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性根の腐ったお義母様には退場して頂きます
第2話 初お披露目はそつなく
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ヴェルナー家の名を冠して正式に夜会へ姿を見せるのはこれが初めてだった。
大広間には季節外れの花まで無理にかき集めたとわかる芳香と、人の熱と、楽団の音が渦巻いている。色とりどりのドレスが行き交う。ため息まじりの褒め言葉と砂糖菓子のような笑顔に毒と打算を詰め込んだ視線――実に社交界らしい眺め。
ヴェルナー家の嫡男の妻として紹介される以上、何らかの仕掛けがあるのは当然と見ていた。問題はどの程度露骨か。
「まあ、あなたが新しいレディ・ヴェルナーね」
最初に近づいてきたのはふくよかな体つきのマリーゼ伯爵夫人だった。名乗りの前に品定めするような視線が全身をなぞる。後ろに控える取り巻きたちがわずかに口元を緩めた。
――この顔ぶれ。なるほど、アンジェラのお友だちで間違いなさそう。
「初めまして。ユーリア・ヴェルナーと申します。拙い新参者ですがどうぞお見知りおきくださいませ」
決まり文句を少しだけ崩し、相手の序列にきちんと敬意を示す。マリーゼは満足げに頷いてから、さも何気ないふうを装って切り込んできた。
「ずいぶんと学問がお好きだと伺いましたのよ。書斎に引きこもって夜会より数字がお得意だとか?」
「数字は裏切りませんから。貴重な娯楽です」
あえて否定はしない。そのほうが次の言葉を引き出しやすい。
夫人はくすりと笑ってから、問いを投げてきた。
「では、ひとつお聞きしても? 近頃、各地で穀物価格が上がっていて、我が領地でも不安の声が出ておりますの。あなたならどうご覧になるかしら。学問好きな若奥様として」
「若奥様としてですか?」
「まあ、そう身構えないで。お遊びですわ」
この場で政治を語るのは下品という常識に守られたつもりでいる目。けれど、わざわざ話を振ったのは彼女自身。ならばその枠のぎりぎりまで歩く権利はこちらにある。
「穀物価格の高騰でしたら要因はいくつか考えられますわ。天候不順による収穫量の減少、輸送路の不備、投機……。どれかひとつではなく、複数が絡んでいる可能性が高いでしょうね」
「まあ、そんなことは役人でも申しますわ」
「領民が最初に口にする不満は『値段が高い』ですが、その次に来るのは『なぜ説明してくれないのか』ですわ。情報がなければ人は最悪を想像します。ですから、伯爵様がどれほど事情を理解していても、『領民にどう伝えるか』をおろそかにしてはなりません。たとえば、今年はどの程度収穫が減ったのか、領としてどこまで備蓄を放出するつもりなのか。すべてを見せる必要はありませんが『考えている』という事実だけでも、数字で示すことはできます」
マリーゼの目がわずかに細くなった。
「数字で示す?」
「はい。たとえば去年より収穫は二割減、それでも蓄えは三年分ある、だから今は価格を多少上げても、飢える者は出さない――と。もちろん、実際の数字は領地ごとに違うでしょうけれど。人は漠然と安心しろと言われるより、どこがどの程度安全なのかを知りたがりますから」
それは領民だけでなく貴族も同じ。曖昧な噂より具体的な"打算"があるほうが安心する。
マリーゼはしばし私を見つめ、それからふっと笑った。
「……なるほど。噂どおり、計算はお得意なようね」
「はい。将来の不安を減らすための計算ならいくらでも致しますわ」
そこへ待っていた影が滑り込んできた。
「まあまあ、本当に数字の話ばかりお好きでいらして。嫁は少し計算高いところがありますの」
アンジェラの声は会話全体を笑い話に落とし込む温度を持っていた。場を和ませるつもりの、あるいは"野暮な話をする子"を軽く扱うための一言。
私は微笑みだけを変えず、伯爵夫人の反応を待つ。
マリーゼはアンジェラに向き直った。
「計算高いのは今の時代に必要な資質でしょう? 数字も現実も見えない方に領地は任せられませんもの。若い方がここまで話せるなんて頼もしいことですわ」
「まあ……おほほ」
アンジェラの笑い声はわずかに調子を外していた。周囲にいたほかの夫人たちも興味深そうにこちらを見ている。好奇と打算が混ざった視線。
「私はただ、家の台所を預かる主婦として考えているだけですわ」とさらりと付け加えると、複数の夫人が小さくうなずいた。
「台所から国政まで数字はすべてをつなぎますものね」
「若いのによくわかっていらして」
「光栄です」とだけ答え、深追いはしない。ここで意見を語りすぎれば、今度こそ"出しゃばり"として扱われる。印象づけるには今ので十分。
「ユーリア」
聞き慣れた低い声に振り向くと、少しやつれたものの、きちんと礼装に身を包んだレクシオがそこにいた。彼は私の隣に立つと周囲の視線を一度受け止め、そのうえで穏やかに笑う。
「紹介はもう済んだかな?」
「ええ。皆さまがとても親切にしてくださって」
「そうか。ユーリアが来てから、家の将来にようやく明かりが差したと父も喜んでいる。彼女の話を聞いていると、僕も勉強になることが多くてね」
あまりにもまっすぐな言葉だった。
アンジェラの指先が扇子を握る力をわずかに強めたのが見えた。
「レクシオ、あなたったら……皆さまの前でそんな大げさな」
「大げさじゃないよ、母上。家の数字を一緒に見てくれる相手ができたのは本当に心強い。ユーリアの視点は僕たちが見落としていたところを照らしてくれるんだ」
彼は本気でそう信じているのだろう。
そこに含みはない。
ただの事実の報告として口にしている。
――燃料を投げ込むのがどうしてこうも上手なのかしら、この人は。
「レクシオ様、評価が過分ですわ。私が何か申し上げられるのは、アンジェラ様が長年この家を守ってこられた積み重ねがあってこそです。土台も知らずに数字だけを見ても正しい判断はできませんから。……ですから、私が少しでも役に立てているとすれば、それはアンジェラ様の築かれたもののおかげですわ」
言葉だけなら完璧な嫁の賛辞。
内心ではどう思っていようと表向きにそう宣言してしまえば、この場でアンジェラが露骨に私を敵とみなすことは彼女自身にも難しくなる。
伯爵夫人が満足げに笑みを深めた。
「お義母様がたいそう厳しく躾けていらっしゃるようね」
「ええ、それはもう」
アンジェラは扇子の陰で笑った。
だが、その目だけは冷たく濁っている。
噂を流し、場を操作しようとしていたはずの女が今はわずかに水をかぶって立ち尽くしている。その事実を彼女は決して認めないだろう。
――社交界は表情を崩したほうが負け。
ならばこちらは淡々と、いつもどおり"よくできた嫁"を演じ続けるだけ。
大広間には季節外れの花まで無理にかき集めたとわかる芳香と、人の熱と、楽団の音が渦巻いている。色とりどりのドレスが行き交う。ため息まじりの褒め言葉と砂糖菓子のような笑顔に毒と打算を詰め込んだ視線――実に社交界らしい眺め。
ヴェルナー家の嫡男の妻として紹介される以上、何らかの仕掛けがあるのは当然と見ていた。問題はどの程度露骨か。
「まあ、あなたが新しいレディ・ヴェルナーね」
最初に近づいてきたのはふくよかな体つきのマリーゼ伯爵夫人だった。名乗りの前に品定めするような視線が全身をなぞる。後ろに控える取り巻きたちがわずかに口元を緩めた。
――この顔ぶれ。なるほど、アンジェラのお友だちで間違いなさそう。
「初めまして。ユーリア・ヴェルナーと申します。拙い新参者ですがどうぞお見知りおきくださいませ」
決まり文句を少しだけ崩し、相手の序列にきちんと敬意を示す。マリーゼは満足げに頷いてから、さも何気ないふうを装って切り込んできた。
「ずいぶんと学問がお好きだと伺いましたのよ。書斎に引きこもって夜会より数字がお得意だとか?」
「数字は裏切りませんから。貴重な娯楽です」
あえて否定はしない。そのほうが次の言葉を引き出しやすい。
夫人はくすりと笑ってから、問いを投げてきた。
「では、ひとつお聞きしても? 近頃、各地で穀物価格が上がっていて、我が領地でも不安の声が出ておりますの。あなたならどうご覧になるかしら。学問好きな若奥様として」
「若奥様としてですか?」
「まあ、そう身構えないで。お遊びですわ」
この場で政治を語るのは下品という常識に守られたつもりでいる目。けれど、わざわざ話を振ったのは彼女自身。ならばその枠のぎりぎりまで歩く権利はこちらにある。
「穀物価格の高騰でしたら要因はいくつか考えられますわ。天候不順による収穫量の減少、輸送路の不備、投機……。どれかひとつではなく、複数が絡んでいる可能性が高いでしょうね」
「まあ、そんなことは役人でも申しますわ」
「領民が最初に口にする不満は『値段が高い』ですが、その次に来るのは『なぜ説明してくれないのか』ですわ。情報がなければ人は最悪を想像します。ですから、伯爵様がどれほど事情を理解していても、『領民にどう伝えるか』をおろそかにしてはなりません。たとえば、今年はどの程度収穫が減ったのか、領としてどこまで備蓄を放出するつもりなのか。すべてを見せる必要はありませんが『考えている』という事実だけでも、数字で示すことはできます」
マリーゼの目がわずかに細くなった。
「数字で示す?」
「はい。たとえば去年より収穫は二割減、それでも蓄えは三年分ある、だから今は価格を多少上げても、飢える者は出さない――と。もちろん、実際の数字は領地ごとに違うでしょうけれど。人は漠然と安心しろと言われるより、どこがどの程度安全なのかを知りたがりますから」
それは領民だけでなく貴族も同じ。曖昧な噂より具体的な"打算"があるほうが安心する。
マリーゼはしばし私を見つめ、それからふっと笑った。
「……なるほど。噂どおり、計算はお得意なようね」
「はい。将来の不安を減らすための計算ならいくらでも致しますわ」
そこへ待っていた影が滑り込んできた。
「まあまあ、本当に数字の話ばかりお好きでいらして。嫁は少し計算高いところがありますの」
アンジェラの声は会話全体を笑い話に落とし込む温度を持っていた。場を和ませるつもりの、あるいは"野暮な話をする子"を軽く扱うための一言。
私は微笑みだけを変えず、伯爵夫人の反応を待つ。
マリーゼはアンジェラに向き直った。
「計算高いのは今の時代に必要な資質でしょう? 数字も現実も見えない方に領地は任せられませんもの。若い方がここまで話せるなんて頼もしいことですわ」
「まあ……おほほ」
アンジェラの笑い声はわずかに調子を外していた。周囲にいたほかの夫人たちも興味深そうにこちらを見ている。好奇と打算が混ざった視線。
「私はただ、家の台所を預かる主婦として考えているだけですわ」とさらりと付け加えると、複数の夫人が小さくうなずいた。
「台所から国政まで数字はすべてをつなぎますものね」
「若いのによくわかっていらして」
「光栄です」とだけ答え、深追いはしない。ここで意見を語りすぎれば、今度こそ"出しゃばり"として扱われる。印象づけるには今ので十分。
「ユーリア」
聞き慣れた低い声に振り向くと、少しやつれたものの、きちんと礼装に身を包んだレクシオがそこにいた。彼は私の隣に立つと周囲の視線を一度受け止め、そのうえで穏やかに笑う。
「紹介はもう済んだかな?」
「ええ。皆さまがとても親切にしてくださって」
「そうか。ユーリアが来てから、家の将来にようやく明かりが差したと父も喜んでいる。彼女の話を聞いていると、僕も勉強になることが多くてね」
あまりにもまっすぐな言葉だった。
アンジェラの指先が扇子を握る力をわずかに強めたのが見えた。
「レクシオ、あなたったら……皆さまの前でそんな大げさな」
「大げさじゃないよ、母上。家の数字を一緒に見てくれる相手ができたのは本当に心強い。ユーリアの視点は僕たちが見落としていたところを照らしてくれるんだ」
彼は本気でそう信じているのだろう。
そこに含みはない。
ただの事実の報告として口にしている。
――燃料を投げ込むのがどうしてこうも上手なのかしら、この人は。
「レクシオ様、評価が過分ですわ。私が何か申し上げられるのは、アンジェラ様が長年この家を守ってこられた積み重ねがあってこそです。土台も知らずに数字だけを見ても正しい判断はできませんから。……ですから、私が少しでも役に立てているとすれば、それはアンジェラ様の築かれたもののおかげですわ」
言葉だけなら完璧な嫁の賛辞。
内心ではどう思っていようと表向きにそう宣言してしまえば、この場でアンジェラが露骨に私を敵とみなすことは彼女自身にも難しくなる。
伯爵夫人が満足げに笑みを深めた。
「お義母様がたいそう厳しく躾けていらっしゃるようね」
「ええ、それはもう」
アンジェラは扇子の陰で笑った。
だが、その目だけは冷たく濁っている。
噂を流し、場を操作しようとしていたはずの女が今はわずかに水をかぶって立ち尽くしている。その事実を彼女は決して認めないだろう。
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