野良ドールのモーニング

森園ことり

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 自分よりも若くて女性らしいアヤメさんがカワセさんにすり寄って、ぺちゃくちゃ喋りはじめると、トキコさんはむっとして黙りこんでしまう。
 カワセさんは特にアヤメさんと楽しく会話するわけではないが、彼女の話にきちんと相槌をうち、にこにこしている。トキコさんの機嫌をとろうとするわけでもなく、アヤメさんをいさめるわけでもない。
 モーニングを食べ、コーヒーを二杯飲むと、九時前には席をたつ。
 カワセさんがいなくなると、トキコさんも帰る。
 今日もカワセさんが「じゃあ」と帰ってしまうと、トキコさんもあとを追いかけるように伝票を手にした。

「どうも」

 トキコさんは一応ひとことアヤメさんに声をかけていく。アヤメさんも「どうも」とにっこり笑顔で返す。
 そのあとに漂う気まずい空気。
 アヤメさんだけが残ったテーブルに皿を片付けに行くと、「ねぇえ」と甘ったるい声で声をかけられた。

「はい、なんでしょう」

 アヤメさんはバッグを手にして僕に見せた。

「これ、主人にもらったのよ。去年のクリスマスプレゼント」

 僕でも知っているような高級ブランドのマークのバッグだ。

「でね、こっちは息子のお嫁さんからの母の日のプレゼント」

 バッグから同じブランドの口紅を取り出す。
 僕がぽかんとしているのを、(ブランドを知らない貧乏学生)だとアヤメさんは理解したのかもしれない。

「お仕事がんばってね」

 にっこり笑うと、僕から視線をそらしてマグカップを手にした。
 皿を厨房に運びながら、アヤメさんには夫がいるんだなと意外だった。
 あんなプレゼントをくれるぐらいだから、家族仲もいいのだろう。
 それなのにカワセさんに色目をつかったり、トキコさんの神経を逆なでするようなことをしたり、ちょっと理解できない。
 単なる暇つぶしだろうか。

 皿を片付けてフロアに戻ろうとした時、事務室から店長の声が聞こえてきた。
 そういえば白ドレスの彼女から、店長を呼ぶようにと言いつけられてたんだっけ。
 ため息を吐きながら事務室に向かう。そのときちょうどドアから大さんが出てきた。なぜか暗い顔をしている。僕が会釈しても気づかなずに横をすり抜けていった。
 どうかしたんだろうか。

「失礼します、店長、ちょっといいですか」

 ノックをしながらドアをそっと開けると、店長が腕組みをしながらパソコンを睨んでいた。
 確かに美帆さんが言うように、元気がない、というかなにか悩んでいるようにも見える。

「どうかしました?」

 振り返った店長の眉間には、深いシワが刻まれたままだ。まずいな、と思いながらも後戻りはできない。

「すみません。お客さまが店長を呼んで欲しいと言ってまして」

 店長の顔がよけいに険しくなる。

「クレーム? なんかトラブルでもあった?」
「いえ……実は」

 僕は今朝、白ドレスの彼女が店の前に倒れていたことを説明した。話を聞いているうちに店長の表情がますます険しくなっていく。
 おそらく僕が招き入れたものが災厄である可能性があると判断して、腹立たしさが込み上げているんだろう。
 僕は身を小さくしながら少しあとずさりした。

「わかりました。いま行きます」

 冷たい口調でそう言うと、店長は腰をあげて部屋から出ていった。
 僕もすぐにあとを追う。
 店長はすたすたと白ドレスの彼女のところに歩いていくと、一礼してから彼女に声をかけた。
 会話が何ラリーかしたあと、あっさり店長は戻ってきた。

「どうでした?」

 事務室に入っていく店長のあとを僕も追う。

「何の話でしたか?」

 店長は椅子に座ると、肩をぐるぐると交互にまわしはじめた。肩がこってるようだ。

「ここで働きたいそうです」

 まじか。

「彼女、雇うんですか?」

 びっくりした僕は、パソコンに向かってキーボードを叩きはじめた店長を信じられない思いで見つめた。

「先月パートさんが二人も辞めたでしょ。新しい人も決まらないし」

 そりゃそうかもしれないけど、倒れてたなんて普通じゃないでしょ。どこか具合悪いのかもしれないし。

「あとで面接して問題なければ働いてもらいます」

 なんだろう。店長、やけに投げやりじゃないか。
 でも彼女のことは僕が招いた災いのようなもの。
 まだいるのか、というようにこちらを振り向いた店長に頭を下げると、僕は背中を丸めて部屋から出ていった。





「ねえ、あの子帰ったわよ。はい、伝票」

 フロアの手前で美帆さんにつかまり、伝票を渡された。
 四千百円。と、税金。

「休憩とって。災難だったね」

 ぽんぽんと肩を叩かれた僕はスタッフルームに戻ると、自分のロッカーから財布を取り出した。
 先にレジで白ドレスの彼女の食事代の清算をすます。
 まじで今日のバイト代がパーになった。
 おやつボックスからサイコロチョコレートをひと握り取り出して、無心でもぐもぐやる。

「あ、そうか」

 白ドレスがここで働くなら、今日の食事代返してもらえるかもしれない。これ、請求したっていいよね?
 いや、おごるって言ったから無理か。相手が払うって言っても、ここは断るのが男ってもんだ。
 もう一握りチョコを取り出してやけ食いしていると、次の休憩に入る美帆さんがやって来た。

「モーニングのひとたちだいたい帰ったね。次はランチか~」

 うーんと伸びをしながらコーヒーを淹れている。

「チョコ食べ過ぎじゃん? ニキビできるよー、いたいよー」

 チョコレートの包みの山をちらっと見て、美帆さんが気の毒そうに笑う。

「あの女の子、ここで働くみたいですよ」

 僕の言葉に、美帆さんはコーヒーをすすりながら眉を上げた。
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