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十三話
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その夜、イールビとロッロは歌声と封印の巻貝を使って修道院の妹達、続いてアイドルユニットのコーナーズの3人の声を奪った。
ロッロにとっては全員顔馴染みであり胸が痛んだが、あの恐ろしい魔力を持ったムヒコーウェルに逆らう事も、その為にイールビにまた何か災いが起こるのも避けたかった。
封印の巻貝を破壊すれば声は元に戻る。
そういう魔法をイールビはかけていた。
この巻貝をムヒコーウェルに渡す事になったとしても、このイヤザザ地区にはオーニーズがいる。きっと妹達の異変にすぐ気がつくだろう。いざとなれば三賢者に尽力してもらっても良いし、最悪は自分の手で…ロッロはそう考えていた。
「とりあえずはこんなもんか。ここまで一ヶ所で派手にやったら、明日には大騒ぎだろうな。しばらくどこかに籠るか。俺らの仕業だと勘付きそうな奴の相手も適当にしとかねーとな」
「そうですね…イヤザザ地区には先程声を奪った子達の兄…オーニーズがいます。それに、ギルドマスターであるエリーヌ様も侮れません。すぐに気がつくでしょう。どうか安全な場所へ」
「あ?お前はどーすんだ」
「私は様子を見つつ報告致します」
「ほう。主人は逃して自分は残る。なかなかの忠誠心じゃねーか。いいだろう。俺はこの先の森の奥の屋敷で待つが、分身を側に置いてやろう」
イールビは力を込めると、自分の横に黒い霧を集めて自分そっくりの分身を作った。
「わ…イールビ様が2人…」
「「喜んでんじゃねぇ。」」
ハモって答える2人のイールビを交互に見つめてロッロは驚いた。
「…言動そんなにリンクしてるんですか」
「「まぁな。こいつはやられても俺にダメージは無いが、コミュニケーションだけは密に取れるようにてみた。変な事すんなよ」」
「し、しません…」
「「後は、人の恐怖心に反応して、こいつを見て恐怖を感じた奴により恐怖心を与えるような効果をつけておいた。恐ろしく見えてあまり近寄らせないようにな」」
「なるほど」
「「お前はなんともなさそうだな」」
「…?怖いと思ってないのでしょうか…?」
「「…魔族だからだろ。ついでにお前もあのキモい犬姿で同行しとけよ。その方が悪役感あっていい!」」
「何ウキウキしてるんですか…」
「「悪役て楽しいだろ?」」
「もぅ…」
ロッロは身体に力を込めると、ムヒコーウェルに魔力を与えられた時の魔物の姿へと変わった。
見た目は恐ろしいが、今度はちゃんとコントロールしてこの姿を維持できている。
《怖くないですか》
「「キモいな」」
《そんな~…》
「「適当にウーウー言っとけよ。大抵の奴はそれでビビるだろ」」
《…かしこまりました》
「「本体は屋敷に行ってるわ。何かあれば言え。お前の嗅覚なら場所くらいわかんだろ。じゃあな」」
イールビはロッロと分身を祠へ残し、森の奥へあるという屋敷へと消えていった。
ロッロはイールビ本体の消えた方をじっと見ていたが、今度は傍らの分身を見つめる。
「なんだ」
《よくできているなぁと》
「当たり前だろ」
《へぇ…》
「触るな」
ロッロは長い爪でイールビの黒いマントの隅をチョンとつつく。
《触られた感じはあるんですか》
「痛覚は遮断してるが、触覚はある」
《へぇえ…。すごい…。食事とかは…?》
「こいつにはいらないな。本体にはいるが」
《えっ》
「ちゃんと3食作って持って来いよ」
《えぇ~っ!分身の意味!!》
「戦闘回避用だわ」
《っもーー…!》
それから少しの間、街は少々騒がしかったが祠に近寄る者はいなかった。
ロッロは時間を見計らっては修道院や街の偵察に行くついでに食料を拝借して本体のイールビに届けた。
屋敷は森の深くに隠れるように建っており、常人では辿り着くのは容易ではないだろう。
しかも屋敷までの道へ魔力をかけてあるようで毎回道が変わり、間違うと森の入り口へと出てしまうようになっていた。ロッロは嗅覚を頼りに屋敷へ通っていた。
食事を届けるとイールビは大体いつも蓄音機で音楽を聴いているか、難しい本を読んでいた。
気まぐれに歌を歌ってくれる事もあったり、稀に食事を作って待っている事もあった。
「ご自分で作れるなら私作らなくていいじゃないですか」とロッロが文句を言うと「食事ってのは女に作らせるもんだろが。これはただの暇つぶしだわ」と返ってきた。
亭主関白主義だったんだな、奥様は大変だったろうに、と心の中でぼやくロッロだった。
そんなある日。
姿を変えてこっそりと誰もいない修道院の調理場で夕食の支度をしていると、オーニーズが見慣れぬ冒険者と共にイールビを探しているという噂を聞いた。
オーニーズが声を奪った真相に辿り着いたのだ。
急いで食事を作り終えて屋敷へ向かったが、屋敷は留守だった。
たまにこういう事があるのだ。
割と決まった日のような気がするが。
ロッロは食事の入ったバスケットを机に起き、祠へと戻る。
祠の隅にはイールビの分身が不機嫌そうに座っていた。
「おかえり」
ぶすっとした低音だったが、いつもの事なので然程気にしない。
ロッロはそれまで普段の犬の姿でいたが、ブルブルっと身体を震わせて恐ろしい方に姿を変えた。
《戻りました。食事を置いておきましたよ》
「ありがとう。今おらんわ」
《知っています。留守でした》
「急いでどうした」
《オーニーズがこちらに向かっていると噂を聞きました。じきにここが見つかるでしょう》
「ようやくか!ちょい退屈してた所だ。遊んでやろうかね」
《お気をつけください。特にジースーには…》
「俺を誰だと思ってんだ」
《イ、イールビ様です…》
「そゆこと」
イールビは頬杖をついてふんっ、と鼻を鳴らしてニヤリと笑っていた。
ロッロにとっては全員顔馴染みであり胸が痛んだが、あの恐ろしい魔力を持ったムヒコーウェルに逆らう事も、その為にイールビにまた何か災いが起こるのも避けたかった。
封印の巻貝を破壊すれば声は元に戻る。
そういう魔法をイールビはかけていた。
この巻貝をムヒコーウェルに渡す事になったとしても、このイヤザザ地区にはオーニーズがいる。きっと妹達の異変にすぐ気がつくだろう。いざとなれば三賢者に尽力してもらっても良いし、最悪は自分の手で…ロッロはそう考えていた。
「とりあえずはこんなもんか。ここまで一ヶ所で派手にやったら、明日には大騒ぎだろうな。しばらくどこかに籠るか。俺らの仕業だと勘付きそうな奴の相手も適当にしとかねーとな」
「そうですね…イヤザザ地区には先程声を奪った子達の兄…オーニーズがいます。それに、ギルドマスターであるエリーヌ様も侮れません。すぐに気がつくでしょう。どうか安全な場所へ」
「あ?お前はどーすんだ」
「私は様子を見つつ報告致します」
「ほう。主人は逃して自分は残る。なかなかの忠誠心じゃねーか。いいだろう。俺はこの先の森の奥の屋敷で待つが、分身を側に置いてやろう」
イールビは力を込めると、自分の横に黒い霧を集めて自分そっくりの分身を作った。
「わ…イールビ様が2人…」
「「喜んでんじゃねぇ。」」
ハモって答える2人のイールビを交互に見つめてロッロは驚いた。
「…言動そんなにリンクしてるんですか」
「「まぁな。こいつはやられても俺にダメージは無いが、コミュニケーションだけは密に取れるようにてみた。変な事すんなよ」」
「し、しません…」
「「後は、人の恐怖心に反応して、こいつを見て恐怖を感じた奴により恐怖心を与えるような効果をつけておいた。恐ろしく見えてあまり近寄らせないようにな」」
「なるほど」
「「お前はなんともなさそうだな」」
「…?怖いと思ってないのでしょうか…?」
「「…魔族だからだろ。ついでにお前もあのキモい犬姿で同行しとけよ。その方が悪役感あっていい!」」
「何ウキウキしてるんですか…」
「「悪役て楽しいだろ?」」
「もぅ…」
ロッロは身体に力を込めると、ムヒコーウェルに魔力を与えられた時の魔物の姿へと変わった。
見た目は恐ろしいが、今度はちゃんとコントロールしてこの姿を維持できている。
《怖くないですか》
「「キモいな」」
《そんな~…》
「「適当にウーウー言っとけよ。大抵の奴はそれでビビるだろ」」
《…かしこまりました》
「「本体は屋敷に行ってるわ。何かあれば言え。お前の嗅覚なら場所くらいわかんだろ。じゃあな」」
イールビはロッロと分身を祠へ残し、森の奥へあるという屋敷へと消えていった。
ロッロはイールビ本体の消えた方をじっと見ていたが、今度は傍らの分身を見つめる。
「なんだ」
《よくできているなぁと》
「当たり前だろ」
《へぇ…》
「触るな」
ロッロは長い爪でイールビの黒いマントの隅をチョンとつつく。
《触られた感じはあるんですか》
「痛覚は遮断してるが、触覚はある」
《へぇえ…。すごい…。食事とかは…?》
「こいつにはいらないな。本体にはいるが」
《えっ》
「ちゃんと3食作って持って来いよ」
《えぇ~っ!分身の意味!!》
「戦闘回避用だわ」
《っもーー…!》
それから少しの間、街は少々騒がしかったが祠に近寄る者はいなかった。
ロッロは時間を見計らっては修道院や街の偵察に行くついでに食料を拝借して本体のイールビに届けた。
屋敷は森の深くに隠れるように建っており、常人では辿り着くのは容易ではないだろう。
しかも屋敷までの道へ魔力をかけてあるようで毎回道が変わり、間違うと森の入り口へと出てしまうようになっていた。ロッロは嗅覚を頼りに屋敷へ通っていた。
食事を届けるとイールビは大体いつも蓄音機で音楽を聴いているか、難しい本を読んでいた。
気まぐれに歌を歌ってくれる事もあったり、稀に食事を作って待っている事もあった。
「ご自分で作れるなら私作らなくていいじゃないですか」とロッロが文句を言うと「食事ってのは女に作らせるもんだろが。これはただの暇つぶしだわ」と返ってきた。
亭主関白主義だったんだな、奥様は大変だったろうに、と心の中でぼやくロッロだった。
そんなある日。
姿を変えてこっそりと誰もいない修道院の調理場で夕食の支度をしていると、オーニーズが見慣れぬ冒険者と共にイールビを探しているという噂を聞いた。
オーニーズが声を奪った真相に辿り着いたのだ。
急いで食事を作り終えて屋敷へ向かったが、屋敷は留守だった。
たまにこういう事があるのだ。
割と決まった日のような気がするが。
ロッロは食事の入ったバスケットを机に起き、祠へと戻る。
祠の隅にはイールビの分身が不機嫌そうに座っていた。
「おかえり」
ぶすっとした低音だったが、いつもの事なので然程気にしない。
ロッロはそれまで普段の犬の姿でいたが、ブルブルっと身体を震わせて恐ろしい方に姿を変えた。
《戻りました。食事を置いておきましたよ》
「ありがとう。今おらんわ」
《知っています。留守でした》
「急いでどうした」
《オーニーズがこちらに向かっていると噂を聞きました。じきにここが見つかるでしょう》
「ようやくか!ちょい退屈してた所だ。遊んでやろうかね」
《お気をつけください。特にジースーには…》
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