、彼女は……」
以後、ルートは延々とベルナールの恋バナを聞かされる羽目になった。しかし、こうしてワインを酌み交わしながら、他愛もない話を語り合った戦場での一夜は、2人にとって、いつまでも心に残る良き思い出になったのであった。
翌日の早朝、ルートは主だった人々や兵士たちに見送られながら、イジャンの城門を出て、いったん北へ向かって出発した。
「本当に1人で大丈夫なのですか?」
小さくなっていく後姿を見つめながら、魔導士団長のハンスが心配げにつぶやいた。
「ああ、心配は無用じゃ。奴が人や魔物に負ける姿など、およそ想像がつかぬし、何かに困った姿も想像できぬ」
ガルニア候の言葉を受けて頷きながら、ベルナールが口を開いた。
「そうですね。まあ、唯一想像できるとすれば、彼が若い女性に惚れられて、それを知ったリーナさんの前で、土下座して必死に言い訳している姿でしょうか」
ベルナールが真面目な顔で冗談を言うと、そのルートの姿を想像したガルニア候とハンスは思わず吹き出してしまった。
「ふぇ、っくしょん……なんだ、風邪でもひいたかな……にしても、遠いなぁ。こんな時、リーナみたいに《加速》のスキルがあったらなあ……」
草もまばらな、起伏の多い平原を北西に向かいながら、ルートは独り言をつぶやいていた。
「そう言えば、《加速》の発現条件って何だろう?ううむ……」
ルートは加速のスキルを持っている人物を思い浮かべ、その共通点を考えた。
「体術かな?あり得るな……よし、試してみるか。まず、体術を取得して、レベルを上げて、走り回ればいいのかな?」
ルートは旅の楽しみを見つけて、うきうきしながら足取りも軽くなった。彼方に見える国境の山並みまで、なるべく魔物や山賊が出そうな場所を通っていくことにした。
ルート、西へ 2
「おっと、あぶない……ふふふ……さあ、来い、まとめて相手してやる」
夜の暗闇の中に、ランドウルフの唸り声が不気味に響いていた。すでに、3匹の仲間を倒され、残り3匹となったランドウルフたちは、警戒してなかなか動き出さない。
ルートは全身に《防御結界》を掛け、《VOMP》を使ってウルフたちの姿を捉えていた。
《防御結界》を掛けているので、ウルフたちの攻撃はまったく通じなかったが、それではだめなのだ。《体術》のスキルを得るためには、できるだけ相手の攻撃をかわし、こちらの打撃や蹴りを相手に撃ち込む必要があるのだ。
この日、ルートは日が落ちるまでに、およそ60キロメートルの道のりを歩き回り、ランドウルフや角ウサギ、ダークランドポニー(闇属性小型草原馬の魔物)などを相手に、バトルスタッフの打撃だけで20匹あまり倒していた。
国境の山のふもとでキャンプの用意を始めたとき、食べ物の匂いに引き寄せられたのか、ランドウルフの群れが現れ、戦いになったのであった。
「そっちから来ないなら、こっちから行くぞ」
ルートはバトルスタッフを構えて3匹の中央に突進していった。
ガウッ!ウガウゥ……ギャンッ!
ガアアァゥッ、キャウ~~ン……
左右から襲い掛かって来たウルフたちを、スタッフで殴り倒し、残った1匹に突進しようとしたとき、そいつはかなわないと見て、さっと身をひるがえして走り去っていった。
ルートはウルフの死体をマジックバッグに収納すると、今夜のねぐらと決めた崖下の洞穴に入っていった。
雨水の浸食で自然にできた穴らしく、中はやっと体を横たえられるくらいの狭いスペースで、天井には地上に向かって大きな穴が開いていた。
「雨が降らなくて幸いだったな。さて、夕食にするか」
木がなかったので、バッグからクズ魔石を数個取り出し、魔力で火をおこした。食料は軍から支給された携帯用のパンや干し肉などが10日分バッグに収納されていたが、ルートがバッグから取り出したのは、タイムズ商会で作られたハンバーガーと唐揚げだった。
バッグの中は時間が止まっているので、どれだけ時間が経っても作りたての新鮮さをそのまま味わうことができる。だから、ルートはこんなときのために、いろいろな食べ物をちょくちょくバッグに収納して貯め込んでいたのだ。
「どれどれ、体術は習得で来たかな?」
ハンバーガーにかぶりつきながら、彼は自分に《解析》を掛けてステータスを確認した。
《名前》 ルート・ブロワー
《種族》 人族
《性別》 ♂
《年齢》 14
《職業》 教師、商人、冒険者
《状態》 健康
《ステータス》
レベル : 113
生命力 : 625
力 : 286
魔力 : 1028
物理防御力: 297
魔法防御力: 508
知力 : 1264
敏捷性 : 202
器用さ : 558
《スキル》 真理探究 Rnk9 創造魔法 Rnk10
解析 Rnk5 火属性 Rnk5 水属性 Rnk5
統合 Rnk5 風属性 Rnk5 土属性 Rnk5
テイム Rnk5 光属性 Rnk5 闇属性 Rnk5
魔力視覚化 Rnk4 無属性Rnk5
状態異常解除 Rnk1
体術 Rnk1
※ ティトラ神の愛し子
※ マーバラ神の加護
「おお、やった!来ましたよ、体術。ふっふっふ……明日からレベル上げに励むとしましょう……走り回るのは、ちょっと面倒だけどね」
にやりとほくそ笑んでそうつぶやいてから、ルートはナイフで唐揚げを突き刺し、魔石の火であぶり始める。
翌日、朝から山道を登り始め、昼少し前にルートは国境の山の頂上に立った。
ルートは岩の上に腰を下ろして、初めて見るラニト帝国の風景にしばし見入った。
見渡す限りの大平野、点在する森、小麦や野菜の畑と小さな村々。はるか彼方の左右に2つ、城壁のある街が見える。
のどかな風景であり、見える範囲では国土の開発はあまり進んでいないように見えた。
ルートは肩掛けバッグから、愛用のメモ帳と鉛筆を取り出し、簡単な地図を描き始める。子供の頃使っていたクズ紙ではなく、製本された日記帳兼用のメモ帳だ。ルートの道具も少しずつグレードアップしているのだ。
「よし……では、行きますか」
地図を描き終えると、ルートは立ち上がって山道を元気に下り始めた。いよいよ帝国に足を踏み入れるのである。心地よい緊張感と高揚感がルートを包んでいた。
「パドラ、あんまり遠くまで行ったらだめよ。魔物が出るからね」
「はーい。アーキムが守ってくれるから心配しないで。行ってきます」
そこは、帝国の中で国境に一番近い街ナスル。
戦争が続き、農産物や肉は軍に徴収され続け、人々は限られた食料を高い金を払って奪い合うように買いあさっていた。当然、貧しい人々に残された食料はわずかで、何とか飢えをしのぐために、森に出かけて木の実やキノコを採ったり、中には危険な魔物を狩ろうとしたり、盗みを働く者も少なくはなかった。
幼馴染みの少年と少女は、その日も街の外の森に食料になるものを探しに出かけた。どちらの家の父親も商家の使用人で、高い食料を買うほど裕福ではなかったのだ。
「もう、この辺りの木の実は採り尽くされてる。キノコもないし……もっと奥に行かないと何も採れないよ」
「でも、奥には魔物がいるって、母さんが……」
「大丈夫だよ。そのときは逃げればいいさ。それに、パドラは俺が絶対守るから」
「アーキム……うん、分かった。じゃあ、行こう」
2人は淡い恋心に浮かれながら、まだ行ったことがない森の奥の方へ入っていった。
「あ、ほら、あそにキノコが……こっちにも、わあ、いっぱいあるよ、アーキム」
「ああ、それに、あれはパシュガの実だ。よし、俺が登って落とすから、パドラが拾ってくれ」
「うん、分かった」
2人はそれから夢中になって木の実やキノコを収穫した。そして、10分あまりが過ぎたときだった。
ウガアアアァゥゥッ……ゴアアァウウ
「あはは……こっちだ、こっち、のろま野郎っ!」
それは、恐ろしい魔物の唸り声と、人間の、それもまだ若い少年の声だった。
アーキムとパドラはかなり離れた森の奥から聞こえてくる声に、顔を見合わせて身を寄せ合った。
「な、何だろう、あれ」
「魔物、それも大物、キングベアかもしれない。でも、誰かが戦っている、笑いながら……」
「笑いながら?そんなこと、あり得ない」
「でも、ほら、聞こえるだろう?すごく楽しそうな声……」
「う、うん……み、見に行ってみる?」
「うん」
2人は足音を忍ばせながら、声のする方へそっと近づいて行った。
ガウワウッ……グオオオッ……ウガッ!
「おっと、残念、そりゃああっ」
ルートの体術はランクが1つ上がって、格段に動きが早くスムースになっていた。
まだ、ときどき攻撃を喰らうことはあったが、こちらの攻撃が決まる回数が多くなり、倒す時間も短くなっていた。
この森に入って、すでにボアを2頭倒し、今、初めての大物、キングベアと戦っていた。
「ほら、こっちだ、こっち」
木の陰から木の陰へ移動しながら、突進して鋭い爪を振り回すキングベアの攻撃をかわして、すでに10回以上バトルスタッフを突き刺し、叩きつけていたが、さすがに相手はタフだった。
キングベアの方も、何度も同じ方法で痛い目に遭っていたので、さすがに学習したらしい。木の陰に隠れたルートに突進するふりをして、ルートが飛び出すところへ襲い掛かってきたのだ。
「きゃああっ!危ないッ!」
茂みの陰から見ていたパドラが思わず叫んだ。
その声に驚いたルートは、一瞬集中力が切れて、キングベアが振り回した右手の一撃をまともに食らって吹き飛び、木に激突した。
キングベアはそれで片付いたと思ったのか、叫び声が聞こえた方へゆっくりと振り返った。
「や、やべえ、パドラ、逃げるぞ」
2人は茂みから立ち上がって、慌てて逃げ出した。
グオオオッ!
キングベアは、一声雄叫びを上げると、四つん這いになって2人を追いかける体制に入った。
「きゃああああっ」
「うわあああっ、た、たすけてえええっ」
2人はキングベアの威嚇の雄叫びに腰を抜かして地面に倒れ込み、必死に叫び、神に祈った。
ドスンッ!
彼らの目の前で、キングベアはまるで魂を抜かれたように、一瞬動きを止め、そしてそのまま地響きを立てて地面に倒れ込んだ。
「やあ、危なかったねえ、あはは……」
何が起きたのか訳が分からず呆然となった2人の前に、明るい笑い声を上げながら、ローブを着た1人の少年が現れた。
ルート、西へ 3
「な、なんで生きてるの?」
キングベアの本気の一撃を受けて木に激突したら、普通は即死か瀕死の重傷のはずだ。2人は、目の前の少年が幽霊に違いないと思い、ガタガタと震えながら泣きそうな顔になっていた。
「ああ、ええっと、ほら、僕は軽いからフワ~ッと飛んだだけって感じで……」
ルートは、《結界防御》を掛けてるから平気だ、などと言っても説明が面倒だと思い適当な言い訳を口にしたが、明らかに信じてもらえてはいないようだ。
「ま、まあ、細かいことは気にしないでよ、あはは……ところで、君たちは向こうにある街から来たの?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「街に兵隊さんとかいない?僕は遠くから来たんだけど、ほら、今戦争やってるでしょう?よそ者は怪しまれないかなって心配なんだ」
2人は顔を見合わせた。いかにも怪しい少年だが、同時に命の恩人でもある。
「街には軍の食料保管倉庫があるから、守備隊の兵士がいるよ。数は少ないけど」
「街に行きたいの?」
「う、うん、おなかすいたから、何か食べたいなあって、あはは……あ、そうだ、こいつを食べてもいいな、君たち、魔物の解体は出来る?」
ルートの問いに、2人はブルブルと首を振った。
「無理だよ、そんなでかいの。ホーンラビットやボアの解体は手伝ったことあるけど」
そういう答えが返ってくることも、ルートには織り込み済みだった。
「そうか……街には解体できる人はいるかな?」
「ああ、いるよ。肉屋もあるし、ギルドのハジーブさんなら、こんな魔物も解体できるよ」
「ギルド?冒険者ギルドかい?」
「うん。でも、今は冒険者も軍に連れて行かれて誰もいないんだ。ギルドにも受付のカミーラさんとギルマスのハジーブさんしかいない」
「そうか。じゃあ、そのハジーブさんにお願いしようかな。頼んでくれるかい?ええっと、君の名前は?」
「俺はアーキム、この子はパドラ」
「アーキムにパドラだね、よろしく。僕はルートっていうんだ。一応冒険者だよ」
「冒険者かぁ、どおりで強いはずだ。でも、年は俺と同じくらいに見えるけど、あのキングベアを倒すなんてすげえな」
「ねえ、どうやって倒したの?」
「ええっと、正確に言うと倒したんじゃなく、魔法で眠らせているんだ。ああ、大丈夫だよ、今からちゃんと殺してから持っていくから」
ルートの言葉にパドラがはっとしたように言った。
「眠りの魔法、聞いたことある。キノコが魔獣化したダークヘルマッシュルームは、胞子をまき散らして眠らせるんだって」
「それって魔法じゃないじゃん」
余計な突っ込みを入れたアーキムは、パドラに睨まれ、慌ててごまかすようにこう言った。
「あ、ああ、それじゃあ帰ろうか。でも、このキングベア、どうやって運ぶんだ?」
「ああ、それなら心配いらないよ」
ルートはそう言うと、スリープで眠らせたキングベアの所へ行って、まず、ナイフで喉を切り、血が流れ出てしまうのを待ってから、愛用の肩掛けバッグの中に収納した。
「うわあっ、すげえ、それマジックバッグなのか?君はいったい、何者なんだ?この国の人間じゃないってことは、髪の色や目の色で分かるけど……」
「だから、冒険者だよ。世界中を旅して回ってるんだ。さあ、街へ行こう」
ルートはそう言って笑いながら、頭の上に?マークをたくさん浮かべた2人と一緒に街へ向かった。
「ほお、冒険者で、世界中を旅してるねえ……ギルドカード見せてくれるか?」
ナスルの冒険者ギルドのギルド長ハジーブは、あからさまに不審者を見る目でルートを見ながら、ルートが差し出したカードを受け取った。
「ルート・ブロワー……な、ビ、Bランクだと?」
ハジーブは裏や表を何度も確認しながら、カードが本物かどうかを確かめた。
「登録はポルージャ支部……お前、王国の人間か?」
「はい、そうです。2か月前にこの国に来て、あちこち回っていたんですが、戦争が始まっちゃって。王国の人間なので見つかったらやばいと思って、ずっと、森の中や山道を歩いて、やっとここまで来たんですよ。何とか、王国に帰る方法はないですか?」
ルートの即興のでまかせに、アーキムとパドラは納得して何度も頷いていた。
「ハジーブさん、間違いないよ。この人、森の中でキングベアと戦っていたんだ。普通なら、わざわざあんな危険な森に入るはずないよ」
「普通ならな……だが、このカードが本物なら、こいつはBランク冒険者だ。よほどの強い魔物以外、余裕で倒せる」
ハジーブの答えに、パドラが頷きながら興奮したように言った。
「ええ、だって、この人キングベアと笑いながら戦っていたのよ。それに、キングベアに殴られたのにケガもしてなかったの」
ハジーブは片手を上げて2人に黙るように合図し、しばらく混乱する頭を押さえてじっと考え込んでいた。
(現在この国はトゥーラン国と戦争中だ。噂では、トゥ―ラン国を助けるために、王国が動き出すのではないかと言われている……そのタイミングで、突然現れた王国の少年……しかも、この年齢でBランクの冒険者だという……どう考えても怪しすぎるだろう……)
ハジーブは顔を上げると、ルートにギルドカードを返してこう言った。
「悪いが、お前さんに情報を渡すわけにはいかねえな。すぐにこの街から出て行ってくれ」
「な、なんでだよ、ハジーブさん、この人、俺たちの命の恩人なんだぜ?」
「そうよ、すぐに出て行けなんて、ひどいわ」
アーキムとパドラはそう言って、ハジーブを非難したが、ルートは心の中でハジーブを称賛していた。
(へえ、なかなか優秀なギルマスだなあ。正解だよ、ハジーブさん。ここは諦めるしかないか)
「アーキム、パドラ、ありがとう。もういいよ。ハジーブさんが疑うのは当然だから」
ルートは2人にそう言ってから、ハジーブの方を向いた。
「分かりました。すぐに街を出ます。それで、2人に聞いたのですが、街の食料が軍に徴収されて、食べるものが不足しているとか。よかったら、僕が倒した魔物を受け取ってください。マジックバッグにたくさん入ってますので、ぜひ、貧しい人たちに安く売ってあげてください。余ったら、軍に供出してもいいですから」
「な、マジックバッグも持っているのか?しかも、た、ただでか?」
「はい、もちろん代金なんていりません。ええっと、広い場所はありますか?」
「あ、ああ、解体場は裏にある。こっちだ」
ルートたちは受付の横を通って、裏の解体兼買い取り場へ向かった。
「ここに出してくれ」
ルートはハジーブが指示した場所に、ここまでの道中で倒したキングベアを始め、ボア、ホーンラビット、ランドウルフなどを次々に20体ほど出して積み重ねた。
2人の少年少女もハジーブもその量に驚き、開いた口が塞がらない状態だった。
「ああ、魔石は、良かったらこの2人にいくつかあげてください。それじゃあ、解体よろしくお願いします」
ルートはそう言うと、去って行こうとした。
「ま、待てっ、待ってくれ……」
ハジーブはそう言ってルートを引き留めると、何やら急いで受付の方へ歩いて行った。
「カミーラ、ナスル領の地図を出してくれ」
「え、あ、はい……いいんですか?」
「ああ、構わん。このまま街を追い出したんじゃ、後味が悪くて眠れねえ。ブロワー、こっちへ来てくれ」
ハジーブは、ラウンジのテーブルに地図を置いてルートを呼んだ。
「いいか、ここがナスルの街だ。ここから南西へ70キロほど行くと、大きな道に出る。この道だ。これがトゥ―ラン国へ通じている幹線道路だ。
つまり、この道を東に行けばトゥ―ラン国へ出るわけだが、知っての通り、今この先では戦争が始まっている。ここを通り抜けるのはまず無理だ。まあ、山越えでも構わなければ、どこからでも国境は超えられるが、道は無いし、魔物はうじゃうじゃいるしで、山の中で迷って死ぬ確率はかなり高くなる。
そこでだ、この幹線道路を横切って南へ、そうだな300キロくらいかな、そのくらい行くと、バルージという小さな街がある。そこから東にいく交易道が伸びている。かなり長い旅になるが、その道ならあまり険しくは無いし、危険も少ないと思う」
ルートは、しっかりとハジーブの話を頭に焼き付けた。そして深く頭を下げた。
「なんとお礼を言っていいか……このご恩は忘れません」
「いや、これは対等な取引だ、気にするな。まだ、こんなもんじゃ対等とは言えないが、戦時中なのでな、これで勘弁してくれ」
ルートはもう一度頭を下げると、アーキムとパドラにも別れを告げてギルドの建物から出て行った。
街を出てしばらく歩いてから、ルートは後ろを振り返った。
恐らくもうこの街に来ることはないだろう。アーキムやパドラやハジーブにも、2度と会うことはないだろう。
「一期一会」という前世で好きだった言葉が、ふと頭に浮かんだ。
(いい出会いだった。彼らのこれからの幸せを祈ろう)
ルートはもう一度ナスルの街に手を振ると、もう再び振り返ることはなく、前を向いて歩き出した。
民兵団、動き出す 1
ルートが北から国境を越え、西に向かってナスルの街にたどり着き、そこから国境沿いに南下を始めた頃、コルテス子爵に率いられた民兵団は、リンハイに上陸した後、一路首都トゥ―ランを目指して移動していた。
途中の街や村に、避難路確保のための警護隊を200~300人ずつ配備し、2週間分の食料を置いていった。また、近辺の魔物や盗賊の討伐も行いながらの旅だったので、かなり時間がかかった。
ようやく彼らが首都の街に着いたのは、上陸して8日後のことだった。
「ようこそ、トゥ―ランへ。皆さんを心から歓迎いたします」
臨時の国王として、国難に立ち向かい奮闘しているウェイ王子が、わざわざ城門の所まで出てきて民兵団を出迎えた。
「グランデル国王に代わり、陛下自らの手厚い歓迎を心より感謝いたします。私は、民兵団の指揮を任されましたホアン・コルテスと申します」
「ユーリンに入られたガルニア侯爵閣下の伝令から詳細は聞いておりますよ、コルテス子爵。長旅、さぞお疲れでしょう、皆さんをお泊めする施設を用意してありますので、ご案内いたします」
そこは、帝国軍に占領された町や村から逃げてくる人々のために用意された近衛軍の訓練場だった。王城に隣接した広いグラウンドには、20人入る軍用の野外テントがおよそ500張りほどきちんと並んで建てられていた。すでに、陥落した2つの街からおよそ2000人が避難してここで生活していた。
「今、兵士は出払っていませんので、余っているテントと兵舎をご自由にお使いください。幹部の方々には、向こうの司令部の建物を使っていただこうと思っています」
「承知いたしました。しばらくの間ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」
「何をおっしゃいます。隣国のよしみとはいえ、わが国の危機にこうして駆けつけて下さった王国のご厚情、全国民、感謝こそすれ迷惑などと考えましょうや。この戦に勝利した暁には、必ずやご恩に報いる所存です」
「恐れ入ります。陛下、必ず勝利いたしましょうぞ」
ウェイ臨時国王とコルテス子爵は頷き合って、しっかりと手を握り合った。
「陛下、早速ですが、今後のわれわれ民兵団の行動について、お話しておきたいと思いますが、よろしいですか?」
「分かりました。では、城で会議を開きましょう。急ぎ帰って準備をいたします。1時間後に、城へおいで下さい」
ウェイ臨時国王は、そう言うと城へ帰っていった。
コルテス子爵は、部隊長たちを広場の一角に集め、宿営地の割り当てを行い、王城での会議に出席するメンバーを指名して、1時間後に集合するよう言い渡した。
「こんなとき、あいつがいたらなあ、ちょちょいのちょいっと、集合住宅を建ててくれるんだが……」
ジークとリーナは、兵舎の一室を割り当てられて、荷物の整理を始めていた。
5人部屋で、後の3人は、女性2人と男性1人の冒険者が選ばれた。
ジークの何気ないつぶやきに、リーナは思わず手を止めてうつむいた。
「あ、わ、悪イ……思い出させちまったか?あ、あいつなら、大丈夫だ、殺しても死なねえ奴だからよ」
「う、ん……ルートはどんなことがあっても大丈夫、信じている……」
リーナはそう言うと、怒ったようにリュックの中身をベッドの上に出し始めた。
ジークのびくついた様子を、同室の3人の冒険者たちがおかしそうに笑いをこらえながら見ていた。
リーナは怒っていたわけではなかった。無性に寂しくてならなかったのだ。彼女は、日頃べたべた甘えるタイプではない。どちらかというと、甘えたくても、ルートに迷惑を掛けたらいけないと、ストイックに我慢する性格だった。
だから、時折、ルートから抱きしめられたり、膝に抱かれて頭や尻尾を撫でられたりするのが、彼女にとっては至福の時間だった。
それが、もう10日近くご無沙汰なのだ。言うならば、彼女の心の栄養である《ルート成分》が枯渇していたのである。
「なるほど、作戦はよく分かりました。ですが、1000人もの部隊で山越えし、転戦して回るとなると、物資の輸送が大変ではないですか?」
トゥ―ラン城の会議室で、コルテス子爵は民兵団の運用について説明した。トゥ―ラン側の出席者たちは、ウェイ王を始め多くの重臣たちが納得し、期待に顔を輝かせていた。
だが、軍部の首脳たちは、民兵による敵補給部隊への襲撃や補給基地の破壊などには、懐疑的だった。
「それはご心配には及びません。ドルキン、それを……」
コルテス子爵は、微笑みながら輸送部隊の隊長であるハンス・ドルキンに、彼が肩に斜めに掛けているバッグを持ってくるように言った。
「このバッグは、輸送部隊の20人に持たせてあるものですが、この1つのバッグの中に1000人なら3か月間十分に養える食料を入れることができます。しかも、内部は時間の経過がありませんので、腐る心配もありません」
これを聞いたトゥ―ラン国側の出席者たちは、驚きを通り越してパニックになりかけた。
「つ、つまり、それは高性能のマジックバッグで、それを民兵が20個も持っていると?それ1つで街が1つまるまる買えるくらいの高価な物ではないのか?」
「王国はそれほど豊かなのか、信じられん……」
「ああ、驚かせてしまい、申し訳ありません。このマジックバッグは、丈夫さを追求して作らせた特注品で、1つ5万ベリーです。実は、それがこのバッグの値段そのままなのです。つまり、丈夫な普通のバッグをマジックバッグに変えることができる人間が、わが国にはおりまして、その者が、タダで民兵団に20個、正規軍に30個くれたのです」
コルテス子爵の回りくどい説明に、トゥ―ラン側の出席者たちは、まだよく呑み込めない様子でざわめいていた。
「つまり、王国にはその高性能のマジックバッグを作ることができる優秀な魔導士がいて、その者が1個5万ベリーで50個、つまり、250万ベリーもらうだけで、仕事をしてくれたということですか?」
ウェイ王の問いに、実際にはルートは1ベリーももらっていなかったのだが、コルテス子爵は頷いた。
「はい、そういうことです」
「それは何とも驚きですね。そのような魔導士がいることも驚きですが、国のために利益も度外視で忠誠を尽くせるとは、ぜひ、会ってみたいものです。宮廷魔導士団の方ですか?」
「い、いいえ、その者は、その、高齢でして、あまり外には出ないもので……」
コルテス子爵の苦しい説明に、ウェイ王は王国の秘密の匂いをかぎ取ったが、あえて追求せずこう言った。
「そうですか。戦争が終わったら、王国にぜひお礼を述べに参りたいと思っています。その折にでも会わせていただくよう、国王陛下にお願いしてみましょう」
その場は何とかそれで収まり、会議も無事に終わることができた。
しかし、コルテス子爵は大きな宿題を抱えることになってしまった。
「マジックバッグのことは秘密にすべきだったな」
「ああ、子爵もつい自慢したくなったんだろうけど、ミスったな」
「ん、ルートの名前出さなかったのは偉かったけど、王様にウソついた。コルテスさん、危うし」
宿舎に帰ったジークたちは、明日の出発の準備をしながら、そんな話をしていた。
一方、当のコルテス子爵も宿舎の司令部の部屋に帰って、頭を抱え込んで後悔していた。
「ああ、馬鹿だった……物資の運搬は他にごまかしようがあったのに……」
そんな子爵を、執事の老人が慰めるように言った。
「旦那様、そんなに心配なさることはございません。ブロワー様のことは秘密にすべきことでございます。旦那様はそれを守るためにやむなくウソをおつきになった。それはウェイ陛下もご理解下さるはずです」
「……そうだな。ありがとう、ケネス、少し気が楽になったぞ」
子爵が少年の頃から側に仕えている老執事は、さすがに主を慰めるコツを心得ていた。
民兵団、動き出す 2
戦争という状況下では、常にスパイや内通者の存在を頭に置いて言動に気をつけなければならない。それは、この世界でも常識である。
ルートという、王国にとってジョーカーとも言うべき存在を、絶対に敵には、いや、トゥ―ラン国の人間にも知られるわけにはいかなかった。
もし、彼の存在が知られて、暗殺組織に付け狙われたり、他国に利用されたりするリスクが増えることは、王国にとって避けなければならない絶対の不文律だった。
コルテス子爵は油断して、危うくその不文律を破りそうになったが、なんとか事なきを得たのは幸いだった。
というのは、実は、一枚岩の団結を誇るトゥ―ラン国だったが、やはり内通者はいたのだ。それは、王城の会議にも出席していたかつての王の側近で、今は財務管理の責任者であるテイ・フォンスという男だった。
彼は、アラン・トラドがトゥ―ラン国に突然現れ、国王以下を《魅了》で支配下に置いたとき、その場にいた。そして、アランの前で床に這いつくばり、何でもするから命だけは助けてくれと哀願したのだ。
アランは、彼が《魅了》を使わなくても意のままに操れるタイプの男だと、すぐに見抜いた。
そこで、アランは彼にこう命じたのだ。
「フォンス君、君をこの国を救う英雄にしてあげよう。いずれ、僕がこの国に軍を率いてやって来たとき、邪魔をしそうな奴らを今のうちに始末しておくんだ。そうしたら、僕は君を讃えて、金や地位を思いのまま与えることを約束しよう」
フォンスは即座にアランに忠誠を誓った。
ただ、彼が行動を起こす前に、ウェイ王子が国を掌握し、臨時の国王になった。一時は彼もウェイ側に鞍替えしようとも考えたが、アランの提案は魅力的過ぎた。それに、戦争が起これば、帝国軍が圧倒的に有利だと見ていた。勝ち馬に乗るのが処世術というものだ。
だが、ウェイ臨時国王の暗殺はほとんど不可能だった。そこで、彼は、トゥ―ラン国の機密情報を帝国側に流す、という方法で、アランへの忠誠を示そうと考えた。
民兵団の補給部隊攻撃作戦は、こうして帝国側に知られることになった。
「何だと?補給部隊の襲撃?……うぬうううっ、王国のくそネズミどもがあああっ」
連絡員から、民兵団の動きを聞いたアランは激怒して、手元にあるものを投げ散らかした。
先日、王国軍がユーリンの街に入城したという報告を聞いたときも、まさかという思いで、大きなショックを受けたばかりだった。
荒れ狂うアランを諫める者は誰もいない。彼はテントの中をめちゃくちゃにし、女たちを殴りつけた後、外に出て怒鳴った。
「ターヒルっ、ターヒルはおらぬのかっ?」
その声に、遠くから1人の男が走って来た。
「はっ、殿下、ここに」
「一個中隊を連れて、南の交易路へ向かえ。王国のネズミどもが1000人ほど国境を越えてくるという情報が入った。国境を越えた辺りで待ち伏せして、皆殺しにしろ」
「はっ、承知しました。ですが、あそこにはすでにマハムの部隊が警備についておりますが……」
「防ぐだけではダメだっ、皆殺しにせんと気が収まらん。いいか、1人として生かして帰すな、分かったかっ!」
「は、ははっ、必ずや。では、行って参ります」
指揮官が走り去った後も、しばらくの間アランは荒れ狂ったのだった。
まさか、自分たちの動きが帝国側に知られているとは知らないジークとリーナたち、襲撃部隊は、トゥ―ランの街に着いた翌日、さっそく行動を開始した。
早朝、まだ街が寝静まっている時間に、彼らは起き出して、軍用の門の前に整列した。
「特別部隊の諸君、君たちのこれからの戦いが、帝国に対する勝利へのカギを握っていると言っても過言ではない。各自くれぐれの命を大事にしながらも、勇敢なる戦いを期待している。王国の栄光のために!」
コルテス子爵の激に、全員が右手を挙げて、足を踏み鳴らした。
門が開かれ、ジークを先頭に部隊は3列で整然と街の外へ出て行った。
ジークの横で道案内をするのは、コルテス子爵の密偵として3か月前から帝国に潜入して情報を伝えていたカイト・マインズとメイ・マインズの義兄妹だった。
短時間だったが、ルートの薫陶を受けた2人は優秀な密偵に成長し、表情も見違えるように自信に満ち、たくましくなっていた。
「国境には、急造の砦が作られ、200人ほどの常駐部隊が警備しています。その手前は草原で隠れる場所がありません。守りを固められると面倒ですね」
2時間ほど歩いた後、小休止をする中で、ジークとリーナはカイトとメイから地図を使った説明を聞いていた。
「ふむ、なるほどな。左右の地形は、どうなっている?」
「両側とも崖です。もともとこの道は、森を避けて山の稜線伝いに作られた道なのです」
「攻めるに難く、守るに易い場所というわけか……リーナ、どうする?力任せで攻め落とすか?」
ジークに問われて、リーナは地図を見ながらじっと考え込んだ。そして、何かを思いついたようにカイトたちを見て問いかけた。
「砦は石でできてるの?」
「いいえ、急造ですので、石の土台の上に木を組んで作られています。前の方に柵、後ろのこことここに見張り台が建てられています。あとは木造の兵舎があるだけです」
リーナは頷いて、ジークに目を向けた。
「夜になるまでにこの辺りまで進む。暗くなったら、私が砦に潜入して見張りを倒す。誰かもう1人手伝ってもらって、柵と兵舎に油をまく。敵が寝静まった頃、火をつけた矢を大量に打ち込む」
「うわぁ、火攻めかよ。お前もなかなか悪どいことを考えるな」
「とても素晴らしい作戦だと思います。あの、私にお手伝いをさせてください」
メイが目をキラキラさせてリーナを見ながらそう言った。
「確かに成功すれば、とても効果的な作戦ですが、リーナさんには非常に危険な任務になります。大丈夫ですか?」
カイトの問いに、答えたのはジークだった。
「ああ、そっちの心配はしなくていいぜ。昼間でも、リーナを目視で追うのは不可能だ。メイさんのほうは大丈夫なのか?」
今度は、カイトが義妹に代わって答えた。
「はい、心配ご無用です。妹は、魔力感知と気配遮断のスキルを持っています。私より優秀なんです」
「よし、じゃあ、それでいくか」
ジークの決断に、全員がしっかりと頷いた。
南陵の砦
民兵特別部隊は、その日、山道が始まる所まで進み、まだ明るいうちに野営の準備を始めた。そして、早めの食事をとると、見張りを交代しながらあたりが暗くなるまで睡眠をとった。
「よし、では、出発するぞ。できるだけ音を立てないように移動。今後は私語をなるべく控えて、必要な時は小さな声で話すように。いいな?」
まだ、空にわずかに昼間の明るさが残っている宵の口、整列を終えた民兵特別部隊は、ジークとリーナを先頭に、静かに山道を登り始めた。
一方、その日の夕方、ルートは、バルージの街のすぐ近くまで来ていた。待望の《加速》のスキルを獲得して、魔力量に任せて走り続けてきたのである。
「予定通りだと、ジークたちがリンハイに着いて8日か。そろそろ王都に着いた頃だな」
その夜のねぐらを探しながら、ルートは起伏の多い草原を歩いていた。
「ん?あれは……」
丘を登りきったとき、彼の目は、遠くの森のそばにいくつもの赤い火が輝いているのを捉えた。
ルートは見つからないように、丘の陰に隠れながら回り込んで近づいていった。
「帝国兵だな。ざっと、4、500といったところか。こんな所に野営?」
ルートは考えた。
(今、帝国の中央軍は、ユーリンに入った王国軍とトゥ―ラン軍の連合軍に苦戦しているはずだ。少しでも兵力は欲しいはず。ということは、あれは、中央軍に向かう増援部隊か?いや、だとしたら、この時間に早々と野営しているのはおかしい。少しでも早く着くためにまだ移動しているはずだ。ということは、逆の方向へ向かっている中央軍の一部隊か?)
何のために?と考えた所で、ルートの頭にひらめくものがあった。
(もしかすると、民兵団の動きが敵に知られたのか?あの部隊は、ジークたちを討伐するために、交易路に向かっている?)
ルートは、恐らく後者の方が正解だろうと判断した。首都にスパイが入り込んでいるか、内通者がいるかのどちらかだ。
(だが、とりあえずはこちらを何とかしないといけないな。100人くらいだったら、スリープで眠らせることもできるが……500人となると……グラン・トルネードをまた使うか?……いや、この地形だと隠れられる場所が多すぎる。ファイヤー系か、ブリザードはどうだ?……う~ん、やっぱり、何割かは逃げられるな。逃げられるとまずいんだよねえ、こっちは1人だけなんだから……)
ルートが、1発の魔法で全滅させる方法をあれこれ考えていると、何やら敵の野営がざわめき始めた。見ていると兵士たちが火の始末を始め、出発する準備を始めたようだった。
(うわ、まずいって……動き出されたら魔法が使いにくくなるよ。おまけにこの暗闇じゃ正確な位置がつかみにくい。くそっ)
ルートはしかたなく、彼らに付かず離れず追尾していくことにした。
「急げえっ、テントはそのままでいい、すぐに出発せよ」
ターヒル率いる帝国軍が、慌てて出発を始めたのは、先発で砦に向かわせていた斥候隊から、伝書鳩で緊急の報告が来たからだった。
『敵部隊、約1000、現在砦から400メートル付近に接近中』
その報告を見て、ターヒルは敵が夜襲を掛けるつもりかもしれないと考えた。情報は当然砦にも伝えられているはずだ。
(砦の連中も、夜襲を警戒して準備していればいいが……)
ターヒルは一抹の不安を胸に、すっかり暗くなった平原を馬で進んでいく。だが、起伏が多く、とても全力では馬を走らせられない。心は焦るばかりだった。
「ん……おかしい。柵の向こうにたくさんの兵士が待機している」
「確かに、おかしいですね。いつもは見張りだけなのに……」
気配を消して砦に近づいていたリーナとメイは、砦の警戒が厳しくなっているのを見て立ち止まっていた。
「……ここは、いったん帰ってジークたちと相談した方がいい」
リーナの言葉にメイも頷いて、2人は仲間の下へ引き返した。
「何だって?砦の警戒が厳しくなっている?どういうことだ?」
「もしかすると、私たちの姿を見られたのかもしれない、敵にも斥候はいるだろうから」
2人の報告を聞いたジークは、唸りながら考え込んだ。
「う~む……力技で攻め込む方法もあるが、柵があるかぎり、犠牲は増えるだろうな。柵を何とかしねえことにはどうにもならねえ……」
「柵だけなら、何とかなるかもしれない」
リーナの言葉に、ジークもメイ、カイトも驚いて彼女を見つめた。
「どうするつもりだ?」
「ん、私とメイで柵の所まで行って、油の壺を柵にぶちまける。それで、火を点ける」
「……って、おい、見つかったら、どうするんだ?殺されるぞ」
「たぶん大丈夫。ジークたちは砦から敵兵が出てきたら、迎撃する準備をしておいて」
ジークは不安の方が強かったが、リーナの言葉を信じて任せることに決めた。
(ルートの奴が後から聞いて、俺に殴りかかってくる未来が目に浮かぶぜ……トホホ……)
交易路に出たターヒルたちは、スピードを一気に上げて山道を駆け上がっていった。砦までは、この緩やかに曲がりくねった坂道を馬で1時間ほど飛ばせば到着する。
一方、ルートは、彼らから80メートルほど離れて、《加速》を使いながら追いかけていた。全力を出さなくても余裕で付いて行けることに、ルートは改めてこのスキルの優秀さを実感していた。
そして、彼らがもう砦まであとわずかという所まで来たとき、突如山頂の砦の辺りの空が、夕日のように赤く染まるのが見えた。微かに叫び声や悲鳴のようなものも聞こえてくる。
「くっ、遅かったか……急げ、急げえええっ、砦が襲撃を受けているぞおおおっ」
ターヒルたち500の騎馬隊は一段と速度を上げて走り出した。
(よし、先回りしよう。待ってろよ、ジーク、リーナ、今行くからな)
ルートは赤く輝く上の方を見上げながら、道から外れて一直線に山頂へ駆け上がっていった。
ルート、民兵団と合流する
自分たちが見張っている目の前で、柵の下から炎が燃え上がった時、砦の帝国軍は何が起こったのか分からず、パニックに陥った。
隊長が怒鳴り散らしながら、早く水をかけて火を消せと兵士たちの尻を蹴りつけて、ようやく数人の兵士たちが水を汲みに行ったが、油をかけられた木の柵は瞬く間に燃え上がり、もはやバケツの水くらいでは火の勢いはどうにもならなかった。
ヒューッ、ヒューン、ヒューン……タンッ、タンッ、グサッ、バスッ……
「ぐわああっ」「ぎゃっ」「て、敵襲~~っ!敵襲だああ~~~っ」
今度は燃え上がる炎の向こうから、矢の雨が降って来た。
「慌てるなああっ、退け、退け~~っ。敵も、この火の中には飛び込んでは来ぬ。
矢が届かぬ位置まで下がって、せいれ~~つっ!弓隊は、散開して、入って来た敵を狙撃、盾並べ~~っ」
さすがにこの砦の守備隊長は、防衛戦の経験が豊富らしく、的確な指示で混乱した兵士たちをコントロールしていた。
「よし、先手は取れたぞ。だが、あの火が消えんことには中に入れねえ。全員、戦闘準備をして、合図を待てっ。火が衰えたら、突撃だ~~っ!」
「「「おうっ」」」
ジークたちは燃え盛る柵の手前に身を伏せて、じっとその時を待ち構えた。
「よし、まだ戦闘は始まってないな。まずは、援軍を叩くか」
砦の後方に到着したルートは、中の兵士たちが整列をしている様子を見てから、道沿いに後戻りしていった。
ターヒル隊は、砦まであと200メートルの所を懸命に馬を走らせて登って来ていた。
ルートは、まず彼らを足止めするために、土魔法で道に巨大な石の壁を建てた。しかし、こうすれば、恐らく彼らは馬を下りて両側に分かれて回り込んでくるだろう。右側はほとんど足場のない崖だ。ただ、左側は斜面だが崖ではない。こちらに大勢回り込まれたら厄介だ。
短い時間に目まぐるしく考えを巡らせたルートは、目を開いて口元に微かな笑みを浮かべた。
「止まれ~~っ。おい、何だあの壁は」
「わ、分かりません、さっきまで、あんな物ありませんでした」
途中で合流した斥候隊の兵士たちが、そう言って壁に近づいて行った。
「っ!うわああっ……」「ああああっ」
壁の手前まで近づいたとき、突然斥候隊の兵士たちの姿が叫び声とともに消えた。
そして、黒いシルエットで壁の上に何者かが立ち上がるのが見えた。
「敵襲~~っ、総員馬から下りて、迎撃準備せよ」
ターヒルの声に、4列で縦長に連なった兵士たちは馬から下りて、どやどやと前に集まって来た。だが、狭い道で1か所に固まるのは愚策だった。
「ア~~スホ~~ルッ!」
うわあああああ~~~っ……
(先ず200人、次は)
ルートは急いでマジックポーションを飲むと、慌てふためく敵兵たちに向かって叫んだ。
「ア~~スブレット~~ッ!」
石の弾丸が残りの兵士たちに襲い掛かっていく。
それでも、さすがに300人近くの兵士を一度に倒すのは無理だった。
残り100人ほどの兵士たちは、ほとんどがケガを負いながらも、助け合って何とか馬に乗り、一目散に逃げ去って行った。
「あ~、だいぶ逃がしちゃったな……経験不足だな、うん。もっと実戦経験を積まないとだめだ」
ルートはそうつぶやきながら、穴の中に落とした兵士たちに《スリープ》の魔法を掛けていった。
200人ほどがいっぺんに落ちた穴は、かなり深くイメージしたつもりだったが、けがを免れた兵士たちが、仲間を土台にして何とか穴の外に出ようと、必死に努力していた。
「頑張ってるねえ、でも、出てこられると困るんだよ。だから眠っておいてね」
「な、き、貴様、何者だ、我らをここから……あ、ふぐう……」
ターヒルは、泣きそうな声でヒステリックに叫んだが、すぐにぐったりと倒れ込んだ。
「さて、こうしちゃいられない」
マジックポーションを飲み干して、ルートは再び山頂へ向かって駆け出した。
「よし、そろそろ行けるか?おいっ、皆に水を頭からたっぷり被るように伝えろ」
「ジーク、私とメイが先に行く。相手は待ち構えていると思う。私たちが後ろの方で騒ぎを起こすから、それを合図に突入して」
「おし、分かった。くれぐれも気をつけろよ」
リーナとメイはしっかりと頷いて、皮袋に入った水を頭から全身に掛けて行った。
「じゃあ、行くよ、メイ。一気に敵の後ろまで走る」
「はいっ、了解です」
リーナとメイは頷き合うと、《気配遮断》を発動して音もなく駆け出した。リーナはさらに《加速》で先行し、焼けて崩れ落ち、地面でくすぶっている柵を一気に飛び越えて砦の中に突入していった。
メイはまだ《加速》を獲得していなかったので、ゆっくりと、煙に紛れるながら、火を避けつつ砦の中へ侵入していった。
バシッ!
ッ!ヒヒ~~ンッ……
「うわっ、あああっ」
隊列の最後尾で馬に乗っていた守備隊長は、突然前立下ちした馬から落馬した。
兵士たちが、何事かと後ろを振り返ると、落馬した隊長を後ろから羽交い絞めにして、首筋にタガーナイフを押し当てている銀髪の少女がいた。
兵舎の屋根に待機していた弓兵たちの中の1人が、慌てて少女に向けて矢を放った。
「ぐわああっ……ば、バカ者、矢を放つな~~っ!」
腕に矢を受けた隊長は、弓兵たちに叫んだ。
「おとなしくしなさい、こいつの首を切るよ」
兵士たちは、武器を構えたまま、周囲をじわじわと取り囲もうと動き出した。
「ぬううっ、構わん、わしのことは気にせず、こいつを殺せ!」
ここに至って、隊長は覚悟を決め、兵士たちに叫んだ。
「し、しかし、隊長……」
「バカ者っ、それでも帝国の軍人か。早くこいつを殺せえっ!」
ウワアアァァ……いけっ、いけ~~~っ……
その時、前方から、地響きのような鬨の声が聞こえてきた。
メイの合図で、ジークたちが突撃を開始したのだった。
「死ねえええっ」
「っ!」
背後から、1人の兵士が槍を突き出してきたのをかろうじて躱したリーナは、守備隊長を手放して構えた。周囲を5人ほどの兵士が取り囲んでいる。
「よくも、舐めた真似をしてくれたな、薄汚い獣人が。串刺しにして切り刻んでやる」
隊長は、腕に刺さった矢を引き抜くと、憎々し気にリーナを睨みつけてそう言った。
魔物なら5、6匹くらい余裕で倒せるリーナだが、さすがに戦い慣れた兵士相手では、そう簡単にはいかない。《気配遮断》は最初から見られていては効果がない。《加速》で倒せるのは3人が限度だろう。3人目を倒した時点で、恐らく体を押さえられ、殺されてしまう。
ならば、逃げるにしかずだ。
リーナがそう結論を出して、突破口を見つけていると、突然周囲を取り囲んだ隊長や兵士たちが魂を抜かれたように、へなへなと地面に倒れ込んでしまった。
リーナは、ハッとして慌てて周囲を見回した。
「ルートっ!」
まだ、所々燃えている柵の微かな赤い光に照らされて立った金髪の少年。
その、炎を映す青い瞳を微笑ませた少年を見たリーナは、《加速》を使って少年の下へ走り、その勢いのまま少年に抱きついて地面に吹っ飛んでいった。
ベルナール無双 ~英雄の雛鳥の進化~ 1
ユーリンの攻防戦は、膠着状態が続いていた。王国軍が合流したことで、トゥ―ラン側の戦力も飛躍的に向上したし、何より王国の宮廷魔導士団の存在が大きかった。
今や、帝国側の魔導士団のユーリン市街地への遠距離魔法攻撃を余裕で防ぎながら、逆に帝国軍への遠距離魔法攻撃が可能になった。
帝国軍はそれを避けるために、やむなくかなり後方に陣を後退せざるを得なくなったのだ。
普通なら、これで侵攻を諦め、奪い取った領地だけで満足するところだが、アラン・ドラトはまだユーリン攻略、ひいては全土の占領を諦めてはいなかった。
「作業は今どれくらい進んでいるのだ?」
「はっ、現在門の手前50メートルあたりまで進んでおります」
「急がせろ。あと10日で門の下まで掘り進めるように伝えろ」
「ははっ」
アランは今、街の南側の丘の裏で、地下道を掘らせていた。城壁の下は基礎の石組みが地下深くまで埋められていたので、基礎部分が浅い門の下を通って、市街地に出られる地下道を計画したのだ。
これが完成すれば、一気に内部から城門を開き、全軍で一斉に突入して街を破壊できるとアランは考えていた。確かに、これが実現すれば、形勢を一気に有利にできるアイデアだ。アランは、それまでできるだけ兵力を温存する戦い方をし、敵を油断させようと考えた。
ところが、そんな彼の夢を打ち砕くような知らせが、その日の午後届けられた。
「な、何いいぃっ!砦が落とされ、ターヒルの軍が全滅だと?」
「は、はっ、88名が命からがら逃げ帰って来たと……」
アランは再び荒れ狂った。物を投げ散らかし、女たちを打ちのめし、逃げ帰って来た臆病者たちを全員処刑しろと喚いた。
だが、それはさすがに何人もの側近たちが、必死に懇願して止めさせた。
「すぐに、伝令を出せ。補給部隊の護衛に2個中隊を交代で当たらせろ。ウバールの補給物資基地にあと2個中隊守備に行かせろ、すぐにだっ!」
「はっ」
2万5千もの兵力を維持するためには、食料や薬品といった補給物資は欠くことができないものだ。それを絶たれたら、軍を撤退させるしかない。
いわば生命線とも言うべき補給路が、突然危機にさらされる状況になった。アランはたかが民兵の集まりと侮っていたことを後悔した。
そして、その後悔が絶望に変わる日が、刻々と近づいていたことを、彼はまだ知らなかった。
「さて、今日も敵の挑発と行きますか。ハンス殿、御同行願えますかな?」
「お供いたしましょう。では、部下の選別と蒸気自動馬車の整備をしてきます」
ベルナールは楽し気に鼻歌を口ずさみながら、ルートにプレゼントしてもらったボーグ製のプレートメールを身に着け始める。軽く動きやすい機能性とともに、矢も、ある程度の魔法攻撃も跳ね返す丈夫さも兼ね備えたチタン・ミスリル合金製だ。
腰には愛用のレイピアの代わりに、今日はやはりルートから贈られたロングソードを帯刀した。魔導効果を高めた、これもチタン・ミスリル合金だ。
このところ、帝国軍はほとんど動きを見せない。トゥ―ラン側には、「もしかすると、このまま帝国軍は撤退するのではないか」という楽観論も出始めていた。
しかし、王国軍の首脳たちは、そんな甘い相手ではない、と油断を戒めていた。何か形勢を一気に傾ける秘策を準備しているに違いない。アランの《魅了》を生かす、効果的な作戦のはずだ。そう考えていた。
ベルナールは、その手掛かりを探るために、連日、魔導士団数名とともに蒸気自動馬車装甲車仕様に乗って、悠然と敵陣近くまで偵察に出かけていた。
最初の内、帝国軍は怒りに任せて何百もの兵でベルナールたちを追いかけてきた。しかし、自動馬車に近づくと、魔導士団の強力な魔法攻撃を受け、城に近づけば、今度は騎兵隊に逆に追いかけられる羽目になった。
アランにとって、絶対的に知られてはいけないのが、南の丘の裏で行われている地下道掘りの作業だ。だから、敵の追撃部隊も、南側から北へ追いかけるように回り込んでいた。
毎回そんなことが続けば、ベルナールたちも気づく。
だから、ここ数日は、わざと敵の前を南に向かって自動馬車を走らせていた。だが、とたんに、敵は追って来なくなった。
ベルナールたちはその理由を話し合った。
「う~ん……一番考えられる理由は、無駄に戦力を減らすことを嫌がったということですが……」
「うん、そうなんだよな。でも、なんか引っ掛かるんだよなあ……」
「オランドよ。あまり焦る必要はないぞ。報告では、ブロワーたちが南陵の砦を落とし、今、敵の補給線を絶つ作戦を進めておる。彼なら必ずうまくやってくれるだろう。そうなれば、敵は食料も無くなり、撤退するしかなくなる」
「はい、それは承知しております。ですが、その前に、ドラトがとんでもない作戦を仕掛けてこぬか、それを案じておるのです」
一同はそれから更に考えたが、これだ、というドラトの作戦は思いつかなかった。
とりあえず、いつものように偵察に出てみて、南側をより詳しく調査してみようということになったのだった。
装甲仕様の蒸気自動馬車は、軽快な蒸気音を響かせて、起伏の多い平原も何のそのと走り続けていた。普通の馬車なら何度も天井や壁に頭をぶつけるはずの、上下左右の揺れも、板バネとぜんまいバネを組み合わせたサスペンションのお陰で、座ったままでいられるほどに軽減していた。
「ん?あの丘のふもとに敵兵の一団がいるぞ」
「確かに……これは、当たりを引きましたかな」
ベルナールとハンスは、運転席の横まで出て行って前方を確認した後、顔を見合わせてニヤリと微笑んだ。
「で、殿下、来ました。例の変な〝馬無し馬車〟です」
「来たか……ふふふ……」
この日、アランは100名ほどの兵士を引き連れて、地下道掘削現場を訪れていた。
敵がどうやら、ここに目をつけたらしいという報告を聞いて、自ら出向いて待ち受けていたのである。
「敵軍、約100、こちらに向かって来ます」
運転手の魔導士が叫んだ。
「敵さんは、どうしても見せたくないものを隠しているようだな」
ベルナールがそう言った瞬間、自動馬車が急にブレーキをかけて止まった。
「お、おい、どうした?」
ベルナールの問いに、運転手の魔導士は魔導士は答えず、ボーっと前方を見ていた。
「はっ!しまっ……」
ベルナールが異変の理由に気づいたときは遅かった。
彼の体は後ろからハンスに抱きしめられ、他の5人の魔導士たちもベルナールを押さえようと、動き出していたのである。
「おやおや、まだ抵抗している人がいましたねえ。ほら、私を見なさい」
(ハンスさん、すみません、ちょっと眠っていてください)
ベルナールは、下を向いて車に近づいてくるアランの目を見ないようにしながら、心の中でハンスに謝った。そして、彼の手を難なく振りほどくと、素早くみぞおちに肘打ちを入れて気絶させ、窓から外に飛び出した。
「あははは……無駄ですよ。目をつぶったままどうやって戦うというのです?あきらめて楽になりなさい。私の部下にしてあげますよ」
アラン・ドラトはそう言って笑いながら、馬から下りると、ベルナールに近づいていった。
「笑止……このベルナール・オランド、たとえ貴様の《魅了》に掛かっても、王国への忠誠を失ったりはせぬ」
ベルナールは顔を伏せたまま、低い声でそう言うと、決意と覚悟を決めてゆっくりと顔を上げていった。
ベルナール無双 ~英雄の雛鳥の進化~ 2
「ふふふ……そう、それでいいんです。さあ、私の……ん?……おい、剣を捨てろ」
アランの顔から急に余裕の笑いが消え、彼は後ろへ下がりながらベルナールに命じた。
ところが、ベルナールは不思議そうに自分の体を眺めた後、真正面からアランを見据えた。
「おい、どうした?《魅了》を使ってみろよ」
アランは愕然となった。さっきからずっと《魅了》を発動していたのだ。現に、ハンスと他の魔導士たちは魅了されて、ボートした顔で自動馬車の中に立っている。
ということは、この相手には《魅了》が効かないと考えざるを得なかった。
「で、殿下……」
「殺せ、こいつを生かして帰すな」
アランはそう命じると、素早く兵士たちの背後に逃げていった。
「貴様だけは逃がさんっ!アラン・ドラト、死んでもらうっ」
ベルナールは平原中に響き渡る声で、宣言した。
「ひっ、こ、殺せっ、早く、殺せええええっ」
アランは、生まれて初めて本当の死の恐怖を感じ、ガクガクと膝を震わせながら、なんとか馬までたどり着いて必死に馬に這い上がった。
ベルナールはアランを追いかけようとしたが、《魅了》を掛けられて死も恐れぬ操り人形と化した100人の兵士たちが、彼の行く手を阻んだ。
「どけえっ、くそおおおっ……逃げるな、卑怯者っ!何が英雄だっ!
いいか、覚えておけっ、アラン・ドラト、必ず貴様の首、このベルナール・オランドがもらい受けるからなっ!」
ベルナールは、襲い掛かってくる槍や剣を薙ぎ払いながら、逃げ去って行くアランの背中に叫んだ。
だが、アランはもう振り返ることも無く、一目散に馬を走らせて遠ざかっていった。
「おい、お前たち、あんな卑怯な上官のために無駄に命を捨てるのかっ? 目を覚ませっ、バカ者がああっ!」
ベルナールが立ちふさがった帝国兵たちに、大音声で怒鳴りつけると、異変が起こった。
「はっ……お、俺は、何を……」
「あ、あれ?……これは……」
兵士たちは、まるで悪い夢から覚めたように、辺りをきょろきょろと見回しながら、ざわざわと騒ぎ始めた。
「ん、何だ?おい、どうしたんだ?……っ!」
兵士たちの変化に、ベルナールが首をひねった時、彼は背後から大きな魔力を感じた。
振り返って見ると、意識を取り戻したハンスが、自動馬車の窓から巨大な火の玉を放とうとしていた。
「うおっ、まずい、おいっ、お前ら、伏せろおおおっ!」
ベルナールは横に飛んで移動しながら、帝国兵たちに叫んだ。
しかし、兵士たちが気づいたときにはもう、轟音と共に灼熱の炎の球が彼らにぶつかって後方へ吹き飛ばしながら火だるまにしていた。
危うく難を逃れたベルナールは立ち上がると、再び魔力を集中し始めたハンスや魔導士たちを睨みつけながら、厳しい声音で叫んだ。
「ハンス・オラニエ、情けないぞっ。魅了ごときに我を失いおって、それでも王国の宮廷魔導士団長か、バカ者がああっ!」
「はっ!わ、私はなんてことを……」
ハンスと5人の魔導士たちは、魅了から解かれて青ざめた。彼らは慌てて自動馬車から下りてくると、ベルナールの前に並んで跪いた。
「申し訳ございませんっ、何とお詫びすればよいか。どうぞ、お好きなように罰してくださいませ」
ベルナールは、ハンスたちへの怒りよりも、続けざまに起こったこの不可思議な現象に心を奪われていた。
「もうよい、立ってくれ。それよりも、やはり、《魅了》が解けたようだな。いったいこれは、どういうことなんだ?」
「司令官殿には、アランの《魅了》が効かなかったのですか?」
「ああ、そうだと思う。それに、私が怒鳴りつけると、帝国の兵士や君たちの《魅了》も解けた。私に何か神の力が宿ったとでもいうのか?」
ハンスは立ち上がると、じっと考えていたが、やがて顔を上げてこう言った。
「おそらく、おっしゃる通り、神のご加護による何らかの特別なスキルが発動したものと考えられます。オランド殿、ステータスに何かそれらしきスキルをお持ちではありませんか?」
「ああ、私は自分のステータスにはあまり興味がなくてな。10歳の時見たきりだ。この前、ブロワー先生には見てもらったんだが、詳しくは聞かなかった。もっと、詳しく聞いておけばよかったな」
「ふむ、では、帰ったら鑑定ができる者に見てもらいましょう。さて、そのまえに、掃除が必要なようですね」
ハンスはそう言うと、ベルナールに平原の2か所を指さした。
1か所は、先ほどハンスが放った特大のファイヤーボールから辛くも逃れることができた30人ほどの兵士たちであり、もう1か所は、アランが隠そうとしていた丘の守備隊らしき20人ほどの一団だった。
「よし、私が丘へ向かおう。ハンス殿たちは、あちらの者たちをけん制しつつ説得して追い返してもらえるか?どうしてもまだ抵抗するというなら、仕方がないので魔法で殲滅してかまわぬ」
「承知いたしました」
2人は頷き合うと、分かれて行動を開始した。
ハンスたちは自動馬車に乗り込むと、ベルナールと兵士たちの間を遮るように移動し、兵士たちを魔法でけん制しながら、ハンスが彼らを言葉で説得し始めた。
「お前たち、見逃してやるから早々に陣へ帰るがよい。もう、帝国への忠誠は十分果たしたであろう。どうしてもまだ戦うというなら、先ほどの倍の火の玉で骨も残らぬほど焼き尽くしてやるが、どうする?」
1度に半分以上の味方を殲滅した魔法の恐ろしさを体験した兵士たちは、とてもかなう相手ではないと判断して、けがをした仲間を連れて一斉に自分の陣へ引き上げていった。
「ふふ……こけおどしが効いたな。あれの倍のファイヤーボールなど撃てるものか。まあ、ブロワー先生なら3倍くらいはいけそうだがな」
ハンスはそう言って笑うと、ベルナールの応援に向かった。
一方、そのベルナールは、淀みのない足取りで丘の方へ近づいて行った。
「ゆ、弓兵、奴を射殺せっ」
守備隊長の声に、5人の弓兵が矢をつがえて次々に放った。
ベルナールはわずかに身をかがめてそれを躱し、自分に当たりそうな矢を剣で切り落とす。そして、さらに歩みを速めた。
実はこのとき、ルートが先日彼に掛けた《防御結界》は無くなっていた。ベルナールはいろいろな物理的な衝撃が、直接体に響くことでそれに気づいていた。ただ、なぜ消えたのかは分からなかった。(実は、防御結界の魔法は、魔法陣が下着の裏に描かれていた。だから、着替えをすると効果が無くなるのである。ルートがそれに気づいたのは、この戦争が終わってからだった)
「撃て、撃てええっ!」
だから、矢が当たれば彼は傷つく。だが……矢が彼に当たることはなかった。
弓兵が慌てて次の矢を放とうとしたとき、ベルナールは一気にダッシュして守備隊の目前まで迫っていた。
「うわあああっ」
隊長や前で盾を構えていた兵士たちが、それに驚いて後ろへ下がったために、弓兵たちにぶつかり、弓兵たちが放った矢はあらぬ方角へ飛んでいった。
「た、盾構えっ、槍突き出せっ!」
守備兵たちが何とか体制を整え、迎撃しようとする。
ベルナールは、ロングソードに魔力を流し、右後方へ水平に剣を引いた。
「ライトニング・ロックブレイクッ」
ベルナールの叫び声と同時に、ロングソードが高速で横に払われると、三日月状の黄金の光の刃が飛び出していく。
ズバーーーンッ!……ドサッ、ドサッ、ドサッ……
大きな音が響き渡り、物が落ちる音が続いた。それですべてが終わった。
前で盾を構えていた兵士たちと、槍を構えていた兵士たちは、盾もろとも真っ二つになり、地面に転がっていた。恐らく自分が死んだことさえ気づかなかっただろう。
「ひいいいっ……ば、化け物……」
隊長と残った10人ほどの兵士たちは、もはや戦意喪失して地面にへたり込んでいた。
「おい、今なら見逃してやる。行けっ」
「う、うわああ……」
隊長以下兵士たちは転げるように、走り去っていった。
真の英雄と偽りの英雄
「なるほど、こういうことでしたか……」
丘のふもとに掘られた穴を見て、ハンスは納得して頷いた。
ベルナールは、穴の奥から続々と出てくる泥だらけでやせた男たちを、並べて座らせていた。彼らは兵士ではなく、連れてこられた奴隷の労働者たちだった。過酷な労働に死んだ者も少なくないという。
ベルナールが彼らに、行きたいところへ自由に行ってよい、と言うと、ほとんどの者たちが、もう帝国にはいたくない、王国のために働かせてくれと答えた。
そこで、ベルナールとハンスは、彼らの足に付けられた鎖を外してやってから、いったんユーリンに連れて行くことにした。
丘に掘られた貫道は、土魔法が得意な2人の魔導士が穴を埋め、入り口を大きな岩で塞いだ。
こうして、アランが起死回生の策として進めていた貫道作戦は失敗に終わったのであった。
「どうじゃ、何か分かったか?」
ユーリンの街に帰った後、司令部になっている領兵の本部官舎で、ベルナールはさっそく鑑定のスキルを持つ魔導士にステータスを見てもらっていた。
朝の戦闘の報告を聞いたガルニア侯爵も、興味を持ってその場に立ち会っていた。
「はっ、そ、それが……」
鑑定をしていた魔導士は、驚愕の表情で目を見開き、言葉を失っていた。
「遠慮はいらんぞ。隠すつもりはないからな」
ベルナールの言葉に、魔導士はようやく少し落ち着いたのか、一同を見回してから口を開いた。
「司令官閣下は、マーバラ神のご加護を受けておられます。それと、光属性の魔法で、《センプトブル》というスキルを持っておられます……」
「何!?センプトブルだと?」
「ハンス、それはどんな魔法じゃ?」
ハンス・オラニエは驚愕の表情でベルナールとガルニア候を見つめた。
「……《センプトブル》は、かの聖王ハウネスト・バウウェルが持っていたという伝説の魔法です。彼はそのおかげで、暗黒の魔女ローウェン・ジッドを倒すことができた、と伝説は語っています」
「なんと……伝説の魔法……つまり、それが《魅了》を打ち破ったと」
「はい、恐らくその通りだと……」
「なるほど……そういうことだったのか。いやあ、自分にそんな魔法が使えたなんて全く知りませんでしたよ、あはは……」
そう言って能天気に笑うベルナールに、ハンスもガルニア候も苦笑するしかなかった。
「あ、あのう、もう1つ、あるのですが……」
鑑定をしていた魔導士が、遠慮がちにそう言った。
「おう、何でも言ってくれ。もう驚くことはない」
ベルナールはそう言ったが、その後の魔導士の言葉に、ハンスやガルニア候と一緒にまた驚くことになった。
「な、何?《英雄の若鳥》の称号だと?」
「……ううむ、いや、当然と言えば当然か。おそらく、ブロワーもお前のステータスを見て、総司令官に推薦したのじゃろう」
「いや……ブロワー先生が私のステータスを見たのは、推薦した後でした……」
「……英雄、英雄を知る、ということでしょう。ブロワー先生には、オランド殿と出会った時に分かっていたのでしょうね、この人はやがて英雄になる人だと」
ハンスの言葉に、ガルニア候は深く何度も頷き、ベルナールは少し面はゆいように頬を染めながら、窓の外に目を向けるのだった。
一方、その頃、帝国軍の野営地では、軍全体に不安と混乱が広がっていた。
先ず、朝から南の丘に敵を待ち伏せするために出かけていた総司令官が、ただ1人馬で逃げるように帰ってきた後、司令官用のテントに引き籠って、外から声を掛けても「入るな」という返事が返って来るだけだった。
そして、その後に司令官とともに出かけていた兵士たち、南の丘を守備していた兵士たちが、よれよれの姿で帰って来たのである。
彼らの話を聞いた下士官たちは、心の中で、もうこの戦争に勝ち目はないと悟った。いろいろな情報が、負け戦だと教えてくれていたからだ。しかも、総司令官がこんなありさまである。帝国軍の士気は落ちる所まで落ちつつあった。
《魅了》という強大なスキルを授かったことで、自分を英雄だと思い込んで、己を高めることを怠ったアラン・ドラト。スキルのことなど意に介さず、愚直にひたすら己を高めてきたベルナール・オランド。
その生き方の違いが、大きな差となって、今、帝国と王国の運命を左右しようとしていた。
「おお、ジークの読みが当たったようだね」
「へへ、こういうことは俺に任せろ。伊達に傭兵家業を長くやって来たんじゃねえよ」
その頃、ルートたちは帝国軍の補給基地を探して、国境沿いの山のふもとを移動していたが、それはジークたち傭兵経験者が、補給基地は幹線道路に近い山の近くだと提言していたからだった。
その読み通り、幹線道路の国境近くの山の中に、山肌を切り開いて広く平らな場所が作られ、大きな倉庫が2棟建てられていた。そこに帝国の街や村から、荷馬車で運び込まれた食料や医薬品、装備品などが一時保管されているらしかった。
周囲は丸太の柵で囲まれ、200人ほどが入る常駐部隊用の兵舎と野外テントが20張りほど建てられており、全部で400近い兵士たちがここを守っているようであった。
「かなり厳重だな。でも、ルートの魔法なら一気に全滅させられるだろう?」
ジークの問いに、ルートはすぐには答えず、そっと目を閉じた。そして、1つ小さなため息を吐いてから目を開き、こう言った。
「うん、たぶんできると思う。でも……僕もこれまでずいぶんたくさんの帝国兵の命を奪って来た……今更だけど、心が痛むんだよ。これが戦争なんだってことは分かっている。でも、彼らにも、奥さんがいて、子供もいて……年老いた両親や祖父母がいて……仕方なく兵士になった人もいると思う。だから、できれば、命を奪わず、彼らを降伏させられる方法はないかなって考えていたんだ」
ルートの言葉に、ジークとリーナは顔を見合わせた。2人には予想できた言葉だったし、密かに不安に思っていたことでもあったからだ。それは、ルートの優しさだった。だが、同時にそれは、戦争においては情けが仇になる危険を常にはらんでいた。
「ん、ルートの気持ちはよく分かる。でも、あいつらも、トゥ―ランの罪のない人々をたくさん殺している。子供も、女の人も、年寄りも……それが戦争。早く終わらせるためには、殺さなければいけないときがある」
リーナの言葉に、ルートは頷きながらうなだれた。
「うん……まったく、その通りだ、リーナ。そのことは、僕自身がここにいる皆に、口を酸っぱくして言ってきたことだものね。分かっているんだよ……じゃあ、1度だけでいい、僕のわがままを聞いてくれないか?」
「うん、いいよ。言ってみて」
「ああ、もちろん聞くぜ。どうするって言うんだ?」
ルートが2人に語った作戦。それは、2人にはとうてい容認できないような、大胆過ぎる作戦だったが、ルートへの絶対的な信頼が、ついに2人の首を縦に振らせたのだった。
ルートの補給基地無血制圧
「このところ、食料が集まらないな」
「ああ……もともとこの国は農業には向いていない荒れ地が多いからな。だから、遊牧が主で、移動する部族が多く、長年国としてまとまらなかったんだ。肉は豊富だが、そのままじゃ腐っちまうから、干し肉にしないと保存できない……長期の戦争なんて土台無理だったんだよ」
「お、おい、上官の前でそんなことは口にするなよ」
「ああ、分かってる。でも、上官も分かっているんだ。上からの催促にぶつぶつ文句を言ってたからな」
帝国軍の補給基地で、2人の兵士が倉庫の中の物資の整理をしながらそんな話をしていた。倉庫の中にはほとんど食料はなかった。帝国内の町や村から運ばれてくる物資も、このところ滞りがちだった。
だが、前線からは毎日のように補給の催促が来ていた。補給基地の部隊は自分たちが食べる分も削って、前線へ食料を送っていたのである。
「帝国軍、兵士の皆さん……」
そんな時だった。突然、基地全体に響くまだ少年のようなハイトーンの声が兵士たちの耳に聞こえてきた。
「な、何だ?敵か?」
兵士たちは慌てて武器を手に、どやどやと広場へ出て行った。
「……皆さん、心配しないで聞いてください。僕は、グランデル王国の民兵団のルート・ブロワーという者です……」
「あ、あそこだ。まだ、少年だぞ」
「グランデル王国の民兵団だと?やはり、敵の襲撃じゃないか」
ルートは、基地の入り口の門の前に立って、薄い鉄板で作った手作りのメガホンを口に当てていた。創造魔法を使って、声がより大きく遠くへ聞こえるようになっていた。
「……皆さん、今日僕が来たのは、戦うためではありません。どうか、このままここから出て行ってください。そして、アラン・ドラトにこう言ってください。『補給基地は、敵の民兵団に襲撃され、倉庫は焼失してしまった』と……」
ルートの言葉に、基地内の兵士たちはざわめいた。
「な、何を言っているんだ、気が狂っているのか?」
「そんなことができるわけがないだろう」
「油断させて襲撃しようという、見え透いた作戦だな」
彼らの大多数の否定的な意見は、当然のことだった。
「……皆さんが疑うのは当然だと思います。ですから、これから本当に倉庫を燃やしてしまいたいと思います。どうか、近くにいる人は離れてください。もっと、遠くに離れてください、いいですか?いきますよ」
ルートはそう言うと、無詠唱で倉庫の上に巨大な火の玉を出現させた。そして、兵士たちが唖然として言葉を失っている間に、火の玉を倉庫の1つに落下させたのである。
グオオオォォン……ブオオォォッ……
地響きと物が一気に燃え上がる音が空気を震わせ、巻き起こった熱風が土埃を巻き上げて兵士たちを包み込んだ。
ルートの言葉を信じなかった何人かの兵士たちが、炎に包まれて悲鳴を上げながら地面を転げ回った。
1つの倉庫が、一瞬のうちに消えてなくなった。
兵士たちはしばらくの間、口を開けたままその場に立ち尽くしていた。
「これで、分かってもらえたと思います。ええっと、この基地の隊長さんはいますか?」
ルートの問いに、一人の男が門の前に進み出た
「私が輸送部隊の指揮官のハミルだ」
「どうも、ハミルさん。驚かせてしまい、それにけが人も出してしまったようで、すみません。治療薬が必要なら、後でお渡しします。
それで、いかがでしょう?ここを退去していただけるなら、こちらは一切手出しはしません。一応、断っておきますが、抵抗されても無駄です。今、民兵団1000人がこの基地の周囲を取り囲んでいます。それに、先ほどの魔法は、すぐにでも発動できます。倉庫を守ることもできません」
ルートの言葉に呼応するように、周囲の森の中から民兵団が、うおおおっ、という鬨の声を上げた。
ルートの言葉がこけ脅しではないことを悟った隊長のハミルは、しばらく考えた後で口を開いた。
「先日、ドラト殿下はこの基地の防衛にと、200人の増援部隊を送ってこられた。それを、1度も戦うことなく降伏しろと……。あの魔法はお前が放ったのか?」
「はい」
「王国の宮廷魔導士か?なぜ、正規軍ではなく、民兵軍にいる?」
「僕は宮廷魔導士ではありません。王立学校の教師をしています」
「教師……そうか、なるほど頭が切れるわけだ……りっぱな人格者でもある。だがな、われわれは帝国に忠誠を誓った兵士だ。例え負けると分かっていても、抵抗もせず降伏などできるはずがない。よって、申し出を断る」
ルートは1つため息を吐いてから、怒りを込めた目でハミルを見つめた。
「忠誠?いかにも聞こえの良い言葉ですが、何に対する忠誠ですか?あの、アランというクズ王子への忠誠ですか?
もし、本当に祖国への忠誠心があるなら、ここで死ぬより、もっと祖国のためにすべきことがあるはずです。畑を耕す、子供を育てる、物を作る、そのほうがよほど祖国にとってためになるはずです。そうではありませんか?」
「わ、私は兵士だ。戦うことしか知らない。国に命を捧げると誓ったのだ」
「だったら、国の未来を担う若者たちを守るために戦いなさい。今、あなたたちは、あのクズ王子の言いなりになって、未来ある若者たちを無駄に殺す手伝いをしている。
僕たちは、そんな愚かな戦争を終わらせるために来たのです。これだけ言ってもまだ忠誠という言葉にしがみつくなら、あなた1人で戦いなさい」
ハミルは、それ以上言葉では勝てないと考え、部下たちに戦闘準備を命じようと振り返った。だが、そこには、戦意を失い、うなだれた兵士たちがいた。ルートが、メガホンを使って会話した効果であった。
「おい、お前たち、何をしている、戦闘準備だっ!帝国軍人の誇りを見せてやるぞっ!」
その言葉に動き出したのは数人だった。
ルートはここぞとばかりに、メガホンで叫んだ。
「あなたたちは望まないのかっ、戦争のない平和な国をっ!あなたたちは望まないのかっ、子供たちが幸せに暮らす豊かな国をっ!
どうしても、僕にあなたたちを殺させたいのかっ!」
その声が終わると同時に、再び兵士たちの頭上に巨大な火の玉が現れて、もう1つの倉庫の上にゆっくりと降下していった。
「うわああっ、た、助けてくれええ、俺は降伏する、死にたくない」
「俺も降伏する、助けてくれええ」
ついに、1人また1人と降伏を叫ぶ者たちが現れ始め、それは瞬く間に津波のような勢いで帝国軍全体に広がっていった。
ここに至っては、隊長のハミルも膝を折るしかなかった。
「われわれ補給部隊200名、守備隊200名は王国民兵団に投降する」
ルートがハミルにメガホンを使わせてそう宣言させた途端、周囲の森から歓声が沸き起こり、民兵団が一斉にルートの元へ駆け寄ってきた。
「うおおお、ルートーッ、お前って奴は、ほんとにやりやがった、まったく大した奴だぜ」
「うん、ルート、偉いっ!天才っ!」
「ああ、ありがとう……でも、ほとんど脅迫みたいなものだったけどね」
「いやあ、ルートさん、それは贅沢ってもんですぜ。これだけの人数の敵を相手に、敵も味方も一人の死人も出さずに勝利するなんて、神業ですって」
皆から口々に褒め称えられ、もみくちゃにされながら、ルートは弱々しく微笑んだ。
彼の中には、ハミルが言った「祖国や上官に対する1兵士としての正義」を改心させることができなかった無力感が残っていた。
(立場が変われば、正義も変わる……前世でも人々はよくそう言っていた。でも、本当にそうなのだろうか?正義って、そんなにたくさんあるのだろうか?自分にとって都合のいい考えを正義と呼んでいるだけなのではないのか?僕の正義も僕にとって都合のいい考えに過ぎないのだろうか?
僕は、「真の正義」はあると信じているけど……本当はそんなものは無いのかもしれない。神様、どうなのですか?僕は儚い幻を追いかけているのでしょうか?)
人を幸せにすること、それを正義と信じて生きてきたルートに生じた初めての迷いだった。
偽りの英雄の最期 1
ベルナールの存在を知ってからというもの、アラン・ドラトは、常に恐怖と不安にさいなまれ、以前にも増して酒に溺れる日々を過ごしていた。
そんな司令官のもとへ、下士官たちはたびたび今後の指示を仰ぎに訪れていたが、返事は、
「何度言えばわかるんだっ。北方軍がもうすぐ合流する。そうすれば、総攻撃でユーリンは落とせるのだ。それまで待て」
この繰り返しだった。
だが、いつまで待っても、北方軍は来なかった。
合流予定日を3日過ぎたとき、下士官たちが話し合って密かにイジャンの近郊へ偵察に行かせていた斥候隊が、絶望的な報告を持って帰って来た。
「な、なんだと?北方軍が全滅?」
「はっ。捕虜になったと思われる北方軍兵士の一団が、街の瓦礫の片づけに従事している姿が目撃されました。さらに、北方軍がここへ来る途中で通るはずの道にも、その姿は確認できませんでした。まずは間違いないかと」
下士官たちは言葉を失い、この事実を司令官に伝えるかどうか迷ったが、その勇気は誰も持てなかった。翌日には、さらに彼らを絶望の底に陥れる情報が、補給部隊の1兵士によってもたらされた。
「補給基地が占領されたらしい……しかも、兵士たちは全員解放され、ケガ人が数人いるだけだ」
「いったい、どういうことだ?」
「敵は民兵らしい。だが、恐ろしい魔導士が率いていて、食糧倉庫を巨大な炎の魔法で一瞬のうちに焼き尽くしたという話だ。全員が同じ証言をしているところを見ると、どうやら本当のことらしい」
「……もう、この戦争は終わったんじゃないか?」
1人の下士官の言葉に、全員が口をつぐみ、苦悩の表情を浮かべた。
「事実を報告したところで、どうせ司令官は怒鳴り散らして、俺たちに《魅了》を掛け、操り人形にして突撃させるに決まっている。全員死ぬんだ……」
「だからって、どうしようもないだろう?逃げ帰ったって、国のお偉いさんたちは皆《魅了》に掛かっているんだ。捕まって殺されるだけだぞ」
「……どうせ死ぬなら、あのクソ司令官を殺すか……」
ついに、1人の下士官が、禁句だった言葉を口に出した。誰もが心の中で何度も繰り返してきた言葉だったが、実行するのはほとんど不可能だった。
直接殺そうとしても、アランの目を見た途端、《魅了》に捕えられてしまう。寝込みを襲おうとしても、常に女たちの誰かが起きて見張っている。毒殺しようとしても、女たちが毒見をして先に飲み食いするのでバレてしまう。
「何十人かで一度に襲えば、どうにかなるんじゃないか?」
「目をつぶったままじゃ、可能性は低いな」
「いっそ、敵に寝返るか」
下士官たちがそんな話を真剣にするほど、帝国軍の士気はどん底まで落ちていた。
一方、ユーリンの内部では、いっこうに攻めてこない帝国軍に対して、緊張感にゆるみが出始めていた。こんな状態の時に攻めてこられては危険である。
王国軍の首脳陣がそんな心配をし始めたとき、伝令の兵士がうれしい知らせを持ってきた。
「おお、民兵団が補給基地を占領したか。しかも、死人無しとは……」
「ブロワー先生、やってくれましたね、さすがだ」
「補給を絶たれたら、敵もさすがに参るでしょう」
ガルニア候爵、ベルナール、オラニエ宮廷魔導士団長は、ルートたちの活躍に喜んだが、ベルナールが急に表情を引き締めて、あとの2人を見た。
「アラン・ドラトはおとなしく兵を退くでしょうか?」
その問いに対して、ガルニア侯爵もハンス・オラニエも考え込んだ。
「うむ……奴がこのまま引き下がるとは考えにくいな」
ガルニア候の言葉に、ハンスも頷いた。
「そうですね。自分の力を過信した者ほど、とんでもない手段を使ってくるはずです」
ベルナールは、しばらく黙って考え込んでいたが、やがて険しい顔で立ち上がった。
「追い詰められたドラトがとる手段は何だと思いますか?」
「ううむ……おそらく、《魅了》を使った何か、であろうな……」
ガルニア候が顎に手を当ててそう言った。
「そうですね……兵たちすべてに《魅了》を掛け、死を恐れぬ集団にしてからの総攻撃、でしょうか?」
ハンスの考えにベルナールは頷いて、言った。
「そうです。そして、その集団の先頭に使われるのは、間違いなくエリス・モートンと王国の冒険者たちです」
ガルニア候とハンスは、あっと小さく叫んで眉間にしわを寄せた。
「確かに、奴なら平気でそうするであろうな。だが、オランドよ、お前なら彼らに掛けられた《魅了》を解除することができるのではないか?」
ガルニア候に続いてハンスも頷きながら続けて言った。
「ええ。それに、エリスたちが前の方にいてくれるなら、我々宮廷魔導士団も《魅了解除》の魔法が使いやすくなります」
2人の言葉に対して、ベルナールは悔し気な表情で答えた。
「ええ、ただ、問題が2つあります。1つは私の《センプトブル》の発動条件が分からないことです。少なくともドラトのように、『目を見ただけ』で効果を発揮するものではありません。それと、もう1つの問題は、エリスたちは恐らく一般の兵士と同じ装備を身に着けさせられるでしょう。そのうえで、ドラトは事前に、エリスたちが兵士たちの中にいることを我々に知らせてくるはずです。そうなると、見分けるのは困難だし、手出しもできなくなります」
ベルナールの言葉に、ハンスも深刻な顔で頷いた。
「そうですね……我々が解除できるのは、1度にせいぜい30人ほどです。2万以上もの兵が一度に攻めてきたら、解除は間に合いません。そのうえ、夜襲であったならなおさら難しい。敵が城壁に近づく前に、遠距離魔法と弓で叩くしか防ぐ方法はありません」
「ううむ、そうか……だが、それはやむを得まい。エリスたちには可哀そうだが、犠牲になってもらうしかないだろう」
ガルニア侯爵がため息交じりにそう言った。
ベルナールは悔し気にテーブルを叩くと、窓の方へ歩いて行った。
(くそぅ……こんな時にブロワー先生がいてくれたらな。何か、良い解決策を考えてくれるはずなんだ……ああ、エリスたちを死なせずに敵を防ぐ方法はないものか……)
ベルナールは窓の外を見ながら、思案に暮れるのだった。
偽りの英雄の最期 2
ベルナールが悩んでいたころ、まさに彼が予想した通り、アラン・ドラトは恐怖と狂気の果てに、王国首脳が考えたそのままの作戦を思いつき、それを実行しようとしていた。
「おい、お前、ちょっと来い」
「はい、ご主人様」
哀れなエリスは、あられもない姿でベルナールの前に進み出る。
「お前は確かエリスという名だったな? そして、王城にいたな。ベルナールという男は知っているか?」
「はい。ベルナール・オランドは、王立学校の教師で、私の担任です」
エリスは機械のような口調で答えた。
「ほお、あいつは教師なのか。そして、お前はその生徒か……ふふふ……そいつはますます都合がいい。よいか、エリス、これからお前は帝国軍の兵士として、ユーリンへの総攻撃に加わるのだ。そして、チャンスがあれば、ベルナールを殺せ、よいな?」
アランはほくそ笑みながらエリスにそう命じた。
「はい、ご主人様。必ずや、ベルナール・オランドを殺します」
アランは満足げに笑った後、テントの外へ向かって叫んだ。
「おい、誰かいるか?」
すぐに、兵士の1人がかしこまってテントの中に入って来た。
「はっ、ここに」
「この女と王国の冒険者どもを連れて行き、一般の兵士と同じ装備を与えよ。そして、歩兵部隊に入れておけ」
「はっ、承知しました」
エリスと兵士が出て行くと、アランはこらえきれないように声を殺して笑いながら、狂気じみた目を輝かせた。
「くくく……さて、兵士の中に可愛い教え子がいると知ったら、先生様はどうなさるかな」
「待て、オランド、無茶は許さぬぞ。お前は王国軍の総司令官なのだぞ」
ベルナールの作戦を聞いたガルニア侯爵は、首を振ってベルナールを止めた。
「はい、分かっております。しかし、敵が動き出してからでは遅い。ドラトがどのように動くか、偵察だけでもしておかないと、対処のしようがありません」
「ううむ、それはそうなのだが……斥候兵に任せたらどうなのだ?」
ガルニア候の言葉に、ベルナールは首を振った。
「今回は斥候にも作戦は明かせません。もし、斥候が《魅了》に掛かって、作戦の内容をしゃべってしまったら、一巻の終わりです。ガルニア候とオラニエ殿には、敵の目を引き付けるために、敵と300メートル間をおいて陣を敷いてもらいます。敵が攻めてきたら、防御に徹し、少しずつ後退していってください」
ガルニア候もハンスも、ベルナールの固い決意を変えることはできなかった。
「分かった。だが、決して無理はするなよ。ブロワーに連絡を取ってなるべく早く来てもらう。これが最後の機会ではない、それを忘れるな」
「はい。あくまでも敵の動きとエリスたちの様子を探るのが目的です。それが掴めたら、すぐに引き返します」
ベルナールの言葉に、ガルニア候とハンスも頷き、ここにこの戦争の大きな転機となる作戦が始まろうとしていた。
ベルナールは、自らが言ったように、これは偵察のための作戦だと考えていた。だから、アラン・ドラトと直接接触する事態は想定していなかった。
翌朝、まだ薄暗いうちに、彼は斥候兵2人とともに、密かに街の北門から出て行った。
「閣下、偵察隊より報告です。敵軍が動き出しました。兵力はおよそ5000、重装歩兵部隊を中心にこちらへ向かっているとのことです」
司令部のテントの外から、下士官が中に向かって声をかける。
「そうか……恐らくこちらが動かないので様子見のつもりだろう。とりあえず半分の1万の兵を布陣させろ。残り半分は司令部前に整列するように伝えろ」
中から、アランが命令を下す。
「はっ」
下士官は苦々しい表情で、その場を去って行く。
「さて、そろそろ着替えるか。おい、服を持って来い」
今まで弄んでいた女を押しのけて、アランは立ち上がった。
「司令官殿、敵の偵察部隊は予想通り、移動中のわが軍を見張るために移動しました。今なら敵の本陣の近くまで行けます」
斥候に出ていた兵士が戻って来て、ベルナールにそう告げた。
「よし、行くぞ」
ベルナールは丘の陰から出て、2人の兵士とともに敵陣の西側へ迂回して近づいていった。
「全員よく聞けっ。北方軍はもはや当てにできぬ。だが、ここにいる中央軍だけでも、ユーリンを攻め落とすには十分な兵力だ。今夜、暗くなるのを待って、南と北から同時に総攻撃を開始する。幸い、敵は5000もの兵を城の外に出している。まず、この敵軍を挟み撃ちにして殲滅する。そして、守りの薄くなった南北の城門を《破城槌(はじょうつい)》で打ち破り、街の中に入り、街を焼き尽くし、破壊するのだ。略奪は自由。ただし、敵軍を1人残らず殺した後だ」
いつもであれば、この言葉に兵士たちは歓声を上げて応えるところだが、兵士たちは下を向いたまま「おうっ」と返事をし、武器を掲げて足を2回踏み鳴らしただけだった。これから始まることを彼らは知っていたのだ。
「さて、兵士たちよ、喜べ。これから君たちに『死を恐れぬ勇気』を与えよう。それによって君たちはどこの国にも負けない無敵の軍隊になるのだ。素晴らしいと思わないか?
さあ、顔を上げて、こちらを見たまえ。我、アラン・ドラトが神より賜いし宝を授けよう……」
アランの言葉に、だが兵士たちは数人を除いて顔を上げない。その数人とは、エリスと何人かの冒険者たちだった。
ちょうどその時、ベルナールは司令部のテントの裏にたどり着いていた。
(しめた、アランはテントの外だ。中にエリスがいるかもしれない)
ベルナールは無言で2人の兵に見張るように合図すると、テントをめくり思い切って中に飛び込んだ。
テントの中には、裸同然の姿の女たちが4人、テーブルを囲んで座りお茶を飲んでいたが、突然飛び込んできたベルナールを見て、驚きと恐怖に顔を引きつらせ、思わずカップを落としたり、椅子から転げ落ちたりした。
「待てっ!声を出すな。君たちに危害を加えるつもりはない」
ベルナールが、叫び声を上げようとする女たちに低く強い調子でそう言ったとき、異変は起こった。
「っ!」
「っ!」
「っ! あ、わ、私は……」
「っ! はっ……ま、魔法が解けたの?」
女たちは夢から覚めたように、お互いの顔を見合って、涙を流し始めた。
ベルナールはこのとき、ようやく《センプトブル》の発動条件を悟った。いや、条件も何もなかったのだ。彼が強く望み、相手に何かを命じるだけで良かったのである。
「すまないが、教えてくれないか?ここに、エリス・モートンという少女はいなかったか?」
ベルナールの問いに、抱き合って泣いていた女たちは顔を上げた。
「はい、いました。でも、昨日、兵士にするために連れて行かれました」
1人の黒髪の女が答え、それを聞いたベルナールは悔し気な表情で拳を握りしめた。
「くそ、遅かったか……」
「あ、あの、あなたは、いったい……」
「申し遅れた。私はベルナール・オランド。王国軍の者だ」
「「「お、王国軍!?」」」
「しいっ、静かに」
女たちの叫び声に、ベルナールが慌てて声を出さないように言ったが、遅かった。
「ん? さっきから、何か騒がしいな……」
兵士たちの列の中を移動しながら《魅了》を掛ける作業をしていたアランは、テントから聞こえてくる女たちの声に、いったん作業をやめて、そちらへ向かった。
テントの外で見張っていた2人の兵士が、アランがテントに近づいてくるのを見て、慌ててベルナールに声を掛けた。
「し、司令官、ドラトがこちらへ来ます」
それを聞いたベルナールは、どうするか判断に迷った。
当初の作戦では、あと30分後くらいにハンスたち宮廷魔導士団が、帝国軍の近くに派手な魔法攻撃を仕掛け、それを合図にベルナールたちは情報収集をやめて街へ帰る、という手筈になっていた。
(今、ここから去るのは簡単だ。だが、この女性たちが《魅了》を解かれているとドラトが知ったら、私が来たことがバレるだろう。そうすれば、エリスたちは最悪殺されるか、救出がさらに困難な状況に追い込まれる……)
ベルナールは迷った挙句、半ばやけっぱちとも思われる大胆な行動に出た。
彼はその端正な顔に微かな微笑みを浮かべて、決然とテントから出て行った。
「ごきげんよう、ドラト王子」
偽りの英雄の最期 3
テントから20メートルほどの所まで来ていたアランは、突然中から現れたベルナールを見て、驚愕のあまり固まってしまい、パクパクと口を動かしたが言葉が出てこなかった。
「悪いが、ここで貴様の首を獲り、この無意味な戦争を終わらせる!」
ベルナールはそう言うと、ロングソードを引き抜いて一気に走り出そうと身構えた。
「ひいいいっ、だ、だ、誰か、あいつを止めろおおおっ」
ようやく声を出せるようになったアランは、ガクガク震える足で逃げ出しながら叫んだが、足がもつれてすぐに倒れ、地面を這いつくばった。
先ほど《魅了》を掛けられていた兵士たちが、走って来てベルナールの行く手に立ちはだかった。しかし、その他の兵士たちは《魅了》に掛からないように目をつぶって、その場に立っているのが精いっぱいだった。彼らは心の中では(早くドラト王子が死んでくれればいい)と願っていたのだ。
「ご主人様、ベルナール・オランドを殺します」
「おお、エリスか。お前はここで私を守れ。私が逃げるまで時間を稼ぐのだ」
「承知しました」
エリスと冒険者たちが、アランを守るために壁を作った。
「どけどけっ、目を覚ますんだっ」
やみくもに剣や槍を持って立ち向かってくる兵士たちを蹴散らしながら、ベルナールが叫んだ。
「あっ、こ、これは……」
「っ!と、解けたのか……」
兵士たちはその声を聞くと、《魅了》から解放され、正気に戻った。
ベルナールの目に、よろめきながら必死に逃げようとしているアランの姿が見えた。しかし、その前に立ちはだかっているのは帝国兵の装備を身にまとったエリスと冒険者たちだった。
ベルナールは、鬼のような形相で地の果てまで届けと言わんばかりの声で叫んだ。
「エリィース!! 何をしている、バカ者がああぁっ。お前の敵はあの男、アラン・ドラトだああっ!」
「っ!あっ、オ、オランド先生っ!」
エリスと冒険者たちの《魅了》は、同時に解けた。
気が抜けたように地面に座り込むエリスたちの横を、ベルナールはすさまじい形相で走り抜けていく。
今、アランは騎兵用の馬に何とか這い上がって、逃げ出そうとしていた。馬のわき腹を蹴り、いななく馬の手綱を引いて一気に駆け出す。
ベルナールは必死に走ったが、すんでのところで馬は走り出してしまった。このままでは、また、あと一歩のところでアランに逃げられてしまう。
(ああ、神よ、神よ、1度も自ら礼拝に行かなかったことをお詫びします。この先はできるだけ、教会へ足を運ぶことをお約束します。ですから、今は、今この時だけは、どうか、私に力をお与えください)
ベルナールは生まれて初めて神にすがった。そして手に持ったロングソードを握り替え、槍のように持って大きく後ろへ振りかぶった。去って行くアランの背中が次第に小さくなっていく。
地に堕ちたとはいえ、相手は英雄、どんな奇跡が起こって逃げ延びるか分からない。
「でええやあああっ!!」
渾身の力を込めて、ベルナールはロングソードを投じた。それは、あのクラーケンに槍を打ち込んだ時と同様に、うなりを上げて弾丸のような速さで飛んでいった。
ズドッ!!
「グワアアァァッ!!」
アランが身に着けた最高級の頑丈な鎧も難なく突き破り、彼の胸からロングソードが突き出した。
そのまま馬は走り続けたが、やがてアランの体は馬から落ちて草原に転がった。
それを確認したベルナールは、気が抜けたように膝をついてふーっと大きく息を吐いた。
周囲は静まり返り、草原を拭き渡る風の音だけが聞こえていた。
「ん?」
地面に目を落としていたベルナールは、たくさんの足音とざわざわした話し声に気づいて、身構えながら顔を上げた。帝国兵が自分を捕らえに来たと思ったのである。だが、違った。
帝国兵たちが自分の横を通り過ぎて、アランの方へ近づいていく。そして、今、横を通り過ぎていったのは、テントの中にいた女たちだった。
「オランド先生……」
不意に背後から聞こえてきた声に振り返ると、エリスが悲しみと怒りに満ちた目でベルナールを見つめていた。
「エリス……」
ベルナールはどう声を掛けたらいいか分からず、ゆっくりと立ち上がって言葉を懸命に探した。しかし、ベルナールが何か言う前に、エリスが頭を下げてこう言った。
「先生、助けてくださってありがとうございます……」
「……すまない……もっと早く来ていれば……」
ベルナールには彼女を慰める言葉は見つからなかった。
「いいえ、こうして、元の自分の意識を取り戻すことができた、それだけで……すみません、お礼は改めて述べます。今は、まだやるべきことが……」
エリスは悲しい目をしたままそう言い残すと、大勢の人間が集まっている中へ入っていった。ベルナールも彼女の後を追っていった。
アラン・ドラトはすでに絶命して多量の血の海の中に横たわっていた。それを帝国兵たちが囲んで、黙って見つめていた。
そこへ、アランの奴隷になっていた女たちが現れ、その中の2人がアランの体を突き通しているロングソードを協力しながら背中の方から引き抜いた。また、後の2人は死体を覆っている鎧を外していった。彼女たちは無表情な青白い顔で、機械的にそれらの作業を終えた。
今やアランは、何かをつかむように両手を上げ、恐怖に引きつった顔で目を見開いたまま、下着姿の死体となって仰向けになっていた。
「地獄に堕ちろっ!」
血に濡れたロングソードを持った女が、低い声でそう叫び、アランの腹部に2回剣を突き刺した。そして、死体の顔に唾を吐きかけると次の者に交代した。
「父と母、兄弟たちの恨み、思い知れっ!」
次の女もそう叫んで、死体に2回剣を突き刺した。
こうして、4人の女たちが交代で恨みを晴らした後、エリスが死体に近づいていった。
ベルナールは、できるならやめさせたかったのだが、今のエリスには、それしか心の安定を保つ方法はないのだろうと、しかたなく黙って見守っていた。
エリスは無言のままアランの死体を見下ろし、突き刺さっている剣を引き抜いた。そして、急に怒りに満ちた表情になり、死体の下腹部に力任せに剣を突き刺した。それをあと2回ほど繰り返すと、今度はフウ、フウと荒い息を吐きながら、アランの顔に剣を向けた。
「エリス、待てっ!……もう、十分だ。顔を潰してしまうと、帝国の王にアランが死んだことを認めさせることができなくなる」
ベルナールの声に、エリスは剣を振り上げたまま、ブルブルと手を震わせていたが、やがて涙をポロポロと落としながら、がっくりとその場に膝から崩れ落ちた。
「うわあああぁっ……あああ、あ、あ、ああああぁぁ……」
エリスは天を仰いで、怒りとも悲しみとも分からない声で叫び続けた。女たちもそれにつられて抱き合いながら泣き始めた。そして、帝国兵たちは皆、首を垂れてその声をじっと受け止め続けた。
「失礼する。私は、帝国中央軍第1騎兵軍団を率いるザイード・アフラムと申します」
まだ、女たちの泣き声が続く中、ベルナールのもとへ1人の年配の騎士が近づいて来て目礼しながら声を掛けた。
「王国軍総司令官、クライス・オランドです」
ベルナールの答えに騎士は驚いたが、すぐに軽く頭を下げて言った。
「そ、総司令官……いや、失礼。王国軍のけた外れの強さは聞いておりましたが、まさか総司令官殿が単騎で、2万の敵軍の中に飛び込んでこられるとは……」
ベルナールは思わず苦笑しながら、さばさばした顔で答えた。
「あはは……いや、最初は偵察だけのつもりでした。何がどうしてこうなったのか、自分でも分かりません。抵抗するつもりはありません。アラン・ドラトを倒せたので、もう私の役目は終わりました。どうぞ、そちらの自由にしてください」
騎士は瞠目するようにベルナールを見つめてから、さっと姿勢を正した。
「ザイード・アフラム、帝国軍司令官に代わり、王国軍並びにトゥ―ラン国軍に対して、休戦を申し入れたく、承諾をお願いできませぬか?」
ベルナールは少し驚いた顔をしたが、しばし考えてからこう答えた。
「その申し出、喜んでお受けいたしましょう。ただし、正式な取り決めは、トゥ―ラン国の元首と帝国の元首との話し合いで決める、ということでよろしいか?」
「はっ、それで結構です」
騎士の答えを聞き、ベルナールは微笑みながら手を差し出した。騎士もその手をしっかりと握った。
その瞬間、帝国軍の兵士たちの間から、うおおおっ、と言う歓声が上がり、それは次第に広がって大きくなっていった。
ここに、帝国によるトゥ―ラン国への侵略戦争は、幕を閉じたのであった。
帝国軍が満を持してトゥ―ラン国への侵攻を開始してから、10日が過ぎようとしていた。
アラン・ドラトが帝国内の反対勢力を一掃し、トゥ―ラン国とその最大の友好国であるグランデル王国の国王や中枢部を《魅了》で自分の操り人形と化し、もうそれで、鼻歌気分でトゥ―ラン国を手中に収められると、アランも兵士たちも信じていた。
ところが、現実はそう甘くはなかった。
先ず、誤算だったのは、第3王子に国を動かす力など無いと高をくくって放っておいたにもかかわらず、トゥ―ラン国第3王子ウェイが、軍と民心を掌握し、高い士気で抵抗していたことである。
アランの《魅了》で何とか中央軍は、第1、第2の城塞都市は陥落させたが、第3の城塞都市ユーリンはいまだに落とせずにいる。
トゥ―ラン軍は《魅了》の恐ろしさを理解し、それに対する対策をひねり出していた。それは、決して正面から打って出ず、少人数の奇襲部隊を交互に繰り出し、側面や後方から奇襲を繰り返すことだった。
もちろん、その少人数部隊がアランに魅了を掛けられ、味方に攻めてくることも度々あった。
「もし、われわれが奴の魔法にかかって攻めてきたら、遠慮なく殺してくれ。その覚悟はできている。トゥーラン国万歳っ!ウェイ王子に栄光あれっ!」
出撃する兵士たちは皆そう言って、万歳を叫びながら城の抜け道へ消えていった。
城塞兵たちは涙を流しながらも、心を鬼にして、襲い掛かってくるかつての仲間たちを殺していたのだ。それによって兵の数は徐々に少なくなってはいたが、動揺することはなく、ますます意気高く強固な抵抗を続けていた。
「くそっ、トゥーランのこざかしいネズミどもめ……何か手はないのか、もっと手っ取り早く奴らを駆除する方法は……」
帝国軍の本陣、その中でひときわ大きく豪奢なテントの中、高価な絨毯が敷き詰められ、《魅了》に掛かった多くの女たちがあられもない姿ではべっている。その中には、あのエリス・モートンの姿もあった。
しかし、ここ最近、アランは常にイライラして酒に気を紛らす日々を送っていた。
彼は、帝国をあまりにも簡単に手に入れすぎた。ただ、自分の操り人形を増やすだけで良かったからだ。1つの国を手に入れるのはこんなにも楽な事なのか、と彼は誤解してしまった。
また、彼も他の兵士たちも訓練以外の実戦経験は皆無だった。実戦経験のある老齢の将軍や重臣たちは、戦争に反対を唱えたためにことごとく捕えられ殺されてしまった。
今、彼の周りにいて助言をする者たちは、皆ゴマすりが得意で自分の保身しか考えていない無能な側近ばかり。しかも、アランは裏切りを恐れて、大半の側近たちに《魅了》を掛けていたのである。
そんな状態だったから、困難な局面を打開する方策は誰も進言できず、ただ、むやみに数にまかせて力押しを続けるばかりだった。
帝国の英雄アラン・ドラトの最大の誤算は、とりもなおさず、己の力を過信しすぎたことに他ならなかった。
「どうだ、ブロワー先生?何か見えたか?」
「ええ、やはり、見張りの部隊はいるようですね。船は今の所見えないので、恐らく地上部隊でしょう」
星明りだけの海の上で、静かな波の音だけが聞こえている。
沖に停泊した王国正規軍の旗艦船の甲板に、ルート、ベルナール、ガルニア侯爵の3人が集まって話をしていた。
ルートは、夜目が効く従魔のシルフィーを使って、上陸予定のペイグーの港の様子を探っていたのである。絆を強めた従魔との知覚の共有、テイマーしか味わえない特権である。
ルートはシルフィーに戻ってくるよう念話で伝えてから、つぶっていた目を開いた。
「見張りも油断しているようです。夜のうちに一気に接岸すべきでしょう」
「よし、わかった。では、全艦に突入の指令を」
「通信兵っ、点滅信号っ!全艦突入せよ、良いか?全艦突入せよじゃ」
船が力強く動き出す。
船の動力は、乗船員のオールによる手漕ぎだ。ルートはまだ、蒸気機関を船に転用していなかった。造ろうと思えば、すぐにでもパドル船やスクリュー船も造れるのだが、それは直接軍事目的に悪用される恐れが多分にあった。
将来、世界の国々が一堂に会し、問題や取り決め事を話し合う国際連合のような組織ができたら、改めて船や鉄道への転用をやってみようと考えているルートだった。
「お、おい、なんか海の方がやけに暗くないか?」
「ん?そりゃあ暗いだろうさ、夜だからな」
「いや、そうじゃねえって、ほら、見てみろよ」
小さな灯台の下で、たき火をしながら見張りをしていた2人の帝国兵は、暗い沖合に目を凝らしてじっと見つめた。そしてようやく、海を埋め尽くす大船団の黒い波が、もう目の前に迫っていることに気づいたのである。
「う、うわあああっ、て、て、敵襲だああ」
2人は腰を抜かしながらも、なんとか這いつくばりながら、港の奥にある守備隊本部まで帰りつき、眠っていた兵たちに敵船の襲来を知らせた。
しかし、もうすでに時は遅かった。
ボートに乗り換えた王国軍の兵士たちが、次々に上陸を始めていたのである。
一番早く堤防の端に接岸したルートとベルナール、5人の斥候兵たちは、通路を確保するべく、一番広い通りに飛び込んでいった。
「前方より、敵の一団!数およそ50」
先頭の斥候兵が叫んだ。
鎧を着た兵士たちの足音が、ルートたちの耳にも届いてきた。
「僕が最初に一撃しますよ」
ルートはそう言うと、建物の陰から飛び出して、前方にバトルスタッフを向け、片手は空に向かって突き上げた。
無詠唱で大きな火の玉が空に向かって打ち上がった。
「っ!な、何だ?攻撃魔法か?」
明々と照らされた路地に、驚いて立ち止まり空を見上げる帝国兵たちの姿が浮かび上がった。
しかし、それは味方への合図とともに、戦いの始まりを告げるのろしでもあった。
ルートのスタッフから、今度は鋭い氷の矢が一度に10本放たれ、目にもとまらぬ速さで前方の敵兵たちに襲いかかっていった。
「ぐわああっ」「ぎゃあっ」「ひいいいっ」
固い鎧をも貫く氷の矢に、数人の敵兵たちがバタバタと倒れていく。
「よし、今だ、突撃ィィっ!」
ベルナールの号令一下、集まり始めていた兵士たちは一斉に、うおーっという雄叫びを上げながら、ひるんだ敵の一団に向かって走り出した。
戦いはあっという間に決着がついた。
ベルナールの凄まじい強さに、戦いの経験のない帝国兵たちはすぐに武器を手放して降伏したのである。ただ、数人の敵兵たちが逃げだしたので、斥候兵がすぐに追いかけていった。
「全軍が集結できる場所を探してまいれ」
「はっ」
「この捕虜たちを尋問し、本部の場所と他に伏せ兵がいないか聞き出せ」
「承知しました」
ガルニア侯爵がきびきびと副官の役割を果たし、兵たちに指示を出していた。
ルートとベルナールは、波止場に立って、続々と接岸してくる軍船と、上陸する兵士たちや馬の群れを眺めていた。
「ここにはどのくらいの数の兵士を置いておくべきかな?」
「そうですね……200でどうでしょうか?港には50隻弱の船しか停泊できません。後の大半の船は少し離れた沖に停泊します。敵がもし攻めてきたとしても、大半の船が安全なら帰りの心配はありません」
「うむ、そうだな。よし、そうしよう。おお、来たな」
ベルナールは頷いた後、陸揚げされた〝あるもの〟を見て、子供のように目を輝かせた。
それは、船のタラップをゆっくり下りてくる2台の「蒸気自動馬車」だった。
ルートが作らせた特別製で、車体は乗合馬車に使っている物と同じものだったが、座席はすべて取り外し、荷物用の広いスペースを確保し、外側をチタン合金の板で補強してあった。
北部戦線異状アリ 1
ルートは、同じ「補強運搬型の蒸気自動馬車」を民兵団にも2台持たせていた。民兵団のものは、主に動けないケガ人や病人を運ぶ目的であった。
「いやあ、実に素晴らしい……ブロワー教授、この蒸気自動馬車は最高ですよ」
そんなことを言いながら、運転席から降りてきたのは、宮廷魔導士団長ハンス・オラニエだった。
「まったくです、同意しますよ、オラニエ男爵」
ベルナールもさっそく自動馬車の周囲を回って眺めながらそう言った。
王国正規軍の2台の蒸気自動馬車は、宮廷魔導士団専用だ。戦場で、彼らはこれに乗り込み、縦横に移動しながら《魅了》に掛かった兵士たちを解呪しつつ、遠距離、中距離魔法を敵軍に浴びせる、いわば「武装装甲車」の役割を果たすのである。
翌朝、王国正規軍は港の守備に200人を残し、北部に侵攻した帝国軍を殲滅するため、ペイグーを出発した。
「閣下、中央軍司令部よりまた伝令が来ております」
「またか……通せ」
帝国北方軍司令官は、サルエル・アスターという老齢の将軍だった。ただ、彼はこれまで帝国の領土拡大に多大な貢献をした歴戦の雄として、軍部はもちろん、国民からも尊敬されている人物だった。
アランは、当初彼も《魅了》で操り人形にしようと考えていたが、実戦経験のない者がほとんどの軍を動かせる人物が何人かは必要だった。アランの命令だけに従う人形だけでは、戦争は出来ないのだ。
だから、アスター将軍を含めて、指揮官クラスの10人には《魅了》を掛けず、軍の指揮を執らせていた。
ただし、反逆できないように彼らの家族を人質にしていたのである。
「アラン・ドラト最高司令官閣下からの伝言を伝える……」
うんざりした表情の老将軍は、それでもしかたなく胸に手を当てて頭を下げた。
「閣下に置かれては、北方軍はすみやかに軍を進め、ユーリンを後方から攻撃せよ、とのご命令である。全力を以て命令を遂行されたし。以上である」
「確かに承ったと閣下に伝えよ」
伝令は軽く敬礼すると、本部のテントから出ていった。
「……ふん、何がすみやかにだ。こっちも全力で戦っているんだ、素人め」
「か、閣下、そのようなことを大声で……」
「かまわん。どうせ老い先短い命だ、殺したければ殺すがいい。もううんざりだ。
ザーレス、そなたは1000人の兵を率いてユーリンへ向かえ」
「はっ、し、しかし閣下、こちらはよろしいのですか?残りの兵は5000になりますが」
「よい。トゥ―ラン側も、これ以上の増援は出来まい。もう少し相手の戦力を削ったら、総攻撃を掛けて、イジャンの街を落とす」
「分かりました。では、行ってまいります」
北方軍副司令官のヤヒム・ザーレスは、急ぎ部隊を選抜して中央軍の支援に向かった。だが、その部隊がユーリンに到着することはなかった。
彼らが、険しい山道や森をいとわず、最短コースを取っていたなら、遅くはなっても無事にユーリンに着いたかもしれない。だが、安全な迂回路を選んだばかりに、イジャン後方から進んできたグランデル王国正規軍と正面からぶつかってしまったのだった。
「な、何ぃ……どうしてグランデルの軍がここに……」
ザーレスは幻を見ているかのように、呆然と平原を埋め尽くす軍団の旗印を見つめていた。
本来なら、急いで退却して本隊に合流すべきだったが、彼も死に場所を求めていた1人だった。
「わしは今から、グランデル王国軍に一矢を報いる戦いに行く。わしとともに帝国軍の誇りを見せたいと思う者だけ残れ。他の者は急ぎ本隊の戻り、アスター将軍閣下にこう伝えよ。
『北北東より、グランデル王国軍約1万進軍中。ヤヒム・ザーレスは、これより王国軍に損害を与えるべく、最後の戦いに参る』」
ザーレスの下に残ったのは、わずか200人足らずの兵たちだった。
「報告っ。前方より、敵騎馬隊約200、こちらに向かってきております」
斥候部隊から伝令の兵士がそう伝えてきた。
「ご苦労。オランド司令官、いかがなされますか?」
ガルニア侯爵の問いに、ベルナールはちょっと考えてからこう言った。
「わずか200とは、もしかすると和議の使者かもしれませんね。私とブロワー君、それと100人の兵で、あの丘の上で迎えることにしましょう。兵たちは丘のふもとで待機させておいてください」
「承知しました」
ルートとベルナールは、100人の騎兵を伴って丘の上に上っていった。
起伏の多い平原の向こうから、帝国の旗印を掲げた騎馬隊が近づいてきていた。
「止まれ~~っ。我々はグランデル王国軍だ。帝国の騎兵隊が何用で参ったのか?」
「ふん、何の用だと?戦うために決まっておるわ」
「そうか。だが、この後ろには1万の王国軍が控えている。その数で戦えば、ただ無駄死にするだけだぞ」
「笑止っ、帝国軍の誇りと意地に賭けて、貴様たちに一泡吹かせられれば悔いはない。我らを侮るなっ!」
ベルナールは、もはや説得は無駄だと判断して、臨戦態勢に入った。
「今、武器を捨てて降伏すれば、捕虜として丁重な待遇をお約束しますよ。そして、この戦いが終わったら、帝国に引き渡します。無駄な血を流すのはやめませんか?」
ルートが最後の説得を試みてそう言ったが、ザーレスの覚悟を覆すことはできなかった。
「ふん、我々を殺しに来た者たちが、何故情けを掛けるのか?是非も無し、いざ、参る!」
ザーレスはそう言い放つと、剣を抜いて高く掲げた。
「総員、突撃~~っ!」
彼の号令一下、200人の騎馬兵が、うおおっと叫び声を上げて動き出した。
ところが次の瞬間、彼らの行く手に突然、土の壁が地面から出てきて立ちはだかったのである。
馬のいななきと落馬する兵たちの悲鳴が錯そうした。慌てて方向を変えようとした者たちもいたが、そちらにも土の壁が立ちはだかった。
結局、ザーレスと騎馬兵たちは、土の壁に周囲を取り囲まれてしまったのであった。
もちろん、ルートの無詠唱魔法である。
ルートはベルナールとともに、土のドームの所へ下りて行って、壁の1か所に人が入れるくらいの穴を開け、中に入っていった。
「これは、何の真似だ?王国軍は正々堂々と戦うことも知らぬ野蛮人どもか?」
「何をそう死に急いでいる?それでも一軍の指揮官か?それとも、部下を無駄死にさせても平気な、ただの愚か者か?」
「な、何ぃ……」
「あなたたちは、アラン・ドラトにやむなく従っている、そうではないのですか?」
ズバリと指摘されて、ザーレスは動揺したが、今はそれを言っても仕方のないことだ。だが、もし、本当に敵が情けを掛けてくれるなら、部下たちの命は助けてやりたかった。
ザーレスは馬から降りると、剣を引き抜いて前に進み出た。
「わしは、帝国北方軍副司令官ヤヒム・ザーレス。1対1の勝負を申し込む。わしが勝てば、その方達いずれかの首1つを手土産に、本隊へ引き返すことを約束しよう。わしが負けたら、わしの首を差し出そう。ただ、部下たちは捕虜にして命を助けてほしい」
「ザ、ザーレス様、我らもご一緒に戦います」
「黙れっ!これは隊長命令だ、よいな?これからは生きて故郷に帰ることを第1の目的とせよ」
「その申し出、承った。王国軍総司令官ベルナール・オランド、お相手いたす」
「総司令官……それは相手にとって不足なし。いざ、参る」
区切られた空間の中で、2人の指揮官の決闘が始まった。
しかし、その技量差は圧倒的だった。ベルナールは、向かって来たザーレスの剣を、レイピアで軽くいなしながら、1か所にとどまったまま、ただ体の向きを少し変えるだけだった。
帝国内では、その剣の実力を高く評価されていたザーレスだったが、相手と大人と子供という以上の差があることをすぐに悟った。だが、決闘である以上、おめおめと負けを認めることはできなかった。
「ハァ……ハァ……でやあああっ!」
肩で大きく息をしながらも、ザーレスは死を覚悟して一気にベルナールの間合いに踏み込んでいった。
対して、ベルナールは構えもしないまま、力むことなく目にもとまらぬ速さでレイピアを一閃した。
ボトッ、という鈍い音に続いて、ガシャッと金属音が響いた。
「うぐっ!ううう……」
血が噴き出す右手を押さえて、ザーレスは地面にうずくまった。彼の右手の手首から上とロングソードが、血に汚れた地面に落ちていた。
北部戦線異状アリ 2
「……そうか……ヤヒムは逝ったか……やはり、グランデル王国は死んではいなかったな」
本隊に帰って来た兵士の報告を聞いて、サルエル・アスターは深いため息を吐いた。
先日、グランデル王国から帰って来たアラン・ドラトの勝ち誇った報告を聞いたとき、彼は心の中で異を唱えていた。
(かの王国がそんなに簡単に死に体になるはずがない。例え王や重臣たちが《魅了》に掛かったとしても、国を動かす逸材はいくらでもいるだろう。なにより、かの国にはあのハイエルフの大魔導士ルルーシュ・リーフベルがいるのだ……)
サルエルは30年近く前のことを思い出していた。
当時、ラニト帝国は西大陸の中央部をほぼ制圧し、大陸最大の大国になっていたが、まだ周辺部には抵抗を続けるいくつかの部族国家が存在し、たびたび武力衝突を起こして、軍は休む間もなく出兵を繰り返していた。
サリエルは、その頃30代半ばだったが、すでに度重なる武勲を上げて将軍の地位に上り詰め、ほとんど戦地には行かず、王の側近として政務や外交に携わることが多くなっていた。
そんなある日、王から思いがけない依頼を受けた。
それは、15歳になる皇太子ミゲールの留学に、付き人としてグランデル王国へ行ってくれないか、というものだった。当然、皇太子の護衛が一番の仕事だが、世界で一番豊かで発展していると噂の王国を、つぶさに見て何か帝国のためになる情報を持ち帰ってほしいという、王の願いもあった。
忠誠心の塊のようなサリエルに、当然王命を断ることはできなかった。ただ、彼には危惧することが1つあった。それは、もともと粗暴な性質の上に、甘やかされて育った皇太子ミゲールのことだった。
人生のほとんどを戦場で生きてきたサリエルにとって、外国のしかも学園という世界は
まったく新鮮な別世界だった。彼は護衛や外交行事の合間を縫って、積極的に王都の街を見て回ったり、学園内の授業や行事に参加したりして、見聞を広めていった。
ただ、当初危惧していた通り、ミゲールはたびたび他の生徒とトラブルを起こし、そのたびにサリエルは、リーフベル所長に呼ばれてお説教を喰らうことになった。
見かけは10歳前後の少女で、最初はサリエルも侮っていたところがあったが、何度も話をするうちに、その底知れない博識と人間としての度量の大きさに圧倒され、いつしか崇拝の対象にまでなっていたのだった。
結局、ミゲールは1年も持たず、停学処分を受けたのを機に帝国へ帰国し、サリエルもともに帰国せざるを得なかったが、彼の心の中には、優秀な人材を育て続ける王国の教育環境とそれを指導する偉大な魔導士への限りない憧憬が消えることはなかった。
「……さて、サリエル・アスター、最後のご奉公に行くとするか」
老将軍はそうつぶやくと、晴れやかな顔で立ち上がった。
できれば、王国とは戦いたくなかった。しかし、彼は帝国に忠誠を誓った将軍であった。私情は捨てて、帝国のために命を捧げることが、彼の生きる意味だった。
「全軍に集合命令を!」
老将軍の最後の戦い、〝イジャン総攻撃〟が始まろうとしていた。
その頃、すでにイジャンの街に入城していた王国軍は、壊れた城壁の修復や負傷者の救護にあたっていた。
ルートたちはイジャンの領主や守備隊長テイ・イガンらと、今後の作戦を協議していた。
「……そうか。2度の総攻撃に良く持ちこたえたな、称賛に値する」
「はっ、ありがたきお褒めの言葉、痛み入ります。恐らく、敵も食料や物資の補給に難があるものと思われます。偵察の者の報告では、この10日間で、補給部隊は1回しか到着しておりません」
「なるほど……兵たちが疲弊していて、何度も総攻撃を行える状態ではないと」
「はい、恐らく」
「ふむ、そうなると、この機にあたっては、籠城よりもこちらから打って出た方が良いかもしれませんね」
ベルナールの言葉に、全員が頷いた。
「よし、では出陣の準備だ。まず、斥候を放って敵の様子を探らせよう」
ガルニア侯爵の言葉に、全員が行動を始めようとしたその時、会議室に伝令の兵士が飛び込んできた。
「報告します。帝国軍が動き出しました。その数およそ5000。現在、街の西方500メートル地点を行軍中」
「先手を打って来たか。オランド、どうする?」
ガルニア候の問いに、ベルナールは少し考えてから、にっこり微笑んで全員を見回した。
「騎兵隊300、重騎士隊300を城門前に待機。指揮は私が執ります。ブロワー先生と魔導士団には城壁の上に待機してもらいます。
敵を100メートルまで引き寄せた後、まず、ブロワー先生たちに特大の魔法を放ってもらい、前衛、中衛の敵を粉砕。混乱したところに私が騎兵を率いて突撃、一気に敵の指揮官の首を取ります。残党兵は重騎士隊と、後発の部隊で掃除してもらいます」
普通なら無謀とそしられるような作戦で、現にテイ・イガンは、呆れて反対を口にしようとしたが、すでに王国側は動き出していた。
「ブロワー先生、上に行く前に、僕たちに例の魔法を頼む」
「っ!ああ、そうでした。分かりました、行きましょう」
「よし、ではいくぞ。ブロワー、ハンス、頼んだぞ」
「はい」
「お任せあれ」
平原を埋め尽くす帝国軍が、見事な陣形を組んで整然とイジャンの城壁に近づいていた。
「全軍に停止の合図を」
城壁まで200メートルの距離に近づいたとき、サリエルは行軍に停止の命令を発した。
城壁の前に、王国の旗を掲げた軍団が整列していたからだ。
「将軍、報告では王国軍は1万ということでしたが、あそこにいるのはせいぜい5、600。いったい、敵は何を考えているのでしょうか?」
部下の問いに、サリエルはしばらく思案してからこう言った。
「よく分からんが、あの部隊は恐らく〝おとり〟であろう。我々をかき乱して、中央に兵を集中させてから、側面に潜ませた本隊で奇襲を掛ける……」
「し、しかし、周囲にはそんな人数を隠せるような場所は見当たりませんが……」
「……ふむ……であれば、引き付けてから、城門を開き、一気に本隊を繰り出してくるか……いずれにしろ、おとりにかく乱されず、正面から城門を破壊して街に入る、それだけだ」
「はっ。では、あのおとり部隊を中央付近まで引き込んで、周囲を取り囲み、一気に殲滅いたします」
「うむ、それでよい。では、進軍開始っ!」
これまで正攻法の戦い方でどんな相手にも勝利を収めてきたサリエルからすれば、ベルナールの作戦は、まったく考えられない愚挙に他ならなかった。
まさか、〝おとり〟だと思っていた部隊が本隊で、自分の命を狙いに来るなどとは知る由も無かったのである。
北部戦線異状アリ 3
「もうすぐ敵は予定位置に入りますね」
宮廷魔導士団長ハンス・オラニエは、壁石の陰から前方を見ながら、楽しくてしようがないといった表情で、ルートにささやいた。
「ブロワー先生、どんな魔法を使うおつもりですか?」
「ええ……炎系だと、オランド先生たちが突撃したときに、余熱で馬が傷つくかもしれません。土系だと、やはり進行の邪魔になるでしょう。となると、水か風ですが、今回は風でいきます」
ルートはそう言うと、立ち上がった。
ハンスと宮廷魔導士団30名も立ち上がる。
ルートは、目をつぶって両手を前に突き出し、手のひらを帝国軍に向けた。ルートの全身を薄緑色の光が包はじめ、特に両手の周囲は強い輝きを放ち始めた。
ハンスと団員たちは驚きに口を開き、子供のように目を輝かせてそれを見ていた。
「グラン・トルネード・ボムっ!」
ルートの叫びとともに、帝国軍の頭上に巨大な大気の歪みが現れ、そこから暗く渦巻く巨大な竜巻のようなものが落ちてきたのである。
「な、何だ、あれは」
「お、おい、下りてくるぞ」
「うわああっ、に、逃げろおおおっ」
それは、まさに巨大な〝風の爆弾〟だった。
渦巻く風は、一気に数千の兵士たちを空中に巻き上げ、周囲の兵士たちを吹き飛ばした。その衝撃は敵ばかりか、味方にも及んだ。
城門の前に待機していたベルナールたちは、全員風に吹き飛ばされて倒れ、何人かが城壁に激突してけがをした。
城壁の上の魔導士たちも、慌てて地面に這いつくばり、石にしがみついて何とか落下を防ぐのがやっとだった。
「おいおい、ブロワー先生、やりすぎだってえの……くくく、あははは……だが、おかげで行く手は無人の荒野だ。よし、お前たち、無事な奴は俺に続けっ!一気に敵の大将を討ち取るぞ」
うおおおっ!
ベルナールを先頭に、騎兵隊が突撃を開始した。やっと立ち上がった帝国兵たちが、何とか行く手を阻もうとするが、蹴散らされてしまう。そして後ろからやって来た重騎士隊に次々と倒されていった。
「隊列を組めえっ、盾を並べろ、槍兵、構ええっ!」
吹き散らされ、腰を抜かし、混乱の極に達していた後方の帝国部隊は、向かってくる騎兵隊を前にようやく隊列を何とか整えようとしていた。
ところが、今度は空から、巻き上げられていた味方の兵たちがバラバラと雨のように降って来たのである。それは、広い平原を埋め尽くすかのように、しばらく続いた。
この悪夢のような異様な光景に、帝国兵たちの動揺は極まり、指揮官たちも抑えられる状態ではなかった。
ベルナールは、上から落ちてくる兵士たちに注意しながら、ゆっくりと後方部隊の前に進んでいった。そして、盾と槍兵が並んだ前で止まると、手を上げて左右に振った。すると、ベルナールだけを正面に残し、騎兵隊は左右2つに分かれて、帝国軍を側面から攻撃する位置に待機した、
また、後ろから追いついてきた重騎兵たちは、ベルナールを守るように、前に出て盾と槍を構えた。
さらに、城門からは、王国軍とイジャン軍が続々と出てきていた。
「弓兵、集まれっ!正面と左右の騎馬兵に矢の雨を降らせてやれっ!」
サリエルはまだ心を折られてはいなかった。
半数以上の兵士を一瞬にして葬り去られた異常な魔法には、さすがの歴戦の雄である彼も度肝を抜かれたが、それでもまだ半分の兵士は残っている。
王国軍に一泡吹かせて、帝国の誇りを胸に華々しく散ってゆく。サリエルの頭には、その光景が鮮やかに思い描かれていた。
だが、そんな彼の最後の夢も、無残に打ち砕かれる時が訪れた。
半円状に整列した弓兵たちが、一斉に矢を放つ。交互に立ち上がりながら、矢の雨を降らせ続けた。しかし……。
「いざ、参るっ!」
ベルナールはあえて馬から下りると、レイピアを手に真っすぐにサリエルに向かって歩き出した。300人の重騎士たちは一斉に彼の周囲を二重に取り囲んで一緒に移動を始める。雨のように降り注ぐ矢は、誰にも刺さることはなかった。
ルートお得意の《防御結界》を全員が身にまとっていたのである。
「な、ど、どういうことだ?」
「馬にも矢が刺さらない、なぜだ?」
帝国軍の兵士たちは恐慌に陥りながらも、迫ってくるベルナールを阻止するために、周囲から一斉に襲い掛かる。それを重騎士たちが食い止め、左右の騎兵たちが背後から襲い掛かり、周囲を囲んだ帝国兵たちを蹴散らしていく。
正面から来る敵は、ベルナールが一刀のもとに切り伏せていく。
「しょ、将軍、彼らは化け物です。今はどうかお逃げください。ここは我らが食い止めます」
「いや、もはやわし1人が逃げたところで、帝国の行く末がどうなるものでもない。帝国は道を誤ったのだ」
サリエルの目に、正面から日差しを受けながら近づいてくる、金髪の端正な顔立ちの若い騎士の姿が映っていた。飛んで来る矢を切り落とし、周囲から突き出される槍や剣を打ち払い、淀みない足取りで近づいてくるその姿は、天上の神の使徒のごとく神々しく眩しかった。
「帝国の将軍とお見受けいたす。私は王国軍総司令官クライス・オランド。そのお命、もらい受ける」
「ほざけえっ」
周囲を取り囲んだ帝国兵の1人が、そう叫んで槍を投げた。その穂先は真っすぐにベルナールの首に向かって飛んでいった。
ベルナールはわずかに後ろに体をずらすと、剣を持たない左手でその槍をガシッと掴んだ。
「やめいっ、バカ者!無駄に命を捨てるな。手出し無用だ、よいな」
サリエルは周囲の兵たちにそう叫ぶと、剣を引き抜いて前に歩いていった。
「わしは、サリエル・アスター。この北方軍を預かっておる老いぼれじゃ。
のう、王国の若き英雄よ、死出の土産に聞かせてくれぬか?」
「はい、私に答えられることであれば」
「うむ、感謝する。では、聞くが、あの風の魔法はやはり宮廷魔導士団のなせる技か?」
「いいえ、あれは、王都の王立学校の天才教師、ルート・ブロワーの魔法です」
「なんと……王立学校の教師とな……では、ルルーシュ・リーフベルの愛弟子というわけか、……なるほど、そうだったのか」
「リーフベル所長をご存じなので?」
「ああ、昔な、王立学校にしばらくお世話になったことがある。懐かしい思い出じゃ」
「そうですか……実は、私も王立学校の教師をしております。あなたのことは、必ずリーフベル所長にお伝えしましょう」
それを聞いた老将軍の顔に、驚きと同時に限りない憧憬の微笑みが浮かんだ。
「ああ、やはり王国は偉大だ……そなたやブロワーという天才魔導士が次の世代の若者を育てていく、なんともうらやましい限りじゃ。
のう、若き英雄よ、1つ願いを聞いてくれぬか?」
「うかがいましょう」
すでにサリエル・アスターの表情は晴れやかで、戦いを超越した喜びに満ちていた。
「この戦は、ほどなく帝国の敗北で終わるであろう。後の始末は、トゥ―ラン国と王国で存分に話し合って決めるがよかろう。
ただ、死にゆく老いぼれのせめてものお願いじゃ。どうか、帝国にも若者を教育する学校を作ってはもらえまいか。帝国には残念ながら学校がない。知識は王族と一部の金持ちが独占しておるのじゃ。王国のように、志を持った若者が誰でも学べる学校を作ってもらいたいのじゃ」
今度は、ベルナールが驚くと同時に、やや複雑な表情で目を伏せたが、やがて決意を秘めた表情でサリエルを見つめた。
「恥ずかしながら、現在の王国の学校は誰でも入学できるという建前とは裏腹に、やはり貴族と一部の金持ちの商人の子女しか入学しておりません。
これは絶対に改革しなければならない問題だと考えております。だが、帝国の場合は、1から作ることができる。国が運営し、すべての子供たちが学べる学校を作ることも可能だと考えます……」
ベルナールはそこで間をおいてから、姿勢を正し、言葉を続けた。
「……ですが、それはやはり、帝国の人間の手で作られるべきです。
アスター殿、どうか降伏を。そして、生きて帝国に帰り、あなたの手で理想とする学校を作ってくださいませんか」
サリエルの顔に深い苦悩の色が浮かんだ。
「……わしは、帝国の、そしてトゥ―ラン国の多くの兵士たちの命を奪った。その罪は許されるものではない」
「それは、命令に従った結果でしょう。裁かれるべきは、あなたに命令した者です。そして、罪を償うというならば、生きて国に帰り、国の未来のために残りの命を捧げるべきではありませんか?」
老将軍は深いため息を吐いてから、傍らに控えた側近の兵士に向かって言った。
「マハールよ、わしはどうすればいいと思う?」
「はっ……われわれは将軍のご命令に従うだけです。どうか、お心のままに」
「そうか……」
サリエルは決意を固めた表情で顔を上げ、周囲を見回した。
敵も味方も、今はただ、老将軍を見つめ、その決断をじっと待っていた。
サリエルはスーッと息を吸い込むと、平原に響き渡る太い声でこう叫んだ。
「帝国の勇士たちよ、よく聞け。我々はこれより、王国の軍門に下り降伏する。速やかに武器を捨てよ。降伏は恥ではない。無駄に命を捨てることこそ恥と知るべきである。
諸君らは必ず生きて故郷に帰り、国の未来のために尽くしてくれ。以上だ」
帝国の兵士たちも、王国の兵士たちもその言葉にどよめいた。多くは安どの声だったが、もちろん降伏に不満を持つ者も少なからずいた。
だが、この後、彼らは戦争が終わるまでイジャンの街に拘留されたが、およそ捕虜とは思えないほどの厚遇を受け、次第にその不満も消えていったのだった。
ともあれ、こうして王国軍は当初の予定通り、帝国の北方軍を殲滅し、いよいよ帝国中央軍との戦いに向かうことになったのである。
ルート、西へ 1
「閣下、良くご無事で……」
「おお、ヤヒム、そなた生きておったか、良かった……良かった」
イジャンの街で、捕虜たちの収容施設の1つとなった領兵駐屯地の訓練場で、帝国の将軍と右手の先を失った副官は再会を果たした。
「何と礼を言えばよいか……王国の情け深い処遇に感謝する」
「いや、礼にはおよばぬよ、将軍。われわれが望むのは一刻も早くこの戦争を終わらせることだ。兵を殺すことが目的ではない。それはそなたも同じではないか?」
「まことにその通りです」
「うむ、そこで、折り入って頼みがあるのだが、帝国の内情と軍について、少し教えてもらえまいか?」
サリエルはうつむいてじっと考えていたが、やがて顔を上げた。そこにはすべてを捨ててでも故国の再生を願う老将の覚悟が表れていた。
「わかりました。お話ししましょう」
「か、閣下、よろしいのですか?これは、国への反逆になりますぞ」
「良いのだ。これで戦が早く終わるなら、わしはいくらでも反逆者の汚名を着ようぞ」
「そうですか。やはり、戦争が続いて民衆はかなり疲弊しているのですね。だから、補給物資もなかなかそろわないということですか。
それと、中央軍には魔導士部隊があり、攻撃魔法と防御魔法が使えると……」
ガルニア侯爵の報告に、ルートは頷きながら考え込んだ。
「うむ、うちと同じ50人ほどの精鋭部隊だそうじゃ。だが、ユーリンの街にも魔導士部隊が送り込まれて、敵の市街地への攻撃魔法を防御魔法で防いでいるらしい。それで、アラン・ドラトもかなり焦っているという話じゃ」
「なるほど、分かりました。そうなると、今回のように魔法で一気に粉砕とはいかないようですね。やはり、補給線を叩いて、戦意を削るのが早道でしょう。
僕は当初の予定通り、これから帝国領に潜入し、補給ルートや周辺の地図作成、情報の収集をしながら民兵団に合流します」
「うむ、頼むぞ。こちらはユーリンに急ぎ合流し、《魅了》の被害を防ぎつつ、相手が戦意を失うまで粘り強く戦うことにする」
今後の作戦の大筋は決まった。後はこの作戦に従い、事態の変化には臨機応変に対処するだけだ。
「ブロワー先生、大変な役目を背負わせてすまない。何かできることがあれば、何でも言ってくれ」
明朝の出発の準備をしていたルートの部屋へ、ベルナールがワインの瓶を片手に現れてそう言った。
「いいえ、こういう仕事は僕に向いているのだと思います。だから、苦にはなりませんよ」
「うん、君が誰よりもうまく任務を果たすだろうってことは分かっている。それでもあえて言うよ、くれぐれも注意してくれたまえ。君は王国にとって、失うわけにいかない人間なんだから(僕にとっても)」
「あはは……ありがとうございます。でも、それは、お互い様ですよ。先生も十分気を付けてください。今日のような無茶な真似は絶対しないでください。
いいですか、もう一度言っておきますが、《防御結界》はあくまでも物理的な衝撃しか防げませんからね。魔法の攻撃は防げないんです。今日、もし相手方に魔法使いがいたら、先生は死んでいたかもしれないんですよ」
「ああ、分かった、分かったから……あはは……では、お互いに気を付けるということで、乾杯しよう」
ルートは苦笑しながら、収納バッグからグラスを2個取り出した。
ベルナールがそれにワインを注いで、片方をルートに渡す。
「では、お互いの武運と、無事にユーリンで再会できることを祈って」
「先生に早くいい人が見つかることを祈って」
「おいおい、待ちたまえ、それは今は関係ないだろう?」
「いや、大ありですよ。なぜなら、僕にはリーナがいます。だから、何としても自分の命を大事にしようと思っています。先生にもいい人がいたら、今日のようなあんな無茶はしないでしょう?」
ベルナールは一瞬目を見開いて、ルートの真剣な眼差しを見つめていたが、やがて1本取られたというように苦笑しながら頭に手をやった。
「あはは……参った。うん、気を付けるよ。だが、君はまだ僕を見くびっているね。いや、僕の強さのことじゃなく、僕がいかに女性にモテるかということだ。とてもじゃないが、1人だけを選べるような状況にないんでね、すまないが」
「ああ、はいはい、それはおみそれいたしましたね」
「あ、信じてないな。よかろう、今から僕が今までに愛の告白を受けた女性の名を挙げていこうじゃないか。まずは、リズリーだ、彼女は……」
以後、ルートは延々とベルナールの恋バナを聞かされる羽目になった。しかし、こうしてワインを酌み交わしながら、他愛もない話を語り合った戦場での一夜は、2人にとって、いつまでも心に残る良き思い出になったのであった。
翌日の早朝、ルートは主だった人々や兵士たちに見送られながら、イジャンの城門を出て、いったん北へ向かって出発した。
「本当に1人で大丈夫なのですか?」
小さくなっていく後姿を見つめながら、魔導士団長のハンスが心配げにつぶやいた。
「ああ、心配は無用じゃ。奴が人や魔物に負ける姿など、およそ想像がつかぬし、何かに困った姿も想像できぬ」
ガルニア候の言葉を受けて頷きながら、ベルナールが口を開いた。
「そうですね。まあ、唯一想像できるとすれば、彼が若い女性に惚れられて、それを知ったリーナさんの前で、土下座して必死に言い訳している姿でしょうか」
ベルナールが真面目な顔で冗談を言うと、そのルートの姿を想像したガルニア候とハンスは思わず吹き出してしまった。
「ふぇ、っくしょん……なんだ、風邪でもひいたかな……にしても、遠いなぁ。こんな時、リーナみたいに《加速》のスキルがあったらなあ……」
草もまばらな、起伏の多い平原を北西に向かいながら、ルートは独り言をつぶやいていた。
「そう言えば、《加速》の発現条件って何だろう?ううむ……」
ルートは加速のスキルを持っている人物を思い浮かべ、その共通点を考えた。
「体術かな?あり得るな……よし、試してみるか。まず、体術を取得して、レベルを上げて、走り回ればいいのかな?」
ルートは旅の楽しみを見つけて、うきうきしながら足取りも軽くなった。彼方に見える国境の山並みまで、なるべく魔物や山賊が出そうな場所を通っていくことにした。
ルート、西へ 2
「おっと、あぶない……ふふふ……さあ、来い、まとめて相手してやる」
夜の暗闇の中に、ランドウルフの唸り声が不気味に響いていた。すでに、3匹の仲間を倒され、残り3匹となったランドウルフたちは、警戒してなかなか動き出さない。
ルートは全身に《防御結界》を掛け、《VOMP》を使ってウルフたちの姿を捉えていた。
《防御結界》を掛けているので、ウルフたちの攻撃はまったく通じなかったが、それではだめなのだ。《体術》のスキルを得るためには、できるだけ相手の攻撃をかわし、こちらの打撃や蹴りを相手に撃ち込む必要があるのだ。
この日、ルートは日が落ちるまでに、およそ60キロメートルの道のりを歩き回り、ランドウルフや角ウサギ、ダークランドポニー(闇属性小型草原馬の魔物)などを相手に、バトルスタッフの打撃だけで20匹あまり倒していた。
国境の山のふもとでキャンプの用意を始めたとき、食べ物の匂いに引き寄せられたのか、ランドウルフの群れが現れ、戦いになったのであった。
「そっちから来ないなら、こっちから行くぞ」
ルートはバトルスタッフを構えて3匹の中央に突進していった。
ガウッ!ウガウゥ……ギャンッ!
ガアアァゥッ、キャウ~~ン……
左右から襲い掛かって来たウルフたちを、スタッフで殴り倒し、残った1匹に突進しようとしたとき、そいつはかなわないと見て、さっと身をひるがえして走り去っていった。
ルートはウルフの死体をマジックバッグに収納すると、今夜のねぐらと決めた崖下の洞穴に入っていった。
雨水の浸食で自然にできた穴らしく、中はやっと体を横たえられるくらいの狭いスペースで、天井には地上に向かって大きな穴が開いていた。
「雨が降らなくて幸いだったな。さて、夕食にするか」
木がなかったので、バッグからクズ魔石を数個取り出し、魔力で火をおこした。食料は軍から支給された携帯用のパンや干し肉などが10日分バッグに収納されていたが、ルートがバッグから取り出したのは、タイムズ商会で作られたハンバーガーと唐揚げだった。
バッグの中は時間が止まっているので、どれだけ時間が経っても作りたての新鮮さをそのまま味わうことができる。だから、ルートはこんなときのために、いろいろな食べ物をちょくちょくバッグに収納して貯め込んでいたのだ。
「どれどれ、体術は習得で来たかな?」
ハンバーガーにかぶりつきながら、彼は自分に《解析》を掛けてステータスを確認した。
《名前》 ルート・ブロワー
《種族》 人族
《性別》 ♂
《年齢》 14
《職業》 教師、商人、冒険者
《状態》 健康
《ステータス》
レベル : 113
生命力 : 625
力 : 286
魔力 : 1028
物理防御力: 297
魔法防御力: 508
知力 : 1264
敏捷性 : 202
器用さ : 558
《スキル》 真理探究 Rnk9 創造魔法 Rnk10
解析 Rnk5 火属性 Rnk5 水属性 Rnk5
統合 Rnk5 風属性 Rnk5 土属性 Rnk5
テイム Rnk5 光属性 Rnk5 闇属性 Rnk5
魔力視覚化 Rnk4 無属性Rnk5
状態異常解除 Rnk1
体術 Rnk1
※ ティトラ神の愛し子
※ マーバラ神の加護
「おお、やった!来ましたよ、体術。ふっふっふ……明日からレベル上げに励むとしましょう……走り回るのは、ちょっと面倒だけどね」
にやりとほくそ笑んでそうつぶやいてから、ルートはナイフで唐揚げを突き刺し、魔石の火であぶり始める。
翌日、朝から山道を登り始め、昼少し前にルートは国境の山の頂上に立った。
ルートは岩の上に腰を下ろして、初めて見るラニト帝国の風景にしばし見入った。
見渡す限りの大平野、点在する森、小麦や野菜の畑と小さな村々。はるか彼方の左右に2つ、城壁のある街が見える。
のどかな風景であり、見える範囲では国土の開発はあまり進んでいないように見えた。
ルートは肩掛けバッグから、愛用のメモ帳と鉛筆を取り出し、簡単な地図を描き始める。子供の頃使っていたクズ紙ではなく、製本された日記帳兼用のメモ帳だ。ルートの道具も少しずつグレードアップしているのだ。
「よし……では、行きますか」
地図を描き終えると、ルートは立ち上がって山道を元気に下り始めた。いよいよ帝国に足を踏み入れるのである。心地よい緊張感と高揚感がルートを包んでいた。
「パドラ、あんまり遠くまで行ったらだめよ。魔物が出るからね」
「はーい。アーキムが守ってくれるから心配しないで。行ってきます」
そこは、帝国の中で国境に一番近い街ナスル。
戦争が続き、農産物や肉は軍に徴収され続け、人々は限られた食料を高い金を払って奪い合うように買いあさっていた。当然、貧しい人々に残された食料はわずかで、何とか飢えをしのぐために、森に出かけて木の実やキノコを採ったり、中には危険な魔物を狩ろうとしたり、盗みを働く者も少なくはなかった。
幼馴染みの少年と少女は、その日も街の外の森に食料になるものを探しに出かけた。どちらの家の父親も商家の使用人で、高い食料を買うほど裕福ではなかったのだ。
「もう、この辺りの木の実は採り尽くされてる。キノコもないし……もっと奥に行かないと何も採れないよ」
「でも、奥には魔物がいるって、母さんが……」
「大丈夫だよ。そのときは逃げればいいさ。それに、パドラは俺が絶対守るから」
「アーキム……うん、分かった。じゃあ、行こう」
2人は淡い恋心に浮かれながら、まだ行ったことがない森の奥の方へ入っていった。
「あ、ほら、あそにキノコが……こっちにも、わあ、いっぱいあるよ、アーキム」
「ああ、それに、あれはパシュガの実だ。よし、俺が登って落とすから、パドラが拾ってくれ」
「うん、分かった」
2人はそれから夢中になって木の実やキノコを収穫した。そして、10分あまりが過ぎたときだった。
ウガアアアァゥゥッ……ゴアアァウウ
「あはは……こっちだ、こっち、のろま野郎っ!」
それは、恐ろしい魔物の唸り声と、人間の、それもまだ若い少年の声だった。
アーキムとパドラはかなり離れた森の奥から聞こえてくる声に、顔を見合わせて身を寄せ合った。
「な、何だろう、あれ」
「魔物、それも大物、キングベアかもしれない。でも、誰かが戦っている、笑いながら……」
「笑いながら?そんなこと、あり得ない」
「でも、ほら、聞こえるだろう?すごく楽しそうな声……」
「う、うん……み、見に行ってみる?」
「うん」
2人は足音を忍ばせながら、声のする方へそっと近づいて行った。
ガウワウッ……グオオオッ……ウガッ!
「おっと、残念、そりゃああっ」
ルートの体術はランクが1つ上がって、格段に動きが早くスムースになっていた。
まだ、ときどき攻撃を喰らうことはあったが、こちらの攻撃が決まる回数が多くなり、倒す時間も短くなっていた。
この森に入って、すでにボアを2頭倒し、今、初めての大物、キングベアと戦っていた。
「ほら、こっちだ、こっち」
木の陰から木の陰へ移動しながら、突進して鋭い爪を振り回すキングベアの攻撃をかわして、すでに10回以上バトルスタッフを突き刺し、叩きつけていたが、さすがに相手はタフだった。
キングベアの方も、何度も同じ方法で痛い目に遭っていたので、さすがに学習したらしい。木の陰に隠れたルートに突進するふりをして、ルートが飛び出すところへ襲い掛かってきたのだ。
「きゃああっ!危ないッ!」
茂みの陰から見ていたパドラが思わず叫んだ。
その声に驚いたルートは、一瞬集中力が切れて、キングベアが振り回した右手の一撃をまともに食らって吹き飛び、木に激突した。
キングベアはそれで片付いたと思ったのか、叫び声が聞こえた方へゆっくりと振り返った。
「や、やべえ、パドラ、逃げるぞ」
2人は茂みから立ち上がって、慌てて逃げ出した。
グオオオッ!
キングベアは、一声雄叫びを上げると、四つん這いになって2人を追いかける体制に入った。
「きゃああああっ」
「うわあああっ、た、たすけてえええっ」
2人はキングベアの威嚇の雄叫びに腰を抜かして地面に倒れ込み、必死に叫び、神に祈った。
ドスンッ!
彼らの目の前で、キングベアはまるで魂を抜かれたように、一瞬動きを止め、そしてそのまま地響きを立てて地面に倒れ込んだ。
「やあ、危なかったねえ、あはは……」
何が起きたのか訳が分からず呆然となった2人の前に、明るい笑い声を上げながら、ローブを着た1人の少年が現れた。
ルート、西へ 3
「な、なんで生きてるの?」
キングベアの本気の一撃を受けて木に激突したら、普通は即死か瀕死の重傷のはずだ。2人は、目の前の少年が幽霊に違いないと思い、ガタガタと震えながら泣きそうな顔になっていた。
「ああ、ええっと、ほら、僕は軽いからフワ~ッと飛んだだけって感じで……」
ルートは、《結界防御》を掛けてるから平気だ、などと言っても説明が面倒だと思い適当な言い訳を口にしたが、明らかに信じてもらえてはいないようだ。
「ま、まあ、細かいことは気にしないでよ、あはは……ところで、君たちは向こうにある街から来たの?」
「あ、ああ、そうだけど……」
「街に兵隊さんとかいない?僕は遠くから来たんだけど、ほら、今戦争やってるでしょう?よそ者は怪しまれないかなって心配なんだ」
2人は顔を見合わせた。いかにも怪しい少年だが、同時に命の恩人でもある。
「街には軍の食料保管倉庫があるから、守備隊の兵士がいるよ。数は少ないけど」
「街に行きたいの?」
「う、うん、おなかすいたから、何か食べたいなあって、あはは……あ、そうだ、こいつを食べてもいいな、君たち、魔物の解体は出来る?」
ルートの問いに、2人はブルブルと首を振った。
「無理だよ、そんなでかいの。ホーンラビットやボアの解体は手伝ったことあるけど」
そういう答えが返ってくることも、ルートには織り込み済みだった。
「そうか……街には解体できる人はいるかな?」
「ああ、いるよ。肉屋もあるし、ギルドのハジーブさんなら、こんな魔物も解体できるよ」
「ギルド?冒険者ギルドかい?」
「うん。でも、今は冒険者も軍に連れて行かれて誰もいないんだ。ギルドにも受付のカミーラさんとギルマスのハジーブさんしかいない」
「そうか。じゃあ、そのハジーブさんにお願いしようかな。頼んでくれるかい?ええっと、君の名前は?」
「俺はアーキム、この子はパドラ」
「アーキムにパドラだね、よろしく。僕はルートっていうんだ。一応冒険者だよ」
「冒険者かぁ、どおりで強いはずだ。でも、年は俺と同じくらいに見えるけど、あのキングベアを倒すなんてすげえな」
「ねえ、どうやって倒したの?」
「ええっと、正確に言うと倒したんじゃなく、魔法で眠らせているんだ。ああ、大丈夫だよ、今からちゃんと殺してから持っていくから」
ルートの言葉にパドラがはっとしたように言った。
「眠りの魔法、聞いたことある。キノコが魔獣化したダークヘルマッシュルームは、胞子をまき散らして眠らせるんだって」
「それって魔法じゃないじゃん」
余計な突っ込みを入れたアーキムは、パドラに睨まれ、慌ててごまかすようにこう言った。
「あ、ああ、それじゃあ帰ろうか。でも、このキングベア、どうやって運ぶんだ?」
「ああ、それなら心配いらないよ」
ルートはそう言うと、スリープで眠らせたキングベアの所へ行って、まず、ナイフで喉を切り、血が流れ出てしまうのを待ってから、愛用の肩掛けバッグの中に収納した。
「うわあっ、すげえ、それマジックバッグなのか?君はいったい、何者なんだ?この国の人間じゃないってことは、髪の色や目の色で分かるけど……」
「だから、冒険者だよ。世界中を旅して回ってるんだ。さあ、街へ行こう」
ルートはそう言って笑いながら、頭の上に?マークをたくさん浮かべた2人と一緒に街へ向かった。
「ほお、冒険者で、世界中を旅してるねえ……ギルドカード見せてくれるか?」
ナスルの冒険者ギルドのギルド長ハジーブは、あからさまに不審者を見る目でルートを見ながら、ルートが差し出したカードを受け取った。
「ルート・ブロワー……な、ビ、Bランクだと?」
ハジーブは裏や表を何度も確認しながら、カードが本物かどうかを確かめた。
「登録はポルージャ支部……お前、王国の人間か?」
「はい、そうです。2か月前にこの国に来て、あちこち回っていたんですが、戦争が始まっちゃって。王国の人間なので見つかったらやばいと思って、ずっと、森の中や山道を歩いて、やっとここまで来たんですよ。何とか、王国に帰る方法はないですか?」
ルートの即興のでまかせに、アーキムとパドラは納得して何度も頷いていた。
「ハジーブさん、間違いないよ。この人、森の中でキングベアと戦っていたんだ。普通なら、わざわざあんな危険な森に入るはずないよ」
「普通ならな……だが、このカードが本物なら、こいつはBランク冒険者だ。よほどの強い魔物以外、余裕で倒せる」
ハジーブの答えに、パドラが頷きながら興奮したように言った。
「ええ、だって、この人キングベアと笑いながら戦っていたのよ。それに、キングベアに殴られたのにケガもしてなかったの」
ハジーブは片手を上げて2人に黙るように合図し、しばらく混乱する頭を押さえてじっと考え込んでいた。
(現在この国はトゥーラン国と戦争中だ。噂では、トゥ―ラン国を助けるために、王国が動き出すのではないかと言われている……そのタイミングで、突然現れた王国の少年……しかも、この年齢でBランクの冒険者だという……どう考えても怪しすぎるだろう……)
ハジーブは顔を上げると、ルートにギルドカードを返してこう言った。
「悪いが、お前さんに情報を渡すわけにはいかねえな。すぐにこの街から出て行ってくれ」
「な、なんでだよ、ハジーブさん、この人、俺たちの命の恩人なんだぜ?」
「そうよ、すぐに出て行けなんて、ひどいわ」
アーキムとパドラはそう言って、ハジーブを非難したが、ルートは心の中でハジーブを称賛していた。
(へえ、なかなか優秀なギルマスだなあ。正解だよ、ハジーブさん。ここは諦めるしかないか)
「アーキム、パドラ、ありがとう。もういいよ。ハジーブさんが疑うのは当然だから」
ルートは2人にそう言ってから、ハジーブの方を向いた。
「分かりました。すぐに街を出ます。それで、2人に聞いたのですが、街の食料が軍に徴収されて、食べるものが不足しているとか。よかったら、僕が倒した魔物を受け取ってください。マジックバッグにたくさん入ってますので、ぜひ、貧しい人たちに安く売ってあげてください。余ったら、軍に供出してもいいですから」
「な、マジックバッグも持っているのか?しかも、た、ただでか?」
「はい、もちろん代金なんていりません。ええっと、広い場所はありますか?」
「あ、ああ、解体場は裏にある。こっちだ」
ルートたちは受付の横を通って、裏の解体兼買い取り場へ向かった。
「ここに出してくれ」
ルートはハジーブが指示した場所に、ここまでの道中で倒したキングベアを始め、ボア、ホーンラビット、ランドウルフなどを次々に20体ほど出して積み重ねた。
2人の少年少女もハジーブもその量に驚き、開いた口が塞がらない状態だった。
「ああ、魔石は、良かったらこの2人にいくつかあげてください。それじゃあ、解体よろしくお願いします」
ルートはそう言うと、去って行こうとした。
「ま、待てっ、待ってくれ……」
ハジーブはそう言ってルートを引き留めると、何やら急いで受付の方へ歩いて行った。
「カミーラ、ナスル領の地図を出してくれ」
「え、あ、はい……いいんですか?」
「ああ、構わん。このまま街を追い出したんじゃ、後味が悪くて眠れねえ。ブロワー、こっちへ来てくれ」
ハジーブは、ラウンジのテーブルに地図を置いてルートを呼んだ。
「いいか、ここがナスルの街だ。ここから南西へ70キロほど行くと、大きな道に出る。この道だ。これがトゥ―ラン国へ通じている幹線道路だ。
つまり、この道を東に行けばトゥ―ラン国へ出るわけだが、知っての通り、今この先では戦争が始まっている。ここを通り抜けるのはまず無理だ。まあ、山越えでも構わなければ、どこからでも国境は超えられるが、道は無いし、魔物はうじゃうじゃいるしで、山の中で迷って死ぬ確率はかなり高くなる。
そこでだ、この幹線道路を横切って南へ、そうだな300キロくらいかな、そのくらい行くと、バルージという小さな街がある。そこから東にいく交易道が伸びている。かなり長い旅になるが、その道ならあまり険しくは無いし、危険も少ないと思う」
ルートは、しっかりとハジーブの話を頭に焼き付けた。そして深く頭を下げた。
「なんとお礼を言っていいか……このご恩は忘れません」
「いや、これは対等な取引だ、気にするな。まだ、こんなもんじゃ対等とは言えないが、戦時中なのでな、これで勘弁してくれ」
ルートはもう一度頭を下げると、アーキムとパドラにも別れを告げてギルドの建物から出て行った。
街を出てしばらく歩いてから、ルートは後ろを振り返った。
恐らくもうこの街に来ることはないだろう。アーキムやパドラやハジーブにも、2度と会うことはないだろう。
「一期一会」という前世で好きだった言葉が、ふと頭に浮かんだ。
(いい出会いだった。彼らのこれからの幸せを祈ろう)
ルートはもう一度ナスルの街に手を振ると、もう再び振り返ることはなく、前を向いて歩き出した。
民兵団、動き出す 1
ルートが北から国境を越え、西に向かってナスルの街にたどり着き、そこから国境沿いに南下を始めた頃、コルテス子爵に率いられた民兵団は、リンハイに上陸した後、一路首都トゥ―ランを目指して移動していた。
途中の街や村に、避難路確保のための警護隊を200~300人ずつ配備し、2週間分の食料を置いていった。また、近辺の魔物や盗賊の討伐も行いながらの旅だったので、かなり時間がかかった。
ようやく彼らが首都の街に着いたのは、上陸して8日後のことだった。
「ようこそ、トゥ―ランへ。皆さんを心から歓迎いたします」
臨時の国王として、国難に立ち向かい奮闘しているウェイ王子が、わざわざ城門の所まで出てきて民兵団を出迎えた。
「グランデル国王に代わり、陛下自らの手厚い歓迎を心より感謝いたします。私は、民兵団の指揮を任されましたホアン・コルテスと申します」
「ユーリンに入られたガルニア侯爵閣下の伝令から詳細は聞いておりますよ、コルテス子爵。長旅、さぞお疲れでしょう、皆さんをお泊めする施設を用意してありますので、ご案内いたします」
そこは、帝国軍に占領された町や村から逃げてくる人々のために用意された近衛軍の訓練場だった。王城に隣接した広いグラウンドには、20人入る軍用の野外テントがおよそ500張りほどきちんと並んで建てられていた。すでに、陥落した2つの街からおよそ2000人が避難してここで生活していた。
「今、兵士は出払っていませんので、余っているテントと兵舎をご自由にお使いください。幹部の方々には、向こうの司令部の建物を使っていただこうと思っています」
「承知いたしました。しばらくの間ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いします」
「何をおっしゃいます。隣国のよしみとはいえ、わが国の危機にこうして駆けつけて下さった王国のご厚情、全国民、感謝こそすれ迷惑などと考えましょうや。この戦に勝利した暁には、必ずやご恩に報いる所存です」
「恐れ入ります。陛下、必ず勝利いたしましょうぞ」
ウェイ臨時国王とコルテス子爵は頷き合って、しっかりと手を握り合った。
「陛下、早速ですが、今後のわれわれ民兵団の行動について、お話しておきたいと思いますが、よろしいですか?」
「分かりました。では、城で会議を開きましょう。急ぎ帰って準備をいたします。1時間後に、城へおいで下さい」
ウェイ臨時国王は、そう言うと城へ帰っていった。
コルテス子爵は、部隊長たちを広場の一角に集め、宿営地の割り当てを行い、王城での会議に出席するメンバーを指名して、1時間後に集合するよう言い渡した。
「こんなとき、あいつがいたらなあ、ちょちょいのちょいっと、集合住宅を建ててくれるんだが……」
ジークとリーナは、兵舎の一室を割り当てられて、荷物の整理を始めていた。
5人部屋で、後の3人は、女性2人と男性1人の冒険者が選ばれた。
ジークの何気ないつぶやきに、リーナは思わず手を止めてうつむいた。
「あ、わ、悪イ……思い出させちまったか?あ、あいつなら、大丈夫だ、殺しても死なねえ奴だからよ」
「う、ん……ルートはどんなことがあっても大丈夫、信じている……」
リーナはそう言うと、怒ったようにリュックの中身をベッドの上に出し始めた。
ジークのびくついた様子を、同室の3人の冒険者たちがおかしそうに笑いをこらえながら見ていた。
リーナは怒っていたわけではなかった。無性に寂しくてならなかったのだ。彼女は、日頃べたべた甘えるタイプではない。どちらかというと、甘えたくても、ルートに迷惑を掛けたらいけないと、ストイックに我慢する性格だった。
だから、時折、ルートから抱きしめられたり、膝に抱かれて頭や尻尾を撫でられたりするのが、彼女にとっては至福の時間だった。
それが、もう10日近くご無沙汰なのだ。言うならば、彼女の心の栄養である《ルート成分》が枯渇していたのである。
「なるほど、作戦はよく分かりました。ですが、1000人もの部隊で山越えし、転戦して回るとなると、物資の輸送が大変ではないですか?」
トゥ―ラン城の会議室で、コルテス子爵は民兵団の運用について説明した。トゥ―ラン側の出席者たちは、ウェイ王を始め多くの重臣たちが納得し、期待に顔を輝かせていた。
だが、軍部の首脳たちは、民兵による敵補給部隊への襲撃や補給基地の破壊などには、懐疑的だった。
「それはご心配には及びません。ドルキン、それを……」
コルテス子爵は、微笑みながら輸送部隊の隊長であるハンス・ドルキンに、彼が肩に斜めに掛けているバッグを持ってくるように言った。
「このバッグは、輸送部隊の20人に持たせてあるものですが、この1つのバッグの中に1000人なら3か月間十分に養える食料を入れることができます。しかも、内部は時間の経過がありませんので、腐る心配もありません」
これを聞いたトゥ―ラン国側の出席者たちは、驚きを通り越してパニックになりかけた。
「つ、つまり、それは高性能のマジックバッグで、それを民兵が20個も持っていると?それ1つで街が1つまるまる買えるくらいの高価な物ではないのか?」
「王国はそれほど豊かなのか、信じられん……」
「ああ、驚かせてしまい、申し訳ありません。このマジックバッグは、丈夫さを追求して作らせた特注品で、1つ5万ベリーです。実は、それがこのバッグの値段そのままなのです。つまり、丈夫な普通のバッグをマジックバッグに変えることができる人間が、わが国にはおりまして、その者が、タダで民兵団に20個、正規軍に30個くれたのです」
コルテス子爵の回りくどい説明に、トゥ―ラン側の出席者たちは、まだよく呑み込めない様子でざわめいていた。
「つまり、王国にはその高性能のマジックバッグを作ることができる優秀な魔導士がいて、その者が1個5万ベリーで50個、つまり、250万ベリーもらうだけで、仕事をしてくれたということですか?」
ウェイ王の問いに、実際にはルートは1ベリーももらっていなかったのだが、コルテス子爵は頷いた。
「はい、そういうことです」
「それは何とも驚きですね。そのような魔導士がいることも驚きですが、国のために利益も度外視で忠誠を尽くせるとは、ぜひ、会ってみたいものです。宮廷魔導士団の方ですか?」
「い、いいえ、その者は、その、高齢でして、あまり外には出ないもので……」
コルテス子爵の苦しい説明に、ウェイ王は王国の秘密の匂いをかぎ取ったが、あえて追求せずこう言った。
「そうですか。戦争が終わったら、王国にぜひお礼を述べに参りたいと思っています。その折にでも会わせていただくよう、国王陛下にお願いしてみましょう」
その場は何とかそれで収まり、会議も無事に終わることができた。
しかし、コルテス子爵は大きな宿題を抱えることになってしまった。
「マジックバッグのことは秘密にすべきだったな」
「ああ、子爵もつい自慢したくなったんだろうけど、ミスったな」
「ん、ルートの名前出さなかったのは偉かったけど、王様にウソついた。コルテスさん、危うし」
宿舎に帰ったジークたちは、明日の出発の準備をしながら、そんな話をしていた。
一方、当のコルテス子爵も宿舎の司令部の部屋に帰って、頭を抱え込んで後悔していた。
「ああ、馬鹿だった……物資の運搬は他にごまかしようがあったのに……」
そんな子爵を、執事の老人が慰めるように言った。
「旦那様、そんなに心配なさることはございません。ブロワー様のことは秘密にすべきことでございます。旦那様はそれを守るためにやむなくウソをおつきになった。それはウェイ陛下もご理解下さるはずです」
「……そうだな。ありがとう、ケネス、少し気が楽になったぞ」
子爵が少年の頃から側に仕えている老執事は、さすがに主を慰めるコツを心得ていた。
民兵団、動き出す 2
戦争という状況下では、常にスパイや内通者の存在を頭に置いて言動に気をつけなければならない。それは、この世界でも常識である。
ルートという、王国にとってジョーカーとも言うべき存在を、絶対に敵には、いや、トゥ―ラン国の人間にも知られるわけにはいかなかった。
もし、彼の存在が知られて、暗殺組織に付け狙われたり、他国に利用されたりするリスクが増えることは、王国にとって避けなければならない絶対の不文律だった。
コルテス子爵は油断して、危うくその不文律を破りそうになったが、なんとか事なきを得たのは幸いだった。
というのは、実は、一枚岩の団結を誇るトゥ―ラン国だったが、やはり内通者はいたのだ。それは、王城の会議にも出席していたかつての王の側近で、今は財務管理の責任者であるテイ・フォンスという男だった。
彼は、アラン・トラドがトゥ―ラン国に突然現れ、国王以下を《魅了》で支配下に置いたとき、その場にいた。そして、アランの前で床に這いつくばり、何でもするから命だけは助けてくれと哀願したのだ。
アランは、彼が《魅了》を使わなくても意のままに操れるタイプの男だと、すぐに見抜いた。
そこで、アランは彼にこう命じたのだ。
「フォンス君、君をこの国を救う英雄にしてあげよう。いずれ、僕がこの国に軍を率いてやって来たとき、邪魔をしそうな奴らを今のうちに始末しておくんだ。そうしたら、僕は君を讃えて、金や地位を思いのまま与えることを約束しよう」
フォンスは即座にアランに忠誠を誓った。
ただ、彼が行動を起こす前に、ウェイ王子が国を掌握し、臨時の国王になった。一時は彼もウェイ側に鞍替えしようとも考えたが、アランの提案は魅力的過ぎた。それに、戦争が起これば、帝国軍が圧倒的に有利だと見ていた。勝ち馬に乗るのが処世術というものだ。
だが、ウェイ臨時国王の暗殺はほとんど不可能だった。そこで、彼は、トゥ―ラン国の機密情報を帝国側に流す、という方法で、アランへの忠誠を示そうと考えた。
民兵団の補給部隊攻撃作戦は、こうして帝国側に知られることになった。
「何だと?補給部隊の襲撃?……うぬうううっ、王国のくそネズミどもがあああっ」
連絡員から、民兵団の動きを聞いたアランは激怒して、手元にあるものを投げ散らかした。
先日、王国軍がユーリンの街に入城したという報告を聞いたときも、まさかという思いで、大きなショックを受けたばかりだった。
荒れ狂うアランを諫める者は誰もいない。彼はテントの中をめちゃくちゃにし、女たちを殴りつけた後、外に出て怒鳴った。
「ターヒルっ、ターヒルはおらぬのかっ?」
その声に、遠くから1人の男が走って来た。
「はっ、殿下、ここに」
「一個中隊を連れて、南の交易路へ向かえ。王国のネズミどもが1000人ほど国境を越えてくるという情報が入った。国境を越えた辺りで待ち伏せして、皆殺しにしろ」
「はっ、承知しました。ですが、あそこにはすでにマハムの部隊が警備についておりますが……」
「防ぐだけではダメだっ、皆殺しにせんと気が収まらん。いいか、1人として生かして帰すな、分かったかっ!」
「は、ははっ、必ずや。では、行って参ります」
指揮官が走り去った後も、しばらくの間アランは荒れ狂ったのだった。
まさか、自分たちの動きが帝国側に知られているとは知らないジークとリーナたち、襲撃部隊は、トゥ―ランの街に着いた翌日、さっそく行動を開始した。
早朝、まだ街が寝静まっている時間に、彼らは起き出して、軍用の門の前に整列した。
「特別部隊の諸君、君たちのこれからの戦いが、帝国に対する勝利へのカギを握っていると言っても過言ではない。各自くれぐれの命を大事にしながらも、勇敢なる戦いを期待している。王国の栄光のために!」
コルテス子爵の激に、全員が右手を挙げて、足を踏み鳴らした。
門が開かれ、ジークを先頭に部隊は3列で整然と街の外へ出て行った。
ジークの横で道案内をするのは、コルテス子爵の密偵として3か月前から帝国に潜入して情報を伝えていたカイト・マインズとメイ・マインズの義兄妹だった。
短時間だったが、ルートの薫陶を受けた2人は優秀な密偵に成長し、表情も見違えるように自信に満ち、たくましくなっていた。
「国境には、急造の砦が作られ、200人ほどの常駐部隊が警備しています。その手前は草原で隠れる場所がありません。守りを固められると面倒ですね」
2時間ほど歩いた後、小休止をする中で、ジークとリーナはカイトとメイから地図を使った説明を聞いていた。
「ふむ、なるほどな。左右の地形は、どうなっている?」
「両側とも崖です。もともとこの道は、森を避けて山の稜線伝いに作られた道なのです」
「攻めるに難く、守るに易い場所というわけか……リーナ、どうする?力任せで攻め落とすか?」
ジークに問われて、リーナは地図を見ながらじっと考え込んだ。そして、何かを思いついたようにカイトたちを見て問いかけた。
「砦は石でできてるの?」
「いいえ、急造ですので、石の土台の上に木を組んで作られています。前の方に柵、後ろのこことここに見張り台が建てられています。あとは木造の兵舎があるだけです」
リーナは頷いて、ジークに目を向けた。
「夜になるまでにこの辺りまで進む。暗くなったら、私が砦に潜入して見張りを倒す。誰かもう1人手伝ってもらって、柵と兵舎に油をまく。敵が寝静まった頃、火をつけた矢を大量に打ち込む」
「うわぁ、火攻めかよ。お前もなかなか悪どいことを考えるな」
「とても素晴らしい作戦だと思います。あの、私にお手伝いをさせてください」
メイが目をキラキラさせてリーナを見ながらそう言った。
「確かに成功すれば、とても効果的な作戦ですが、リーナさんには非常に危険な任務になります。大丈夫ですか?」
カイトの問いに、答えたのはジークだった。
「ああ、そっちの心配はしなくていいぜ。昼間でも、リーナを目視で追うのは不可能だ。メイさんのほうは大丈夫なのか?」
今度は、カイトが義妹に代わって答えた。
「はい、心配ご無用です。妹は、魔力感知と気配遮断のスキルを持っています。私より優秀なんです」
「よし、じゃあ、それでいくか」
ジークの決断に、全員がしっかりと頷いた。
南陵の砦
民兵特別部隊は、その日、山道が始まる所まで進み、まだ明るいうちに野営の準備を始めた。そして、早めの食事をとると、見張りを交代しながらあたりが暗くなるまで睡眠をとった。
「よし、では、出発するぞ。できるだけ音を立てないように移動。今後は私語をなるべく控えて、必要な時は小さな声で話すように。いいな?」
まだ、空にわずかに昼間の明るさが残っている宵の口、整列を終えた民兵特別部隊は、ジークとリーナを先頭に、静かに山道を登り始めた。
一方、その日の夕方、ルートは、バルージの街のすぐ近くまで来ていた。待望の《加速》のスキルを獲得して、魔力量に任せて走り続けてきたのである。
「予定通りだと、ジークたちがリンハイに着いて8日か。そろそろ王都に着いた頃だな」
その夜のねぐらを探しながら、ルートは起伏の多い草原を歩いていた。
「ん?あれは……」
丘を登りきったとき、彼の目は、遠くの森のそばにいくつもの赤い火が輝いているのを捉えた。
ルートは見つからないように、丘の陰に隠れながら回り込んで近づいていった。
「帝国兵だな。ざっと、4、500といったところか。こんな所に野営?」
ルートは考えた。
(今、帝国の中央軍は、ユーリンに入った王国軍とトゥ―ラン軍の連合軍に苦戦しているはずだ。少しでも兵力は欲しいはず。ということは、あれは、中央軍に向かう増援部隊か?いや、だとしたら、この時間に早々と野営しているのはおかしい。少しでも早く着くためにまだ移動しているはずだ。ということは、逆の方向へ向かっている中央軍の一部隊か?)
何のために?と考えた所で、ルートの頭にひらめくものがあった。
(もしかすると、民兵団の動きが敵に知られたのか?あの部隊は、ジークたちを討伐するために、交易路に向かっている?)
ルートは、恐らく後者の方が正解だろうと判断した。首都にスパイが入り込んでいるか、内通者がいるかのどちらかだ。
(だが、とりあえずはこちらを何とかしないといけないな。100人くらいだったら、スリープで眠らせることもできるが……500人となると……グラン・トルネードをまた使うか?……いや、この地形だと隠れられる場所が多すぎる。ファイヤー系か、ブリザードはどうだ?……う~ん、やっぱり、何割かは逃げられるな。逃げられるとまずいんだよねえ、こっちは1人だけなんだから……)
ルートが、1発の魔法で全滅させる方法をあれこれ考えていると、何やら敵の野営がざわめき始めた。見ていると兵士たちが火の始末を始め、出発する準備を始めたようだった。
(うわ、まずいって……動き出されたら魔法が使いにくくなるよ。おまけにこの暗闇じゃ正確な位置がつかみにくい。くそっ)
ルートはしかたなく、彼らに付かず離れず追尾していくことにした。
「急げえっ、テントはそのままでいい、すぐに出発せよ」
ターヒル率いる帝国軍が、慌てて出発を始めたのは、先発で砦に向かわせていた斥候隊から、伝書鳩で緊急の報告が来たからだった。
『敵部隊、約1000、現在砦から400メートル付近に接近中』
その報告を見て、ターヒルは敵が夜襲を掛けるつもりかもしれないと考えた。情報は当然砦にも伝えられているはずだ。
(砦の連中も、夜襲を警戒して準備していればいいが……)
ターヒルは一抹の不安を胸に、すっかり暗くなった平原を馬で進んでいく。だが、起伏が多く、とても全力では馬を走らせられない。心は焦るばかりだった。
「ん……おかしい。柵の向こうにたくさんの兵士が待機している」
「確かに、おかしいですね。いつもは見張りだけなのに……」
気配を消して砦に近づいていたリーナとメイは、砦の警戒が厳しくなっているのを見て立ち止まっていた。
「……ここは、いったん帰ってジークたちと相談した方がいい」
リーナの言葉にメイも頷いて、2人は仲間の下へ引き返した。
「何だって?砦の警戒が厳しくなっている?どういうことだ?」
「もしかすると、私たちの姿を見られたのかもしれない、敵にも斥候はいるだろうから」
2人の報告を聞いたジークは、唸りながら考え込んだ。
「う~む……力技で攻め込む方法もあるが、柵があるかぎり、犠牲は増えるだろうな。柵を何とかしねえことにはどうにもならねえ……」
「柵だけなら、何とかなるかもしれない」
リーナの言葉に、ジークもメイ、カイトも驚いて彼女を見つめた。
「どうするつもりだ?」
「ん、私とメイで柵の所まで行って、油の壺を柵にぶちまける。それで、火を点ける」
「……って、おい、見つかったら、どうするんだ?殺されるぞ」
「たぶん大丈夫。ジークたちは砦から敵兵が出てきたら、迎撃する準備をしておいて」
ジークは不安の方が強かったが、リーナの言葉を信じて任せることに決めた。
(ルートの奴が後から聞いて、俺に殴りかかってくる未来が目に浮かぶぜ……トホホ……)
交易路に出たターヒルたちは、スピードを一気に上げて山道を駆け上がっていった。砦までは、この緩やかに曲がりくねった坂道を馬で1時間ほど飛ばせば到着する。
一方、ルートは、彼らから80メートルほど離れて、《加速》を使いながら追いかけていた。全力を出さなくても余裕で付いて行けることに、ルートは改めてこのスキルの優秀さを実感していた。
そして、彼らがもう砦まであとわずかという所まで来たとき、突如山頂の砦の辺りの空が、夕日のように赤く染まるのが見えた。微かに叫び声や悲鳴のようなものも聞こえてくる。
「くっ、遅かったか……急げ、急げえええっ、砦が襲撃を受けているぞおおおっ」
ターヒルたち500の騎馬隊は一段と速度を上げて走り出した。
(よし、先回りしよう。待ってろよ、ジーク、リーナ、今行くからな)
ルートは赤く輝く上の方を見上げながら、道から外れて一直線に山頂へ駆け上がっていった。
ルート、民兵団と合流する
自分たちが見張っている目の前で、柵の下から炎が燃え上がった時、砦の帝国軍は何が起こったのか分からず、パニックに陥った。
隊長が怒鳴り散らしながら、早く水をかけて火を消せと兵士たちの尻を蹴りつけて、ようやく数人の兵士たちが水を汲みに行ったが、油をかけられた木の柵は瞬く間に燃え上がり、もはやバケツの水くらいでは火の勢いはどうにもならなかった。
ヒューッ、ヒューン、ヒューン……タンッ、タンッ、グサッ、バスッ……
「ぐわああっ」「ぎゃっ」「て、敵襲~~っ!敵襲だああ~~~っ」
今度は燃え上がる炎の向こうから、矢の雨が降って来た。
「慌てるなああっ、退け、退け~~っ。敵も、この火の中には飛び込んでは来ぬ。
矢が届かぬ位置まで下がって、せいれ~~つっ!弓隊は、散開して、入って来た敵を狙撃、盾並べ~~っ」
さすがにこの砦の守備隊長は、防衛戦の経験が豊富らしく、的確な指示で混乱した兵士たちをコントロールしていた。
「よし、先手は取れたぞ。だが、あの火が消えんことには中に入れねえ。全員、戦闘準備をして、合図を待てっ。火が衰えたら、突撃だ~~っ!」
「「「おうっ」」」
ジークたちは燃え盛る柵の手前に身を伏せて、じっとその時を待ち構えた。
「よし、まだ戦闘は始まってないな。まずは、援軍を叩くか」
砦の後方に到着したルートは、中の兵士たちが整列をしている様子を見てから、道沿いに後戻りしていった。
ターヒル隊は、砦まであと200メートルの所を懸命に馬を走らせて登って来ていた。
ルートは、まず彼らを足止めするために、土魔法で道に巨大な石の壁を建てた。しかし、こうすれば、恐らく彼らは馬を下りて両側に分かれて回り込んでくるだろう。右側はほとんど足場のない崖だ。ただ、左側は斜面だが崖ではない。こちらに大勢回り込まれたら厄介だ。
短い時間に目まぐるしく考えを巡らせたルートは、目を開いて口元に微かな笑みを浮かべた。
「止まれ~~っ。おい、何だあの壁は」
「わ、分かりません、さっきまで、あんな物ありませんでした」
途中で合流した斥候隊の兵士たちが、そう言って壁に近づいて行った。
「っ!うわああっ……」「ああああっ」
壁の手前まで近づいたとき、突然斥候隊の兵士たちの姿が叫び声とともに消えた。
そして、黒いシルエットで壁の上に何者かが立ち上がるのが見えた。
「敵襲~~っ、総員馬から下りて、迎撃準備せよ」
ターヒルの声に、4列で縦長に連なった兵士たちは馬から下りて、どやどやと前に集まって来た。だが、狭い道で1か所に固まるのは愚策だった。
「ア~~スホ~~ルッ!」
うわあああああ~~~っ……
(先ず200人、次は)
ルートは急いでマジックポーションを飲むと、慌てふためく敵兵たちに向かって叫んだ。
「ア~~スブレット~~ッ!」
石の弾丸が残りの兵士たちに襲い掛かっていく。
それでも、さすがに300人近くの兵士を一度に倒すのは無理だった。
残り100人ほどの兵士たちは、ほとんどがケガを負いながらも、助け合って何とか馬に乗り、一目散に逃げ去って行った。
「あ~、だいぶ逃がしちゃったな……経験不足だな、うん。もっと実戦経験を積まないとだめだ」
ルートはそうつぶやきながら、穴の中に落とした兵士たちに《スリープ》の魔法を掛けていった。
200人ほどがいっぺんに落ちた穴は、かなり深くイメージしたつもりだったが、けがを免れた兵士たちが、仲間を土台にして何とか穴の外に出ようと、必死に努力していた。
「頑張ってるねえ、でも、出てこられると困るんだよ。だから眠っておいてね」
「な、き、貴様、何者だ、我らをここから……あ、ふぐう……」
ターヒルは、泣きそうな声でヒステリックに叫んだが、すぐにぐったりと倒れ込んだ。
「さて、こうしちゃいられない」
マジックポーションを飲み干して、ルートは再び山頂へ向かって駆け出した。
「よし、そろそろ行けるか?おいっ、皆に水を頭からたっぷり被るように伝えろ」
「ジーク、私とメイが先に行く。相手は待ち構えていると思う。私たちが後ろの方で騒ぎを起こすから、それを合図に突入して」
「おし、分かった。くれぐれも気をつけろよ」
リーナとメイはしっかりと頷いて、皮袋に入った水を頭から全身に掛けて行った。
「じゃあ、行くよ、メイ。一気に敵の後ろまで走る」
「はいっ、了解です」
リーナとメイは頷き合うと、《気配遮断》を発動して音もなく駆け出した。リーナはさらに《加速》で先行し、焼けて崩れ落ち、地面でくすぶっている柵を一気に飛び越えて砦の中に突入していった。
メイはまだ《加速》を獲得していなかったので、ゆっくりと、煙に紛れるながら、火を避けつつ砦の中へ侵入していった。
バシッ!
ッ!ヒヒ~~ンッ……
「うわっ、あああっ」
隊列の最後尾で馬に乗っていた守備隊長は、突然前立下ちした馬から落馬した。
兵士たちが、何事かと後ろを振り返ると、落馬した隊長を後ろから羽交い絞めにして、首筋にタガーナイフを押し当てている銀髪の少女がいた。
兵舎の屋根に待機していた弓兵たちの中の1人が、慌てて少女に向けて矢を放った。
「ぐわああっ……ば、バカ者、矢を放つな~~っ!」
腕に矢を受けた隊長は、弓兵たちに叫んだ。
「おとなしくしなさい、こいつの首を切るよ」
兵士たちは、武器を構えたまま、周囲をじわじわと取り囲もうと動き出した。
「ぬううっ、構わん、わしのことは気にせず、こいつを殺せ!」
ここに至って、隊長は覚悟を決め、兵士たちに叫んだ。
「し、しかし、隊長……」
「バカ者っ、それでも帝国の軍人か。早くこいつを殺せえっ!」
ウワアアァァ……いけっ、いけ~~~っ……
その時、前方から、地響きのような鬨の声が聞こえてきた。
メイの合図で、ジークたちが突撃を開始したのだった。
「死ねえええっ」
「っ!」
背後から、1人の兵士が槍を突き出してきたのをかろうじて躱したリーナは、守備隊長を手放して構えた。周囲を5人ほどの兵士が取り囲んでいる。
「よくも、舐めた真似をしてくれたな、薄汚い獣人が。串刺しにして切り刻んでやる」
隊長は、腕に刺さった矢を引き抜くと、憎々し気にリーナを睨みつけてそう言った。
魔物なら5、6匹くらい余裕で倒せるリーナだが、さすがに戦い慣れた兵士相手では、そう簡単にはいかない。《気配遮断》は最初から見られていては効果がない。《加速》で倒せるのは3人が限度だろう。3人目を倒した時点で、恐らく体を押さえられ、殺されてしまう。
ならば、逃げるにしかずだ。
リーナがそう結論を出して、突破口を見つけていると、突然周囲を取り囲んだ隊長や兵士たちが魂を抜かれたように、へなへなと地面に倒れ込んでしまった。
リーナは、ハッとして慌てて周囲を見回した。
「ルートっ!」
まだ、所々燃えている柵の微かな赤い光に照らされて立った金髪の少年。
その、炎を映す青い瞳を微笑ませた少年を見たリーナは、《加速》を使って少年の下へ走り、その勢いのまま少年に抱きついて地面に吹っ飛んでいった。
ベルナール無双 ~英雄の雛鳥の進化~ 1
ユーリンの攻防戦は、膠着状態が続いていた。王国軍が合流したことで、トゥ―ラン側の戦力も飛躍的に向上したし、何より王国の宮廷魔導士団の存在が大きかった。
今や、帝国側の魔導士団のユーリン市街地への遠距離魔法攻撃を余裕で防ぎながら、逆に帝国軍への遠距離魔法攻撃が可能になった。
帝国軍はそれを避けるために、やむなくかなり後方に陣を後退せざるを得なくなったのだ。
普通なら、これで侵攻を諦め、奪い取った領地だけで満足するところだが、アラン・ドラトはまだユーリン攻略、ひいては全土の占領を諦めてはいなかった。
「作業は今どれくらい進んでいるのだ?」
「はっ、現在門の手前50メートルあたりまで進んでおります」
「急がせろ。あと10日で門の下まで掘り進めるように伝えろ」
「ははっ」
アランは今、街の南側の丘の裏で、地下道を掘らせていた。城壁の下は基礎の石組みが地下深くまで埋められていたので、基礎部分が浅い門の下を通って、市街地に出られる地下道を計画したのだ。
これが完成すれば、一気に内部から城門を開き、全軍で一斉に突入して街を破壊できるとアランは考えていた。確かに、これが実現すれば、形勢を一気に有利にできるアイデアだ。アランは、それまでできるだけ兵力を温存する戦い方をし、敵を油断させようと考えた。
ところが、そんな彼の夢を打ち砕くような知らせが、その日の午後届けられた。
「な、何いいぃっ!砦が落とされ、ターヒルの軍が全滅だと?」
「は、はっ、88名が命からがら逃げ帰って来たと……」
アランは再び荒れ狂った。物を投げ散らかし、女たちを打ちのめし、逃げ帰って来た臆病者たちを全員処刑しろと喚いた。
だが、それはさすがに何人もの側近たちが、必死に懇願して止めさせた。
「すぐに、伝令を出せ。補給部隊の護衛に2個中隊を交代で当たらせろ。ウバールの補給物資基地にあと2個中隊守備に行かせろ、すぐにだっ!」
「はっ」
2万5千もの兵力を維持するためには、食料や薬品といった補給物資は欠くことができないものだ。それを絶たれたら、軍を撤退させるしかない。
いわば生命線とも言うべき補給路が、突然危機にさらされる状況になった。アランはたかが民兵の集まりと侮っていたことを後悔した。
そして、その後悔が絶望に変わる日が、刻々と近づいていたことを、彼はまだ知らなかった。
「さて、今日も敵の挑発と行きますか。ハンス殿、御同行願えますかな?」
「お供いたしましょう。では、部下の選別と蒸気自動馬車の整備をしてきます」
ベルナールは楽し気に鼻歌を口ずさみながら、ルートにプレゼントしてもらったボーグ製のプレートメールを身に着け始める。軽く動きやすい機能性とともに、矢も、ある程度の魔法攻撃も跳ね返す丈夫さも兼ね備えたチタン・ミスリル合金製だ。
腰には愛用のレイピアの代わりに、今日はやはりルートから贈られたロングソードを帯刀した。魔導効果を高めた、これもチタン・ミスリル合金だ。
このところ、帝国軍はほとんど動きを見せない。トゥ―ラン側には、「もしかすると、このまま帝国軍は撤退するのではないか」という楽観論も出始めていた。
しかし、王国軍の首脳たちは、そんな甘い相手ではない、と油断を戒めていた。何か形勢を一気に傾ける秘策を準備しているに違いない。アランの《魅了》を生かす、効果的な作戦のはずだ。そう考えていた。
ベルナールは、その手掛かりを探るために、連日、魔導士団数名とともに蒸気自動馬車装甲車仕様に乗って、悠然と敵陣近くまで偵察に出かけていた。
最初の内、帝国軍は怒りに任せて何百もの兵でベルナールたちを追いかけてきた。しかし、自動馬車に近づくと、魔導士団の強力な魔法攻撃を受け、城に近づけば、今度は騎兵隊に逆に追いかけられる羽目になった。
アランにとって、絶対的に知られてはいけないのが、南の丘の裏で行われている地下道掘りの作業だ。だから、敵の追撃部隊も、南側から北へ追いかけるように回り込んでいた。
毎回そんなことが続けば、ベルナールたちも気づく。
だから、ここ数日は、わざと敵の前を南に向かって自動馬車を走らせていた。だが、とたんに、敵は追って来なくなった。
ベルナールたちはその理由を話し合った。
「う~ん……一番考えられる理由は、無駄に戦力を減らすことを嫌がったということですが……」
「うん、そうなんだよな。でも、なんか引っ掛かるんだよなあ……」
「オランドよ。あまり焦る必要はないぞ。報告では、ブロワーたちが南陵の砦を落とし、今、敵の補給線を絶つ作戦を進めておる。彼なら必ずうまくやってくれるだろう。そうなれば、敵は食料も無くなり、撤退するしかなくなる」
「はい、それは承知しております。ですが、その前に、ドラトがとんでもない作戦を仕掛けてこぬか、それを案じておるのです」
一同はそれから更に考えたが、これだ、というドラトの作戦は思いつかなかった。
とりあえず、いつものように偵察に出てみて、南側をより詳しく調査してみようということになったのだった。
装甲仕様の蒸気自動馬車は、軽快な蒸気音を響かせて、起伏の多い平原も何のそのと走り続けていた。普通の馬車なら何度も天井や壁に頭をぶつけるはずの、上下左右の揺れも、板バネとぜんまいバネを組み合わせたサスペンションのお陰で、座ったままでいられるほどに軽減していた。
「ん?あの丘のふもとに敵兵の一団がいるぞ」
「確かに……これは、当たりを引きましたかな」
ベルナールとハンスは、運転席の横まで出て行って前方を確認した後、顔を見合わせてニヤリと微笑んだ。
「で、殿下、来ました。例の変な〝馬無し馬車〟です」
「来たか……ふふふ……」
この日、アランは100名ほどの兵士を引き連れて、地下道掘削現場を訪れていた。
敵がどうやら、ここに目をつけたらしいという報告を聞いて、自ら出向いて待ち受けていたのである。
「敵軍、約100、こちらに向かって来ます」
運転手の魔導士が叫んだ。
「敵さんは、どうしても見せたくないものを隠しているようだな」
ベルナールがそう言った瞬間、自動馬車が急にブレーキをかけて止まった。
「お、おい、どうした?」
ベルナールの問いに、運転手の魔導士は魔導士は答えず、ボーっと前方を見ていた。
「はっ!しまっ……」
ベルナールが異変の理由に気づいたときは遅かった。
彼の体は後ろからハンスに抱きしめられ、他の5人の魔導士たちもベルナールを押さえようと、動き出していたのである。
「おやおや、まだ抵抗している人がいましたねえ。ほら、私を見なさい」
(ハンスさん、すみません、ちょっと眠っていてください)
ベルナールは、下を向いて車に近づいてくるアランの目を見ないようにしながら、心の中でハンスに謝った。そして、彼の手を難なく振りほどくと、素早くみぞおちに肘打ちを入れて気絶させ、窓から外に飛び出した。
「あははは……無駄ですよ。目をつぶったままどうやって戦うというのです?あきらめて楽になりなさい。私の部下にしてあげますよ」
アラン・ドラトはそう言って笑いながら、馬から下りると、ベルナールに近づいていった。
「笑止……このベルナール・オランド、たとえ貴様の《魅了》に掛かっても、王国への忠誠を失ったりはせぬ」
ベルナールは顔を伏せたまま、低い声でそう言うと、決意と覚悟を決めてゆっくりと顔を上げていった。
ベルナール無双 ~英雄の雛鳥の進化~ 2
「ふふふ……そう、それでいいんです。さあ、私の……ん?……おい、剣を捨てろ」
アランの顔から急に余裕の笑いが消え、彼は後ろへ下がりながらベルナールに命じた。
ところが、ベルナールは不思議そうに自分の体を眺めた後、真正面からアランを見据えた。
「おい、どうした?《魅了》を使ってみろよ」
アランは愕然となった。さっきからずっと《魅了》を発動していたのだ。現に、ハンスと他の魔導士たちは魅了されて、ボートした顔で自動馬車の中に立っている。
ということは、この相手には《魅了》が効かないと考えざるを得なかった。
「で、殿下……」
「殺せ、こいつを生かして帰すな」
アランはそう命じると、素早く兵士たちの背後に逃げていった。
「貴様だけは逃がさんっ!アラン・ドラト、死んでもらうっ」
ベルナールは平原中に響き渡る声で、宣言した。
「ひっ、こ、殺せっ、早く、殺せええええっ」
アランは、生まれて初めて本当の死の恐怖を感じ、ガクガクと膝を震わせながら、なんとか馬までたどり着いて必死に馬に這い上がった。
ベルナールはアランを追いかけようとしたが、《魅了》を掛けられて死も恐れぬ操り人形と化した100人の兵士たちが、彼の行く手を阻んだ。
「どけえっ、くそおおおっ……逃げるな、卑怯者っ!何が英雄だっ!
いいか、覚えておけっ、アラン・ドラト、必ず貴様の首、このベルナール・オランドがもらい受けるからなっ!」
ベルナールは、襲い掛かってくる槍や剣を薙ぎ払いながら、逃げ去って行くアランの背中に叫んだ。
だが、アランはもう振り返ることも無く、一目散に馬を走らせて遠ざかっていった。
「おい、お前たち、あんな卑怯な上官のために無駄に命を捨てるのかっ? 目を覚ませっ、バカ者がああっ!」
ベルナールが立ちふさがった帝国兵たちに、大音声で怒鳴りつけると、異変が起こった。
「はっ……お、俺は、何を……」
「あ、あれ?……これは……」
兵士たちは、まるで悪い夢から覚めたように、辺りをきょろきょろと見回しながら、ざわざわと騒ぎ始めた。
「ん、何だ?おい、どうしたんだ?……っ!」
兵士たちの変化に、ベルナールが首をひねった時、彼は背後から大きな魔力を感じた。
振り返って見ると、意識を取り戻したハンスが、自動馬車の窓から巨大な火の玉を放とうとしていた。
「うおっ、まずい、おいっ、お前ら、伏せろおおおっ!」
ベルナールは横に飛んで移動しながら、帝国兵たちに叫んだ。
しかし、兵士たちが気づいたときにはもう、轟音と共に灼熱の炎の球が彼らにぶつかって後方へ吹き飛ばしながら火だるまにしていた。
危うく難を逃れたベルナールは立ち上がると、再び魔力を集中し始めたハンスや魔導士たちを睨みつけながら、厳しい声音で叫んだ。
「ハンス・オラニエ、情けないぞっ。魅了ごときに我を失いおって、それでも王国の宮廷魔導士団長か、バカ者がああっ!」
「はっ!わ、私はなんてことを……」
ハンスと5人の魔導士たちは、魅了から解かれて青ざめた。彼らは慌てて自動馬車から下りてくると、ベルナールの前に並んで跪いた。
「申し訳ございませんっ、何とお詫びすればよいか。どうぞ、お好きなように罰してくださいませ」
ベルナールは、ハンスたちへの怒りよりも、続けざまに起こったこの不可思議な現象に心を奪われていた。
「もうよい、立ってくれ。それよりも、やはり、《魅了》が解けたようだな。いったいこれは、どういうことなんだ?」
「司令官殿には、アランの《魅了》が効かなかったのですか?」
「ああ、そうだと思う。それに、私が怒鳴りつけると、帝国の兵士や君たちの《魅了》も解けた。私に何か神の力が宿ったとでもいうのか?」
ハンスは立ち上がると、じっと考えていたが、やがて顔を上げてこう言った。
「おそらく、おっしゃる通り、神のご加護による何らかの特別なスキルが発動したものと考えられます。オランド殿、ステータスに何かそれらしきスキルをお持ちではありませんか?」
「ああ、私は自分のステータスにはあまり興味がなくてな。10歳の時見たきりだ。この前、ブロワー先生には見てもらったんだが、詳しくは聞かなかった。もっと、詳しく聞いておけばよかったな」
「ふむ、では、帰ったら鑑定ができる者に見てもらいましょう。さて、そのまえに、掃除が必要なようですね」
ハンスはそう言うと、ベルナールに平原の2か所を指さした。
1か所は、先ほどハンスが放った特大のファイヤーボールから辛くも逃れることができた30人ほどの兵士たちであり、もう1か所は、アランが隠そうとしていた丘の守備隊らしき20人ほどの一団だった。
「よし、私が丘へ向かおう。ハンス殿たちは、あちらの者たちをけん制しつつ説得して追い返してもらえるか?どうしてもまだ抵抗するというなら、仕方がないので魔法で殲滅してかまわぬ」
「承知いたしました」
2人は頷き合うと、分かれて行動を開始した。
ハンスたちは自動馬車に乗り込むと、ベルナールと兵士たちの間を遮るように移動し、兵士たちを魔法でけん制しながら、ハンスが彼らを言葉で説得し始めた。
「お前たち、見逃してやるから早々に陣へ帰るがよい。もう、帝国への忠誠は十分果たしたであろう。どうしてもまだ戦うというなら、先ほどの倍の火の玉で骨も残らぬほど焼き尽くしてやるが、どうする?」
1度に半分以上の味方を殲滅した魔法の恐ろしさを体験した兵士たちは、とてもかなう相手ではないと判断して、けがをした仲間を連れて一斉に自分の陣へ引き上げていった。
「ふふ……こけおどしが効いたな。あれの倍のファイヤーボールなど撃てるものか。まあ、ブロワー先生なら3倍くらいはいけそうだがな」
ハンスはそう言って笑うと、ベルナールの応援に向かった。
一方、そのベルナールは、淀みのない足取りで丘の方へ近づいて行った。
「ゆ、弓兵、奴を射殺せっ」
守備隊長の声に、5人の弓兵が矢をつがえて次々に放った。
ベルナールはわずかに身をかがめてそれを躱し、自分に当たりそうな矢を剣で切り落とす。そして、さらに歩みを速めた。
実はこのとき、ルートが先日彼に掛けた《防御結界》は無くなっていた。ベルナールはいろいろな物理的な衝撃が、直接体に響くことでそれに気づいていた。ただ、なぜ消えたのかは分からなかった。(実は、防御結界の魔法は、魔法陣が下着の裏に描かれていた。だから、着替えをすると効果が無くなるのである。ルートがそれに気づいたのは、この戦争が終わってからだった)
「撃て、撃てええっ!」
だから、矢が当たれば彼は傷つく。だが……矢が彼に当たることはなかった。
弓兵が慌てて次の矢を放とうとしたとき、ベルナールは一気にダッシュして守備隊の目前まで迫っていた。
「うわあああっ」
隊長や前で盾を構えていた兵士たちが、それに驚いて後ろへ下がったために、弓兵たちにぶつかり、弓兵たちが放った矢はあらぬ方角へ飛んでいった。
「た、盾構えっ、槍突き出せっ!」
守備兵たちが何とか体制を整え、迎撃しようとする。
ベルナールは、ロングソードに魔力を流し、右後方へ水平に剣を引いた。
「ライトニング・ロックブレイクッ」
ベルナールの叫び声と同時に、ロングソードが高速で横に払われると、三日月状の黄金の光の刃が飛び出していく。
ズバーーーンッ!……ドサッ、ドサッ、ドサッ……
大きな音が響き渡り、物が落ちる音が続いた。それですべてが終わった。
前で盾を構えていた兵士たちと、槍を構えていた兵士たちは、盾もろとも真っ二つになり、地面に転がっていた。恐らく自分が死んだことさえ気づかなかっただろう。
「ひいいいっ……ば、化け物……」
隊長と残った10人ほどの兵士たちは、もはや戦意喪失して地面にへたり込んでいた。
「おい、今なら見逃してやる。行けっ」
「う、うわああ……」
隊長以下兵士たちは転げるように、走り去っていった。
真の英雄と偽りの英雄
「なるほど、こういうことでしたか……」
丘のふもとに掘られた穴を見て、ハンスは納得して頷いた。
ベルナールは、穴の奥から続々と出てくる泥だらけでやせた男たちを、並べて座らせていた。彼らは兵士ではなく、連れてこられた奴隷の労働者たちだった。過酷な労働に死んだ者も少なくないという。
ベルナールが彼らに、行きたいところへ自由に行ってよい、と言うと、ほとんどの者たちが、もう帝国にはいたくない、王国のために働かせてくれと答えた。
そこで、ベルナールとハンスは、彼らの足に付けられた鎖を外してやってから、いったんユーリンに連れて行くことにした。
丘に掘られた貫道は、土魔法が得意な2人の魔導士が穴を埋め、入り口を大きな岩で塞いだ。
こうして、アランが起死回生の策として進めていた貫道作戦は失敗に終わったのであった。
「どうじゃ、何か分かったか?」
ユーリンの街に帰った後、司令部になっている領兵の本部官舎で、ベルナールはさっそく鑑定のスキルを持つ魔導士にステータスを見てもらっていた。
朝の戦闘の報告を聞いたガルニア侯爵も、興味を持ってその場に立ち会っていた。
「はっ、そ、それが……」
鑑定をしていた魔導士は、驚愕の表情で目を見開き、言葉を失っていた。
「遠慮はいらんぞ。隠すつもりはないからな」
ベルナールの言葉に、魔導士はようやく少し落ち着いたのか、一同を見回してから口を開いた。
「司令官閣下は、マーバラ神のご加護を受けておられます。それと、光属性の魔法で、《センプトブル》というスキルを持っておられます……」
「何!?センプトブルだと?」
「ハンス、それはどんな魔法じゃ?」
ハンス・オラニエは驚愕の表情でベルナールとガルニア候を見つめた。
「……《センプトブル》は、かの聖王ハウネスト・バウウェルが持っていたという伝説の魔法です。彼はそのおかげで、暗黒の魔女ローウェン・ジッドを倒すことができた、と伝説は語っています」
「なんと……伝説の魔法……つまり、それが《魅了》を打ち破ったと」
「はい、恐らくその通りだと……」
「なるほど……そういうことだったのか。いやあ、自分にそんな魔法が使えたなんて全く知りませんでしたよ、あはは……」
そう言って能天気に笑うベルナールに、ハンスもガルニア候も苦笑するしかなかった。
「あ、あのう、もう1つ、あるのですが……」
鑑定をしていた魔導士が、遠慮がちにそう言った。
「おう、何でも言ってくれ。もう驚くことはない」
ベルナールはそう言ったが、その後の魔導士の言葉に、ハンスやガルニア候と一緒にまた驚くことになった。
「な、何?《英雄の若鳥》の称号だと?」
「……ううむ、いや、当然と言えば当然か。おそらく、ブロワーもお前のステータスを見て、総司令官に推薦したのじゃろう」
「いや……ブロワー先生が私のステータスを見たのは、推薦した後でした……」
「……英雄、英雄を知る、ということでしょう。ブロワー先生には、オランド殿と出会った時に分かっていたのでしょうね、この人はやがて英雄になる人だと」
ハンスの言葉に、ガルニア候は深く何度も頷き、ベルナールは少し面はゆいように頬を染めながら、窓の外に目を向けるのだった。
一方、その頃、帝国軍の野営地では、軍全体に不安と混乱が広がっていた。
先ず、朝から南の丘に敵を待ち伏せするために出かけていた総司令官が、ただ1人馬で逃げるように帰ってきた後、司令官用のテントに引き籠って、外から声を掛けても「入るな」という返事が返って来るだけだった。
そして、その後に司令官とともに出かけていた兵士たち、南の丘を守備していた兵士たちが、よれよれの姿で帰って来たのである。
彼らの話を聞いた下士官たちは、心の中で、もうこの戦争に勝ち目はないと悟った。いろいろな情報が、負け戦だと教えてくれていたからだ。しかも、総司令官がこんなありさまである。帝国軍の士気は落ちる所まで落ちつつあった。
《魅了》という強大なスキルを授かったことで、自分を英雄だと思い込んで、己を高めることを怠ったアラン・ドラト。スキルのことなど意に介さず、愚直にひたすら己を高めてきたベルナール・オランド。
その生き方の違いが、大きな差となって、今、帝国と王国の運命を左右しようとしていた。
「おお、ジークの読みが当たったようだね」
「へへ、こういうことは俺に任せろ。伊達に傭兵家業を長くやって来たんじゃねえよ」
その頃、ルートたちは帝国軍の補給基地を探して、国境沿いの山のふもとを移動していたが、それはジークたち傭兵経験者が、補給基地は幹線道路に近い山の近くだと提言していたからだった。
その読み通り、幹線道路の国境近くの山の中に、山肌を切り開いて広く平らな場所が作られ、大きな倉庫が2棟建てられていた。そこに帝国の街や村から、荷馬車で運び込まれた食料や医薬品、装備品などが一時保管されているらしかった。
周囲は丸太の柵で囲まれ、200人ほどが入る常駐部隊用の兵舎と野外テントが20張りほど建てられており、全部で400近い兵士たちがここを守っているようであった。
「かなり厳重だな。でも、ルートの魔法なら一気に全滅させられるだろう?」
ジークの問いに、ルートはすぐには答えず、そっと目を閉じた。そして、1つ小さなため息を吐いてから目を開き、こう言った。
「うん、たぶんできると思う。でも……僕もこれまでずいぶんたくさんの帝国兵の命を奪って来た……今更だけど、心が痛むんだよ。これが戦争なんだってことは分かっている。でも、彼らにも、奥さんがいて、子供もいて……年老いた両親や祖父母がいて……仕方なく兵士になった人もいると思う。だから、できれば、命を奪わず、彼らを降伏させられる方法はないかなって考えていたんだ」
ルートの言葉に、ジークとリーナは顔を見合わせた。2人には予想できた言葉だったし、密かに不安に思っていたことでもあったからだ。それは、ルートの優しさだった。だが、同時にそれは、戦争においては情けが仇になる危険を常にはらんでいた。
「ん、ルートの気持ちはよく分かる。でも、あいつらも、トゥ―ランの罪のない人々をたくさん殺している。子供も、女の人も、年寄りも……それが戦争。早く終わらせるためには、殺さなければいけないときがある」
リーナの言葉に、ルートは頷きながらうなだれた。
「うん……まったく、その通りだ、リーナ。そのことは、僕自身がここにいる皆に、口を酸っぱくして言ってきたことだものね。分かっているんだよ……じゃあ、1度だけでいい、僕のわがままを聞いてくれないか?」
「うん、いいよ。言ってみて」
「ああ、もちろん聞くぜ。どうするって言うんだ?」
ルートが2人に語った作戦。それは、2人にはとうてい容認できないような、大胆過ぎる作戦だったが、ルートへの絶対的な信頼が、ついに2人の首を縦に振らせたのだった。
ルートの補給基地無血制圧
「このところ、食料が集まらないな」
「ああ……もともとこの国は農業には向いていない荒れ地が多いからな。だから、遊牧が主で、移動する部族が多く、長年国としてまとまらなかったんだ。肉は豊富だが、そのままじゃ腐っちまうから、干し肉にしないと保存できない……長期の戦争なんて土台無理だったんだよ」
「お、おい、上官の前でそんなことは口にするなよ」
「ああ、分かってる。でも、上官も分かっているんだ。上からの催促にぶつぶつ文句を言ってたからな」
帝国軍の補給基地で、2人の兵士が倉庫の中の物資の整理をしながらそんな話をしていた。倉庫の中にはほとんど食料はなかった。帝国内の町や村から運ばれてくる物資も、このところ滞りがちだった。
だが、前線からは毎日のように補給の催促が来ていた。補給基地の部隊は自分たちが食べる分も削って、前線へ食料を送っていたのである。
「帝国軍、兵士の皆さん……」
そんな時だった。突然、基地全体に響くまだ少年のようなハイトーンの声が兵士たちの耳に聞こえてきた。
「な、何だ?敵か?」
兵士たちは慌てて武器を手に、どやどやと広場へ出て行った。
「……皆さん、心配しないで聞いてください。僕は、グランデル王国の民兵団のルート・ブロワーという者です……」
「あ、あそこだ。まだ、少年だぞ」
「グランデル王国の民兵団だと?やはり、敵の襲撃じゃないか」
ルートは、基地の入り口の門の前に立って、薄い鉄板で作った手作りのメガホンを口に当てていた。創造魔法を使って、声がより大きく遠くへ聞こえるようになっていた。
「……皆さん、今日僕が来たのは、戦うためではありません。どうか、このままここから出て行ってください。そして、アラン・ドラトにこう言ってください。『補給基地は、敵の民兵団に襲撃され、倉庫は焼失してしまった』と……」
ルートの言葉に、基地内の兵士たちはざわめいた。
「な、何を言っているんだ、気が狂っているのか?」
「そんなことができるわけがないだろう」
「油断させて襲撃しようという、見え透いた作戦だな」
彼らの大多数の否定的な意見は、当然のことだった。
「……皆さんが疑うのは当然だと思います。ですから、これから本当に倉庫を燃やしてしまいたいと思います。どうか、近くにいる人は離れてください。もっと、遠くに離れてください、いいですか?いきますよ」
ルートはそう言うと、無詠唱で倉庫の上に巨大な火の玉を出現させた。そして、兵士たちが唖然として言葉を失っている間に、火の玉を倉庫の1つに落下させたのである。
グオオオォォン……ブオオォォッ……
地響きと物が一気に燃え上がる音が空気を震わせ、巻き起こった熱風が土埃を巻き上げて兵士たちを包み込んだ。
ルートの言葉を信じなかった何人かの兵士たちが、炎に包まれて悲鳴を上げながら地面を転げ回った。
1つの倉庫が、一瞬のうちに消えてなくなった。
兵士たちはしばらくの間、口を開けたままその場に立ち尽くしていた。
「これで、分かってもらえたと思います。ええっと、この基地の隊長さんはいますか?」
ルートの問いに、一人の男が門の前に進み出た
「私が輸送部隊の指揮官のハミルだ」
「どうも、ハミルさん。驚かせてしまい、それにけが人も出してしまったようで、すみません。治療薬が必要なら、後でお渡しします。
それで、いかがでしょう?ここを退去していただけるなら、こちらは一切手出しはしません。一応、断っておきますが、抵抗されても無駄です。今、民兵団1000人がこの基地の周囲を取り囲んでいます。それに、先ほどの魔法は、すぐにでも発動できます。倉庫を守ることもできません」
ルートの言葉に呼応するように、周囲の森の中から民兵団が、うおおおっ、という鬨の声を上げた。
ルートの言葉がこけ脅しではないことを悟った隊長のハミルは、しばらく考えた後で口を開いた。
「先日、ドラト殿下はこの基地の防衛にと、200人の増援部隊を送ってこられた。それを、1度も戦うことなく降伏しろと……。あの魔法はお前が放ったのか?」
「はい」
「王国の宮廷魔導士か?なぜ、正規軍ではなく、民兵軍にいる?」
「僕は宮廷魔導士ではありません。王立学校の教師をしています」
「教師……そうか、なるほど頭が切れるわけだ……りっぱな人格者でもある。だがな、われわれは帝国に忠誠を誓った兵士だ。例え負けると分かっていても、抵抗もせず降伏などできるはずがない。よって、申し出を断る」
ルートは1つため息を吐いてから、怒りを込めた目でハミルを見つめた。
「忠誠?いかにも聞こえの良い言葉ですが、何に対する忠誠ですか?あの、アランというクズ王子への忠誠ですか?
もし、本当に祖国への忠誠心があるなら、ここで死ぬより、もっと祖国のためにすべきことがあるはずです。畑を耕す、子供を育てる、物を作る、そのほうがよほど祖国にとってためになるはずです。そうではありませんか?」
「わ、私は兵士だ。戦うことしか知らない。国に命を捧げると誓ったのだ」
「だったら、国の未来を担う若者たちを守るために戦いなさい。今、あなたたちは、あのクズ王子の言いなりになって、未来ある若者たちを無駄に殺す手伝いをしている。
僕たちは、そんな愚かな戦争を終わらせるために来たのです。これだけ言ってもまだ忠誠という言葉にしがみつくなら、あなた1人で戦いなさい」
ハミルは、それ以上言葉では勝てないと考え、部下たちに戦闘準備を命じようと振り返った。だが、そこには、戦意を失い、うなだれた兵士たちがいた。ルートが、メガホンを使って会話した効果であった。
「おい、お前たち、何をしている、戦闘準備だっ!帝国軍人の誇りを見せてやるぞっ!」
その言葉に動き出したのは数人だった。
ルートはここぞとばかりに、メガホンで叫んだ。
「あなたたちは望まないのかっ、戦争のない平和な国をっ!あなたたちは望まないのかっ、子供たちが幸せに暮らす豊かな国をっ!
どうしても、僕にあなたたちを殺させたいのかっ!」
その声が終わると同時に、再び兵士たちの頭上に巨大な火の玉が現れて、もう1つの倉庫の上にゆっくりと降下していった。
「うわああっ、た、助けてくれええ、俺は降伏する、死にたくない」
「俺も降伏する、助けてくれええ」
ついに、1人また1人と降伏を叫ぶ者たちが現れ始め、それは瞬く間に津波のような勢いで帝国軍全体に広がっていった。
ここに至っては、隊長のハミルも膝を折るしかなかった。
「われわれ補給部隊200名、守備隊200名は王国民兵団に投降する」
ルートがハミルにメガホンを使わせてそう宣言させた途端、周囲の森から歓声が沸き起こり、民兵団が一斉にルートの元へ駆け寄ってきた。
「うおおお、ルートーッ、お前って奴は、ほんとにやりやがった、まったく大した奴だぜ」
「うん、ルート、偉いっ!天才っ!」
「ああ、ありがとう……でも、ほとんど脅迫みたいなものだったけどね」
「いやあ、ルートさん、それは贅沢ってもんですぜ。これだけの人数の敵を相手に、敵も味方も一人の死人も出さずに勝利するなんて、神業ですって」
皆から口々に褒め称えられ、もみくちゃにされながら、ルートは弱々しく微笑んだ。
彼の中には、ハミルが言った「祖国や上官に対する1兵士としての正義」を改心させることができなかった無力感が残っていた。
(立場が変われば、正義も変わる……前世でも人々はよくそう言っていた。でも、本当にそうなのだろうか?正義って、そんなにたくさんあるのだろうか?自分にとって都合のいい考えを正義と呼んでいるだけなのではないのか?僕の正義も僕にとって都合のいい考えに過ぎないのだろうか?
僕は、「真の正義」はあると信じているけど……本当はそんなものは無いのかもしれない。神様、どうなのですか?僕は儚い幻を追いかけているのでしょうか?)
人を幸せにすること、それを正義と信じて生きてきたルートに生じた初めての迷いだった。
偽りの英雄の最期 1
ベルナールの存在を知ってからというもの、アラン・ドラトは、常に恐怖と不安にさいなまれ、以前にも増して酒に溺れる日々を過ごしていた。
そんな司令官のもとへ、下士官たちはたびたび今後の指示を仰ぎに訪れていたが、返事は、
「何度言えばわかるんだっ。北方軍がもうすぐ合流する。そうすれば、総攻撃でユーリンは落とせるのだ。それまで待て」
この繰り返しだった。
だが、いつまで待っても、北方軍は来なかった。
合流予定日を3日過ぎたとき、下士官たちが話し合って密かにイジャンの近郊へ偵察に行かせていた斥候隊が、絶望的な報告を持って帰って来た。
「な、なんだと?北方軍が全滅?」
「はっ。捕虜になったと思われる北方軍兵士の一団が、街の瓦礫の片づけに従事している姿が目撃されました。さらに、北方軍がここへ来る途中で通るはずの道にも、その姿は確認できませんでした。まずは間違いないかと」
下士官たちは言葉を失い、この事実を司令官に伝えるかどうか迷ったが、その勇気は誰も持てなかった。翌日には、さらに彼らを絶望の底に陥れる情報が、補給部隊の1兵士によってもたらされた。
「補給基地が占領されたらしい……しかも、兵士たちは全員解放され、ケガ人が数人いるだけだ」
「いったい、どういうことだ?」
「敵は民兵らしい。だが、恐ろしい魔導士が率いていて、食糧倉庫を巨大な炎の魔法で一瞬のうちに焼き尽くしたという話だ。全員が同じ証言をしているところを見ると、どうやら本当のことらしい」
「……もう、この戦争は終わったんじゃないか?」
1人の下士官の言葉に、全員が口をつぐみ、苦悩の表情を浮かべた。
「事実を報告したところで、どうせ司令官は怒鳴り散らして、俺たちに《魅了》を掛け、操り人形にして突撃させるに決まっている。全員死ぬんだ……」
「だからって、どうしようもないだろう?逃げ帰ったって、国のお偉いさんたちは皆《魅了》に掛かっているんだ。捕まって殺されるだけだぞ」
「……どうせ死ぬなら、あのクソ司令官を殺すか……」
ついに、1人の下士官が、禁句だった言葉を口に出した。誰もが心の中で何度も繰り返してきた言葉だったが、実行するのはほとんど不可能だった。
直接殺そうとしても、アランの目を見た途端、《魅了》に捕えられてしまう。寝込みを襲おうとしても、常に女たちの誰かが起きて見張っている。毒殺しようとしても、女たちが毒見をして先に飲み食いするのでバレてしまう。
「何十人かで一度に襲えば、どうにかなるんじゃないか?」
「目をつぶったままじゃ、可能性は低いな」
「いっそ、敵に寝返るか」
下士官たちがそんな話を真剣にするほど、帝国軍の士気はどん底まで落ちていた。
一方、ユーリンの内部では、いっこうに攻めてこない帝国軍に対して、緊張感にゆるみが出始めていた。こんな状態の時に攻めてこられては危険である。
王国軍の首脳陣がそんな心配をし始めたとき、伝令の兵士がうれしい知らせを持ってきた。
「おお、民兵団が補給基地を占領したか。しかも、死人無しとは……」
「ブロワー先生、やってくれましたね、さすがだ」
「補給を絶たれたら、敵もさすがに参るでしょう」
ガルニア候爵、ベルナール、オラニエ宮廷魔導士団長は、ルートたちの活躍に喜んだが、ベルナールが急に表情を引き締めて、あとの2人を見た。
「アラン・ドラトはおとなしく兵を退くでしょうか?」
その問いに対して、ガルニア侯爵もハンス・オラニエも考え込んだ。
「うむ……奴がこのまま引き下がるとは考えにくいな」
ガルニア候の言葉に、ハンスも頷いた。
「そうですね。自分の力を過信した者ほど、とんでもない手段を使ってくるはずです」
ベルナールは、しばらく黙って考え込んでいたが、やがて険しい顔で立ち上がった。
「追い詰められたドラトがとる手段は何だと思いますか?」
「ううむ……おそらく、《魅了》を使った何か、であろうな……」
ガルニア候が顎に手を当ててそう言った。
「そうですね……兵たちすべてに《魅了》を掛け、死を恐れぬ集団にしてからの総攻撃、でしょうか?」
ハンスの考えにベルナールは頷いて、言った。
「そうです。そして、その集団の先頭に使われるのは、間違いなくエリス・モートンと王国の冒険者たちです」
ガルニア候とハンスは、あっと小さく叫んで眉間にしわを寄せた。
「確かに、奴なら平気でそうするであろうな。だが、オランドよ、お前なら彼らに掛けられた《魅了》を解除することができるのではないか?」
ガルニア候に続いてハンスも頷きながら続けて言った。
「ええ。それに、エリスたちが前の方にいてくれるなら、我々宮廷魔導士団も《魅了解除》の魔法が使いやすくなります」
2人の言葉に対して、ベルナールは悔し気な表情で答えた。
「ええ、ただ、問題が2つあります。1つは私の《センプトブル》の発動条件が分からないことです。少なくともドラトのように、『目を見ただけ』で効果を発揮するものではありません。それと、もう1つの問題は、エリスたちは恐らく一般の兵士と同じ装備を身に着けさせられるでしょう。そのうえで、ドラトは事前に、エリスたちが兵士たちの中にいることを我々に知らせてくるはずです。そうなると、見分けるのは困難だし、手出しもできなくなります」
ベルナールの言葉に、ハンスも深刻な顔で頷いた。
「そうですね……我々が解除できるのは、1度にせいぜい30人ほどです。2万以上もの兵が一度に攻めてきたら、解除は間に合いません。そのうえ、夜襲であったならなおさら難しい。敵が城壁に近づく前に、遠距離魔法と弓で叩くしか防ぐ方法はありません」
「ううむ、そうか……だが、それはやむを得まい。エリスたちには可哀そうだが、犠牲になってもらうしかないだろう」
ガルニア侯爵がため息交じりにそう言った。
ベルナールは悔し気にテーブルを叩くと、窓の方へ歩いて行った。
(くそぅ……こんな時にブロワー先生がいてくれたらな。何か、良い解決策を考えてくれるはずなんだ……ああ、エリスたちを死なせずに敵を防ぐ方法はないものか……)
ベルナールは窓の外を見ながら、思案に暮れるのだった。
偽りの英雄の最期 2
ベルナールが悩んでいたころ、まさに彼が予想した通り、アラン・ドラトは恐怖と狂気の果てに、王国首脳が考えたそのままの作戦を思いつき、それを実行しようとしていた。
「おい、お前、ちょっと来い」
「はい、ご主人様」
哀れなエリスは、あられもない姿でベルナールの前に進み出る。
「お前は確かエリスという名だったな? そして、王城にいたな。ベルナールという男は知っているか?」
「はい。ベルナール・オランドは、王立学校の教師で、私の担任です」
エリスは機械のような口調で答えた。
「ほお、あいつは教師なのか。そして、お前はその生徒か……ふふふ……そいつはますます都合がいい。よいか、エリス、これからお前は帝国軍の兵士として、ユーリンへの総攻撃に加わるのだ。そして、チャンスがあれば、ベルナールを殺せ、よいな?」
アランはほくそ笑みながらエリスにそう命じた。
「はい、ご主人様。必ずや、ベルナール・オランドを殺します」
アランは満足げに笑った後、テントの外へ向かって叫んだ。
「おい、誰かいるか?」
すぐに、兵士の1人がかしこまってテントの中に入って来た。
「はっ、ここに」
「この女と王国の冒険者どもを連れて行き、一般の兵士と同じ装備を与えよ。そして、歩兵部隊に入れておけ」
「はっ、承知しました」
エリスと兵士が出て行くと、アランはこらえきれないように声を殺して笑いながら、狂気じみた目を輝かせた。
「くくく……さて、兵士の中に可愛い教え子がいると知ったら、先生様はどうなさるかな」
「待て、オランド、無茶は許さぬぞ。お前は王国軍の総司令官なのだぞ」
ベルナールの作戦を聞いたガルニア侯爵は、首を振ってベルナールを止めた。
「はい、分かっております。しかし、敵が動き出してからでは遅い。ドラトがどのように動くか、偵察だけでもしておかないと、対処のしようがありません」
「ううむ、それはそうなのだが……斥候兵に任せたらどうなのだ?」
ガルニア候の言葉に、ベルナールは首を振った。
「今回は斥候にも作戦は明かせません。もし、斥候が《魅了》に掛かって、作戦の内容をしゃべってしまったら、一巻の終わりです。ガルニア候とオラニエ殿には、敵の目を引き付けるために、敵と300メートル間をおいて陣を敷いてもらいます。敵が攻めてきたら、防御に徹し、少しずつ後退していってください」
ガルニア候もハンスも、ベルナールの固い決意を変えることはできなかった。
「分かった。だが、決して無理はするなよ。ブロワーに連絡を取ってなるべく早く来てもらう。これが最後の機会ではない、それを忘れるな」
「はい。あくまでも敵の動きとエリスたちの様子を探るのが目的です。それが掴めたら、すぐに引き返します」
ベルナールの言葉に、ガルニア候とハンスも頷き、ここにこの戦争の大きな転機となる作戦が始まろうとしていた。
ベルナールは、自らが言ったように、これは偵察のための作戦だと考えていた。だから、アラン・ドラトと直接接触する事態は想定していなかった。
翌朝、まだ薄暗いうちに、彼は斥候兵2人とともに、密かに街の北門から出て行った。
「閣下、偵察隊より報告です。敵軍が動き出しました。兵力はおよそ5000、重装歩兵部隊を中心にこちらへ向かっているとのことです」
司令部のテントの外から、下士官が中に向かって声をかける。
「そうか……恐らくこちらが動かないので様子見のつもりだろう。とりあえず半分の1万の兵を布陣させろ。残り半分は司令部前に整列するように伝えろ」
中から、アランが命令を下す。
「はっ」
下士官は苦々しい表情で、その場を去って行く。
「さて、そろそろ着替えるか。おい、服を持って来い」
今まで弄んでいた女を押しのけて、アランは立ち上がった。
「司令官殿、敵の偵察部隊は予想通り、移動中のわが軍を見張るために移動しました。今なら敵の本陣の近くまで行けます」
斥候に出ていた兵士が戻って来て、ベルナールにそう告げた。
「よし、行くぞ」
ベルナールは丘の陰から出て、2人の兵士とともに敵陣の西側へ迂回して近づいていった。
「全員よく聞けっ。北方軍はもはや当てにできぬ。だが、ここにいる中央軍だけでも、ユーリンを攻め落とすには十分な兵力だ。今夜、暗くなるのを待って、南と北から同時に総攻撃を開始する。幸い、敵は5000もの兵を城の外に出している。まず、この敵軍を挟み撃ちにして殲滅する。そして、守りの薄くなった南北の城門を《破城槌(はじょうつい)》で打ち破り、街の中に入り、街を焼き尽くし、破壊するのだ。略奪は自由。ただし、敵軍を1人残らず殺した後だ」
いつもであれば、この言葉に兵士たちは歓声を上げて応えるところだが、兵士たちは下を向いたまま「おうっ」と返事をし、武器を掲げて足を2回踏み鳴らしただけだった。これから始まることを彼らは知っていたのだ。
「さて、兵士たちよ、喜べ。これから君たちに『死を恐れぬ勇気』を与えよう。それによって君たちはどこの国にも負けない無敵の軍隊になるのだ。素晴らしいと思わないか?
さあ、顔を上げて、こちらを見たまえ。我、アラン・ドラトが神より賜いし宝を授けよう……」
アランの言葉に、だが兵士たちは数人を除いて顔を上げない。その数人とは、エリスと何人かの冒険者たちだった。
ちょうどその時、ベルナールは司令部のテントの裏にたどり着いていた。
(しめた、アランはテントの外だ。中にエリスがいるかもしれない)
ベルナールは無言で2人の兵に見張るように合図すると、テントをめくり思い切って中に飛び込んだ。
テントの中には、裸同然の姿の女たちが4人、テーブルを囲んで座りお茶を飲んでいたが、突然飛び込んできたベルナールを見て、驚きと恐怖に顔を引きつらせ、思わずカップを落としたり、椅子から転げ落ちたりした。
「待てっ!声を出すな。君たちに危害を加えるつもりはない」
ベルナールが、叫び声を上げようとする女たちに低く強い調子でそう言ったとき、異変は起こった。
「っ!」
「っ!」
「っ! あ、わ、私は……」
「っ! はっ……ま、魔法が解けたの?」
女たちは夢から覚めたように、お互いの顔を見合って、涙を流し始めた。
ベルナールはこのとき、ようやく《センプトブル》の発動条件を悟った。いや、条件も何もなかったのだ。彼が強く望み、相手に何かを命じるだけで良かったのである。
「すまないが、教えてくれないか?ここに、エリス・モートンという少女はいなかったか?」
ベルナールの問いに、抱き合って泣いていた女たちは顔を上げた。
「はい、いました。でも、昨日、兵士にするために連れて行かれました」
1人の黒髪の女が答え、それを聞いたベルナールは悔し気な表情で拳を握りしめた。
「くそ、遅かったか……」
「あ、あの、あなたは、いったい……」
「申し遅れた。私はベルナール・オランド。王国軍の者だ」
「「「お、王国軍!?」」」
「しいっ、静かに」
女たちの叫び声に、ベルナールが慌てて声を出さないように言ったが、遅かった。
「ん? さっきから、何か騒がしいな……」
兵士たちの列の中を移動しながら《魅了》を掛ける作業をしていたアランは、テントから聞こえてくる女たちの声に、いったん作業をやめて、そちらへ向かった。
テントの外で見張っていた2人の兵士が、アランがテントに近づいてくるのを見て、慌ててベルナールに声を掛けた。
「し、司令官、ドラトがこちらへ来ます」
それを聞いたベルナールは、どうするか判断に迷った。
当初の作戦では、あと30分後くらいにハンスたち宮廷魔導士団が、帝国軍の近くに派手な魔法攻撃を仕掛け、それを合図にベルナールたちは情報収集をやめて街へ帰る、という手筈になっていた。
(今、ここから去るのは簡単だ。だが、この女性たちが《魅了》を解かれているとドラトが知ったら、私が来たことがバレるだろう。そうすれば、エリスたちは最悪殺されるか、救出がさらに困難な状況に追い込まれる……)
ベルナールは迷った挙句、半ばやけっぱちとも思われる大胆な行動に出た。
彼はその端正な顔に微かな微笑みを浮かべて、決然とテントから出て行った。
「ごきげんよう、ドラト王子」
偽りの英雄の最期 3
テントから20メートルほどの所まで来ていたアランは、突然中から現れたベルナールを見て、驚愕のあまり固まってしまい、パクパクと口を動かしたが言葉が出てこなかった。
「悪いが、ここで貴様の首を獲り、この無意味な戦争を終わらせる!」
ベルナールはそう言うと、ロングソードを引き抜いて一気に走り出そうと身構えた。
「ひいいいっ、だ、だ、誰か、あいつを止めろおおおっ」
ようやく声を出せるようになったアランは、ガクガク震える足で逃げ出しながら叫んだが、足がもつれてすぐに倒れ、地面を這いつくばった。
先ほど《魅了》を掛けられていた兵士たちが、走って来てベルナールの行く手に立ちはだかった。しかし、その他の兵士たちは《魅了》に掛からないように目をつぶって、その場に立っているのが精いっぱいだった。彼らは心の中では(早くドラト王子が死んでくれればいい)と願っていたのだ。
「ご主人様、ベルナール・オランドを殺します」
「おお、エリスか。お前はここで私を守れ。私が逃げるまで時間を稼ぐのだ」
「承知しました」
エリスと冒険者たちが、アランを守るために壁を作った。
「どけどけっ、目を覚ますんだっ」
やみくもに剣や槍を持って立ち向かってくる兵士たちを蹴散らしながら、ベルナールが叫んだ。
「あっ、こ、これは……」
「っ!と、解けたのか……」
兵士たちはその声を聞くと、《魅了》から解放され、正気に戻った。
ベルナールの目に、よろめきながら必死に逃げようとしているアランの姿が見えた。しかし、その前に立ちはだかっているのは帝国兵の装備を身にまとったエリスと冒険者たちだった。
ベルナールは、鬼のような形相で地の果てまで届けと言わんばかりの声で叫んだ。
「エリィース!! 何をしている、バカ者がああぁっ。お前の敵はあの男、アラン・ドラトだああっ!」
「っ!あっ、オ、オランド先生っ!」
エリスと冒険者たちの《魅了》は、同時に解けた。
気が抜けたように地面に座り込むエリスたちの横を、ベルナールはすさまじい形相で走り抜けていく。
今、アランは騎兵用の馬に何とか這い上がって、逃げ出そうとしていた。馬のわき腹を蹴り、いななく馬の手綱を引いて一気に駆け出す。
ベルナールは必死に走ったが、すんでのところで馬は走り出してしまった。このままでは、また、あと一歩のところでアランに逃げられてしまう。
(ああ、神よ、神よ、1度も自ら礼拝に行かなかったことをお詫びします。この先はできるだけ、教会へ足を運ぶことをお約束します。ですから、今は、今この時だけは、どうか、私に力をお与えください)
ベルナールは生まれて初めて神にすがった。そして手に持ったロングソードを握り替え、槍のように持って大きく後ろへ振りかぶった。去って行くアランの背中が次第に小さくなっていく。
地に堕ちたとはいえ、相手は英雄、どんな奇跡が起こって逃げ延びるか分からない。
「でええやあああっ!!」
渾身の力を込めて、ベルナールはロングソードを投じた。それは、あのクラーケンに槍を打ち込んだ時と同様に、うなりを上げて弾丸のような速さで飛んでいった。
ズドッ!!
「グワアアァァッ!!」
アランが身に着けた最高級の頑丈な鎧も難なく突き破り、彼の胸からロングソードが突き出した。
そのまま馬は走り続けたが、やがてアランの体は馬から落ちて草原に転がった。
それを確認したベルナールは、気が抜けたように膝をついてふーっと大きく息を吐いた。
周囲は静まり返り、草原を拭き渡る風の音だけが聞こえていた。
「ん?」
地面に目を落としていたベルナールは、たくさんの足音とざわざわした話し声に気づいて、身構えながら顔を上げた。帝国兵が自分を捕らえに来たと思ったのである。だが、違った。
帝国兵たちが自分の横を通り過ぎて、アランの方へ近づいていく。そして、今、横を通り過ぎていったのは、テントの中にいた女たちだった。
「オランド先生……」
不意に背後から聞こえてきた声に振り返ると、エリスが悲しみと怒りに満ちた目でベルナールを見つめていた。
「エリス……」
ベルナールはどう声を掛けたらいいか分からず、ゆっくりと立ち上がって言葉を懸命に探した。しかし、ベルナールが何か言う前に、エリスが頭を下げてこう言った。
「先生、助けてくださってありがとうございます……」
「……すまない……もっと早く来ていれば……」
ベルナールには彼女を慰める言葉は見つからなかった。
「いいえ、こうして、元の自分の意識を取り戻すことができた、それだけで……すみません、お礼は改めて述べます。今は、まだやるべきことが……」
エリスは悲しい目をしたままそう言い残すと、大勢の人間が集まっている中へ入っていった。ベルナールも彼女の後を追っていった。
アラン・ドラトはすでに絶命して多量の血の海の中に横たわっていた。それを帝国兵たちが囲んで、黙って見つめていた。
そこへ、アランの奴隷になっていた女たちが現れ、その中の2人がアランの体を突き通しているロングソードを協力しながら背中の方から引き抜いた。また、後の2人は死体を覆っている鎧を外していった。彼女たちは無表情な青白い顔で、機械的にそれらの作業を終えた。
今やアランは、何かをつかむように両手を上げ、恐怖に引きつった顔で目を見開いたまま、下着姿の死体となって仰向けになっていた。
「地獄に堕ちろっ!」
血に濡れたロングソードを持った女が、低い声でそう叫び、アランの腹部に2回剣を突き刺した。そして、死体の顔に唾を吐きかけると次の者に交代した。
「父と母、兄弟たちの恨み、思い知れっ!」
次の女もそう叫んで、死体に2回剣を突き刺した。
こうして、4人の女たちが交代で恨みを晴らした後、エリスが死体に近づいていった。
ベルナールは、できるならやめさせたかったのだが、今のエリスには、それしか心の安定を保つ方法はないのだろうと、しかたなく黙って見守っていた。
エリスは無言のままアランの死体を見下ろし、突き刺さっている剣を引き抜いた。そして、急に怒りに満ちた表情になり、死体の下腹部に力任せに剣を突き刺した。それをあと2回ほど繰り返すと、今度はフウ、フウと荒い息を吐きながら、アランの顔に剣を向けた。
「エリス、待てっ!……もう、十分だ。顔を潰してしまうと、帝国の王にアランが死んだことを認めさせることができなくなる」
ベルナールの声に、エリスは剣を振り上げたまま、ブルブルと手を震わせていたが、やがて涙をポロポロと落としながら、がっくりとその場に膝から崩れ落ちた。
「うわあああぁっ……あああ、あ、あ、ああああぁぁ……」
エリスは天を仰いで、怒りとも悲しみとも分からない声で叫び続けた。女たちもそれにつられて抱き合いながら泣き始めた。そして、帝国兵たちは皆、首を垂れてその声をじっと受け止め続けた。
「失礼する。私は、帝国中央軍第1騎兵軍団を率いるザイード・アフラムと申します」
まだ、女たちの泣き声が続く中、ベルナールのもとへ1人の年配の騎士が近づいて来て目礼しながら声を掛けた。
「王国軍総司令官、クライス・オランドです」
ベルナールの答えに騎士は驚いたが、すぐに軽く頭を下げて言った。
「そ、総司令官……いや、失礼。王国軍のけた外れの強さは聞いておりましたが、まさか総司令官殿が単騎で、2万の敵軍の中に飛び込んでこられるとは……」
ベルナールは思わず苦笑しながら、さばさばした顔で答えた。
「あはは……いや、最初は偵察だけのつもりでした。何がどうしてこうなったのか、自分でも分かりません。抵抗するつもりはありません。アラン・ドラトを倒せたので、もう私の役目は終わりました。どうぞ、そちらの自由にしてください」
騎士は瞠目するようにベルナールを見つめてから、さっと姿勢を正した。
「ザイード・アフラム、帝国軍司令官に代わり、王国軍並びにトゥ―ラン国軍に対して、休戦を申し入れたく、承諾をお願いできませぬか?」
ベルナールは少し驚いた顔をしたが、しばし考えてからこう答えた。
「その申し出、喜んでお受けいたしましょう。ただし、正式な取り決めは、トゥ―ラン国の元首と帝国の元首との話し合いで決める、ということでよろしいか?」
「はっ、それで結構です」
騎士の答えを聞き、ベルナールは微笑みながら手を差し出した。騎士もその手をしっかりと握った。
その瞬間、帝国軍の兵士たちの間から、うおおおっ、と言う歓声が上がり、それは次第に広がって大きくなっていった。
ここに、帝国によるトゥ―ラン国への侵略戦争は、幕を閉じたのであった。
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そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
没落した貴族家に拾われたので恩返しで復興させます
六山葵
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生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
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それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
※2025/12/31に書籍五巻以降の話を非公開に変更する予定です。
詳細は近況ボードをご覧ください。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
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貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
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言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
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お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
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注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
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ReBirth 上位世界から下位世界へ
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1~4巻発売中です。
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
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わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
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5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
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