ある少女の日記

ササラギ

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遺書

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何も言わずにいなくなってしまってごめんなさい。止められたら面倒だと思って、黙って死ぬことにしました。きっとみんなは何が原因か探すことでしょう。だからここに原因を書いておくことにします。単刀直入に言うとお母さんのせいです。一年くらい前から、お母さんは私に悪口を言ってくるようになりました。きっかけはあの日の夫婦喧嘩。お母さんが家出をしたあと、お父さんに喧嘩について聞きました。そしたらなんとなく感じてはいましたが、お母さんのほうに原因があるようでした。それまではお母さんの話しか聞いていなかったので、お父さんが全て悪いものだと思っていましたが、私の思い込みでした。私は悲劇のヒロインを演じるお母さんの話しぶりに洗脳されていたのです。お父さんの言い分の中には、納得できる話がたくさんありました。私はお父さんに洗脳されたのではなく、自分の意志でお父さんの味方になることにしました。しかし家出から帰ってきたお母さんはそれに気づき、私に裏切られたと思ったのでしょう。そこからは失敗作だの人の気持ちなんてわからないだのダメな子だのたくさん悪口を言われました。気分は落ち込み食欲はなくなり、お母さんの機嫌が悪い翌日には、起き上がれなくなるほどダメージを受けました。そんな仕打ちを受けているとお父さんに言えばよかったのですが、私は昔から二人の喧嘩が大嫌いだったので、そんなことを言ったらまた喧嘩が始まるだろうと思い、言えませんでした。お母さんは昔から私に依存していました。何があっても私だけはお母さんの味方、私はお母さんの生きがい、そういう関係でした。きっと私も子どもながらにそれを感じていたのでしょう、思えばお母さんの言うことを拒絶した記憶はありませんお母さんは無意識に私をコントロールしていて、私は操り人形だったのです。そんな私が、初めての反逆行為をすれば、裏切られたと、失敗作だと思うのも無理はありません。自分の思い通りにならない娘は初めてで、怒りの感情が芽生えたのです。調べてみると、子どもに依存するのは虐待の内に入るそうです。私はずっと虐待されていたのです。そんなお母さんが、私の行動で最も気に入らないものがあります。それは親戚を避けることです。しかし、それもお母さんのせいです。私は昔から母方の親戚が大好きで、特に紗耶香お姉ちゃんは本当のお姉ちゃんのように思っていたし、本当に可愛がってもらっていました。でも紗耶香お姉ちゃんが病気になり、それを私のせいだとお母さんは言いました。今親戚中が紗耶香お姉ちゃんのことで大きなストレスを抱えている。そしてそのストレスの根源は私。そう考えてしまったら、私は諸悪の根源であるように感じました。私のせいで親戚中が、大好きな紗耶香お姉ちゃんの生活がめちゃくちゃになった。夢だった看護師になって、婚約して、幸せな生活が待っていたはずなのに、私がその全てを奪った。自分の存在が大好きな人を傷つけた絶望は、再会の機会をも終わらない闇の底に引きずり込みました。もうあの優しい世界に戻ることは許されないのだと、そう思い避けることにしました。それをきっかけに、私はずっと生きていることに罪悪感を抱き、生きていてはいけないんだ、死ななくてはいけないんだ、そうして今日を迎えました。それなのに親戚たちはしつこく連絡を寄越し、何度も私を誘い、終いには会いたいとまで言ってきました。こっちの気も知らないで、のうのうと心配なんかして、本当に迷惑でした。向こうは良かれと思って、優しさのつもりで心配をしたのでしょうが、どうしてこっちが避けようとしてるのにその想いを踏みにじるんだと、どうして負った傷をわざわざ抉るんだと、普通は優しく思えるそれも、私には偽善にしか思えませんでした。みんないい歳して、自分の正義が人を傷つけた経験がないのです。奇跡としか言いようがありません。お母さんに至っては、そんな人間恩知らず以外の何者でもなく、小さく、しかし確実に私を責め立てていきました。宗教を脱した信者かのようにとにかく罪の意識を擦り込んでいきました。かと思えば純粋に親戚内で起こった幸せな出来事を私に共有したり、もう私はお母さんの望みは何なんだと分からなくなりました。そうして身動きが取れない間にも、お母さんと親戚の攻撃は留まることなく続いていきます。その状態が私に大きな負荷をかけ、とうとう破裂する日がやってきました。それが今日です。みんなは酷かった。お母さんはもちろん、お父さんも、おじいちゃんも、おばあちゃんも、紗耶香お姉ちゃんも、従弟たちも、親戚たちもみんな、私のことなんて誰も知らなかった。翼だって、夏希だって、美月だって、遥だってそう。誰も私の声を聞いてくれなかった。誰も助けてくれなかった。ねぇ遥。なんでわかってくれなかったの?なんで様子がおかしい私を放っておいたの?あの日、元気ないねって声かけてくれたよね?なんでその先を知ろうとしてくれなかったの?私助けてってずっと言ってたんだよ?誰よりも側にいて、誰よりも私のことをわかってくれてると思ってたのに、期待した私がいけなかった?遥だから助けてって言ったのに、遥なら助けてくれるって信じてたのに、別にお母さんを何とかしてほしかったわけじゃないんだよ?私の問題を解決してほしかったわけじゃないんだよ?逃げ場になってくれるだけでよかった、話を聞いてくれるだけでよかった、それだけでよかったのに…。結局私って、ずっと一人ぼっちだったんじゃん…。側にいてくれると見せかけて、本当はずっと…。
って、ここまで散々人のせいにしてきましたが、本当は最初からわかっていました。この問題は、私が死ぬのは、全て私のせいだと。知ってますか?人って、辛くて、苦しくて、どうしようもないとき、他人のせいにするんですよ。自分は被害者だから何も悪くない、自分が変えられるとこなんて一つもなかったと、責任転嫁をしてストレスから逃れようとするんです。そして、被害者のつもりで、悲劇のヒロインを演じて、周りの人に守ってもらおうとするんです。その悲劇は自作自演だけど、私はその全てが防衛本能だと思っています。しかし、他人のせいにしてしまった人間は後にその罪悪感に苛まれることとなります。抱いた罪悪感を長い間引きずり、あのとき防衛に思えたものは防衛のふりをした攻撃だったのだと、自分は初めから自分の首を絞めていたのだと、そう気づくのです。気づいてしまったらもうもとに戻すことはできません。大きな罪悪感を抱え、生涯を終えるのです。そしてそれが今の私です。これまでのストレスを全て他人のせいにしていたと気づいてしまった。本当は全部自分が悪いのに、本当は誰も悪くないのに、自分を守るために関係のない人を犠牲にしました。そのことに気づいてしまったら、私は本当にどうしようもない人間だと、人間として生きることは許されないと、そう感じています。わかっているんです。お母さんは紗耶香お姉ちゃんの病気を本気で私のせいにしたわけじゃないと。辛くて苦しいけど、私が紗耶香お姉ちゃんを大好きだって知ってるから心配かけたくない、でもこのままでは耐えられない、悩んで悩んでどうしようもなくなって、誰かのせい、私のせいにしてしまったんだと。初めからそれをわかっていたのに真に受けて、立派に傷ついた私がいけないんです。お母さんは自分を守った、それだけなのに。親戚たちが心配するのも当然です。だってみんな優しいから。その優しさを踏みにじって、迷惑とまで言ったのは私です。私が勝手に真に受けたのが悪いのに酷い言いよう。私は私の都合も知らない人にその都合を押し付けたのです。私の傍若無人な態度に振り回されてるのは向こうです。もうこんな人間に優しくしないでください。貴方たちの美しい優しさを使うところはこんなところじゃありません。もったいない。せっかくの優しさはもっと別のところに使ってください。もっと大切な人に使ってください。貴方たちのその優しさは、多くの尊い命を必ず救うことができる。お母さんに悪口を言われるのも、私が出来損ないなのがいけないのです。私がもっとよくできた子どもだったら、完璧な子どもだったら、お母さんにストレスを与えることもなかったのです。全ては私の努力不足です。自業自得です。本当にごめんなさい。せっかく気にかけてくれた遥を、冷たく突き放したのは私です。せっかくの優しさを踏みにじったのは私です。私は、差し伸べてくれた手を掴むことができなかった。振り払ってしまった。全てはその手を信じられない私の弱さが原因で、友人関係がお互いの信頼によって成り立つものだとするならば、人を、遥さえも信じられない私は、その関係を破綻させる。最初から友達なんていてはいけなかったのです。身の程知らずに望んでしまった私が間違っていました。ごめんなさい。
私はずっと一人だった。周りに合わせて人に囲まれて見えても、本当に囲んでくれる人はいなかった。それは私が選んだ道だった。孤独が怖いくせに人間関係が煩わしいと、周りが歩み寄ってくれた分だけ後ろに下がった。下がって、寄って、下がっての繰り返しだった。私なんかに時間を割いてくれたみんな、その時間は全部私が奪いました。返すこともできません。本当にごめんなさい。でも、そんな私はもういないから、これからは貴方たちの時間も、労力も、優しさも、全て有意義に使えることを保証します。何も返さなかった私は、地獄にこの命を預けます。二度と返してもらうことはしません。お世辞にも幸せとは言えない人生でした。でも、誰よりも人に恵まれた幸せな人間だったでしょう。貴方たちの優しさ、強さ、美しさ、尊さ。それらに何度も救われました。それと同時に多くのものを奪ってしまいましたが、残ったものは貴方たちの本当に大切な人へしっかり届くことでしょう。お母さん、ずっと苦しめてごめんなさい。親戚の方々、めちゃくちゃにしてごめんなさい。紗耶香お姉ちゃん、幸せを壊してごめんなさい。遥、信じられなくてごめんなさい。結局何が言いたかったのかというと、私は生きることが許されないから死ぬ。ただそれだけです。みんな、ごめんなさい。ありがとう。
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