冷酷王子が記憶喪失になったら溺愛してきたので記憶を戻すことにしました。

八坂

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失っていない

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 ウェンの解毒薬は完璧だった。そう、『解毒薬』は完璧だったのだ。では何故俺の記憶は戻っていないのか。それは俺は記憶を失っていないからである。俺の医師は俺がエリーゼとの記憶を失っていると診断をしたがそれは間違っている。実際は『自分の感情のコントロールが効かなくなる』ことだった。けれど俺はエリーゼとの記憶を失っているふりをし続けた。


 事の発端は随分と前に遡る。あれは俺がエリーゼに一生会いたくないと言われてしまった会食の後に書類仕事をしていた時だった。俺は書類仕事になかなか手につかなかった。それはエリーゼに言われたその言葉が俺の心に強く突き刺さっていたからだ。俺は今までエリーゼに優しくすることができていなかった。自分の気持ちを抑えることに精一杯になってどうにかしようとしていた行動や発言がエリーゼを深く傷つけてしまっていることに気付くことが出来なかったのだ。エリーゼの婚約者として、一人の男として大失態である。今後エリーゼから婚約破棄なんてされてしまえば俺は一生寝込んでしまう。どうにかしなければと考えていると書斎の扉が乱暴に叩かれた。
 
 「ガロン?少しいいかしら。」

 俺が許可を出す前に義母であるカリーナが入ってきた。この人は品がないドレスを身に纏い自分の地位を振りかざし、エリーゼに定期的に嫌がらせをしている。俺の手でどうにかしたいが国王の妻、つまり女王のカリーナには俺も手が出せずに頭を下げることしかできない。

 「カリーナ様、どうされたのですか?」
 
 「もう、カリーナ様なんて他人行儀ね?お母様と呼んで良くてよ!」

 「はい...。」

 こんな奴母君と同じ扱いをしたくない。俺はその提案から話を逸らすことにした。

 「ところで、何の御用兼でしょうか?」

 「貴方の婚約者についてよ。」

 またか。カリーナはエリーゼが好きではないらしい。どうやら地位が低い身分から来た事が気に食わないのだそう。自分はツテを使ってこの地位まで上りつめたのにそれを棚に上げている姿がまた滑稽である。

 「ガロンには隣国の王女様を筆頭に様々な国の姫様方から未だに婚約を申し込まれているでしょう?」

 「そうですね。今も婚約者がいるとお断りしています。」
 
 「どうしてエリーゼ様を置いておくのかしら?貴方達はお世辞にも仲が良いとはいえないでしょう?」

 それについては本当に口が出せない。俺は言い訳を考えるのに必死になっているとカリーナはここぞとばかりに責めてきた。

 「それに今日エリーゼ様に会いたくないと言っていたと聞いたわ。そんな無礼な人を未だに傍に置いているのは何故?貴方に良いことないじゃない。」

 「それは...。」

 「はあ。まあいいわ。今日はこれを言いにいたの。いい加減自分の立場を考えた方がいいわよ。」

 そう言ってカリーナは俺の書斎から出て行った。

 俺がエリーゼを傍に置いているのは俺がエリーゼのことを愛しているからだ。
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