訳あって学年の三大美少女達とメイドカフェで働くことになったら懐かれたようです。クラスメイトに言えない「秘密」も知ってしまいました。

亜瑠真白

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夏休みの特別アルバイト

美少年と海

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「電話、出ないです……」
 深恋が言った。
 さっきからチャットも送っているけど、既読すらつかない。
「近くのお手洗い見てきたけどいなかったわ」
「もしかしたら汐姉の海の家に戻ってるかもしれないな」
「行ってみましょう!」



「ああ、しばらく前に来たよ。とっくに出て行ったけどな。晶がどうかしたのか?」
 俺は汐姉に事情を説明した。俺の話を聞いて、表情が険しくなる。
「分かった。私は管理人に話してくる。いいか、自分達だけで動き回るなよ」
 そう言うと、スマホだけ掴んで海の家を飛び出して行った。
 
 荷物は海の家のバッグヤードに置いたままだった。海の周辺は街と離れていて、浜にある建物の他に歩いていけるような場所はない。連絡が取れないのも気になる。もしかして……

「2人はここにいてくれ! 絶対に出るな!」


 いても経ってもいられなくて、必死に浜を駆ける。最悪の状況が頭から離れない。
「姫野! 姫野ー!」
 周りを見回すが、その姿を見つけることはできない。焦りから呼吸が荒くなってい
く。

「はぁっ……はぁっ……」

 ついに息が苦しくて足が止まった。顔を上げると、いつのまにか海の家の立ち並ぶ区画を通り過ぎ、大きく開けた場所に出ていた。特設のステージには大勢の人が集まっている。イベントがあるって汐姉が言ってたもんな。

『それではこれより「海に向かって叫べ! 第一回大声大会」を始めます!』

 わぁっと歓声が上がる。俺は観衆の隙間に体を滑り込ませた。
 人の熱気と爆音で流れる音楽。もしかしたら姫野はこの観衆の中にいて、ステージに注目するあまり、連絡にも気づかないのかもしれない。集中すると周りが見えなくなる奴だから、可能性はある。
 人と人の間から目を凝らして姫野の姿を探すが、こんなに密集していたら一人残らず確認するのは無理だ。上から一気に見渡すくらいじゃないと。
 その時、気づいた。

『参加希望の方はステージへ……』

 観衆の中から飛び出し、階段を駆け上がる。いつの間にか音楽は止まっていて、静寂の中、自分の心臓の音だけが聞こえるみたいだ。

『おおっと! 早速1人目の挑戦者です! それではまずお名前を……』

 これなら見上げる客たちの顔がよく見える。急いで見回すが、姫野の姿はない。

『あの、お名前を……?』

 あとはどこを探せばいい。もし、あいつの身に何かあったら、俺は……!
 思いっきり息を吸い込んだ。

「あきらぁぁぁぁぁ! どこだぁぁぁぁ!」
 
・・・・・・・・・・・・・

 岩肌に波がぶつかる音。海鳥の鳴く声。他に音はなくて、私の心を落ち着かせる。
「すぅ……はぁー」
 大きく深呼吸。そしてもう一度、目の前の海を見渡した。
「ここ、どこだ……?」
  
 姫野晶は迷子になっていた。


 遡ること30分前。

「あれ、晶1人?」
 厨房から顔を出した店長が言った。
「はい。お手洗い借ります」
「好きにしてー」
 そう言って厨房へ戻っていく。

 男の格好をしているから女子トイレに入るのは気が引けて、かと言って男子トイレに入るのはもっと。迷った結果、店長の海の家まで戻ってきた。
 用事を済ませて海の家を出ると、目の前に人影が現れた。

「お兄さん1人? うちらと遊ぼーよ」
 そこにいたのは、ビキニ姿の女子2人組だった。
 まさか私が逆ナンされるなんて思わなかった。学校ではいくら王子だって言われても、みんな私が女だって分かってるから。
 本当は女だって説明するのも騙したみたいで悪い気がするし、早くみんなのところへ戻ろう。

「ちょっと、急いでるので……」
「あっちにパラソル用意してるからさ、そっち行こ?」

 そう言って1人が腕を回してくる。茉由の言ってた都合のいいことしか聞こえない耳っていうのはこのことか。それに、腕に柔らかいものが当たっているのが複雑な気持ちだ。ラブコメだったら割とよく見るラッキーな展開だけど、あいにく私はそれを喜ぶ人間じゃない。
 というか、私の腕を掴む力が尋常じゃないし、こっちを見つめる目がまるで獲物を捕らえたようにランランと輝いている。

 本能が言っている。逃げろ、と。

「ね、とりあえず連絡先交換しよっか。えっと、スマホは……」
 そう言って、ほんの少しだけ腕の拘束が緩んだ。
「ほんと! 急いでるので!」
 その隙に私は逃げ出した。


「おにーさん? おにーさーん!」
「ちょっと押しが強すぎたんじゃないの?」
「そんなことないし。ちょっと当てただけだし」
 慌てて建物の影に隠れたけど、向こうからそんな声が聞こえる。
「んー、あっちからイケメンの気配を感じる」
「ヤバぁ」
 声はこっちに近づいてくる。捕まったら食われる。何が、とかじゃない。

「お、に、い、さんっ! あれ、いない」
「いないじゃーん」


「はぁっ、はぁっ……」
 やっと彼女達から逃げ切ることができたみたいだ。安心して一息つく。
 足先に冷たい感触があって視線を落とすと、足元の岩に波がぶつかって小さな飛沫しぶきをあげていた。さっきまでいた砂浜とは違う、自然の力強さを感じる。

「ここ、どこだ……?」

 サッと血の気が引く。
 彼女達に見つからないように行ったり来たりしていたから、戻る方向も分からない。
「そうだ、スマホ!」
 そう思ってスマホを取り出すが、ボタンを押しても画面は真っ暗なままだ。こんな時に充電切れなんて。
「はぁ……」
 ため息が出て、その場にしゃがみ込んだ。

 みんな、心配してるだろうな。本当に何やってるんだろう。勝手に男装して、そのせいでみんなから離れて、方向音痴で迷子になって。私が「普通」だったら、こんなことにはならなかったのに。

 このまま日が暮れて、誰にも見つけてもらえなかったらどうしよう。このまま一人ぼっちだったら。もうみんなに会えなかったら。喉元まで苦い思いが上ってくる。
 その時だった。

『あきらぁぁぁぁぁ! どこだぁぁぁぁ!』

 声が聞こえた。

「り……りょうたぁぁ!」
 勝手に涙が出てくる。自分が迷子になっただけなのに、こんな風に泣いてみっともない。
 声が聞こえるってことはそこまで遠くにはいないのかもしれない。行かなきゃ。声がした方へ。そう思って立ち上がろうとした時、足首に痛みが走った。夢中で逃げてきた時に捻ったみたいだ。

「行かなきゃ……」

 涙を拭い、痛みをこらえて立ち上がった。
 足元の岩場の凹凸を確認しながら一歩一歩進む。こんなところで転んで歩けなくなったら、せっかくの手がかりも逃してしまう。急いで走り出したい思いを抑えて、丁寧に、慎重に。

「あきら!」
 その声に顔を上げた。
「りょうた、ごめ……」
 思いが溢れて上手く言葉にならない。申し訳なくて、みっともなくて、ぐちゃぐちゃな気持ちだ。
「ごめん、私こんな」
 言い終わる前に、亮太は私を強く抱きしめた。
「謝らなくていい。無事で本当によかった」
 その言葉と体温に安心して、子供みたいにしばらく涙が止まらなかった。

「汐姉達には見つけたって連絡したから。歩けるか?」
「う、ん……」
 亮太に手を引かれて足を踏み出す。その瞬間、足首にズキンと痛みが走った。
「い……っ!」
「姫野、怪我してるのか?」
 心配そうに私の顔を覗き込む。
「大丈夫、ちょっと捻っただけ。行こう」
「分かった。我慢してくれよ」
 そう言って、亮太は私の背中と足に腕を回した。
「ふぁあっ!? ちょっと! お姫様抱っことか……!」
「我慢してくれって言っただろ? 海の家に戻るまでは絶対降ろさないから」
 
 顔が近づいて、亮太の匂いがする。さっきまでは一杯いっぱいでそれどころじゃなかったけど、今は心臓がバクバクしておかしくなりそうだ。いつも以上に好きだって気持ちが溢れてくる。
 亮太は友達として私を大事にしてくれているのに、私はそれ以上のことを感じている。それってズルいけど今だけの特別な感じがする。

 海の家に戻ると、店長たちが待ってくれていた。私のせいでこんなに迷惑をかけたのに、誰も私を責めたりしないで優しく抱きしめてくれた。

 日が傾いてきたこともあって、今日はこれで解散になった。深恋と茉由は先に電車で帰り、私は店長の車で近くの病院に連れて行ってもらった。

「お待たせ。やっぱり捻挫だったよ」
「そっか。しばらくは安静にしてないとだな」
 店長が病院前に車を回してくれるまでの間、亮太と並んで待つ。
 こんな時間さえも甘く感じてしまうのはきっと私だけなんだろうな。今日がまだ終わってほしくない。このまま時が止まればいいのに、なんて。

「そうだ。これあげる」
 そう言って亮太は白い封筒を差し出した。中を開けると、ここから少し離れたところにある高級ホテルのペアチケットが入っていた。
「浜でやってたイベントの賞品でさ。知らないうちに参加したことになってて、しかも優勝したらしいんだよな。ははっ、笑えるよな」
 封筒には「名無しのトップバッター様」と書かれていた。
「俺は使う予定もないし、姫野がもらってくれよ」

 その時、気づいたら声に出していた。

「ねえ、今夜一緒に泊まってよ」
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