こんな世界にありふれた、俺と彼女の話

亜瑠真白

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彼女の話

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 初めての戦闘を終えてから、私は第六支部の管轄地区や他支部の応援で戦闘経験を積んでいった。
「じゃあ、留守を頼んだよ」
 そう言って武田支部長と杉野さんは他支部の応援へ出発していった。
「麻生ちゃん、また聞いてくれない?」
「もちろんです」
 小森さんは机に地図を広げた。
「目撃情報を繋ぎ合わせて主獣の移動経路を地図に起こしてみたんだけど……」
 小森さんは戦闘に参加しない分、支部の事務作業を引き受けてくれている。それだけでも大助かりだって武田支部長は言ってたけど、こうして独自にPBNの研究を行っている。支部長や杉野さんに話すのは勇気がいるみたいで、発見したことをまず私に話してくれる。
 地図には海側から内陸に向けて数本の矢印が引かれていた。
「この線が一番初めに現れた時ね。その隣が二回目で、その隣が三回目で……」
「これ、段々私達の支部の管轄地区に近づいてきてません……?」
「そうなのよ! それに矢印の方向を見て。五月以降に現れた時の線はみんな同じ方向を指しているの。だからもしかしたら主獣は何か目的があって侵攻してきてるんじゃないかなって」
「目的って、もしかして……」 
 矢印の先は山井県を指していた。
「うん。山井県に何かがあるんじゃないかと思うの。それが物質なのか、地形そのものなのかは検討もつかないんだけどね」
「この研究が進めば主獣を倒すカギになるかもしれない……すごいです、小森さん!」
「そうかな……えへへ」
 小森さんは照れたように笑った。
 山井県って聞くとどうしても思い出してしまう。
「山井県に私の彼氏がいるかもしれないんです。いろいろあって行方が分からなくなっちゃって……成海っていうんですけど、臆病で、でもすっごく優しいんです。小さい頃に近所の中学生がいたずらで公園の遊具に落書きをして問題になったんですけど、その犯人が分かる前に成海は自分がやったことでもないのに落書きを一人で掃除していました。私はその姿を偶然見て、優しいんだなって感動したんです。それから公園でこっそり成海のことを見るようになって、そのおかげもあって成海が中学生たちに囲まれているのを私が助けたりして……その後も色々あって付き合うことになったんです。私は成海みたいに優しくないから、せめて守ってあげたいんです。だからもし山井県に主獣が向かっているんなら、早く対抗できる方法を考えないと……成海が怖がっちゃうから」
「そうだったんだ……麻生ちゃんは彼のこと、ずっと好きなんだね」
「……はい、大好きです」
 その時、地面が大きく揺れた。
「地震?」
 小森さんはそう言ったけど、これは違う。去年の冬に感じたものと同じ。
「小森さんはここで待っていてください!」
 私は部屋を飛び出した。

 外へ出ると白い巨体が100mくらい先に見えた。1人だけど行くしかない。走っていると今更のようにサイレンが鳴り響いた。
 PBNと向かい合ったところで二本の剣を抜く。武田支部長や杉野さんと何度も倒してきた相手じゃないか。もう一人だって戦えるはず。
 私は左手の刀を前に構えて盾にしながら、右手を振りかぶった。
「はぁぁっ!」
 そしてPBNの左足目がけて右手の剣を振り下ろす。その時、PBNの尾がしなった。
 初めは尾で攻撃してくるのもいつもと同じ。私は盾にしていた左手の剣で尾の攻撃を受け流そうと、目線をうつした。まずい……
 私が戦っているのはいつもの系獣じゃない……尾が二股になっている……これは主獣だ……!
 私は攻撃をやめて距離を取った。ついにうちの管轄地区にまで来るなんて……
 どうしよう。まだ主獣を倒せる策なんて、私にはない。いずれ主獣襲来の連絡は伝わるだろうけど、このままじゃ応援が来るまでに近くの街が全壊してしまう。でも、私にはどうすることも……
 私に戦意が見えなくなったからか、主獣は私を無視して移動し始めた。向かう先は、小森さんが言っていた通り、山井県を向いていた。
 あきらめちゃだめだ……成海がきっといるから、守りたいから……!
「やぁぁぁぁっ!」
 私は後ろから飛び掛かり、主獣の背中に切りかかった。お願い、動きを止めて……!
 二本の刀は少しの切り傷も付けることが出来ず、私の手から滑り落ちた。私は鞭のようにしなる尾で地面に叩きつけられた。
「ぐっ……」
 主獣は私を敵と認めたのか、こっちに向かってくる……いいぞ、こっちへ来い。
 足には上手く力が入らない。武器も向こうへ飛んでいってしまった。それでもいい。這ってでもやつを引きつけて時間を稼いでやる……!
「こいやぁぁア!」
 その時、突然やつの動きが止まった。私はもう戦えないと気づかれてしまったのか……
 いや、そうじゃない。主獣の下腹部付近が赤く染まっている。今の武器では少しの傷でもつけられないっていうのに。
 主獣は海へと帰っていった。その陰から現れたのは、赤く染まった私の剣を握りしめた小森さんだった。
「はぁっはぁっはぁっ……」
「小森さん!」
 小森さんは真っ青な顔で無理に笑顔を作った。
「私っ……分かったんです! 主獣を倒す……ほう、ほ……」
 そのまま意識を失って倒れた。
「小森さん!」
 どうしよう。今すぐ駆け寄りたいけど、私も……危機が去って気が緩んだら全身が裂けるように痛い……誰か……
 そこで意識が途切れた。
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