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転生令嬢は結局何もしなかった
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王都の片隅、湿った路面に行き交う馬車の轍が幾重にも刻まれた朝、処刑台の前に一人の令嬢が立たされていた。名はマリアンヌ・ラウベルク。侯爵家の一人娘にして、王太子アルベルトの婚約者――だったはずの令嬢。
その婚約は破棄され、彼女には「毒殺未遂」「黒魔術行使」「王家への反逆」という華々しいまでの罪状が貼り付けられている。
群衆の間から石と罵声が飛ぶ。
「王太子殿下を毒殺しようとするなんて!」
「地獄に落ちろ、悪魔の手先が!」
「さっさと首を刎ねちまえ!」
マリアンヌはその全てをまるで他人事のようにぼんやり眺めていた。
――転生してから、ずっとこんな調子だ。
彼女は前世、日本のオフィスビルの一室で過労死したごく平凡なOLだった。目を覚ましたら、乙女ゲームだの悪役令嬢だの、そういう類の物語でよく見るテンプレそのままの環境に放り込まれていた。
そして、生まれながらに知っていた。この世界の筋書きではマリアンヌ・ラウベルクは「悪役令嬢」であり、王太子の新たな恋人――庶民出の聖女エリナをいびり抜いた末、学園の終盤で大罪をでっち上げられ、慈悲もなく断罪される。
結果、王太子と聖女は幸せに結ばれ、大団円。
そんな結末を彼女は赤子の頃からぼんやりと理解していた。
だが同時にこうも思った。
(だから何?)
脂ぎった上司の説教と終わらない残業、使い潰される同僚たちを見送った前世の記憶に比べれば、「悪役令嬢」「断罪イベント」など、作り物の悪趣味な茶番でしかなかった。どうせ人はいつか死ぬ。前世では何十年も働き詰めた末に心臓が止まり、今世は多少ましな衣食住と、少し派手な最期が用意されているというだけのことではないか。
だからマリアンヌは「回避」も「努力」もしなかった。
乙女ゲーム的世界にありがちな「婚約者を攻略して真実の愛を育む」ことも、「聖女と仲良くしてルートを変える」ことも「留学して遠くへ逃げる」ことも一切しなかった。朝は決まった時刻に起き、淑女教育を適当に受け、求められる限りの礼儀を示し、余計なことは言わず、余計なこともせず、ただ、波風立てずに日々を過ごした。
王太子アルベルトの顔を見ても胸はときめかないし、物語として決められた「ヒロイン」であるエリナを見ても、特別な感情は湧かない。
そして、彼女はいつだって最後にこう自問自答して結論づける。
(やりたくないことはやらない。私が「正しく」なった程度で、他人が「まとも」になるとは限らないし)
◇
やがて学園入学の年。
物語はご丁寧にも決められた道筋をなぞり始めた。
入学式のホールで、アルベルトは聖属性魔力を持つ娘――エリナを見初める。彼は彼女を「聖女」と呼び、すぐに側近や取り巻きたちが持ち上げ、噂は学園中に広がっていった。
本来ならここで悪役令嬢であるマリアンヌは嫉妬に狂い、エリナをいびり、差別し、陰湿な嫌がらせの限りを尽くす――はずだった。
――がマリアンヌは何もしなかった。
その婚約は破棄され、彼女には「毒殺未遂」「黒魔術行使」「王家への反逆」という華々しいまでの罪状が貼り付けられている。
群衆の間から石と罵声が飛ぶ。
「王太子殿下を毒殺しようとするなんて!」
「地獄に落ちろ、悪魔の手先が!」
「さっさと首を刎ねちまえ!」
マリアンヌはその全てをまるで他人事のようにぼんやり眺めていた。
――転生してから、ずっとこんな調子だ。
彼女は前世、日本のオフィスビルの一室で過労死したごく平凡なOLだった。目を覚ましたら、乙女ゲームだの悪役令嬢だの、そういう類の物語でよく見るテンプレそのままの環境に放り込まれていた。
そして、生まれながらに知っていた。この世界の筋書きではマリアンヌ・ラウベルクは「悪役令嬢」であり、王太子の新たな恋人――庶民出の聖女エリナをいびり抜いた末、学園の終盤で大罪をでっち上げられ、慈悲もなく断罪される。
結果、王太子と聖女は幸せに結ばれ、大団円。
そんな結末を彼女は赤子の頃からぼんやりと理解していた。
だが同時にこうも思った。
(だから何?)
脂ぎった上司の説教と終わらない残業、使い潰される同僚たちを見送った前世の記憶に比べれば、「悪役令嬢」「断罪イベント」など、作り物の悪趣味な茶番でしかなかった。どうせ人はいつか死ぬ。前世では何十年も働き詰めた末に心臓が止まり、今世は多少ましな衣食住と、少し派手な最期が用意されているというだけのことではないか。
だからマリアンヌは「回避」も「努力」もしなかった。
乙女ゲーム的世界にありがちな「婚約者を攻略して真実の愛を育む」ことも、「聖女と仲良くしてルートを変える」ことも「留学して遠くへ逃げる」ことも一切しなかった。朝は決まった時刻に起き、淑女教育を適当に受け、求められる限りの礼儀を示し、余計なことは言わず、余計なこともせず、ただ、波風立てずに日々を過ごした。
王太子アルベルトの顔を見ても胸はときめかないし、物語として決められた「ヒロイン」であるエリナを見ても、特別な感情は湧かない。
そして、彼女はいつだって最後にこう自問自答して結論づける。
(やりたくないことはやらない。私が「正しく」なった程度で、他人が「まとも」になるとは限らないし)
◇
やがて学園入学の年。
物語はご丁寧にも決められた道筋をなぞり始めた。
入学式のホールで、アルベルトは聖属性魔力を持つ娘――エリナを見初める。彼は彼女を「聖女」と呼び、すぐに側近や取り巻きたちが持ち上げ、噂は学園中に広がっていった。
本来ならここで悪役令嬢であるマリアンヌは嫉妬に狂い、エリナをいびり、差別し、陰湿な嫌がらせの限りを尽くす――はずだった。
――がマリアンヌは何もしなかった。
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