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第37話 エンゲージ
しおりを挟む美保子達が秋葉原へ戻った時、嶋は《シマー》ナノマシンのエネルギー量と再生速度を検査していた。
ドム・ボロスは嶋達の攻撃に対し、再生速度が追いついていなかった。
[傷が関係あるのかも知れない。]
嶋のオリジナルナノマシンよりも、遥かに遅い再生速度だった。
火球やブレスの溜め行動時には、喉から胸にかけて赤く燃えていた。戦闘時は、溜まった高熱によって赤く燃えていると思っていたが、それがエネルギー消失による消滅現象だったのではないか?
再生速度が遅いが故の溜め行動とも取れた。
事実、嶋のナノマシンのレオ・テスカポリとユウナ・テスカポリは、溜め行動は短時間で雷撃や炎を飛ばしていた。
『アリサ』は瞬時に数万回のテストを行い、結果を出した。
ーーー《シマー》側ナノマシンは、再生速度、エネルギー精製速度共に、オリジナルの60%程度と思われます。
武器及び兵器での物理攻撃の破壊力はオリジナルの90%に及びますが、エネルギーを使っての超常現象攻撃に至っては、『溜め行動』と呼ばれるチャージ時間がオリジナルの約3倍かかります。
隙が非常に大きいとの結果になりました。ーーー
[弱点になるな。すぐに全国の皆さんに報せてくれ。
井上さんや夏菜さん達レベルなら、大きいアドバンテージになるだろう。]
その時に、美保子達が戻って来た。
美保子は嶋に飛び付きたい衝動にかられていたが、エンジニアやボディーガード達の手前我慢していた。
『アリサ』内に保存されたデータと、ナノマシンによって不死身の存在と理解はしていても、やはり苛烈な戦闘状況のダメージを気にしていたのだ。
だが嶋は戯けていた。
「おかえり~。」
両手を横に広げ、少し腰を落としグニャグニャ蛸踊りで出迎えていた。
美保子は黙って無言で歩き寄り、渾身の力で平手打ちした。
「怒りマーク出てたぞ!」
「社長、バカだもんな…」
美保子の思考だけでなく、ナノマシン全てが怒りの感情を抱いた様な、『激怒』だった。
嶋は派手に吹き飛ばされ壁に激突し、床に倒れ込んだ。
嶋は驚いて美保子を見上げたが、美保子自身も自分の掌を見ながら驚いていた。
見た目は華奢な女性でも、その全身は嶋のオリジナルナノマシン。
そのパワーは、片手で100キロを持ち上げる事も可能であった。
「あの、美保子さん…。そのパワーで生身の人にビンタはやめてね。」
嶋は、絶対に怒らせない!と誓った。
その時、『アリサ』が極冷静に
ーーー高岡総理より、みなさんは無事かどうかの問い合わせがありました。
無事ならば、合衆国陸軍元帥の離脱と、日本との共闘の真偽を尋ねておりますが?ーーー
[無事だと伝えろ。陸軍の事は、わからない。]
ーーー畏まりました。それと、美保子様を怒らせない様に。
マスターはもう少し、真剣に状況を考える事を学習した方がよろしいかと思われます。ーーー
[大きなお世話だよ!]
『アリサ』の言う通りだと、全員が思っていた。
嶋は少し不貞腐れ、帰還したメンバーを見渡して
「あれ?本田さんと横井さんは?」
黙っているメンバー達を見て、嶋は本田達との視覚を共有した。
「なんだ、あれ!」
嶋も本田と横井が目の当たりしたクリーチャーを見ていた。
すぐに真一と夏菜に転送し、何のクリーチャーか尋ねた。
[『ワースピ』のラスボスで、魔王ルシフェロです。
魔力だけじゃなく、肉体も防御力が高いです。
闘うとしたら、社長が闘ったドム・ボロスと同等になると思います。]
夏菜が即座に答えた。
その瞬間、本田が自爆した。
映像の共有はそこで切れ、瞬間に本田と横井が帰還した。
「お2人とも、お疲れ様です。サーバールームもクリーチャーいたんですね。」
嶋はサーバー破壊については聞かなかった。
ダメージを与えられなかったとしても、それは本田と横井の責任ではない。
嶋が開発したファイヤーウォールに、開発者のライセンスキーを設定しなかった嶋の責任だからだ。
最後に自爆した本田にも、破壊出来たかどうかの認識はなかったが、最後に消滅したナノマシンから『アリサ』へ、少なくとも本田が抱きついたサーバーと、もう1基のサーバーの破壊の映像が届いていた。
「美保子、本田さんが2基のサーバーを破壊出来た。
ダメージの予測はつくか?」
「おそらくだけど、破壊が確認された2基は、ナノマシン制御サーバーだわ。
ナノマシンでの身体構築が出来なくなったグループがある筈。
コンソールはナノマシンの管理はしていないから、それだけはハッキリ言える。
あと、FTPサーバーが隣にあったんだけど…。」
敵の兵力が削られるのは、嶋達に大きな成果になる。
「FTPサーバーが破壊されていたとしたら?」
「そのFTPサーバーの設定地域のユーザーは、コンソールが破壊されるとデーターが完全に失われる。
もしそのユーザーの肉体が既に死亡していれば、完全に『命』を失う事になるわ…。」
ユーザーの命が失われる事に、美保子は痛みを感じたが、嶋は違った。
「今、生きてる人達の命を守る為には、《シマー》ユーザーの完全消滅は必要な事だ。
既に奴等は、世界人口の30%の人の命を奪ってる。
奴等に生きる資格はない。それに、破壊されたデーターが、奴等ではなく善良なユーザーかもしれない。
善良なユーザーが、《シマー》内に留まって、肉体の死を受け入れたとは思えない。」
事実、時間を忘れて《シマー》に1週間も留まったユーザーもいたが、その人物は衰弱はしていたが命は取り留めていた。
それ以前に肉体の危機を、やはりユーザー達はログイン途中でも、『勘』の様な物で悟り現実世界へ戻っていた。
ログインしたままで衰弱死したユーザーは、《シマー》世界に自身の『生』を見つけた者達だけだったし、《シマー》軍のメンバー全員が、既に肉体的に命を失っている者達ばかりでは無かった。
ほとんどの者達は普段はログアウトし、一般人として暮らしている者達だったのだ。
美保子は黙って頷いた。
嶋はそれを見て、《シマー》軍到着の準備に移った。
シリコンバレーでの戦闘は5時間に及び、既に日本では夜明けが近くなっていた。
「『アリサ』俺達の配置は、どうなってる?」
嶋は声に出して言った。
ーーー美保子様、エンジニアの皆様には、こちらで待機して頂きます。
スーパーCPUがダメージを受けた場合、皆様にはメンテナンスに向かって頂かなければなりません。
マスターとボディーガードの皆様は、既に配置先にナノマシンを配置しておりますので、ダイブして頂ければ、すぐに配置に就く事が可能です。ーーー
「わかった。ではみなさん、行きましょう。
御武運を!」
…「「「「御武運を!」」」」…
全員がそう叫んでダイブし、配置先へと転送された。
美保子は、川中の妻の元へ向かった。ゆみと一緒に、アリサの子守りもしてくれていたのだ。
だが途中で気付いた。
[今、夜中だ!寝てるよね!]
早くアリサに会いたいが、それでは川中の妻を起こしてしまう事になり、もしかしたらゆみまで起こしてしまうかも知れなかった。
[我慢だね。前線で戦うみなさんの何か助けになる事探そう。]
美保子は『アリサ』に、キーボードを出して貰った。
美保子には、タッチパネルの打ち込みより、やはり物理的なキーボードの方が感覚的に操作しやすかった。
見た目は30代でも、実際は昭和の生まれで60歳を超えている。
タッチパネルを使った経験が無い為に、『打ち込んだ』感覚の無いタッチパネルが苦手だった。
結局はブラインドで打ち込むのだが、それでも指先の感覚にこだわっていた。
[『アリサ』、あなたならニュートリノ感知出来る?]
ーーー美保子様が私にシステムを入力頂ければ、衛星を使い可能かと思われます。ーーー
光量子CPUの《シマー》コンソールは、その特性からニュートリノを精製し放出していた。
そのニュートリノを検出出来れば、《シマー》コンソール単体の座標を特定出来る。
コンソール破壊の手助けになると気付き、『アリサ』にニュートリノ検出能力を付加する事にした。
[あの、『アリサ』?私があなたに勝手に能力を付与して、智彦さんは怒ったりしないかな?]
『アリサ』は、あくまで嶋の作製した『作品』だ。
その嶋の許可なくバージョンアップに近い手を加える事に抵抗を感じてしまったのだった。
ーーーその時は、全力でひっぱたいてやって下さい。
私に腕があれば、私がひっぱたきます。ーーー
[ふふふっ!ありがとう(笑)]
ニュートリノ検出には、大掛かりな装置が必要だった。
重水や大量の光電子倍増管が必要だったが、美保子は『アリサ』ならば大掛かりな装置は必要ない筈だと確信していた。
特に光量子CPUを実用化した美保子であれば、レーザーを使ったニュートリノ検出を確立出来る筈だし、ナノマシンにはレーザー射出能力もあった。
[レーザーでニュートリノを検知出来る筈!]
美保子の思考を読んで『アリサ』は、ナノマシンを衛星に輸送する準備に入った。
人工衛星にレーザー射出機を取り付け、地上全域にレーザーを張り巡らせる為だ。
ナノマシンは宇宙空間でも、活動を停止する事はない。
本田達が射出した超高温のレーザーで無ければ、エネルギー切れを起こす事もない。
ニュートリノにも極々微量とは言え質量がある事から、光を遮断し影が出来る。
レーザー照射によって出来た影を追う事で、ニュートリノの発生場所を特定するのだ。
ハッカーだった嶋とは違い、美保子は学歴を積んだエンジニアであり、システム構築には、嶋以上の能力があった。
美保子は僅か数時間で、数十年も大した進化をしなかったニュートリノ検出装置カミオカンデを超えてみせた。
それには『アリサ』も驚いた。
ーーーマスターだけでなく美保子様も、やはり『神』と呼べる存在。ーーー
美保子の構築した極スーパーカミオカンデとも呼べるシステムならば、かつて光より速いと言われていたニュートリノの速度を測る事も、いとも容易く計測できた。
あらゆる物質を通り抜け、直線に進む性質から、レーザーとレーザーの間を通過した距離と時間が正確に解れば、速度の計測など単純で簡単であった。
実際はそれ程単純ではないが、遥かに正確な速度を測る事が出来た。
『アリサ』はすぐに美保子の構築したシステムをインストールし、ナノマシンをロケット型に製成し、多数の衛星に向け打ち上げた。
その頃嶋は、福岡市役所に設置された防衛本部で実体化した。
博多の街にはナノマシンの自衛隊が防衛線を築き、待機していた。
一般人の避難は進んではいたが、やはり大都会である福岡だけに混乱が起きていた。
九州男児や熊本の肥後もっこすと言う言葉がある九州である故に、やはり武骨な男性が多く、女性も九州男児に負けず劣らず一本気質な女性も多かった。
その為に、警察や自衛隊に反発するよりも、自分達も戦う!と、参戦を申し出て来る者達が避難を拒んでいた。
やはり誰でも自分が生まれ育った街は、自分達で守りたい意識を持ってはいるが、九州ではその義侠心を持つ人物が、男女問わず多数存在していた。
「有り難く、誇りには思いますが、戦闘は我々に任せて皆さんは避難して下さい!」
装甲車の上に立ち、マイクを持った自衛隊員が叫んでいた。
そこにゲーム世界のアバダーの男性が駆け上がり
「わいらが闘うけん、みんなら避難してくれんね!
戦争終わってから、復興にみんなの力借りるけん!」
九州出身らしい協力者の呼びかけで、少しずつだが、避難指示に従う者達も出てきていた。
ーーー警報を!飛行、滑空能力を持つ敵が現れました!ーーー
「警報を!敵が来る!」
『アリサ』の通信を受けた嶋は、即座に防衛本部で叫んだ。
瞬間嶋の全身が忍者装束に変わった。
ーーーマスターの戦闘スタイルから最適の衣装兼防具を設定しました。防御力はシリコンバレー時より上がってます。ーーー
嶋が市役所屋上に出た時、東に見える西大橋が砕け落ちた。
嶋はすぐに西大橋へジャンプ。同時に背中にクロスに背負った2本の日本刀を抜いた。
その時、やっと警報が鳴った。
[遅い!]
嶋は苛立ちのまま眼下の街を見ると、自衛隊が戦闘体制をひき、一般人もやっと南へ向け避難を始めていた。
嶋が西大橋の上空へ達した時、既に戦闘は始まっていた。
自衛隊が橋の両端を封鎖し、崩壊を免れた部分では、協力者一団が《シマー》兵数体と戦っていた。
『なんだよ、おまえら!人間側か!』
《シマー》兵は計15体。
8体が橋の東、7体が西側で無差別に攻撃を始めていた。
だが組織的戦闘ではなく、それぞれが自分の欲求のまま、ただ暴れていた。
対して防衛側は、自衛隊はもちろんだが、協力者達も元々がユニットを組んでいたのか、連携の取れた戦闘を繰り広げていた。
[こちら、嶋…田中学です。博多西大橋で敵小隊とエンゲージ。
後続が続く模様、各防衛隊戦闘準備願います。]
嶋の通信は、全国のナノマシン防衛隊に届いた。
[田中社長、博多来てくれたんですか!]
[博多は勝ったも同じですね!]
博多防衛隊から続々返信が入った。
[博多に敵先発隊出現!各地各員戦闘体制!
日本を守れ!]
[こちら航空自衛隊見島分屯地!敵出現!戦闘突入!]
[こっちも来たぁぁっ!宗像大島守備隊、参る!]
[長崎!平戸大橋が堕とされた!許さんど!]
ーーー敵は海岸線一帯広範囲で実体化。各地で戦闘始まりました。
各地第2、第3戦線部隊は出撃準備願います。ーーー
『アリサ』は各地戦況を把握、防衛指示を始めた。
平戸大橋へは佐世保始め、周辺待機部隊を応援へ向かわせ、九州北部海岸線に部隊移動を始めさせた。
当初の到着予定時刻より、2時間も早かったが、それをカバーする為に『アリサ』は自身の8割の能力を戦況分析にまわした。
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