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第3話 無言の出迎えと冷たい空気
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馬車の窓から見える景色は、徐々に白銀に染まりつつあった。
雪の降り始めた北の地は、空気そのものが澄んでいて、遠くの山々までくっきりと見える。
リュシアは窓に頬杖をつきながら、うっとりとした目で雪景色を眺めていた。
「雪の模様って、溶けるときの形も綺麗なんですよねぇ……。あ、これ、球体のペンダントに閉じ込めたら可愛いかも……」
銀細工用の工具箱は、彼女の足元に収まっている。旅支度もきっちり済ませており、本人に緊張した様子はまるでない。
──目的地は、フォルヴァン公爵家。
三十六回目の結婚を迎える男の屋敷である。
「……霜の文様もいいんですけど、やっぱり枝の先に小さく雪が残る感じって、好きなんですよね~」
一人ごちる声は、馬車の御者にも聞こえていない。けれど、その表情はどこまでも穏やかだった。
⸻
城門が開いた。馬車がゆっくりと石畳に乗り入れると、ほんの一瞬、空気が変わった。
ひゅっ、と音を立てて冷たい風が流れ込む。
それは比喩ではなく、物理的に冷たい空気である。
城館は重厚な灰色の石で作られており、正面扉の前には出迎えの使用人たちが並んでいた。が、その誰一人、声を発しない。
「……あら、この石畳、細工が細かいですね~。ひび割れすら模様みたいで、素敵」
沈黙の歓迎の中、リュシアだけが小さく感動していた。
家令と思しき人物が一歩前へ出て、礼をする。リュシアもにこやかに会釈を返した。
扉が開き、冷えた空気の中に足を踏み入れる。廊下はしんと静まり返っており、侍女たちが彼女を見る目は、どこか“見慣れた儀式”のようだった。
(……また新しい奥様が来た、みたいな目ねぇ)
それでもリュシアはにこにこと微笑み続け、内心では、〝この廊下の彫刻、どこが職人の手で、どこが量産品か〟を分析していた。
⸻
「こちらでございます、公爵様がお待ちです」
案内されたのは、暖炉の火がほのかに灯る薄暗い応接間だった。
そこには、一人の男が立っていた。
グレイヴ・フォルヴァン公爵。
──あら、怖い顔ねぇ。
それが第一印象だった。彫りの深い顔立ちと冷たい視線、口元は固く閉ざされ、まるで誰にも心を開かぬ岩のような佇まい。
けれど、怒っているわけではなさそうだった。
リュシアは微笑んだ。
「……あら、こんにちは」
公爵はなにも言わなかった。ただ、真っ直ぐにリュシアを見つめていた。
(……この人、お話しされないのかしら? まあ、話さない人って、ラクでいいですねぇ)
沈黙。十秒ほどが過ぎたところで、侍女の一人が気まずそうに〝ゴクリ〟と喉を鳴らした。
だがリュシアは気にする様子もなく、すっと視線を窓の外へ向けた。
(あ、あの枝……すごく良い形ですね。あれ、下絵にしとこう)
妄想再開。
⸻
「……では、お部屋をご案内いたします」
その場の誰かが助け舟を出すように、そう言ってリュシアを部屋へ誘導した。
廊下を歩く途中、ふと、遠くの角の影から小さな視線が注がれているのに気づく。
ほんの一瞬、子どもらしい影が、ひょこっと覗いていた。
けれどリュシアはそれに気づくことなく、淡々と前を向く。
──その瞬間、ふわりと光が一つ、廊下の上をかすめていった。
ほんのわずかに、空気が変わった。
⸻
「寒い家でしたけど、空気が綺麗でよかったです。
それに、あの人。無口なぶん、何も言わないから、疲れないですね」
雪の降り始めた北の地は、空気そのものが澄んでいて、遠くの山々までくっきりと見える。
リュシアは窓に頬杖をつきながら、うっとりとした目で雪景色を眺めていた。
「雪の模様って、溶けるときの形も綺麗なんですよねぇ……。あ、これ、球体のペンダントに閉じ込めたら可愛いかも……」
銀細工用の工具箱は、彼女の足元に収まっている。旅支度もきっちり済ませており、本人に緊張した様子はまるでない。
──目的地は、フォルヴァン公爵家。
三十六回目の結婚を迎える男の屋敷である。
「……霜の文様もいいんですけど、やっぱり枝の先に小さく雪が残る感じって、好きなんですよね~」
一人ごちる声は、馬車の御者にも聞こえていない。けれど、その表情はどこまでも穏やかだった。
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城門が開いた。馬車がゆっくりと石畳に乗り入れると、ほんの一瞬、空気が変わった。
ひゅっ、と音を立てて冷たい風が流れ込む。
それは比喩ではなく、物理的に冷たい空気である。
城館は重厚な灰色の石で作られており、正面扉の前には出迎えの使用人たちが並んでいた。が、その誰一人、声を発しない。
「……あら、この石畳、細工が細かいですね~。ひび割れすら模様みたいで、素敵」
沈黙の歓迎の中、リュシアだけが小さく感動していた。
家令と思しき人物が一歩前へ出て、礼をする。リュシアもにこやかに会釈を返した。
扉が開き、冷えた空気の中に足を踏み入れる。廊下はしんと静まり返っており、侍女たちが彼女を見る目は、どこか“見慣れた儀式”のようだった。
(……また新しい奥様が来た、みたいな目ねぇ)
それでもリュシアはにこにこと微笑み続け、内心では、〝この廊下の彫刻、どこが職人の手で、どこが量産品か〟を分析していた。
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「こちらでございます、公爵様がお待ちです」
案内されたのは、暖炉の火がほのかに灯る薄暗い応接間だった。
そこには、一人の男が立っていた。
グレイヴ・フォルヴァン公爵。
──あら、怖い顔ねぇ。
それが第一印象だった。彫りの深い顔立ちと冷たい視線、口元は固く閉ざされ、まるで誰にも心を開かぬ岩のような佇まい。
けれど、怒っているわけではなさそうだった。
リュシアは微笑んだ。
「……あら、こんにちは」
公爵はなにも言わなかった。ただ、真っ直ぐにリュシアを見つめていた。
(……この人、お話しされないのかしら? まあ、話さない人って、ラクでいいですねぇ)
沈黙。十秒ほどが過ぎたところで、侍女の一人が気まずそうに〝ゴクリ〟と喉を鳴らした。
だがリュシアは気にする様子もなく、すっと視線を窓の外へ向けた。
(あ、あの枝……すごく良い形ですね。あれ、下絵にしとこう)
妄想再開。
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「……では、お部屋をご案内いたします」
その場の誰かが助け舟を出すように、そう言ってリュシアを部屋へ誘導した。
廊下を歩く途中、ふと、遠くの角の影から小さな視線が注がれているのに気づく。
ほんの一瞬、子どもらしい影が、ひょこっと覗いていた。
けれどリュシアはそれに気づくことなく、淡々と前を向く。
──その瞬間、ふわりと光が一つ、廊下の上をかすめていった。
ほんのわずかに、空気が変わった。
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「寒い家でしたけど、空気が綺麗でよかったです。
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