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第10話 あの頃の私
しおりを挟む先生の自宅に到着した。私が住んでる閑静な住宅街とは全く違う感覚がした。
高層マンションといってもいいだろう。多分10階建てくらいに見える。
「私の家についたか。家は7階だからエレベーターで行くわよ。」
先生の指示に従って私たち3人はすぐにエレベーターに乗った。
ガチャ
鍵を開け、リビングの電気をぽちっとつけた。
どっかのコンビニで買った小さなレジ袋をテーブルに置く。
「誰かに家を紹介するなんてこれが最初だよ。」
「そうなんですか。」
「ええ。先生だもの。高校生と先生が理論上ありえないでしょ?確かに私が高校生だったころ友達を家に呼んでたりしてたわ。私の部屋で普通に勉強会なんてやってたんだから。」
「私、先生みたいな人生がよかったです。」
「なんで」
「だって普通に楽しそうじゃないですか。確かに高校で先生以外生き残りはいなくて、もちろんこれまでにない精神的に何かが壊れていくような感覚が芽生えてくるというのは、奈々美が死んで私が苦しんでると同じようなものを感じるの。」
「確かに。そうだわ。私以外にも身近に同じ経験をしている人がもう一人いたじゃない。ここに。」
同じ苦しみを共有できるということはあまりないと思う。だって苦しみの頂点に立っているのは”死”だとしたら猶更(なおさら)見られないと思う。これも奇跡なのか。いや遺伝的何かがあるのだろうか。私はまだ知らない。きっと何も話していなくても隣にいるだけでわかるよ。先生。そして誠由美もね。
「ところで話は変わるんだけど。明日、村高祭の2日目よね?虐殺の犯人Xは必ず現れると思うの。だって今日来ないっていうことは明日しか絶頂のタイミングがないんだから。」
「私も考えてみたの。先生。必ずしも来ないと思いますよ。」
「4組、7組が標的になったのなら次はどこだろう?それだけ分かればいいのに。」
「先生はきっとどこが狙われると思いますか?」
「私は3組だと思うよ。あそこには元警察官の幸山先生のクラスだから、標的(ターゲット)にされてもおかしくないよ。あなたたちはどう思うの?」
「私は6組だと思います。3組みたいに狙われやすそうな人はいませんが、3階に上がる階段から一番近いクラスなので、標的にされるんじゃないかと思いますけど。誠由美はどう思う?」
「私ね、二人と全然違う考えなの。3年の教室だけを襲うってなんだか違和感感じない?もし私が主犯格だったらまず最初に狙うのは職員室だと思うんだけどな。」
私たち3人の意見はばらばらだった。犯人Xがどこに目的があるのか考える術をもう持っていなかった。もういっそ明日まで待つしかないのだろうか。
「今日は遅いからなんか食べてく?まずちゃんと親に承諾したんでしょうね?」
「私は許可しました。誠由美もだよね?」
「うん。私も。」
「軽ーくなんか作ってあげるからソファーにでも座って待ってて。」
私と誠由美は二人掛けのソファーに座り、スマホであるものを見たのだ。
「ああ。。。やっぱりうちの学校の記事が出てきてるわ。。。」
「こんなに!明日大丈夫かな…。」
数々の新聞社や週刊誌などで今日の事件が取り上げられていた。二人で凝視しながら何かを考えていた。”村井高校で大量の殺人事件発生”!?犯人はいまだ逃走中!” ”進学校で殺人事件発!?前例があったはずなのになぜ警官は助けることができなかったのか?” ”村井高校の殺人事件の犯人は学校の関係者という説も浮上”などの見出しが書かれていた。SNSの情報も確認したが、事件の本当の真実も知らないくせに心無い発言があまりにも多すぎた。
”村井高校ってまずどこ?そんなのどうでもいい”
”村井高校の生徒は馬鹿なの?なんで警官にいうことすらできないのか?”
”進学校のくせに教育が全くできてない。これじゃあ都会にある偏差値の低い自称進学校と対等だぞ”
”村井高校の事件って犯人学校関係者説!これ絶対確定でしょ!”
”これってやらせじゃないの?だって2クラス80人が死ぬなんて映画クラスやろ。なんかの大規模爆発のテロすら起こさないと”
”なんで3年生ばっかり狙われてるんだろう?受験シーズンだから犯人は過去、受験に失敗して、その腹いせでやったんのかな?”
”これが避難訓練(強盗バージョン)だったらよかったのに。”
”毎日このニュースで疲れた。本当にやったなんてどうでもいいから容疑者らしき人を捕まえて終わらせてくれ。ただでさえ新作アルバムの告知でアイドルが来てくれてるってのに、もったいない。”
「これは、見ないほうがいいかもね。」
「ええ、金輪際こんな人間の屑どもが戯言はいているこの汚いツイートを見たくないわ。」
なぜか誠由美だけ強気になっていた。
私は静かにスマホの電源を切った瞬間、キッチンからいい匂いがした。
「二人ともできたわ。カレーよ。」
二人はキッチンのほうに寄ってきた。
「めちゃめちゃいい匂い。」
「早く食べましょ。」
スプーンからルートご飯を掬(すく)い取ってみると、お米一粒一粒が輝いているように見えた。そして静かに口へと運んでいく。そしてにっこりと笑顔が出た。普段食べるお母さんのカレーとは一味違う。なんだろう。料理は作る人によって味がそれぞれ違うということってこういうことなんだ。命を狙われるかもしれないという恐怖なんて一ミリも感じないかのように楽しんでいた。
「先生おいしいです!」
「私も!」
二人はあまりにおいしすぎたのか、もう忘れてしまったであろう小学校時代のあの時の笑顔を自然と顔に出ていた。
「本当!口に合ってよかったわ。」
「私、好き嫌いないんで、何でもたべますよ。」
「ちなみに私もだよ!先生」
「そうなの。それはいいことじゃない。」
「先生は好き嫌いないんですか?」
「私ね・・・。結構あるのよ」
そういうと先生は手に少しの震えを感じながら、そっと箸をテーブルに置いた。
なんと涙を流してしまったんだという。
「先生、どうしたんですか?」
「ごめんね。なんかあなたたち二人を見ると、娘を思い出すなーって。」
「娘って?いるんですか?」
「かつて・・・ね・・。」
先生は胸の内を打ち明けてくれた。
”実は私が25歳で教師になって、その2年後にこの村井高校にきたんだけど、赴任前にすでに妊娠していたの。27歳で赴任前のほかの先生を好きになってしまって、結婚したの。そして、28歳で双子の女の子を出産したんだけど、すぐに死んじゃったんだ。”
先生の話を二人は黙って聞いていられなかった。私は下をうつむきながら、誠由美は涙をこらえながら聞いているのがやっとだった。
”なんで死んだかっていうと、私が出勤しているときに夫は休みで娘二人とお使いに行ってもらったの。でも大きな2tトラックに正面衝突された挙句、そこにどんどん自動車が3人が乗っている車にお構いなしで踏まれていくの。50台くらいの車につぶされ、ついにバーストしてしまったの。トラックの運転手はもう逃避してた。夫と娘の遺体を見たときに嘆きが止まらなかったの。バーストによって遺体は焼けていて髪の毛も目も中の臓器もすべて焦げていた。そして50台の車につぶされたせいで臓器がつぶれそうになっており、骨も筋肉もすべて潰れていたのを見たの。だから・・・。懐かしくて・・・。”
先生は泣きすぎてなかなかろれつが回らなかった。
私はそれを見ながら、その残酷さに対して全く微動だにしなかった。誠由美に関しては、鼻水をすすりながら持っていたハンカチがずぶぬれになるほどだった。
「先生って、すごいですよ。だって全部つらいじゃないですか。高校時代も夢をかなえた後の教師生活もそう、苦労していると思いますよ。」
私は先生に励ましの言葉をかけた。大の大人が泣くところなんて今まで見たことなかったからなおさら励ましたいのだろう。その気持ちが伝わってくる。私のほうに。
「ごめん。結構時間かかっちゃって。お風呂沸いてるから入ってきて。」
はい。
翌日。私たち三人は足早に学校に向かった。朝早く到着していた校長先生から、3年生の教室に変死体があるとの情報を受けたのだ。その数がちょうど40人だったという。これで120人という犠牲者が増えてしまった。警官が出勤前だったので守れる術がなかったんだという。
「また殺人が起きたのね。でもなれたわ。今までとはこれぽっちもないんだから。」
先生はあの夜から少しポジティブになれた気がする。
でも本番はここからだ。
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