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性根の腐ったお義母様には退場して頂きます
第5話 足りている夜会
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アンジェラから夜会の話が出たのは備蓄庫の一件からさほど日を置かないうちだった。
「そろそろ社交の場でも『若奥様』として場を仕切って頂きませんとね」
声色だけは甘やかで、言葉の端々に棘が仕込まれている。私は黙って続きを待った。
「来月の初めに夜会を開きましょう。主催はあなた。――もちろん準備はすべて任せるわ」
日程を聞いた瞬間、侍女のひとりが小さく息を呑んだ。あいにく私はそこまで素直ではない。
「準備期間は……三週間弱でございますわね」
「まあ、数字がお得意だと日程計算も早くて助かるわ。ええ、そのくらい。顔ぶれはこちらでご用意するから、あなたはおもてなしに専念なさいな」
手渡された招待客リストにざっと目を走らせ、私は内心で肩をすくめた。ほとんどが名前しか知らない、あるいは名さえ朧な上流貴婦人たち。しかも全体の規模からすれば渡された予算は笑ってしまうほど心許ない。
――なるほど。無理と不足と未知をきっちり揃えてくださったわけね。
「ヴェルナー家にふさわしい夜会をお願いね」と言ったときのアンジェラの目の奥の光は、期待ではなく確信だった。「どうせ失敗する」と決めている人間の目。
私は丁寧に一礼した。
「承りました。限られた中で最善を尽くしてみますわ」
◇
三週間弱あればやれることは多い。やれないこともはっきりする。
まず予算。支出の枠を洗い出し、過去の夜会の記録と照らし合わせる。装飾、食材、音楽、灯り、人件費。アンジェラ主導の宴はどれも数字の上では見事なまでに肥大化していた。
――これでは家の台所が苦しくなるのも当然。
ならば逆を行けばいい。見栄のための無駄を削り、印象に残る"一点豪華"を配置する。
料理は量より質。高価な食材を広く薄くばらまくのではなく、数品だけ、確実に記憶に残る皿を用意する。あとは季節の野菜と領地産の穀物や肉を手間で格上げしてやればよい。
「こちらの根菜とチーズなら手をかければ立派な一皿になりますわ。領地の名も自然と口にのぼるでしょう」
料理長は最初こそ戸惑っていたが、私の提案を"遊び場"と理解してくれたらしい。素材と段取りを押さえればあとは彼らの腕が勝手に働く。
装飾は広間全体を豪華に見せる必要はない。視線が集まる場所――入り口、主賓席、楽師の周り。そこにだけ絞って織物と花と燭台を配置する。残りの部分は清潔で邪魔にならなければそれでいい。
「全体を金箔で塗る必要はありませんわ。光が当たる場所だけ、磨き上げておけば」
使用人たちは一度、私とアンジェラの備蓄庫のやり取りを見ている。そのせいか指示への反応は早かった。「また無茶をさせられている」という空気より、「どうまとめるつもりなのか見てみたい」という好奇心のほうが勝っている。
招待客の配置は私の領分。レクシオと帳簿を前にして、最近の取引、噂、微妙な対立関係を洗う。そこへお茶を運んできた侍女たちが瞳を輝かせて口を開いた。
「若奥様、差し出がましいようですが……こちらの男爵夫人は最近、香水の好みを変えられたそうです。強い花の香りがする席は避けたほうがよろしいかと」
「それに、この子爵家の御令嬢とあちらの商会の三男が近頃良い仲だとか」
夜会の給仕の合間に見聞きした"生きた情報"が次々と私の手元に集まってくる。
「ありがとう、とても助かるわ」
集まった情報を座席表に落とし込めば危険地帯と安全地帯は一目瞭然。
「この伯爵家とあの侯爵家は隣り合わせにすると面倒になるね」
「では、間に新興の子爵家を挟ぎましょう。共通の話題になりそうな商会を隣席に」
夜会は食事と照明だけで回るものではない。会話の流れこそが本体。起点と終点を決めておけば途中はいくらでも操作できる。
◇
当日、ヴェルナー家の広間は私の計算どおりの足りている光景になっていた。
多くを盛り立てる必要はない。初めて訪れた貴婦人たちは入り口の織物と花の配置だけで十分に目を細める。「まあ、控えめだけれど趣味がいいわ」と誰かが囁くのが聞こえた。
料理は予定通りだった。派手な銀皿の山はないが、一口目で記憶に刻まれる皿がいくつかあればそれで良い。領地産の麦を使った前菜に、ある伯爵夫人が「これほど軽やかな麦の料理は初めて」と声を上げた。
席次に関しても狙い通りだった。最初の一時間もすると、あちこちで笑い声が重なり始める。互いに紹介しあう手間を最小限に抑え、自然と話題が流れ出すように線を引いておいた。招待客同士が勝手に糸を結び、私はその外縁を静かに眺めるだけでいい。
「若奥様はよくお気がつく方だ」と誰かが言い、「最近のヴェルナー家は少し落ち着いたようね」と別の誰かが応じる。
やがて狙っていた言葉が耳に届いた。
厳しい目つきの伯爵がレクシオに声をかけるのが見えた。
「以前はやや見栄が過ぎるように感じていたが……今夜のほうが家の力と釣り合いが取れているな」
「恐れ入ります」とレクシオは表向きだけ微笑んでいる。その横でアンジェラが笑顔を貼り付けたまま、扇子の骨をわずかに強く握りしめたのが分かった。
――思っていた失敗の絵図とあまりにも違うのでしょうね。
彼女は私に派手なしくじりをさせたかったのだろう。「若奥様にはこの家を任せられない」と周囲に印象づけるために。ところが蓋を開けてみれば、飛び出したのは「堅実で数字に強く、家の規模に見合った夜会」を回す若い妻。
しかも、その場には「あなたの昔のやり方はやや過剰だった」と気づいてしまう目がきちんと揃えられている。
アンジェラの視線がほんの一瞬だけ私とぶつかる。私は丁寧な微笑みで一礼した。
「お義母様。皆さま、お楽しみいただいているようですわ」
「……ええ。本当によくなさったわね」
声色は平坦。その奥にわずかなきしみが混じる。彼女は今、初めて理解しつつあるのだろう。この家の舞台で自分が唯一無二の主役ではなくなりつつあることを。
――焦りなさい。気づきなさい。それでもなお降りる気がないのなら。
私はグラスを持ち直し、別の客のもとへ歩き出す。
この夜会はただの成功では足りない。アンジェラにとって「ここから先の舞台に自分の居場所はない」と静かに悟らせる第一幕でなければならないのだから。
「そろそろ社交の場でも『若奥様』として場を仕切って頂きませんとね」
声色だけは甘やかで、言葉の端々に棘が仕込まれている。私は黙って続きを待った。
「来月の初めに夜会を開きましょう。主催はあなた。――もちろん準備はすべて任せるわ」
日程を聞いた瞬間、侍女のひとりが小さく息を呑んだ。あいにく私はそこまで素直ではない。
「準備期間は……三週間弱でございますわね」
「まあ、数字がお得意だと日程計算も早くて助かるわ。ええ、そのくらい。顔ぶれはこちらでご用意するから、あなたはおもてなしに専念なさいな」
手渡された招待客リストにざっと目を走らせ、私は内心で肩をすくめた。ほとんどが名前しか知らない、あるいは名さえ朧な上流貴婦人たち。しかも全体の規模からすれば渡された予算は笑ってしまうほど心許ない。
――なるほど。無理と不足と未知をきっちり揃えてくださったわけね。
「ヴェルナー家にふさわしい夜会をお願いね」と言ったときのアンジェラの目の奥の光は、期待ではなく確信だった。「どうせ失敗する」と決めている人間の目。
私は丁寧に一礼した。
「承りました。限られた中で最善を尽くしてみますわ」
◇
三週間弱あればやれることは多い。やれないこともはっきりする。
まず予算。支出の枠を洗い出し、過去の夜会の記録と照らし合わせる。装飾、食材、音楽、灯り、人件費。アンジェラ主導の宴はどれも数字の上では見事なまでに肥大化していた。
――これでは家の台所が苦しくなるのも当然。
ならば逆を行けばいい。見栄のための無駄を削り、印象に残る"一点豪華"を配置する。
料理は量より質。高価な食材を広く薄くばらまくのではなく、数品だけ、確実に記憶に残る皿を用意する。あとは季節の野菜と領地産の穀物や肉を手間で格上げしてやればよい。
「こちらの根菜とチーズなら手をかければ立派な一皿になりますわ。領地の名も自然と口にのぼるでしょう」
料理長は最初こそ戸惑っていたが、私の提案を"遊び場"と理解してくれたらしい。素材と段取りを押さえればあとは彼らの腕が勝手に働く。
装飾は広間全体を豪華に見せる必要はない。視線が集まる場所――入り口、主賓席、楽師の周り。そこにだけ絞って織物と花と燭台を配置する。残りの部分は清潔で邪魔にならなければそれでいい。
「全体を金箔で塗る必要はありませんわ。光が当たる場所だけ、磨き上げておけば」
使用人たちは一度、私とアンジェラの備蓄庫のやり取りを見ている。そのせいか指示への反応は早かった。「また無茶をさせられている」という空気より、「どうまとめるつもりなのか見てみたい」という好奇心のほうが勝っている。
招待客の配置は私の領分。レクシオと帳簿を前にして、最近の取引、噂、微妙な対立関係を洗う。そこへお茶を運んできた侍女たちが瞳を輝かせて口を開いた。
「若奥様、差し出がましいようですが……こちらの男爵夫人は最近、香水の好みを変えられたそうです。強い花の香りがする席は避けたほうがよろしいかと」
「それに、この子爵家の御令嬢とあちらの商会の三男が近頃良い仲だとか」
夜会の給仕の合間に見聞きした"生きた情報"が次々と私の手元に集まってくる。
「ありがとう、とても助かるわ」
集まった情報を座席表に落とし込めば危険地帯と安全地帯は一目瞭然。
「この伯爵家とあの侯爵家は隣り合わせにすると面倒になるね」
「では、間に新興の子爵家を挟ぎましょう。共通の話題になりそうな商会を隣席に」
夜会は食事と照明だけで回るものではない。会話の流れこそが本体。起点と終点を決めておけば途中はいくらでも操作できる。
◇
当日、ヴェルナー家の広間は私の計算どおりの足りている光景になっていた。
多くを盛り立てる必要はない。初めて訪れた貴婦人たちは入り口の織物と花の配置だけで十分に目を細める。「まあ、控えめだけれど趣味がいいわ」と誰かが囁くのが聞こえた。
料理は予定通りだった。派手な銀皿の山はないが、一口目で記憶に刻まれる皿がいくつかあればそれで良い。領地産の麦を使った前菜に、ある伯爵夫人が「これほど軽やかな麦の料理は初めて」と声を上げた。
席次に関しても狙い通りだった。最初の一時間もすると、あちこちで笑い声が重なり始める。互いに紹介しあう手間を最小限に抑え、自然と話題が流れ出すように線を引いておいた。招待客同士が勝手に糸を結び、私はその外縁を静かに眺めるだけでいい。
「若奥様はよくお気がつく方だ」と誰かが言い、「最近のヴェルナー家は少し落ち着いたようね」と別の誰かが応じる。
やがて狙っていた言葉が耳に届いた。
厳しい目つきの伯爵がレクシオに声をかけるのが見えた。
「以前はやや見栄が過ぎるように感じていたが……今夜のほうが家の力と釣り合いが取れているな」
「恐れ入ります」とレクシオは表向きだけ微笑んでいる。その横でアンジェラが笑顔を貼り付けたまま、扇子の骨をわずかに強く握りしめたのが分かった。
――思っていた失敗の絵図とあまりにも違うのでしょうね。
彼女は私に派手なしくじりをさせたかったのだろう。「若奥様にはこの家を任せられない」と周囲に印象づけるために。ところが蓋を開けてみれば、飛び出したのは「堅実で数字に強く、家の規模に見合った夜会」を回す若い妻。
しかも、その場には「あなたの昔のやり方はやや過剰だった」と気づいてしまう目がきちんと揃えられている。
アンジェラの視線がほんの一瞬だけ私とぶつかる。私は丁寧な微笑みで一礼した。
「お義母様。皆さま、お楽しみいただいているようですわ」
「……ええ。本当によくなさったわね」
声色は平坦。その奥にわずかなきしみが混じる。彼女は今、初めて理解しつつあるのだろう。この家の舞台で自分が唯一無二の主役ではなくなりつつあることを。
――焦りなさい。気づきなさい。それでもなお降りる気がないのなら。
私はグラスを持ち直し、別の客のもとへ歩き出す。
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