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「聞いたよね? あーどうしよ。あー」
翌日のファミレス。出勤してきた美帆さんは僕の顔を見るなり、あーあーあー、と言い続けた。
「なんでいまさら閉店するかね。そんなにここの会社やばいわけ? あーもう困る」
美帆さんが言うに、大さんもかなりショックを受けていたらしい。それでも彼は駅前のカレー屋で働くことになるだろうと話していたという。
「美帆さんはどうするんですか?」
「どうしよう……カレー屋の制服見たことある?」
「あります。黄色い制服でしょ」
「それにあの茶色いベレー帽みたいな変なのかぶらないといけないんだよ。あの制服着るの、しんどいんだけど」
「僕も抵抗感はあります」
ここの制服のほうがずっといい。でもお金のためなら変な制服ぐらい我慢して着る。
「どうしよう。良君はどうするの?」
「僕もカレー屋で働くと思います。新しく近所でバイト先見つけるのもしんどいから」
「そうだよね……」
はぁと重いため息を美帆さんが吐いたところに、柳子がやって来た。
「あ、リュウちゃん、おはよー」
リュウちゃんて呼ばれてるのか。
「おはよーございます」
三人で開店準備をすすめながら、僕はちらちら柳子の様子をうかがった。
働きはじめて半年後に閉店なんて彼女もついてない。
でも、元々この店は彼女の居場所にふさわしくないのかもしれない。
初めて会った時に彼女が着ていた白いドレスは、僕のような人間でも高価な品であると見てわかった。自分で買ったのか、家族が用意してくれたのかはわかない。
ただ、ああいう服を選ぶような生活を以前はしていたということだ。それなのに無一文で行き倒れてた。いったい何があったんだろう。
やっぱり家出だろうか。家族は心配してないんだろうか。
テーブルを拭いている柳子のところに、僕はそっと近づいていって声をかけた。
「あの、おにぎりありがとう」
「食べた?」
「うん。おいしかった……でも、毎日はいいよ?」
あれから毎朝、ドアの前に桃色おにぎりが置かれている。
「シャケ嫌いなの?」
「いや、好きだけど」
「朝はパン派?」
「トースト食べてるけど……」
「だったらお腹すいた時に食べて。おにぎりはいつ食べてもおいしいよね」
そうだけど、僕が気にしてるのはそこじゃなくて。
「毎朝作るの大変でしょ。そんな気を使わなくていいから。お礼の気持ちはもう充分……」
「全然大変じゃないよ。あと、お礼じゃないし。それより、ここ、閉店するんだってね」
そうだった。
「そうらしいね」
「残念だね。柳子さんはどうするの、半年後」
「カレー屋か隣町のファミレスで働くよ。りょーちゃんは?」
「僕はカレーかな。近いから」
「じゃ、私もカレーに希望だしとこっと」
それでいいのだろうか。
まだ二十一で、あんなに上手にピアノを弾けるのに、この先ずっとチェーン店のカレー屋で働き続けるのか。
小さい頃からきちんとしたレッスンを受けないと、あんなふうには弾けないだろう。柳子みたいな人には、もっとふさわしい場所があるような気がする。
「あ、スマホ買ったから番号教えとくね」
彼女は電話番号とメッセージアプリのIDを書いたメモ用紙を僕にくれた。
そういえば、スマホも持ってなかったんだ、このひと。というか、置いてきたのか。どこかに。
開店してしばらくすると、トキコさんをはじめとした常連客たちがいつものようにやって来た。
彼らに三十分ほど遅れてアヤメさんも姿を見せる。
胸を強調するような薄手のぴったりしたニット姿の彼女を見て、トキコさんは険しい表情を浮かべた。カワセさんはそんな彼女たちを横目に、老眼鏡をかけてのんびり新聞を読んでいる。
いつもとなにも変わらない朝のファミレスの光景。
九時前に店長が現れた。いつもと変わりのない様子。心持ち表情がやわらかい気がする。みんなに閉店のことを伝えて、ほっとしたのだろうか。あるいは単に今朝は機嫌がいいだけかもしれない。
僕は仕事が終わる時間が近づいてくると、段々憂鬱になっていった。
昨夜からスマホの電源を入れないままだ。
あんなメッセージを送ったから、巧や茉美から連絡が来ているかもしれない。それを見るのが怖い。
十一時になって仕事を終えると、僕は朝買ってきたおにぎりとカップラーメンを食べた。学食に行けば彼らがいるだろう。ここでお昼ご飯をすまして、さっと授業に出てさっと帰る。これしかない。
「ここでお昼? 珍しい」
お昼休憩にやって来た美帆さんが僕を見て不思議そうな顔をした。彼女はきちんとお弁当を持ってきている。
柳子が働くようになっても、美帆さんはしばらくフルで働くことになった。閉店も決まったことだし、半年間しっかり稼ぐつもりかもしれない。柳子がいくらよく働いていても新入りは新入りだ。記憶のこともあるし、この先どうなるかわからない。
ご飯も食べ終えて帰り支度をしていると、店長がスタッフルームにやって来た。
「大さんが腹痛らしくて、今日は休むそうです。かわりに僕がフロアに出るので、そのつもりで」
お弁当を食べている美帆さんにそう告げる。
僕ははっといいとこを思いついた。
「僕、かわりに午後も出ましょうか?」
店長はちらりと僕を見た。
「大学の授業は?」
「今日は別に出なくても大丈夫です」
できたら行きたくない。
「授業を優先してください」
じろりと僕を一瞥すると、店長はすぐに部屋から出ていった。
*
翌日のファミレス。出勤してきた美帆さんは僕の顔を見るなり、あーあーあー、と言い続けた。
「なんでいまさら閉店するかね。そんなにここの会社やばいわけ? あーもう困る」
美帆さんが言うに、大さんもかなりショックを受けていたらしい。それでも彼は駅前のカレー屋で働くことになるだろうと話していたという。
「美帆さんはどうするんですか?」
「どうしよう……カレー屋の制服見たことある?」
「あります。黄色い制服でしょ」
「それにあの茶色いベレー帽みたいな変なのかぶらないといけないんだよ。あの制服着るの、しんどいんだけど」
「僕も抵抗感はあります」
ここの制服のほうがずっといい。でもお金のためなら変な制服ぐらい我慢して着る。
「どうしよう。良君はどうするの?」
「僕もカレー屋で働くと思います。新しく近所でバイト先見つけるのもしんどいから」
「そうだよね……」
はぁと重いため息を美帆さんが吐いたところに、柳子がやって来た。
「あ、リュウちゃん、おはよー」
リュウちゃんて呼ばれてるのか。
「おはよーございます」
三人で開店準備をすすめながら、僕はちらちら柳子の様子をうかがった。
働きはじめて半年後に閉店なんて彼女もついてない。
でも、元々この店は彼女の居場所にふさわしくないのかもしれない。
初めて会った時に彼女が着ていた白いドレスは、僕のような人間でも高価な品であると見てわかった。自分で買ったのか、家族が用意してくれたのかはわかない。
ただ、ああいう服を選ぶような生活を以前はしていたということだ。それなのに無一文で行き倒れてた。いったい何があったんだろう。
やっぱり家出だろうか。家族は心配してないんだろうか。
テーブルを拭いている柳子のところに、僕はそっと近づいていって声をかけた。
「あの、おにぎりありがとう」
「食べた?」
「うん。おいしかった……でも、毎日はいいよ?」
あれから毎朝、ドアの前に桃色おにぎりが置かれている。
「シャケ嫌いなの?」
「いや、好きだけど」
「朝はパン派?」
「トースト食べてるけど……」
「だったらお腹すいた時に食べて。おにぎりはいつ食べてもおいしいよね」
そうだけど、僕が気にしてるのはそこじゃなくて。
「毎朝作るの大変でしょ。そんな気を使わなくていいから。お礼の気持ちはもう充分……」
「全然大変じゃないよ。あと、お礼じゃないし。それより、ここ、閉店するんだってね」
そうだった。
「そうらしいね」
「残念だね。柳子さんはどうするの、半年後」
「カレー屋か隣町のファミレスで働くよ。りょーちゃんは?」
「僕はカレーかな。近いから」
「じゃ、私もカレーに希望だしとこっと」
それでいいのだろうか。
まだ二十一で、あんなに上手にピアノを弾けるのに、この先ずっとチェーン店のカレー屋で働き続けるのか。
小さい頃からきちんとしたレッスンを受けないと、あんなふうには弾けないだろう。柳子みたいな人には、もっとふさわしい場所があるような気がする。
「あ、スマホ買ったから番号教えとくね」
彼女は電話番号とメッセージアプリのIDを書いたメモ用紙を僕にくれた。
そういえば、スマホも持ってなかったんだ、このひと。というか、置いてきたのか。どこかに。
開店してしばらくすると、トキコさんをはじめとした常連客たちがいつものようにやって来た。
彼らに三十分ほど遅れてアヤメさんも姿を見せる。
胸を強調するような薄手のぴったりしたニット姿の彼女を見て、トキコさんは険しい表情を浮かべた。カワセさんはそんな彼女たちを横目に、老眼鏡をかけてのんびり新聞を読んでいる。
いつもとなにも変わらない朝のファミレスの光景。
九時前に店長が現れた。いつもと変わりのない様子。心持ち表情がやわらかい気がする。みんなに閉店のことを伝えて、ほっとしたのだろうか。あるいは単に今朝は機嫌がいいだけかもしれない。
僕は仕事が終わる時間が近づいてくると、段々憂鬱になっていった。
昨夜からスマホの電源を入れないままだ。
あんなメッセージを送ったから、巧や茉美から連絡が来ているかもしれない。それを見るのが怖い。
十一時になって仕事を終えると、僕は朝買ってきたおにぎりとカップラーメンを食べた。学食に行けば彼らがいるだろう。ここでお昼ご飯をすまして、さっと授業に出てさっと帰る。これしかない。
「ここでお昼? 珍しい」
お昼休憩にやって来た美帆さんが僕を見て不思議そうな顔をした。彼女はきちんとお弁当を持ってきている。
柳子が働くようになっても、美帆さんはしばらくフルで働くことになった。閉店も決まったことだし、半年間しっかり稼ぐつもりかもしれない。柳子がいくらよく働いていても新入りは新入りだ。記憶のこともあるし、この先どうなるかわからない。
ご飯も食べ終えて帰り支度をしていると、店長がスタッフルームにやって来た。
「大さんが腹痛らしくて、今日は休むそうです。かわりに僕がフロアに出るので、そのつもりで」
お弁当を食べている美帆さんにそう告げる。
僕ははっといいとこを思いついた。
「僕、かわりに午後も出ましょうか?」
店長はちらりと僕を見た。
「大学の授業は?」
「今日は別に出なくても大丈夫です」
できたら行きたくない。
「授業を優先してください」
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