野良ドールのモーニング

森園ことり

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「大学楽しい?」
「楽しいですよ」

 いまは地獄だけど。

「そっか。じゃ、また夜ね」
「明後日でしょ」
「夕飯、正子さんちに食べに来なよ。誘っても遠慮して食べに来ないんだってね」

 アパートに住みはじめて一ヶ月は正子さんにしつこく夕飯を誘われた。不健康な食生活を送っていると決めつけられたのだ。まあ、心配してくれたわけだけど。
 うちは両親が共働きだったので、中学生の頃から簡単な自炊はしていた。野菜も肉も果物もバランスよくとるのを意識して。
 料理したものの写真を撮って見せてやっと、正子さんは僕の言葉を信じてくれた。そして、夕飯の誘いはなくなった。
 他人の家にあがって手料理を食べるなんて、やっぱり気まずい。ご飯ぐらい気をつかわずに食べたい。

「僕、夜遅くに食べるので」

 嘘です。

「それ、よくないよ。なおさら一緒に食べたほうがいいって。今日は唐揚げだって。楽しみだなー」
「いや、ちょっとほんとに遠慮しときます。じゃあお疲れさま」

 部屋を出て行こうとすると、店長がドアを開けて中を覗いた。僕と目が合う。

「池間(いけま)君、帰るとこ悪いけど、五分だけいい?」

 店長が手招きするのでそのあとについていく。
 事務室に入ると、店長はドアを閉めるように言った。

「実は半年後にこの店舗を閉めることになりそうなんだ」
「えっ」

 店長が言うには、まだ決定ではないけどほぼ決定という感じで、本社から連絡があったらしい。

「半年後、ですか」

 十月頃、この店がなくなる。

「そう。わかってるだろうけど、ここの売り上げが芳しくないんだ」
「でもそれはけっこう前から……」
「グループ系列の店、全体の売り上げが落ちてるみたいだよ。だから店舗を減らしてってことだろうな」

 店長がここ最近元気がなかったのはそういう理由だったのか。

「みんな生活があるし、早めに伝えておくべきだと思ってね。希望者には近くのグループ系列の店を紹介するように言われてる。ここだと駅前のカレー屋になるかな。それか隣町の……」

 後半の店長の言葉は耳に入ってこなかった。そうか。いよいよ閉店か。
 いつかこうなるんじゃないかと思ってたけど、僕が大学を卒業したあとだと決めつけていた。こんなに早い終わりが来るなんて。
 ふらふらと店を出て自転車に乗った。大学までの道のり、秋以降のバイトをどうしようとぐるぐる考え続けていた。

 カレー屋か。
 駅前だからきっと忙しいんだろうな。こんなぬるま湯みたいな居心地のいい職場に慣れた僕に務まるだろうか。

 ぼーっとたまま大学に入っていったせいだろうか。学食で突然樹奈に声をかけられた。全然気づかなかった。焦った。

「どうかした? なんか疲れてるみたいだけど」

 樹奈は財布を手にしている。これからお昼なのか。他の二人はいない。

「ちょっとバイトで疲れた」
「お疲れ様。なに食べる?」

 そうか。樹奈と二人でお昼ご飯か。前だったら嬉しかったけど。

「たぬきうどんかな」
「良君、いつもそれだよね。私はカレーにしよ」

 樹奈はカレー好きだ。本格的なスパイスカレーも好きで、いろんな店を食べ歩きしている。
 僕らはそれぞれの料理を持って、人の少ない食堂の奥まった席に座った。
 食べはじめてすぐに、樹奈は口を開いた。

「ごめんね、良君。気まずい思いさせて」
「いや……僕のほうこそ、ごめん」

 視線を合わせると、僕らは同時に少し笑った。緊張感が少しだけやわらいだ気がする。

「私から言うのも変かもしれないけど、これからもいままで通り、仲良くしてもらえると嬉しい」

 樹奈に言わせてしまった。本当なら僕から言うべきだったのに。

「もちろん。樹奈さえよければ」
「じゃあ、いままで通りってことで」

 僕らは頷きあって、ほっとしながらご飯の続きを食べた。

「日曜の浅草、ほんとに行けない? みんなと和服で写真撮りたいな。いい記念になるよ」

 そうだろうな。いまなら、みんなと浅草に行きたい気もする。
 でももう柳子と約束してしまった。

「ごめん、用事があって」
「バイトだっけ?」
「いや、バイトはなくなって、友達と出かけることになったんだ」

 樹奈は赤い福神漬けを口に運ぶと、かりこりと音をさせながら食べた。

「友達って大学の子?」
「いや、バイトの新入りさん」
「女の子?」
「一応」

 ふうんと頷きながら樹奈はカレーをすくったスプーンを口に運んだ。
 なんか、ふられて一週間たらずで別の女の子に乗り換えた感じにとられてないだろうか。
 変な汗がまた出てくる。

「な、なんか、土地勘がないからって近所の案内を頼まれちゃって」
「ご近所さんなんだ?」
「あ、まあ……」

 同じアパートの同じ階です。
 話せば話すほど勝手に追い込まれていく気がしたので、黙ってたぬきうどんを食べることにした。
 樹奈も黙ってカレーを食べている。
 せっかく元通りになれそうだったのに、また気まずい感じになってしまった。



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