堕落夫とは本日限りで離縁致します

遠野エン

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性根の腐ったお義母様には退場して頂きます

第7話 姑の決死の策

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(アンジェラ視点)

腹の底が煮えくり返るって、こういう感覚を言うのね。
あの子――ユーリアとかいう"できすぎた若奥様"を前にすると、胸のあたりがむかむかして、扇子であおいでも全然おさまらない。

備蓄庫の一件も、夜会の一件も、帳簿の一件も。
私が用意した"つまずきどころ"をあの子はするりと、しかも人前で見栄えよく乗り越えていった。おかげで何よ、「若奥様は数字にも家事にもお強くて」とか「これからは安心ね」だなんて、よくもまあぬけぬけと。

安心なものですか。
この家は私のものよ。私が若くして嫁いできて、姑に頭を下げて、泣きながらやりくりして、やっと「奥方様」と呼ばれるようになった家。
あの子が来る前からずっとよ。

なのに最近はどう?
使用人たちはあの子のことを若奥様じゃなくて、心の中でって呼び始めているのがわかる。視線の向きが違うもの。誰かが困った顔をすれば前は「奥方様にご相談を」だったのに、今は真っ先にあの子の名が出る。

なにより腹立たしいのはあの子が"バカじゃない"ところ。
普通の小娘ならちょっと社交界でこけさせればすぐ膝を折るわよ。備蓄庫を丸一日眺めさせれば、目を回して泣き出すわよ。
ところがあの子は違った。機転が利くし、無理強いも怖がらない。夜会だって、あんな予算で「足りている」なんて笑わせるわ。こっちは長年かけて築いてきたやり方なのに、一晩で「やりすぎでしたね」とでも言いたげな空気を作られて。

しかも帳簿。
よりによって控えの帳簿までつけていた。私がこっそり膨らませていた"付随費用"をきっちり拾い上げて、あんなふうに事実だけを並べて見せて――。

親族の前でよ。私を名指しこそしなかったけれど、あれは実質的に同じ。
「この家の財布は本当に家のためだけに使われているのかしら?」
そういう疑いの目をきちんと全員に持たせた。

あの場で私がどう振る舞ったか?
笑ったわよ。笑うしかないじゃない。
「まあ、昔から羽目を外しがちで」なんて軽口を叩いてみせて、取り繕えるだけ取り繕った。でもね、一度ついた"疑い"は簡単には消えないの。私だってそれくらい知ってる。

だからこそ腹が立つ。
あの子の頭の回転の速さも手際の良さも、私だって認めざるを得ないのよ。そこが余計に癇に障る。ちょっと無能なら潰すのは簡単だったのに。
あの子は手を抜かない。こっちが仕掛けた穴を必ず"より正しいやり方"で埋めてくる。正しさなんてものはね、見せ方次第だっていうのに。

――この家は私のもの。
誰にも渡さない。
レクシオは息子であっても"次期当主"。あの子は"次期当主の妻"。"この家の顔"はこの私よ。
若い嫁にすげ替えられてたまるもんですか。

さて、どうするかしらね。
数字で戦う? そんなのあの子の庭じゃない。私は机にかじりついて帳簿を覚え込むような女じゃないし、今さら真っ向からやったって勝てやしない。
だからって頭下げるなんてごめんよ。ここまで私の居場所を削っておいて、「若奥様と仲良く」なんてできるはずがないじゃない。

……そうね。
ならもっとわかりやすい形で示してあげればいい。

鏡台の前で自分の顔をじっと眺める。
年は取ったわよ。それは認める。けれど、この顔はまだ哀れみを引き出すには十分使える。しおらしく震えてみせれば、レクシオだって親族だって、いくらかは昔を思い出すでしょう。
少なくとも"若い嫁にいじめられている可哀想な姑"くらいには見えるはず。

そう思えば次の手は自然と見えてきた。

紅茶。
ユーリアが時々、私のために用意してくれる「お義母様のお好みに合わせてございますわ」の紅茶。
――舞台にはこれ以上ないほどあつらえ向きじゃない。

茶器にもお湯にも、あの子以外は誰も触れない。衆人環視の中で行われる給仕。だからこそ言い逃れができないのよ。そのお茶に毒が入っていたとしたら、犯人は以外にありえないのだから。

懐に忍ばせた包みの感触を確かめる。中身はいざという時のためにこしらえていたヴォイド・リリーという毒草の粉末。
口にすれば即座に強烈な中毒症状を引き起こし、多少の血を吐くことになるけれど決して死には至らない。そういう都合のいい代物。
死にたいわけじゃないもの。ただ「倒れればいい」。派手に、苦しそうに、誰の目にもわかるかたちで。

――この家の嫁は姑に毒を盛った。
そう囁かれる程度にはちゃんとを描いておかなきゃ。

自分で自分のカップに仕込むのは少しだけ怖い。正直に言えばかなり怖い。
でもね、あの子に完全に舞台を奪われるくらいなら、一度くらい血を吐いてみせてやるわよ。

その日、私はいつも通りサロンの上座に座って待ち構えていた。時間通りに現れたユーリアがワゴンを押して入ってくる。周りには控えている使用人たちの視線。

「お義母様、本日はダージリンのファーストフラッシュをご用意いたしました」
「……そう。いただくわ」

あの子の手際が良いのは忌々しいけれど、今日ばかりはその滑らかな所作が好都合だった。
誰も手を出さない。誰も近寄らない。
あの子がポットを傾け、琥珀色の液体がカップに注がれる。湯気と共に香りが立ち上る。
ソーサーごと私の目の前に置かれるまで、本当にあの子しか触れていない。

私は指の間に挟んでいた粉末をカップの中に落とし入れた。ほんのわずかな動作。何十年も扇子を使いこなしてきた私には手元を隠すことなんて造作もない。
琥珀色の中に白い粉が一瞬で溶け消える。

覚悟を決めなさい。これは"戦い"よ。
そう自分に言い聞かせて、カップを持ち上げる。

「良い香りね。いただくわ」

カップを手に取り、唇に触れる。
一口、二口。舌の奥に苦みが張り付く。喉を通るあたりで、熱が鋭くなる。

――来る。

次の瞬間、胃のあたりをわしづかみにされたような痛みが走り、鉄錆の味が口いっぱいに広がった。咳き込むと同時に、口の端から熱い液体がツーと伝い落ちる。視界の端に映る鮮烈な赤。手が勝手に震え、カップが床に落ちて甲高い音を立てる。
視界の端で、ユーリアの顔が蒼ざめていくのが見えた。

「お、お義母様!?」

ああ、その呼び方もそろそろ終わりかしらね。
喉の奥から、どうしようもない叫びが迸る。演技なんていらない、本物の痛みだもの。床に崩れ落ちる自分の身体が他人のものみたいに遠い。

いいわ、その顔。
見てなさい、ユーリア。
この家で誰が"被害者"で、誰が"疑われる側"になるのか――数字じゃなくて現物で叩き込んであげる。
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