一夜限りの思い出にもなるしと、拾ってくれた領主さまのために一肌脱いでみたところ。

鷲井戸リミカ

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 庭園から会場に戻っていた光は、夜会会場が妙に騒がしいことに気が付いた。光は狐獣人をその場に投げ捨てると、会場へ駆け戻る。明らかにウォルトの様子がおかしい。胸をかきむしりながら息を荒げ、目も血走っている。片膝をついて耐えているその表情にいろいろと察してしまった。経験上、何かを盛られたとしか思えない。

「ウォルト、毒飲んじゃった?」
「致死性の毒の方が、耐性がある分まだマシだった。発情を促す薬を盛られたらしい。誰彼構わず孕ませてしまいそうだ」
「ヤバイじゃん、それ!」

 仕事の鬼で、性欲とは無縁でございますと言いたげな男が、むんむんと色気を振りまいている。日頃は不機嫌にしか見えない顔も、今日ばかりは憂い顔に見えた。なるほど、普段は不機嫌さと無愛想さで気にならないが、こうやって見るとウォルトというのは大変に見目の整った男なのである。そして背筋が冷えた。

 これは大変よろしくない状況なのではないだろうか。薬を盛った相手が政敵なのか、それとも単にウォルトに恋心を抱いているのかはわからないが、ろくでもないことをしてくれたということは確かである。

 この場の責任者はウォルトだ。ウォルトの家族のことを光はよく知らない。光自身家族のことを聞かれても答えられないので、ひとの家庭環境には首を突っ込まないようにしている。しかし、ここまで徹底してウォルトの家族構成が耳に入らないということは、それなりに何かがあると思って間違いないだろう。誰とも知らない奴らに、主導権を握らせるわけにはいかなかった。

 家令よりも護衛騎士よりも早く、光は大声で叫ぶ。

「ちょっと、ウォルト。こんなところで、催しちゃうなんて。もう、俺がおねだりしたのに、夜会が終わるまでおあずけだって意地悪するからだよ」
「……は?」
「ねえ、ウォルト。俺、もう待ちきれないよお。気持ちいいこと、いっぱいしよ?」

 心の中で、この世界の同胞扱いとなる兎族に全力で詫びながら、ウォルトは媚びた。元の世界のキャストのお姉さんのきわどい台詞をたくさん思い出しながら、媚びに媚びた。ついでに、可愛い尻尾を夜会の客人に見えるように突き出しながらふりふりしてみたところ、みんながお尻に注目していたので、やはり兎族はそういう下卑た目で見られやすいのかもしれない。

「ヒカル」
「ウォルト、抱っこしてよ。俺、もう、一秒たりともウォルトから離れたくないって」

 ウォルトの貞操を守るため、光は己のプライドを投げ捨てることにした。こうしていれば、「誰彼構わず孕ませる」が最悪でも「光を衆人環視の元、犯す」に緩和されるはずだ。それで緩和になるのかどうかわからないが。それでも見境なくことに及ばれるよりも、事態の収拾は容易だろう。

「……わたしの掌中の珠が、こう言っているのでな。申し訳ないが、ここでわたしは失礼する。お相手はできぬが、今宵はゆるりと楽しまれよ」
「じゃあね~」

 ウォルトの謝罪と光の馬鹿っぽい挨拶とともに、夜会会場から離脱する。なぜだか途中でかけつけた家令と護衛騎士がものすごい笑顔でこちらに手を振り返してくれたが、光にはその意味がまったくもって理解できなかった。
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