野良ドールのモーニング

森園ことり

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「ファミレスのモーニングはどこも同じ。だからこそ、そこにチャンスがあると思うんだけど」

 柳子はそう言うと、瑞々しく薫り高いオレンジにかぶりついた。とても真剣な澄んだ目をしている。

「じゃあ、店長に話してみれば?」

 そうでも言わなければこの話は終わりそうになかった。

「そうしてみるつもり」

 どうせ瞬殺されるだろう。
 かわいそうな柳子さん。
 一緒にカレー屋で働こう。あの黄色い制服と変な帽子をかぶって。
 『旋律』でのゆっくりしたモーニングを堪能したあと、僕らはぶらぶら近所を歩いてまわった。
 スーパーとかコンビニとかドラッグストアとか100均ショップとか、とりあえず生活に必要な店の場所に連れていく。

「ここは公園。たまに灰野さんがベンチでおにぎり食べてる」

 家から一番近い公園を通りかかった時、僕はそう紹介した。

「灰野さんとは仲良くなった?」
「うん。夕飯の時とか会うからね」

 灰野さん、ご飯の量、減らせてもらえたんだろうか。
 公園から少し歩いたところに駐車場がある。僕はそこで立ち止まると猫がいないか見た。
 このあたりには地域猫がいて、住人たちが餌をやっている。僕も週に何度か来て餌をあげる。僕になついているのはキジトラのオス猫だ。トラ吉と僕は名付けている。

「トラー」

 呼んでみたが、現れない。どこかで昼寝でもしてるんだろう。他にも五匹ぐらいいるが、一匹も姿を現さなかった。
 もしかすると、他の場所でお昼ご飯を食べているのかもしれない。

「ここに地域猫が集まってくるんだ」
「りょーちゃん、猫、好きなんだね」
「好きだよ。柳子さんは猫は好き?」
「好き」
「飼ったことある?」

 柳子は首を横に振る。

「僕は子供の頃飼ってた」

 僕が生まれる前から両親が飼っていた白い雌猫。姉弟みたいに仲が良かったけど、僕が中学生の時に老衰で亡くなった。
 その話をすると、柳子はじっと黙って聞いていた。

「その子、なんていう名前だったの?」
「タマ。オーソドックスでしょ」
「可愛い名前じゃん。トラってのは、ここにいる猫?」
「そう。キジトラだからトラ吉って勝手に名付けた」

 柳子はくすっと笑った。

「私もそう呼んでいい?」
「いいよ、別に」

 早く会いたいなぁと言いながら、柳子は駐車場をみまわした。
 ぐるっと町内をめぐり、昼前にアパートに戻った。
 柳子も一緒にコインランドリーに行きたいというので、洗濯物をそれぞれビニール袋に詰めてまた家を出る。
 コインランドリーは歩いて三分ほどのところにある。
 けっこう新しめのコインランドリーなので広々てとしており、大きなソファもおいてある。そこにひとり、若い男性がスマホを見ながら腰かけていた。

「お昼どうする? お礼に私、おごるよ」

 お腹が空いた顔つきで柳子が言う。

「給料出るまでは僕がおごるよ。駅前のカレー屋どう? 一度も入ったことないから、偵察しときたい」
「カレー、いいね。じゃあ、お給料入ったら私がおごるよ」

 駅前の好立地にそのカレー屋『一番カレー』はある。入口は狭い感じだけど、入るとそこそこ広かった。テーブルとカウンター席がある。
 僕たちは一つだけ空いていたテーブル席に座った。やってきた店員に入口で買った食券を渡す。二人ともノーマルなトッピングなしのランチカレーを頼んだ。サラダとスープがついてくる。これで五百円。安いファストフードや牛丼屋が駅前にひしめきあっているから、これぐらいの値段じゃないと人が入らないんだろう。
 店内は若い男性やカップルたちが多い。やっぱりファミレスとはちょっと客層が違うようだ。
 礼の黄色い制服と変な帽子の店員たちは、無表情で淡々と仕事をこなしている。流れ作業のようだ。

「おまたせしましたぁ」

 同い年っぽい男性店員が、僕らのテーブルにカレーを運んできた。
 注文から五分もたっていない。早い。早さもこの店のウリなんだろう。平日の昼時なんかはけっこう忙しいのかもしれない。
 テーブルに備え付けの福神漬けやらっきょうを、柳子はたっぷりカレーにのせていく。

「好きなの?」

 柳子はちらっと僕を見ると小さく頷く。
 僕は福神漬けやらっきょうなど、漬物系は苦手だ。

「意外とおいしいね」

 少しカレーを食べてから、小声で僕は柳子に感想を述べた。柳子も福神漬けをまた足しながら頷く。

「可もなく不可もなく」

 僕はぎょっとして店員たちに聞こえてなかったかとまわりを見た。だが誰もこっちを見ていない。聞こえていたとしても客の感想など聞き飽きているのかもしれない。
 それにしても、半年後、ここで働くことになるのかもしれないんだよな。なんか不思議な感じ。ちょっとやっぱり、悲しい感じもする。

 翌日の日曜日の朝遅く。
 僕はピアノの音で目が覚めた。
 隣の正子さんの家から聞こえてくる。
 家を出て『旋律』に行こうとするときもまだ、ピアノの音色が聞こえていた。
 ぎこちなくて拙くて、柳子のものではないのがすぐにわかった。
 古い竹の柵越しに正子さんちの縁側を覗くと、小さい女の子の声が聞こえてきた。近所の子供だろうか。柳子の笑い声もする。子供にピアノでも教えてるのかもしれない。

 柳子って何者なんだろう?
 彼女の過去がどうしても気になるわけではないけれど、気にならないわけでもなかった。





 翌朝、ファミレスに出勤すると、柳子がぱっと近寄ってきて僕に囁いた。

「モーニングの件、店長に提案してみるからね」

 そうだった、と僕はちょっと青ざめた。なんか揉めないといいけれど。まあ、すぐに却下されて終わりだろう。
 九時前に店長がやって来て、同時に柳子が休憩に入った。
 仕事をしながらはらはらしていると、休憩後にフロアに現れた柳子がやけに嬉しそうにしている。
 まさか、と思っていると、バックヤードで柳子に捕まり報告された。

「モーニングの提案、上の方にかけあってみてくれるって」
「本当?」

 信じられない。あの店長が柳子の提案に簡単にのるなんて。

「嘘じゃないよ。言ってみるもんだね」

 やっぱり信じられない僕は、自分の休憩の時、店長がいる事務室を覗いた。
 パソコンをぼんやり見ている店長に恐る恐る声をかける。

「店長、南川さんのモーニングの話、前向きに検討するんですか?」

 振り返った店長は手に持ったボールペンをぶらぶらさせながらうんうんと頷いた。

「うちの店舗限定モーニングをするって話でしょ」
「そんなことできるんですか?」
「どうかな。わからないけど、できるんじゃない。他の店舗でもいろいろ限定でやってることあるし」

 それはそうだろう。サラダバーとかビュッフェとか、限定メニューとか、店舗独自のものがあることは知っている。

「そうですか……」

 他に用は、という目を向けられたので、頭を下げると慌てて部屋を出た。
 まあそうか。手間とかコストとかをクリアできるメニューなら、やれないこともないということか。
 でも柳子は、お客の目がきらきらするようなモーニングを想定しているはずだ。彼女が納得するように事が運ぶだろうか。

 つつがなく仕事を終えて大学へ。
 学食でたぬきうどんを食べていると、巧たちがやって来た。
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