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「意外?」
僕の表情を見て店長が小さく笑った。
「まあ、最後までやる気を失わないのはいいことだって、上がとらえたんだろうね」
やる気を失って閉店前に他の仕事にうつられるよりはマシってことか。
もちろん、この展開に気をよくしているのは柳子だ。
その日はずっとにやにやしながら、仕事の合間に何度もモーニングのアンケート用紙をちらちら見ていた。
僕は休憩の時間にさらさらっとアイデアを書いてしまおうとした。でも、いざペンを持って用紙を前にすると、なんのアイデアも浮かんでこない。
だいたい、いまのモーニングを変える必要性を感じていないんだから、アイデアなんて考えつくはずがない。
でも無回答で提出するのもまずい。
スマホで人気のモーニングを検索してみた。けっこういろいろ出てくる。チェーン店のモーニングからホテルまで。
ホテルのモーニングはもう次元が違うというか、かなり豪華だ。フルーツなんかもたっぷり登場する。おいしそうなサラダなんかも。
柳子はフルーツやサラダのことを口にしていたけど、もしかしてホテルなんかの高級モーニングをイメージしてるんだろうか。
いや、こういうのをうちで出すのは無理だろう。
チェーン店のフレンチトーストとか、ホットドッグが食べられるモーニングなんかは、おいしそうだし、けっこう値段も安い。
こういうのに、ちょっとアレンジするんでいいんじゃないか?
フレンチトーストやホットドッグに、うちの卵料理やドリンクバーをつける、というアイデアを僕は提案した。
もちろん、他店が既にやっているようなことだから、真新しさはない。
でも、急にアイデアを出せ、と言われても難しいよ。
休憩からフロアに戻ると、ドリンクバーの前で柳子がトキコさんにつかまっていた。
「モーニング、変えるの?」
トキコさんの驚きの表情。
いや、柳子がトキコさんをつかまえたみたいだ。
「こういうモーニングが食べたい、とかご希望があればと思いまして」
トキコさんはじいっと柳子の顔を見つめる。
「いまので充分だけど」
ほら、やっぱり。特にトキコさんはカワセさんに会いたくて毎朝来てるようなもんだろう。モーニングの中身なんて気にしてないよ。
「おいしいですか?」
「おいしいかって……」
あんたが言う? というような変な顔をトキコさんはした。
「なにか思い浮かんだら教えてくださいね」
柳子がそう言って立ち去ると、その後ろ姿をおかしなものでも見るような目でトキコさんは見ていた。
アンケート用紙は帰り際に店長の机に置いてきた。みんなはなんて書くんだろう。
そのあと大学に行って、いつものように学食でたぬきうどんを食べていると、茉美が一人で現れた。なんだか妙な顔つきをしている。よ、と軽い挨拶をして僕の前に座った。
「樹奈がさ」
頬杖をついて浮かない表情だ。
「ピアス開けたんだって」
「そうなんだ」
ピアスぐらい、けっこうみんな開けてる。僕はしないけど。
「ためしに両耳一つずつ開けたんだけど、大丈夫そうだから、あと一つずつ開けるんだって」
「え」
てことは四つピアスの穴を開けるのか。樹奈が。
四つのピアスと訊いて、あのロン毛髭のことが頭に浮かんだ。あの男もピアスを四つしてた。
茉美と目が合う。
「あのクサカってひとの影響かもね」
彼女は呆れたように呟く。
影響って、付き合ってもないのに? まあ、彼ははっきり答えはしなかったけど。
「そのクサカさんから聞いたんだけど、樹奈とデートするらしいね。浅草で」
「らしいね。急に距離縮めちゃって」
茉美の口ぶりはなんだか面白くないといった感じで冷めている。樹奈の恋を応援してるわけじゃないのか。
「あの人、遊んでそうじゃない? 店の子とも距離近いし」
なんだ。茉美も気づいてたのか。
「だから、樹奈みたいな真面目な子、相手にしないと思ったんだけどな」
「意外と気があったんだね」
どうだか、といった風に茉美は首を傾げる。
「樹奈には嫌な思いさせたくないんだよなぁ」
巧もなんか前に同じようなこと言ってたな。まるで保護者みたいな。
という僕もなんだか心がもやついてる。
でも僕なんかはふられたわけだし、干渉するのはやめないと。もうコーヒースタンドにも行かない。
「今日、樹奈はもう帰ったの? 巧もいないね」
「巧はバイト。樹奈も用事があるとかですぐ帰っちゃった」
つまらなそうに唇を尖らせる茉美。
昨日、クサカさんは樹奈からスケボーを教えてくれと頼まれたとか言ってた。彼はまだ仕事中だろうから一緒じゃないだろうけど。
「りょーちゃん、午後は暇でしょ? たまには二人でどっか行かない?」
茉美はじいっと僕を見る。相手をしろということか。
僕たち二人だけで遊んだことはほぼないに等しい。四人で遊んでいて、他の人が先に帰って結果的に二人になった時ぐらいしかない。
「どっか行くってどこへ?」
「まあ、カラオケかお茶しに行くか」
僕は少し考えてから、「じゃ、コーヒースタンドに行かない?」と提案してみた。
もうコーヒースタンドには行かないと決めたけど、これは一人じゃないからギリOKだよね。
僕の表情を見て店長が小さく笑った。
「まあ、最後までやる気を失わないのはいいことだって、上がとらえたんだろうね」
やる気を失って閉店前に他の仕事にうつられるよりはマシってことか。
もちろん、この展開に気をよくしているのは柳子だ。
その日はずっとにやにやしながら、仕事の合間に何度もモーニングのアンケート用紙をちらちら見ていた。
僕は休憩の時間にさらさらっとアイデアを書いてしまおうとした。でも、いざペンを持って用紙を前にすると、なんのアイデアも浮かんでこない。
だいたい、いまのモーニングを変える必要性を感じていないんだから、アイデアなんて考えつくはずがない。
でも無回答で提出するのもまずい。
スマホで人気のモーニングを検索してみた。けっこういろいろ出てくる。チェーン店のモーニングからホテルまで。
ホテルのモーニングはもう次元が違うというか、かなり豪華だ。フルーツなんかもたっぷり登場する。おいしそうなサラダなんかも。
柳子はフルーツやサラダのことを口にしていたけど、もしかしてホテルなんかの高級モーニングをイメージしてるんだろうか。
いや、こういうのをうちで出すのは無理だろう。
チェーン店のフレンチトーストとか、ホットドッグが食べられるモーニングなんかは、おいしそうだし、けっこう値段も安い。
こういうのに、ちょっとアレンジするんでいいんじゃないか?
フレンチトーストやホットドッグに、うちの卵料理やドリンクバーをつける、というアイデアを僕は提案した。
もちろん、他店が既にやっているようなことだから、真新しさはない。
でも、急にアイデアを出せ、と言われても難しいよ。
休憩からフロアに戻ると、ドリンクバーの前で柳子がトキコさんにつかまっていた。
「モーニング、変えるの?」
トキコさんの驚きの表情。
いや、柳子がトキコさんをつかまえたみたいだ。
「こういうモーニングが食べたい、とかご希望があればと思いまして」
トキコさんはじいっと柳子の顔を見つめる。
「いまので充分だけど」
ほら、やっぱり。特にトキコさんはカワセさんに会いたくて毎朝来てるようなもんだろう。モーニングの中身なんて気にしてないよ。
「おいしいですか?」
「おいしいかって……」
あんたが言う? というような変な顔をトキコさんはした。
「なにか思い浮かんだら教えてくださいね」
柳子がそう言って立ち去ると、その後ろ姿をおかしなものでも見るような目でトキコさんは見ていた。
アンケート用紙は帰り際に店長の机に置いてきた。みんなはなんて書くんだろう。
そのあと大学に行って、いつものように学食でたぬきうどんを食べていると、茉美が一人で現れた。なんだか妙な顔つきをしている。よ、と軽い挨拶をして僕の前に座った。
「樹奈がさ」
頬杖をついて浮かない表情だ。
「ピアス開けたんだって」
「そうなんだ」
ピアスぐらい、けっこうみんな開けてる。僕はしないけど。
「ためしに両耳一つずつ開けたんだけど、大丈夫そうだから、あと一つずつ開けるんだって」
「え」
てことは四つピアスの穴を開けるのか。樹奈が。
四つのピアスと訊いて、あのロン毛髭のことが頭に浮かんだ。あの男もピアスを四つしてた。
茉美と目が合う。
「あのクサカってひとの影響かもね」
彼女は呆れたように呟く。
影響って、付き合ってもないのに? まあ、彼ははっきり答えはしなかったけど。
「そのクサカさんから聞いたんだけど、樹奈とデートするらしいね。浅草で」
「らしいね。急に距離縮めちゃって」
茉美の口ぶりはなんだか面白くないといった感じで冷めている。樹奈の恋を応援してるわけじゃないのか。
「あの人、遊んでそうじゃない? 店の子とも距離近いし」
なんだ。茉美も気づいてたのか。
「だから、樹奈みたいな真面目な子、相手にしないと思ったんだけどな」
「意外と気があったんだね」
どうだか、といった風に茉美は首を傾げる。
「樹奈には嫌な思いさせたくないんだよなぁ」
巧もなんか前に同じようなこと言ってたな。まるで保護者みたいな。
という僕もなんだか心がもやついてる。
でも僕なんかはふられたわけだし、干渉するのはやめないと。もうコーヒースタンドにも行かない。
「今日、樹奈はもう帰ったの? 巧もいないね」
「巧はバイト。樹奈も用事があるとかですぐ帰っちゃった」
つまらなそうに唇を尖らせる茉美。
昨日、クサカさんは樹奈からスケボーを教えてくれと頼まれたとか言ってた。彼はまだ仕事中だろうから一緒じゃないだろうけど。
「りょーちゃん、午後は暇でしょ? たまには二人でどっか行かない?」
茉美はじいっと僕を見る。相手をしろということか。
僕たち二人だけで遊んだことはほぼないに等しい。四人で遊んでいて、他の人が先に帰って結果的に二人になった時ぐらいしかない。
「どっか行くってどこへ?」
「まあ、カラオケかお茶しに行くか」
僕は少し考えてから、「じゃ、コーヒースタンドに行かない?」と提案してみた。
もうコーヒースタンドには行かないと決めたけど、これは一人じゃないからギリOKだよね。
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