野良ドールのモーニング

森園ことり

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「あの女の子って?」
「白ドレスの子です。僕が連れてきた」
「えー、まじ? じゃあ、仕事なくてお金に困ってたんだね。でも、一人入ってくれると助かるわ。私もフルタイムで働かされてる状態だからさ」

 二人もパートさんが辞めてから、大さんと美帆さんはフルタイムで働いている。
 確かに白ドレスが入れば、二人の負担は少しは減るだろう。

 僕は十一時まで働くと、大学に向かった。
 大学に着いた真っ先に向かうのが学食。ここでたぬきうどんを食べて午後の授業に備えるのだ。
 うどんをすすりながらまわりを伺う。よし、知り合いはいない。

 リュックサックから小ぶりのノートを取り出す。それとペン。
 ノートを開く。
 最後のページには悲惨だった僕の一日が描かれている。財布をなくし、好きな子にふられ、可愛がっている野良猫に引っかかれた悲しい一日。

 今日もなかなか悲惨だった。描きがいがあるというものだ。
 僕の趣味は絵を描くこと。
 一人暮らしをはじめてから日記をつけているけど、全部絵で描いている。エッセイ漫画とかもあるけど、僕の場合はもっとゆるい日常の漫画日記だ。
 オチなんかもない。ただ、その日あったことを絵で描きとめている。

 今日はもちろん、白ドレスのことを描く。白いドレスを着て倒れていた彼女。ステーキを頬張る彼女。店長に仕事くれと直訴している彼女……。

「りょーちゃん、また漫画?」

 びくっとして顔をあげると、大学の友達たちがニヤニヤしながら僕のノートを覗き込んでいた。すぐに腕で隠す。
 巧(たくみ)に茉美(まみ)に樹奈(じゅな)。
 僕はノートを閉じてリュックサックに押し込んだ。

「見せてくれたっていいじゃん。うまいんだからさぁ」

 どさっと隣の椅子に座った巧は手にもっていた空のペットボトルを押してべこべこさせる。
 茉美や樹奈は向かい側の椅子に腰をおろした。樹奈の方を見られない。ふられた子とこうして顔を合わせなければいけない地獄がここにある。柳子みたいに記憶失いたい、と切に思った。汗が脇からだらだら流れていく。

「樹奈、なんか食べる? ダイエット中だっけ?」

 茉美が携帯マグを取り出してコーヒーを飲む。この子はコーヒー中毒なのだ。一日中コーヒー飲んでる。それもブラック。

「そんなわけじゃないけど、食欲ないからいいや」

 僕のせいで食欲ないんじゃ、と思う僕は重症だ。
 うどんをむせながらずるずるすする。

「ゆっくり食べろよ。なに焦ってんの?」

 何も知らない巧がへらへら笑う。どうやら樹奈は僕が下手くそな告白したのを、まだ彼らには話してないみたいだ。でもいずれ話すだろう。友達だし。

「ねえ、今度の日曜、みんなで浅草行こうって話になってんだけど、りょーちゃんも来るよね? バイト休みでしょ」

 茉美がスマホ画面を見ながらそうたずねた。
 みんなでって、当然樹奈も行くんだよな。
 じゃ、無理だ。樹奈だって僕になんか来て欲しくないだろう。

「これ見て。レンタルで着物借りられんの。樹奈の和服姿見たいでしょ? りょーちゃん」

 ニヤつく茉美が突きつけたスマホ画面には、艶やかな着物姿の若い女性二人が雷門の前で微笑んでいる姿が写っている。
 樹奈がこんな着物を着たら、そりゃすごく可愛いだろう。見たいけど、見たくない。樹奈が嫌がるだろうから。

「ご、ごめん。日曜もバイト」

 ずるずるずるっと最後のうどんをすする。飲み込む。

「えー、なんで? バイトは平日だけでしょ?」
「パートの人が二人辞めたから、その穴埋め」
「最悪なんだけど。そこのファミレス、ブラック過ぎない?」
「だね」
「りょーちゃんが来ないの、つまんなーい。ね、樹奈」

 そうだね、と小声で言う樹奈。
 気まずくさせてごめん、樹奈。

「じゃ、授業あるから」

 僕はリュックサックを肩にかけ、うどんのトレーを持って席を立った。

「終わったら連絡して。たぶん、俺らここにいるから」
「あー、うん」

 どうしよう。四月にふられた僕はまだ二年、樹奈とこうして顔を合わせないといけない。
 友達やめられれば楽だけど、彼らから離れたら、僕は一人だ。いまさら新しい友達ができるとは思えない。
 だから、告白はやめておけばよかったんだよ。
 あんな錯覚しなければ。樹奈が僕のこと好きかも、なんていう。

「あああ」

 小声で唸りながら歩く僕を、すれ違った女子たちが気味悪そうに横目で見ていく。



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