野良ドールのモーニング

森園ことり

文字の大きさ
7 / 47

7

しおりを挟む
「大学楽しい?」
「楽しいですよ」

 いまは地獄だけど。

「そっか。じゃ、また夜ね」
「明後日でしょ」
「夕飯、正子さんちに食べに来なよ。誘っても遠慮して食べに来ないんだってね」

 アパートに住みはじめて一ヶ月は正子さんにしつこく夕飯を誘われた。不健康な食生活を送っていると決めつけられたのだ。まあ、心配してくれたわけだけど。
 うちは両親が共働きだったので、中学生の頃から簡単な自炊はしていた。野菜も肉も果物もバランスよくとるのを意識して。
 料理したものの写真を撮って見せてやっと、正子さんは僕の言葉を信じてくれた。そして、夕飯の誘いはなくなった。
 他人の家にあがって手料理を食べるなんて、やっぱり気まずい。ご飯ぐらい気をつかわずに食べたい。

「僕、夜遅くに食べるので」

 嘘です。

「それ、よくないよ。なおさら一緒に食べたほうがいいって。今日は唐揚げだって。楽しみだなー」
「いや、ちょっとほんとに遠慮しときます。じゃあお疲れさま」

 部屋を出て行こうとすると、店長がドアを開けて中を覗いた。僕と目が合う。

「池間(いけま)君、帰るとこ悪いけど、五分だけいい?」

 店長が手招きするのでそのあとについていく。
 事務室に入ると、店長はドアを閉めるように言った。

「実は半年後にこの店舗を閉めることになりそうなんだ」
「えっ」

 店長が言うには、まだ決定ではないけどほぼ決定という感じで、本社から連絡があったらしい。

「半年後、ですか」

 十月頃、この店がなくなる。

「そう。わかってるだろうけど、ここの売り上げが芳しくないんだ」
「でもそれはけっこう前から……」
「グループ系列の店、全体の売り上げが落ちてるみたいだよ。だから店舗を減らしてってことだろうな」

 店長がここ最近元気がなかったのはそういう理由だったのか。

「みんな生活があるし、早めに伝えておくべきだと思ってね。希望者には近くのグループ系列の店を紹介するように言われてる。ここだと駅前のカレー屋になるかな。それか隣町の……」

 後半の店長の言葉は耳に入ってこなかった。そうか。いよいよ閉店か。
 いつかこうなるんじゃないかと思ってたけど、僕が大学を卒業したあとだと決めつけていた。こんなに早い終わりが来るなんて。
 ふらふらと店を出て自転車に乗った。大学までの道のり、秋以降のバイトをどうしようとぐるぐる考え続けていた。

 カレー屋か。
 駅前だからきっと忙しいんだろうな。こんなぬるま湯みたいな居心地のいい職場に慣れた僕に務まるだろうか。

 ぼーっとたまま大学に入っていったせいだろうか。学食で突然樹奈に声をかけられた。全然気づかなかった。焦った。

「どうかした? なんか疲れてるみたいだけど」

 樹奈は財布を手にしている。これからお昼なのか。他の二人はいない。

「ちょっとバイトで疲れた」
「お疲れ様。なに食べる?」

 そうか。樹奈と二人でお昼ご飯か。前だったら嬉しかったけど。

「たぬきうどんかな」
「良君、いつもそれだよね。私はカレーにしよ」

 樹奈はカレー好きだ。本格的なスパイスカレーも好きで、いろんな店を食べ歩きしている。
 僕らはそれぞれの料理を持って、人の少ない食堂の奥まった席に座った。
 食べはじめてすぐに、樹奈は口を開いた。

「ごめんね、良君。気まずい思いさせて」
「いや……僕のほうこそ、ごめん」

 視線を合わせると、僕らは同時に少し笑った。緊張感が少しだけやわらいだ気がする。

「私から言うのも変かもしれないけど、これからもいままで通り、仲良くしてもらえると嬉しい」

 樹奈に言わせてしまった。本当なら僕から言うべきだったのに。

「もちろん。樹奈さえよければ」
「じゃあ、いままで通りってことで」

 僕らは頷きあって、ほっとしながらご飯の続きを食べた。

「日曜の浅草、ほんとに行けない? みんなと和服で写真撮りたいな。いい記念になるよ」

 そうだろうな。いまなら、みんなと浅草に行きたい気もする。
 でももう柳子と約束してしまった。

「ごめん、用事があって」
「バイトだっけ?」
「いや、バイトはなくなって、友達と出かけることになったんだ」

 樹奈は赤い福神漬けを口に運ぶと、かりこりと音をさせながら食べた。

「友達って大学の子?」
「いや、バイトの新入りさん」
「女の子?」
「一応」

 ふうんと頷きながら樹奈はカレーをすくったスプーンを口に運んだ。
 なんか、ふられて一週間たらずで別の女の子に乗り換えた感じにとられてないだろうか。
 変な汗がまた出てくる。

「な、なんか、土地勘がないからって近所の案内を頼まれちゃって」
「ご近所さんなんだ?」
「あ、まあ……」

 同じアパートの同じ階です。
 話せば話すほど勝手に追い込まれていく気がしたので、黙ってたぬきうどんを食べることにした。
 樹奈も黙ってカレーを食べている。
 せっかく元通りになれそうだったのに、また気まずい感じになってしまった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...