野良ドールのモーニング

森園ことり

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 三十分たらずの昼寝で、かなりはっきりとした夢を見た。
 樹奈の夢だ。

 大学近くのおしゃれなコーヒースタンドのベンチで、僕と樹奈がお喋りをしている。
 樹奈はすごくご機嫌で、カフェオレをちびちび飲みながら、いろんな話をする。大学のこと、勉強のこと、バイトのこと。好きな映画や本、お笑い芸人、ミュージシャンのことまで、喋り過ぎなぐらい喋る。
 僕はただ樹奈が一生懸命話し続けるのを聞いている。するとそこに偶然、巧と茉美が通りかかった。僕たちに気づき、こそこそデートかよとからかいはじめる。
 僕は否定するけど、もっと否定するのは樹奈だ。

「告白されたけど、きちんと断ったから」

 えっと驚く僕よりもさらに驚く巧と茉美。
 ごめんなさい、と僕は恥ずかしいのと悲しいのとショックなのでその場を走って立ち去る。
 そこで目が覚めた。
 目が覚めてもはっきり夢を覚えているあの状態で、しばらく心臓がどきどきしていた。嫌な感情がそのまま体に残っていて、現実にあったときのように僕は傷ついていた。
 実際に、僕は告白に至る一ヶ月ほど前から、頻繁に樹奈に誘われて、夢に出てきたコーヒースタンドに行った。

「コーヒースタンド行かない?」というのが、樹奈の誘いの言葉だ。

 なぜかいつも、巧や茉美が一緒じゃないタイミングで誘ってくる。最初は偶然かと思っていたけど、三度、四度と誘いが続くと、そこにはなにか意味があるのではないかと僕は思いはじめた。
 樹奈は僕と二人きりになりたいのかもしれない。何度も誘うのは、僕からの誘いを待っているからかもしれない。樹奈は僕のことが好きで、告白されるのを待っているのかもしれない。

 一度そう思い込んでしまうと、樹奈の行動のすべてが僕への好意のサインであるかのように受け取られた。コーヒースタンドでやけに喋るのはおかしいし、巧や茉美が一緒の時に誘わないのもおかしい。
 樹奈はたぶん、いや、絶対に僕のことが好きだ。

 だから僕は樹奈をデートに誘った。「おいしいコーヒーのお店を見つけたから行ってみない?」と。
 樹奈は少し困惑しているようにも見えた。でもそのときの僕は、嬉しさの裏返しだと自分に都合よく解釈してしまった。
 ネットで調べたおしゃれなコーヒーのお店にはきちんと下見にも行った。告白によさそうな近所の公園も見つけておいた。

 デート当日、樹奈はなぜが元気がなかった。二人の時はいつもあんなにお喋りしていたのに、その日は僕の話に相槌を打つばかり。
 僕は戸惑いながらも店を出ると公園に彼女を連れていき、少し微妙な雰囲気のまま告白をした。
 結果は「ごめんなさい」だ。
 僕よりも樹奈のほうが落ち込んでいるように見えた。

 そこでやっと僕は、彼女の行動の意味を誤解していたことに気づいた。
 別に僕のことが好きだから誘ってたんじゃない。
 だったらなんで誘ったんだよ。あんなに楽しそうに喋って笑ってさ。
 なんで?
 疑問は残ったけど、当然、訊ねることはできなかった。

 いまでも疑問は疑問のまま残っている。でもふられた事実は変わらないんだから、もうそんなことはどうでもいい。
 ただひとつ、僕はこの夢で気づいてしまった。
 樹奈に告白したことを、巧と茉美に知られることを、僕は恐れている。
 いや、正確には違う。

 僕がどういう思いで告白してふられたかということを知らないまま、ただ無謀にも告白してふられた、と二人に思われてしまうのが怖い。
 ということで、僕は巧と茉美にスマホでメッセージを送ることにした。


(このまえ、樹奈に告白してふられました。僕が勝手に変な勘違いをしてしまったせいです。樹奈とはいままでどおりでいようということになりました。一応、報告まで。)


 送信してから、急に不安になった。あの文面でよかっただろうか。
 どう勘違いしたかは、後日ゆっくり説明すればいい。あほだと彼らは呆れるだろう。でも、キモがられるよりはいい。
 二人からの反応が怖くて、僕はスマホの電源を切って机の引き出しにしまった。


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